ほろローン   作:すちいむ

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目が覚め、人影を捉えた時には既に身体が動いていた。

 

『良かった、目が覚め──ァ!?』

『どうして私を治療した』

 

片手で首を(つか)んで吊り上げる。

男の首は、力の弱った私でさえ簡単に手折(たお)ってしまえそうなほど細かった。

 

『ぁ……死んでほしくないと、思いました』

『その短慮の結果がこれですか』

 

助けた相手に殺されるなんて、愚昧(ぐまい)もここまで極まれば(あわ)れみすら覚えよう。

本当に苛立ちを押さえられない。(はらわた)が煮えくり返るという感覚はこのような感覚だったのか。これほどまでの怒りはかつて経験したことがない。

 

怒りのままに感情を口に出す。

 

『私に情けをかけたつもりか───!』

 

なぜここまで激しい怒りを覚えるのだろう。

あのメイドに傷を負わされたせいか。

この矮小(わいしょう)な男に憐れみをかけられたからか。

 

……いいや違う、分かっている。

全身が焼き切れそうなほどの憎悪の対象は。

私が抱いている怒りの矛先は。

 

──あそこで“死んでもいい”と思ってしまった己に向けられたものだった。

 

だからこれはただの八つ当たり。

己に対する情けなさを、他者を傷つけ発散する(みじ)めな行為。

 

それを分かっていても止められない。

心という物が目に見えたのならズタズタに引き裂いていた。

 

しかしそんなことはできようにもない。

感情の向かう先が何処にもない。

 

本当に惨めだった。

まさか私が、戦場でもないあのような静かな場所で死んでしまってもいいと思ってしまうなんて──

 

『あなたが、僕の運命でしょうか?』

『──は?』

 

()の抜けた声が出た。

男から発された唐突な問いに、思考が止まった。

意味の分からない言葉に虚をつかれ、掴み上げていた手の力が緩む。

男の身体は無造作に地へと落ちたが、()き込みながらも痛みをこらえたようにこちらを見上げていた。

 

『……ずいぶんと情熱的なプロポーズですね。命乞いのつもりですか?』

『い、いいえ』

 

男は言う。

自分は別の世界の人間だと。

神なる者から託宣を受けたと。

この島でいつか運命と出会い、決断を下すことになると。

 

だから私に尋ねた。

この男の出会う“運命”が、私なのかと。

 

『馬鹿馬鹿しい。神とやらが死ねといえば貴方は死ぬとでも言うのですか?』

『はい、一度は死んだ身です。神様がそうおっしゃったのなら、その時は』

 

男は気狂いの(たぐい)だった。

たった今死にかけていたというのに、浅い呼吸を繰り返しながらもこの男は笑っている。

これから死ぬかもしれないというのに、それでもこの男は笑っていた。

 

ふざけるなと思った。

笑って死ぬなんて許されない。

最期を迎えるときは、絶望して死ぬべきだ。

未練があるだろう、会いたい者がいるだろう、生きたいと思っているだろう。

 

今まで壊してきた船たちは、皆そうだった。

生きるために必死に抵抗していた。

死にたくないと、もがいていた。

 

なのに、この男は容易(たやす)く自己の生存権を放棄していた。

 

許せるものか。

認められるものか。

そんな自己満足な死の在り様など。

 

許さない─────

 

 

───そんなモノを壊しても、私の渇きは満たされないのだから……!

 

 

 

目の前の不快なモノを殺そうと拳を振り上げ─────激情の裏で心の冷静な面が待てと(ささや)く。

 

ピタリ。握りしめて振り下ろした拳が、男にぶつかる直前に止まった。

 

止まって、そこで考えた。

 

考えてしまった。

 

この男が浮かべた笑みが本物になった時、幸福の絶頂から絶望の底に突き落とされたら、どんな顔を見せてくれるのだろうって。

 

……想像して、口元に手を当てて表情を隠す。

だって、それはとても面白そうで、楽しそうで。

少し考えただけで、笑いが込み上げてしまいそうになったから。

 

決めた、これはまだ壊さない。

この男の運命とやらが現れたときに、それと一緒に殺してやろう。

 

『さしあたって……怪我の治療が優先ですね』

『え……?』

『少し気が動転していたようです、ごめんなさい』

 

初めから諦めているモノを壊してもつまらない。

きっとこれは、一目惚(ひとめぼ)れというものだ。

 

『貴方のお名前は?』

『……さくら、園花桜(そのはなさくら)です』

『ソノハナさん……いえ、重桜ということなら名前がサクラさんですね。私はローンといいます』

『ローン、様……』

『私はあなたの運命というものではありませんが……これからよろしくお願いしますね、サクラさん』

 

いつか機が熟すその日まで/貴方を壊すその時まで。

 

 

私たちの(いびつ)な関係が、ここから始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくしっ……うぅ、寒い」

 

自らのくしゃみで目を覚ましたサクラは、身体に被せていた布を脇にのける。

 

外気の冷たさから身を守るように、両手で身体を(さす)りながら教会の出口に向かった。

震えながら扉を開くと、彼の目の前には一面の白色に覆われた景色が現れる。

 

「はひ、今日は雪……」

 

短い呟きと一緒に白い息が空気に溶ける。

その間にもしんしんと降り積もる雪に、少年の心もズシリと重くなった。

 

サクラがこの島に定住して早数か月。異世界ということもあってか、非常識なこともなかなかに多く起こっている。気候については特に顕著(けんちょ)なもので、昨日まで夏のような暑さだったのに、次の日には雪が降るほど寒くなっているということも珍しくはない。今回がまさにそれだった。

 

「じゃあ今日は、くしゅっ、ずび……保存用の氷なくなったから、(さわ)に回収に行こうかな」

 

何度も経験しているといっても決して慣れるものではない。ローンと出会ってからは彼女が持ち込む品々に救われることが多々あったが、急な寒暖差に風邪をひくこともしばしばである。

 

油断しているとコロリと死んでしまいそうになる世界観に、この世界の人たちって強いんだなぁと、サクラは出発の準備をしつつしみじみと思った。ちなみに彼はローンとしか会ったことがないため、強さの基準が無意識のうちにローンになってしまっている。さもありなん。

 

「いってきます」

 

もらった服を何枚も(かさ)()して寒さを誤魔化(ごまか)し、クーラーボックスを持って準備万端。出口の扉を閉めて、(がけ)の上にある教会から沢へと向かって雪の道を歩く。

 

ザクザクと軽快な音を立てながら白いキャンパスの上に足跡が残っていった。幸いなことに風は吹いていなかったが、降りやむことのない雪はすぐさま靴の跡を消していく。

 

静かだった。海の近くを歩いているのに、いつも聞こえている波の音すら降雪に(はば)まれて聞こえない。サクラの耳に届くのは、疲労で(みだ)れた自分の吐息(といき)の音だけだった。

 

「はぁっ、寒いけどこんな日も悪くない、かな」

 

とても静かで、彼は昔を思い出す。

そういえば、殺されてしまったあの日、頭から血を流して死ぬ直前も、とても静かで(こご)えるくらい寒かったなと。

 

─────……ぃ、サクラ……ん

 

そうだ。意識がなくなる前に、名前を呼ばれた気がする。

まだ……僕の名前を呼んでくれていたかもしれない。

呼んでくれていたらいいな。

 

─────おーい、サクラさーん

 

そう、こんなふうに……こんなふう?

 

「……へぁ?」

 

サクラはなにか聞こえた気がして、はっと正気に戻って周囲を見渡した。

 

ひっそりとした空気を切り裂いた音源は海の方から聞こえてくる。

灰色の空を映した白い海に一つ、海面を移動しながら近づいてくる人影があった。

 

「あ、ローン様」

 

距離が(ちぢ)まるにつれて徐々に輪郭(りんかく)がはっきりと見えてくる。

人影の正体はサクラの見慣れた人物だった。

 

「……?」

 

しかし、なにか違和感を覚える。

ゆるりと手を振って接近してくる少女の姿はいつもと変わらないのだが、何かがおかしいようにサクラは感じた。

 

なんだろう……そう、彼女の服の色はあのような色だっただろうか?

彼女の服は決まっていつも黒だが、今日は一段と黒いような気がするのだ。

 

───サクラさーん、こんにちはー

 

ローンが上陸して、サクラの違和感はますます大きくなっていく。

なぜならサクラに向かって一直線に進んでいる彼女の足元には、まるでラインカーで線を引いているかのように赤い筋が作られているからだ。

 

白い雪の上を、黒い影が赤い線を描きながらやってくる。

 

そして彼は、ローンがすぐ近くにやってきてからようやく理解した。

 

彼女の服がいつもより黒く見えたのは、血に()れているからだ。

彼女が無意識に引いているだろう赤い線は、(したた)る血が落ちてできていたのだ。

 

「今日は寒くなりましたね」

 

(ほが)らかに笑う少女はその手に、長いナニカを持っていた。

 

「ひ、ぁ……ローンさま……そ、それ」

 

声が震える。

指し示す指も小刻みに揺れるが、決して寒さのせいではない。

 

それは、彼女がその手に持っているものは。

 

「サクラさん?」

 

「─────」

 

ローンの動きとともに、ぷらぷらと揺れるソレ。

既に主のいなくなった血まみれの腕が、ローンの手に無造作(むぞうさ)に握られていた。

 

サクラは恐ろしさのあまり顔を青ざめ、その場でぱたりと気絶した。

 

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