マタニティモンスターズ~産んで育てて母になろう~ 作:みくにあるは
「まあいいじゃろう。そなたの言いたいことはわかった。我らの進撃と共に街に混乱をもたらす、と」
豪奢な椅子に座る一見幼女のような、しかし頭に角が生え、体中に黒い模様が彫り込まれている、威厳あふれる王。彼女が白衣を着た男に向かって言う。
「しかし解せんな。そなたは人間じゃろう? なぜわざわざ我等の味方をする」
「私はとある目的を持っていましてな。私の活動を認めてくれるのならそちらの支配下のほうが動きやすいんですよ」
「変わったヤツじゃの。まあよい、クロコダイン。こやつを送ってやれ」
「はい」
クロコダインと呼ばれた二本足で立つワニのような怪物は、男を謁見の間から送り出した。
「ま、期待はせんがな。だれぞ、スウィーツを持ってこい。今日はモンブランが良いぞ」
程なくして別の魔物がスウィーツを持ってくる。幼女はそれを食べながら、今回の作戦
をもう一度整理しなおした。
ここは近年の魔物の活発化にも縁がない、オトズレン山の奥深くにある寂れた村であるナナキ村。
今そこの村の入り口で一人の少女が村人総出で見送られている。
「じゃあ行ってくるね、お父さん」
「すまないなあ、マニィ。私のせいでこんなに苦労をかけて……ゲホ、ゲホッ」
マニィと呼ばれた少女の父は村の男の肩を借りて立っているが、立っているのがやっとという体で、頬が病的にこけている。
それもそのはずで、マニィの父は万能薬『ヨクナオール』でしか治せないという病気にかかっていた。
ヨクナオールの市場価格は一億ゴールド。
マニィは勇敢な冒険者でもなければ偉大な魔法使いでもない。
だからどんなことでもして、体を売ってでも手にい入れようと、誰にもいわずに密かに思っていた。
「マニィ、レグナントの街の宿に着いたら連絡をよこしな。チーズをたっぷり送ってやるからね」
「スマンのお、マニィ。若いもんもわしらも共に行ってやれんで」
近所のおばさんとおじいさんが口々に言った。
「ううん、いいの。その気持ちだけで嬉しいから。じゃあね、みんな」
マニィはそう言って村を出た。
マニィは山沿いを下って歩いていると、子供の頃たまに遊んでいた川を見つけた。
辺りには誰もいない。ちょっと歩いて汗をかいたマニィは沐浴をしようと思った。
服を脱いで川辺に置き、足からゆっくりと川につかる。春先のひんやりと冷たい川の水が気持ちいい。
一応誰かに見つかったときのことも考えて、道具袋からタオルを出して、それを巻いて入浴しているが、誰にも見つかりはしないだろう。
川中の岩影に腰を下ろして天を見上げる。お日様がちょうど真上を通り過ぎた辺りで、お昼頃だろうか。
マニィはこれからのことをぼんやりと考える。
レグナントの街へ行って、宿で休んで、それから仕事を探す。お父さんの命は前にお医者様が言ったところ、一年程度の命らしい。それまでにはなんとかしなければならない。
全然薬を手に持って帰るイメージは湧かないのだけれど、だからといって何もしないのは間違っている。
お父さん……思えば、お父さんは本当に自分のことをよく思って育ててくれたとマニィ
は思った。マニィの父も母もナナキ村出身で、マニィがまだ赤ちゃんだった頃に妻であるマニィの母を亡くし、もともとは実家で農業をしていたのだけれど、それからは冒険者として危険な仕事生活していたこともあるらしい。だけれど、冒険者家業もあわずナナキ村に帰って家を継いだようだ。決して裕福ではなかったが、マニィは自分が不幸だと思ったこともない。
お父さんは、自分がもっと稼げていたらなと言うことも昔はよく言っていた
が、マニィはそんなことはどうでも良かった。
お母さんがいないのは寂しかったけれど、一生懸命働くお父さんを見てきたし、仕事を手伝うようになってからも変わらず汗水垂らしてお父さんは働いていた。
それば病気の兆候が現れてからも変わりなく、ここ数年でだいぶ弱ってしまったけれどそれでもなんとか働いていたのだ。お金がないから働くのは確かだったけれど、病になっても弱音を吐くこともなく働くお父さんを近くで見て、本当に立派だとマニィは思っている。
お金がないこと、田舎であること。それを我慢できずに都会に行く子もいた。別にそれが悪いとは思わないが、マニィは別にそう言ったモノに憧れなかった。だから自分が都会に出て働く、やましい仕事もするかもしれないということについてもお父さんのためでしかない。
そんなマニィは自分のことを世間を知らない田舎娘なのだろうな、と俯瞰することもあるけれど、別にそれで良いんだって思ってる。
大事なのは自分が満足できる道だから。人と違ったって良いと思っている。
「うわー、あれがレグナントの街かあ」
マニィが沐浴を終えて、川下に山を三つ越え、ちょっと疲れてきたなと小高い崖で休憩をしつつ見下ろすと、高い城壁に囲まれた街が見えた。
レグナントの街はこのあたりでは一番大きい街で、城壁の周りに川を引き入れて大きな橋を架けたところが入り口になっている。
マニィはこの街へ来るのは初めてで、村で行商人さんからよくこの街のことを聞いていた。
いわく、冒険者達が明日の栄光を手にするため日夜励んでいるとか、幾種類ものモンスターを料理することが盛んだとか、マニィはいつもその話を聞いてあこがれていた。
しかし、外に出るのは危険だからと子供のころは出してもらえなかったし、少し成長したころは家の手伝いでそれどころではなかったのだ。
「これなら夜までにはつけそうかな。もうひと頑張りだね」
マニィが背伸びをして歩き出そうとすると、目の前に水色の大きなぷよぷよとした玉があることに気づいた。しばらくそれを何だろうと見ていると、玉は目をかっと見開き襲いかかってきた。
スライムである。
「きゃあああ!」
スライムの攻撃を尻餅をつきなんとか避けるマニィ。
「GISYAAAAAAAAAA!!」
スライムの攻撃は続きマニィはなんとか体勢を立て直す。
マニィは持っていたナイフをかまえた。
「えい! えい!」
スカッ、スカッ。
しかしナイフの攻撃は空を切るばかりで、当たらない。
再びスライムにのしかかられるマニィ。
「GYUGYUGYU!」
マニィは思い出した。魔物は人間を食らうということを。こんな弱そうなモンスターでも十分脅威だということも。
――だめ、食べられちゃう! そんな、お父さん……