ほろローン   作:すちいむ

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「どうして花はこんなにも美しく咲くのでしょうね」

「はひ……? えっと、種を残すため……とか?」

「それならなおのこと不思議ですねぇ」

 

そう言って少女は手を伸ばして優しく花に触れた。

 

「出る杭は打たれる。どんなに美しく咲き誇っても、こんなに目立ってしまっては真っ先に狙われてしまいます」

 

これでは殺してくれと言っているようなものですよ。

力もないというのならなおさら。

 

その細い指に花弁を一枚摘み、クスクスと少女は笑った。

 

「い、いや、それは少し悪意があるような……」

「悪意の有無は関係ありませんよ」

 

愛おしそうに花を見つめていた視線が少年を捉える。

 

「道端に咲いていた綺麗な花を見つけた時、誰でも一度は思うはずです。自分の手元で愛でたい、自分の物にして誰かに見せ優越感に浸りたい。貴方にはそんな経験がありませんか?」

「それは、まあ……」

「少し興味を引くだけで有象無象は群がってくる。わざわざ自分から危険を招く必要なんてないんです。分かります?」

「は、はひ、近いです……」

 

少女はずずいっと、鼻と鼻がぶつかるくらい少年に顔を近づけた。

少年には少女の柔らかな笑みは些か刺激が強かったらしい。おどおどした性格に緊張が加わり、慌てる彼の姿は不審者さながらの様相を呈していた。

 

「まぁ、花のことなんかどうでもいいんです。むしろ種は無差別に運搬されるので生息範囲が広がって喜んでいるかもしれませんね……私のように壊してしまう人格破綻者は例外ですが」

「えぇ……じゃあ今の講釈はいったい何のため──」

 

「──貴方のためですよ、サクラさん」

 

食い入るような言葉とともに、少女から一切の笑顔が抜け落ちた。

 

「貴方という花がこんなところに護衛もつけず一人で暮らしている。これってとっても危険なことなんですよ?」

 

底冷えするかのような暗い声。

少女は先ほどまで花を摘まんでいたその嫋やかな指で、怯える少年の頬をするりと撫でつけた。

 

「で、でも、ここは無人島ですし……僕以外には誰もいないというか……」

「私が偶然ここを見つけたように、いつどこの誰が発見するか分かりません。私が淑女でよかったですね。他の女だったら出会った瞬間に貴方は食い散らかされていましたよ」

 

少女はそう言って撫でた指をぺろりと舐めて笑った。

性を意識させるかのような艶めかしさは随分と様になっていて、やはり少年は顔を赤らめて視線をそらした。先ほどまで怯えていたというのに、我ながらチョロいと彼は悲しくも思った。

 

そんなことだから彼は少しばかり油断したのかもしれない。

天使のような笑顔に戻った少女に向かってぼそりと呟く。

 

「ローン様は見つけたんじゃなくて流れ着いたんじゃ……それに淑女って、僕出会ったときに殺されかけ……」

「あらあら~、何か言いましたか?」

「ひ、ひぃ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

笑顔は威嚇の象徴でもあるとは少年も聞いたことはあるが、実際に目に見せられるとこれほど恐ろしいものかと思い知らされる。

笑顔なのは変わっていないというのに目が笑っていない。これならさっきの無表情の方がまだ怖くはなかった。

一般人の彼でも感じられる強力な圧力の前に物理的に這いつくばりそうになりつつ、平身低頭で必死に謝った。

 

「うふふ、許しますよ。私は淑女なので」

「はひ、ありがとうございます……」

 

理不尽だ、と目尻に涙を溜めて恨めし気に少女を見たが、決してそれを口にする気はない。

彼は自分と少女の力の差を嫌というほど理解しているのだ。

とはいえ彼の気弱な性格からすれば、力関係が逆転したとしても口にはしないだろうが。

 

そんな少年の様子を見て、少女は愛おしそうに口元を緩めた。

これまでの笑みとは明らかに異なる笑み。

少年のことを心から案じている、慈愛の表情だった。

 

「もういいじゃないですか、いいかげん鉄血に来ましょう? 貴方に危険が及ばないよう、周囲には私が計らいます。貴方を傷つけるものは私がすべて排除します。だからこんな土地に拘る必要はないのです」

「ローン様……」

 

少女は少年を抱きしめる。

壊れてしまわないように、そっと。

 

「戦線も徐々に後退し、この島が戦場になる日もそう遠くありません。ずっとそばにいれば私は貴方を守れます。でもそうじゃない、私は常にここには滞在できない」

「……」

 

「鉄血で一緒に過ごしましょう。どうか私に、貴方を不安にさせるその尽くを壊させてくれませんか?」

「……ごめんなさい。僕は、ここにいなくちゃいけないんです」

 

優しく促された少女の言は否定された。

今まで少女に流され、頭の上がらなかった人物とは思えないほど明確な拒絶の言葉。

 

そのまま二人は動かない。

怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ無言でお互いに抱き合う二人。

 

ずっと続くのではないかと思われたその時間は、しかし少女の身に付けていた時計が鳴ったことで終わりを告げた。

 

「……時間、ですね。また来ます」

「……はい。さようなら、ローン様」

 

意外にも少女が食い下がることはなかった。

彼女が鉄血に誘い、彼は拒絶する。それはこれまでも幾度にわたって行われてきたやり取りだったからだ。

 

少女は名残惜しそうに少年から離れ、その場を去っていった。

残された少年は酷く暗い顔して息を吐く。

たぶん彼女は善意で自分のことを誘ってくれている。

何度も何度も彼女の優しさを踏みにじっていることに、自分の情けなさに嫌になる。

 

もう誰の声も聞こえない

誰もいない寂しい空間だった。

 

当然ではある。

彼が住んでいるこの建物は、無人島の岬で孤独にそびえ立つ教会だ。

耳を澄ませても、ただ外から波が崖に打ち寄せる音が響くだけだった。

 

彼は少しばかり歩いて、大きなステンドグラスの下へと向かう。

日差しを受けてきらきらと輝くそれを見上げ、彼はひとりごちた。

 

「神様、神様。いつかとはいつなのでしょう。運命とは何なのでしょう。僕は何を決断するのでしょう。答えをください……教えてください、神様」

 

わかりません、僕は何一つ自分で決めたことなんてないんです。

 

ひどく震えて、冷え切った声だった。

 

 

 

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