ほろローン 作:すちいむ
満たされない
満たされることなどない
ただ壊すことだけが唯一の快楽だった
安らぎが欲しいだなんて思ったことはない
でも、心が渇いて仕方がない
だから壊すのだ
ぽっかりと
鉄血の戦闘技術を集積して生まれた私はそうであれと願われた。
ならば壊そう
目の前に立ちふさがる敵を
そうして数え切れないほどの艦船を壊し続けた
海の底へと沈んでいく彼女たちの顔が忘れられない
最期まで私を睨みつけ抵抗して沈むもの
姉妹の名を呟き、生きるのを諦めて沈むもの
恐怖に彩られ、怨みを口にしながら沈むもの
忘れられない
彼女たちを壊したあの瞬間は本当に楽しくて
絶望して死にゆく敵の姿は、言葉にできないほどの興奮を私に
しかしそれも一時の間だけ
決して満たされるものではない
己の欲を満たすため、ずっとずっと壊し続けた
そうだ
だから今──私の身体が死に向かっていることもまた、納得している
ああ、ようやく死ぬのか
砂浜に倒れて、一人思う
今まで邪魔なものは全て粉砕してきた
憎悪によって身を焦がしてきた
破壊に快楽を見出してきた
だからこの結果にも納得だ
殺しもするのだから殺されもする
ロイヤルの艦船に囲まれた昨夜の戦い
同時に出撃していた駆逐艦を逃がし、一人で五隻を相手取った
数的に不利ではあっても負ける気はしなかったが、計算違いだったのはあの女──女王直属部隊のメイド長と名乗った女の存在
力が強いというわけではない、単独なら私に軍配が上がったはずだ
厄介なのは奴の指揮能力
相手の艦船たちに深手を与えられはすれど、どれも致命傷には程遠い
沈まないぎりぎりの被害を見極め、こちらを確実に追い込んでいく奴の手腕
それはまるで徐々に
結果として二隻は大破、一隻は中破まで追い込んだが、こちらは既に轟沈寸前
ふざけた格好をした連中ではあったが、女王直轄部隊と名乗ったのは間違いではないらしい
しかし運命とは分からないものだ
砲口を向けられ、死んだと思ったその刹那
死の瀬戸際で嵐の波に飲みこまれ、目が覚めればどこかの島に流されていた
動かない身体はそのままに、視線を動かして状況を確認する
砂浜には自分と同様に打ち上げられたゴミが多くあるだけで人の跡はない
砂浜の先には森、波の打ち寄せる崖の上には廃墟となっている教会
断定はできないが、人口が少なくなって捨てられた島といったところか
人間も数が少なくなって、故郷を捨てて主要な都市に移住することも珍しくはない
現地民からの助けは期待できない
無線は確認するまでもなく先の戦闘のせいで壊れているだろう
ならば救助など望めない
指の先すら動かせないほど弱った体ではできることもない
このままゆっくりと死ぬだけだ
……死か
死ぬときは何か感じるものがあると思っていたが、そんなものはないようだ
それが少し残念だった
怨みも、後悔も、恐怖もない
心の渇きが癒えることもまた、なかった
でもそれでいいのだろう。
死んでしまえばこの煩わしい思いからも解放される
もう死ぬとしよう。
目を閉じれば真っ暗な視界
ゆっくりと、冷たい海の底へと沈んでいくような感覚
ああ、ようやく──
『大丈夫ですか?』
……ひどく、煩わしい声が聞こえた
暖かい手が頬にふれた
私が殺す男との、初めての出会いだった。
少女が心から笑っている顔を、サクラは一度しか見たことがない。
いつも笑みは絶やさないけれど、それは表面上だけ。
笑えばもっと綺麗だろうに、もったいないと少年は思う。
「ローン様、あまりまじまじと見られると気まずいのですが……」
「私のことは気にせずどうぞ続けてください、ふふ」
「いや、女性用ですよねこれ……」
困惑しながら服の端をちょんと摘まむサクラ。
彼はいま、教会の中で竹ぼうきを使って床を払い、掃除に勤しむ真っ最中。
彼の纏うその服装はなんとも珍妙な給仕服で、前面には真っ白いエプロンに大きなリボン、下はミニスカート風に改造されている。
ローンはそんな彼の様子を、椅子に座りながら穏やかな表情で眺めていた。
「重桜の山城さんという方からの頂き物なんです。よく似合っていますよ」
「……脇は布地がないし、胸のあたりがブカブカなんですけど」
「いえ。聞いたところ、それがいいという話でして。男性が女性用の服を着ると生まれる胸のダボつきには夢が詰まっている、ちらりと見える鎖骨が想像をかきたてるとかなんとか。重桜の文化には目を見張るものがありますね」
「ひえぇぇ……」
それを聞いて「怖いよ異世界」とサクラは文化の違いに慄いたが、そういえば元の世界も変態度では負けてはいないかと思い至る。世界中にHENTAI文化を広める彼の故郷の業の深さは、それはすさまじいものであった。
「サクラさんも重桜の出身だから理解があるものかと思っていましたけど」
「あの……前にも言いましたけど僕の出身は日本です。重桜というところではありません」
「ああ、そういうことになってましたね」
彼の言葉には何処吹く風といったように、ニコリと笑う少女。
馬耳東風なローンの返事に、「本当なのに」とサクラはぼやいた。
彼は自分が異世界から来たことをローンに伝えてあるのだが、信じてはいないようだった。
抗議の意も兼ねて、ローンをじっと見る。
目に映るのは、どうしたんですかと笑みを絶やさぬ綺麗な顔。
サクラはあまり自慢とは思ってはいないが、彼は
だから理解してしまうのだ。
にこりと笑ってはいるけれど、彼女のそれはやはり笑っている振りだった。
もう一度彼女の本当に笑っている姿を見てみたい。
なんとか笑わせてあげられないものだろうか
そう思案しながら手を動かしているせいか、箒の動きには精彩がない。
サッと一払いするたびに埃はふわりと巻き上がる。
埃が目に入って涙目になりつつ、けほっと咳込むと、壁際にローンからもらったクーラーボックスが目に見えた。
これだ。サクラはひらめいた。
「ローン様、人魚という存在をご存じでしょうか?」
「? はい。伝説によると、海に住むという下半身が魚の特徴を持つ男性のことですよね」
「……おとこ? まあ、少し違うけどそんなかんじです」
人魚って普通女の人じゃないの?と思いつつ、箒を壁に立てかけてクーラーボックスに近づくサクラ。
ゴホンとひとつ咳払いし、片手で自分の胸をたたいてローンに自慢するように言った。
「実は人魚さんを発見してしまったのでローン様に見てもらいたいんです」
「まあ」
珍しくきょとんとしたローンの様子に、サクラはついつい笑いかける。
ネタを披露する側が笑ってはいけないと、必死に抑えて食料の詰め込まれた箱から一つ掴み上げた。
その正体は───
「? ただの魚に見えますけど……」
今朝釣り上げたばかりの新鮮な魚だった。
「いいえ、人魚です!」
サクラはローンに背を向けて、魚を自らのお尻に意気揚々と密着させた。
「これがほんとの、『
「─────え」
ひゅるり、冷たい隙間風が二人の間を抜けた。
してやったりという顔のサクラから視線を外し、一瞬思考の停止したローンの頭が鈍くも働き始める。
まぁ、メイド? なぜメイド?
給仕服を着ているから?
そうだ、あのメイドは次に会ったときは必ず沈めなくては
いや今はそうではなくて……魚をお尻に付けたのは、人魚を模した?
メイドに、人魚は、マーメイド
メイドが魚を付けて驚いている
まぁ、メイド……マーメイド……
え、ただの分かりづらい駄洒落?
「ど、どうですか?」
サクラはやりきったという顔で洒落の是非を尋ねた。
ローンは困った。
「えっと、その……食べ物では遊ばないほうがいいかと」
「え……ぁ、はい」
ローンに指摘され、少年は正気に戻った。
「あ、うーん……」
「ご、ごめんなさぃ……」
咄嗟に正論をぶつけてしまい戸惑う少女と、何をあほうなことをしてしまったんだと消えてしまいそうなほど縮こまる少年。
ただただ気まずい流れ、結局この日、ローンが笑うことは終ぞなかった。