ほろローン   作:すちいむ

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彼女との出会いは決して穏やかなものではなかった。

 

その日は、三日前にご飯を食べていたはずなのに、やけにお腹がすいて死にそうだった。

神様の託宣は未だに叶ってはいない。

まだいつかは訪れていない。

まだ運命とは出会ってはいない。

……まだ、決断なんて出来てはいない。

 

まだ死ねなかった。

だから生きるために、仕方なく食料を取りに行った。

 

その日は嵐の夜を超え、空気はやけに澄んでいた。

日差しは明るく照らしていたが、不純物の洗い落とされた空気は嫌に冷たくて、吸い込めば肺を凍らせるようだった。

 

遠目に、砂浜に何か大きなものが見えた。

嵐の後だ。大型の魚か、漂流物か、打ちあがっていてもおかしくはない。

食べ物になるなら嬉しいと思って、重い体を引きずりそれに近づいた。

 

そこで、浜に打ち上げられた彼女と出会った。

 

その身体は損傷が酷く、今にも死んでしまいそうだった。

大丈夫ですかと声を掛けたら「消えなさい」と弱弱しく罵られ、彼女はそのまま目を閉じた。

 

血に濡れるその姿は、震えるほどに美しかった(恐ろしかった)

無意識のうちに、彼女の柔らかな頬へ手が触れていた。

 

「……(あった)かい」

 

口から零れた言葉は、いったいどちらのものだったのだろう。

お腹がすいていたことも忘れて必死になって、気絶した彼女を教会まで運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はッひ……痛っ……ローン様、離れてはいけません。体温は絶対に下げないように、火に近づいてください」

「うーん。どっちかっていうと私より自分の心配をしたほうがいいと思うんですけど」

 

でも、物語に出てくるような男騎士に守護られるお姫様になった気分です。悪くありませんね。

彼の左手と繋がれた自分の右手を見て、少女は笑った。

 

そんな笑っていられる状況ではないと、呼吸を荒げている少年は思う。

薄暗い山の中で焚火で暖を取る二人は、遭難している最中なのだった。

 

「……ただの山菜採りが、こんなことになるなんて」

 

 

 

時は数時間前。

裏の山へ山菜を取りに行きませんか?

少女から告げられた珍しく健全なその誘いは、少年の首を縦に振らせるには簡単だった。

 

少年は、こんなこともあろうかと、と自作の大きな網籠を見せて自慢した。

少女がそれを持とうとしたので、彼は取られる前に慌てて自分で背負った。

 

この世界では男の方が弱かろうが、女性に重い物を持たせて自分は何もしないだなんて彼の矜持が許さない。

 

『本当にいいんですか?』

『万が一滑落してしまっては大変ですから、おまじないしておきますね』

 

『ふ、ふへへ……ありがとうございます、お優しきローン様』

 

少女のその言葉には何処か含みがあったのだが、優しくされて喜ぶ彼が気づくことはなかった。

 

 

さて、意気揚々と山菜を集めつつ山を登っていく二人。

タラの芽にふきのとう、ぜんまい、わらび、セリ、ズイキ、ミョウガ果てには山わさび。

季節も旬も重ならない山菜たちが同時期になっているので少年は不思議でしょうがない。

しかしここは異世界なので、自分の常識では測れないのだろうと割り切った。もしかしたら姿かたちが似ているだけで全く別の植物なのかもしれない。

 

ある程度時間が経てば、籠の中は四分の三ほど緑色で埋め尽くされた。

山も既に中腹あたり、日が暮れては危険だ。そろそろ帰ってもいいだろう。

 

もう帰りましょうか。

背後にいる少女に声をかけようとしたその時、少年の足に何か(・・)が当たった。

 

驚く間もなく、バランスを崩して斜面を滑落する少年。

擦り傷を作り、山菜をまき散らしながら転がっていく。

 

『う、あ──』

 

十メートルほど転がり続け、回る視界で落下先に見えたのは巨木から飛び出る鋭利な枝の先。

 

だめだ、ぶつかる。これ、死んじゃう。

 

死を覚悟して少年は目を閉じた。

しかし予想に反し、彼の身を包んだのは鋭い衝撃ではなく柔らかな抱擁。

 

『ふぅ、ちょっと危なかったです。怪我は……骨にヒビが入った程度でしょうか? ふふ、おまじないしておいてよかったですね』

『ぁ、ローン、様……?』

 

少年が目を開ければ、少女に抱き留められていた。

 

 

 

 

 

 

「ローン様……眠っては、いけません……いけま、せん……」

「おやすみなさい、目が覚めたらいつもの教会に戻っていますよ」

「……ローン、さま」

 

焚火に照らされうつらうつらと舟をこいでいた彼の身体を横にした。

頭を自身の膝に乗させ、傷の痛みから逃れて穏やかに眠る姿を見る。

 

 

ところどころに軽く傷を作って出血した彼の身体。

傷のことを抜きにしても健康的とまではいかないけれど、出会った頃の枯れ木のような姿はそこにはなかった。

 

指で血を絡め取る。

自身の白い指を紅く染める彼の血が、震えるほどに愛おしい(忌まわしい)

無意識のうちに彼の柔らかな頬に触れようとした、自身の手を押さえつけた。

 

「ふ、ふふ……まだ、だめ」

 

感情を抑えるように両手で顔を覆う。

それでも完全には隠しきれない。

 

指の隙間から、歪んだ笑みが顔を覗かせていた。

 

 




いったんここまで。
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