ほかのやつがスランプ気味で
ネタ投稿です。
姉の能力だけ型月からのクロスオーバーになります。
かきたいとこだけ書きました。
感想あれば嬉しいです。
この世は、けして平等ではない。この世はけして、優しくはない。
悲劇なんて、道ばたに当たり前のように転がっている。天国に住まう者はいないし、誰もが地獄を抱えている。
それを知ったのは、およそ、七歳の頃。
五条命に年の離れた弟が生まれた、その日のことだった。
五条命は、これでも、およそ六歳まで自分が幸福な子供であることを疑ったことはなかった。
優しい両親、大きな家、綺麗な服に、おもちゃ。日々、早々に始まったお稽古事で徹底的に体を痛めつけられることはあっても、それでも、幸せであったのだとおもう。
青い目が、見開かれて。銀の産毛が揺れていた。
それが、自分を見ていた。
ふっと、命は目を覚ました。
六畳ほどの部屋は、タンスと机、小さな本棚程度しかないが一つ一つのものの質は悪くない。ただ、なんとなく、全体的に質素な印象を受ける部屋だった。
(夢、か。)
起き上がり、目をこすりながら、起きる直前まで見ていただろうそれに命は懐かしいものをみたなあと考える。
けれど、それについて深く考える前に彼女は時計を見て、慌てて立ち上がった。
動きやすい服装に着替えて、屋敷と言ってもかまわないほどの広さの自宅の中を歩く。
はあと息を吐けば真っ白なそれが吐き出された。
早朝は好きだ。
冷たい空気が澄んでいて、しんと痛いほどの沈黙はすがすがしい。
できるだけ音を立てないように廊下を進んだ。
廊下の先、家の隅にある鍛錬所として使っている道場についた。そこを簡単に拭き掃除などをする。
そうして木刀を握った。
「・・・・はじめ。」
自分でそう言葉を吐いて、命はそのまま木刀を振るった。
「・・・・命様!」
その言葉に、命は無心に動かしていた体の動きを止める。入り口の方を見ると、そこにはどこか気まずそうにたたずむ男性がいた。命はもう時間かとうなずいてにっこりと爽やかに微笑んだ。
「すまない、もう時間か。床掃除はもうしてあるから。」
「はい。」
その男は、昔は命ともよく話してくれていた。けれど、今では目を合わせることもほとんどない。
命はそのまま手早く荷物をまとめて道場を出た。すでに、何人もの人間が起きて家事を行っている。命はそれから隠れるように人の通りが少ない通路を歩いた。その間、ひそひそと声がする。
(あの子よ。)
(・・・・弟君はあんなにもなのに。)
(直系の血筋で。)
(恥・・・・)
それに、命は変ることなくぴんと背筋を伸ばして廊下を歩いた。
五条命、五条家直系の長子にして、術式を持たずに生まれてきた彼女は家の恥と言われていた。
天与呪縛というものがある。
先天的に課せられた縛りであるそれを命は生まれ持っていた。
術式の有無がわかる六歳ほどまでは普通の扱いであったが、それも術式がないことがわかったことで世界の全てが変ってしまった。
命の体質は変ったもので、呪力自体は一般人以下であったらしい。けれど、何故か眼の部分にだけ呪力が濃く巡っており、呪霊を知覚することができた。
それが、命の幸福な時間を過ごさせるきっかけだったのだろう。
術式がない代わりに圧倒的な身体能力を有していたものの、名門である五条家にはそんなものはお呼びであるはずもなかった。
けれど、少しはましであったのだ。
そうはいっても彼女は女だ。そうして、五条家の直系でもある。どこぞに嫁に行って有力な子を産めばまだいいだろうと。
けれど、命への失望の後に、膨らんだ母の腹から彼女の全てをぶち壊す存在が生まれてきた。
自分を見た、澄んだ青い瞳を覚えている。
朝の稽古を終えたあと、部屋の前に置いてある朝食を食べる。そうして、支度をした後学校に向かう。できるだけ早く、家の人間にわからないように。
父と母、そうして弟に気づかれないように朝早くに家を出る。それが命の習慣であった。学校ではあくまで普通に振る舞う。
そうして、学校から帰り、できるだけ静かに廊下を歩く。使用人たちならば無視をしてくれるが、家の人間に見つかるとねちねちと時間を取られるのだ。
けれど、その日は珍しく、どちらでもない存在に出会った。
「おい。」
「あ、悟さ。」
ま、まで言う前にその少年は不機嫌そうに命を睨んだ。それに、全てを察して命は辺りをうかがった後にそっとその子供に話しかけた。
「ただいま、悟。習い事は終わったのかい?」
「終わってるよ。つーか、この頃稽古相手もつまんなくなってるのに。」
それに命はそうかいとうなずいた。
銀の髪に、そうして、自分をじっと見る青い眼。
選ばれたものの眼、美しい青い眼、自分を見た、あの眼。
それに命は眼を細める。
実の弟である五条とはあまり話をしない。両親が嫌がることもあるし、彼自身もなんだかんだと忙しい身だ。
命のように役目のない人間と違って少年はありとあらゆる意味で引く手あまたなのだ。
「それよりもさ、姉さん。暇なら俺と遊んでよ!」
「私がかい?」
「だって、姉さん以外にいないんだよ!」
五条はそのまま、命の手を引っ張った。それに彼女は悩む。五条と願いを叶えれば、確実に自分はろくなことにならないだろう。それこそ、食事を抜かれるのは確実だ。食い盛りでさすがにそれはきついものがある。
命はどうしたものかと考えるが、それよりも先に五条が彼女をねめつけた。
「・・・・俺の言うこと聞いてくれないの?」
ぶすくれたそれに命はため息を吐いて、はいはいとうなずいた。
「わかったよ。じゃあ、道場に行ってなさい。動きやすい服に着替えるから。」
「先に行ってるからな!」
命の反応に五条は眼をキラキラさせて廊下を走っていく。それに、命はゆっくりと眼を細めた。
道場ではそれぞれ動きやすい服装になった二人は向かい合っていた。道場には二人でしかおらず、しんと静まりかえっている。といっても、五条はすねたように座り込み、命はそれに苦笑をして彼をのぞき込んでいる。
「・・・・姉さん、ものすげえ見にくい。」
「呪力の少ない私を六眼で捉えるのは難しいと言っているでしょう?肉眼で体の動きを捉えなさい。」
「肉眼の方が追えないんだけど!」
「まあ、さすがに鍛錬を初めて一年ほどのお前に負けるほどではないと言うことですね。」
命はクスクスと笑った。それを見ていた五条はぽつりと呟く。
「姉さんさあ。本当に中学校は家を出るの?」
「ええ、当主様の命ですからねえ。」
「やめさせようか?」
それに命は改めて幼い子供の方を見た。ギラギラとした、青い瞳が探るように命を見ていた。彼女はそれに苦笑した。
「いいですよ。その代り、呪術高専に入らせてもらえる約束なんですから。」
その言葉に、五条は不服そうに言い放った。
「術式も使えないのに?」
それに命は五条の瞳をのぞき込んだ。そこには、穏やかに微笑む少女の姿があった。
五条とよく似た顔立ち、そっくりな銀の髪、そうして、正反対は赤い瞳。
「呪物がなければ戦うこともできないくせに、なんで高専なんかに行くのさ。」
それに、命はああとうなずいた。
「それでも、私の力で誰かを助けられるのなら、それを選ぶのは当然でしょう。」
私は、呪術師の家系に生まれたのだから。
それに、青い瞳がゆがんだ。
命は、生まれた頃から陰ることなく美しいその瞳を嬉しそうに見た。
命はそのまま何を言われても頑なに鍛錬を続け、そうしてそのまま中学に進学することとなった。家を出るそのときまでは自分のことを気遣ってくれた弟に命は微笑みかけた。そうして、言われたとおりに家を出た。
ただ、最初と違ったのは、全寮制ではなく、一人暮らしようのアパートに放り込まれたことだろうか。
寮の方が面倒が少ないのだろうが、命自身が鍛錬などの自由時間のことを考えれば一人暮らしの方がずっと余裕ができるだろう。
元々、使用人がいたといっても最低限のことだけで掃除や洗濯などはある程度できていたことが幸いだろう。
両親はさほど命の願いを叶えることはないが、不服なことに自慢の息子は命を気に入っており、彼のおかげで融通がきく。
弟の庇護下に入っている現状は情けないが、自分の願いを叶えるためには必要なことだった。
そうして、何より、もう一つだけ命は呪術師になる前に叶えたいことがあった。そのために、自由になる時間がどうしても必要だったのだ。
(確か、この辺にあったはず。)
命はコツコツと貯めた小遣いや出される生活費を削って貯めたお金を使って、電車などを乗り継いでたどり着いたのは関西某所だ。
自分の住んでいる場所から一時間ほどかかるそこに、命がずっと望み続けた場所がある。馬鹿でかい、塀に囲まれた場所だ。
命は簡素な服装に帽子を目深にかぶって、その家の前を通る。そうして、その家の前を通り過ぎる瞬間にそっと表札を伺った。
表札の文字、禪院というそれに命はうっすらと笑みを浮かべた。
そうして、たったと早足で立ち去り、少し行った先の建物の影に飛び込んだ。
(禪院家、ようやく、ようやくだ!ここに、禪院トウジがいる!)
命は浮き立つ心そのままにばくばくとなる心臓を抱えてうずくまる。
禪院トウジ、名前しか知らないその少年に出会うこと。
それは、命が己の体質を知ったあと、少ししてから抱き続けた夢の一つであった。
その名前を聞いたのは、家の隅でうずくまっていたそのときだった。
両親は才能が期待される弟にかかりっきりで、周りの使用人たちも命に対して腫れ物と言えば良いのか、明らかに空々しい態度を取るようになって少ししてからのこと。
自分が、なんとなく孤独で望まれていなかったことを察してしまっていた。
ぼんやりとうずくまった場所で、ひそひそと、親類の誰かが話していることを聞いたのだ。
「まったく。女といえども長子があのようでは。」
「天与呪縛といえども、呪力がないなどと。足ないだとかだったとしても、術式が優れていればな。」
「そういえば、聞いたか。禪院でも呪力が全くない子供が生まれたそうだぞ。」
「ああ、聞いた。トウジとかいう子供だろう?男で術式がないなど恥以外の何物でもないだろうに。」
「ああ。この頃は、何かしらの呪いでも受けているのだろうか。」
それに、命は目を見開いた。
いるのだという自分と同じ、術式を持たない少年。命は、幾度も、幾度も、トウジという名前を口の中で唱えていた。
自分と同じ、らしい彼。もしかしたら、自分と同じように家の隅でうずくまっているのだろうか。
弟である五条がある程度話せるようになるまで、命はそれこそないように扱われた。最低限の世話だとか、教育だとかは受けたとたとしても昔のような愛情なんて言葉は欠片もなかった。
それでも、それでも、どうしようもなく寂しい日は、自分と同じだという少年のことを夢に見た。
(どんな子かな?)
優しい子だろうか、無口な子だろうか。それとも生意気な子だろうか。今、眠っているだろうか。それとも起きているだろうか。
一人だろうか、それともちゃんと誰かが側にいてくれるだろうか。
(友達に、なれないかな。)
つらいことはたくさんあった。寂しくて、悲しくて、ずっと続けていた鍛錬も投げだそうとしたこともあった。
けれど、それでも、自分と同じであるらしい少年のことを考えると、不思議と頑張れた。
彼のことを考えると、不思議と一人でない気がした
だから、ずっと会いたかった。
自分の心を守るために積み上げた愛着は、すっかりと肥大化してトウジという少年への焦がれが募っていた。
救われていたのだ、少なくとも、命の心は名しか知らない少年に。
だからといって、その少年に易々と会えるような立場ではない。いくら、誰にも認められないと言っても、命の親は五条家のトップだ。禪院家の少年に会いたいなど、言った日にはどうなるか想像に難くない。
だからこそ、命はなんとかして自由な時間を得て、少年に会いたかったのだ。中学生になり、外に放り出されたのは良い機会と言えた。
だからこそ、なんとか聞いた住所だけを頼りに禪院家の近くまでは来れたのだが。
(よくよく考えればどうやって会えば?)
会いたいですと、家に行く?
仮にそれでトウジに会わせてもらえたとしても、自分の顔が相手に知られていればそれこそ、どれほど問題になるかわかったものではない。
命も、自分が腐っても五条家の、それこそ五条悟の姉であるという自負はあった。
「帰るか。」
何はともかくとしても、少なくとも自分の夢に一歩ぐらいは近づけた気がしたのだ。そうだ、きっと、近づけたのだと、思うのだ。
「・・・・・それでおめおめと帰ってきたわけ?」
「まあ、はい。」
その日、命は五条と共に家の近くをすごすごと歩いていた。丁度、長期休みに入った命は五条の要望で実家に帰ってきていた。
命としては家にいづらいこともあり帰る気はなかったものの、いろいろとしがらみの多い弟のわがままを聞くのは嫌いではない。
家では二人でいると良くも悪くも言われることが多いため、散歩がてらにうろついていた。
そうして、命は五条に言われるままに、禪院家の門まで言ったことをしゃべってしまったのだ。
「ばっかだろ、お前。」
「で、でも。門前だったし。それに、誰とも会いませんでしたし。」
「だからって、禪院家に一人で行くとかマジで馬鹿だろ!お前、立場わかってんの?」
五条は青い、ギラギラとした眼で命の赤い瞳を見返した。それに、彼女は困ったような顔をした。
「わかってるから突撃はしなかったんですが・・・・」
「なんか言った?」
「何にも!何にも言ってません!でも、そんなに気にしなくても。」
呪力のない私にかまうほど、相手も落ちぶれてませんよ。
命は何気なくそういった。
そうして、ぼそぼそと不審者過ぎるだろうだとか、そんなことを言った。
彼女は気づかない。それに、その言葉に何か言いたそうな弟のことに。
ぶつぶつと呟いていた命の隣で不服そうな顔をしていた五条はふっと後ろを振り返る。それに引っ張られて後ろを振り返ると、着物を着た体格の良い青年が立っていた。
命はそれに首をかしげる。あまり見たことがない顔だった。
けれど、本当として、彼女の人よりもずっと優れた肉体と、勘が相手が強者であると告げていた。
命は青年とにらみ合う五条と、彼の間に割って入った。
「申し訳ございません、どちらさまでしょうか?」
青年は、五条を庇うように立った命に驚いたような目を向けた。五条は命に不服そうな目を向ける。
(うーん、この人強い。どうしよう、悟を担いで。それよりも私がおとりになった方がいいかも。)
「姉さん、邪魔!」
「邪魔って、一応庇ってあげてるんですけど!?」
「俺より弱いくせに何言ってんのさ。」
「え、でもこの人強いですよ?だから、せめておとりになろうかと。」
「ならなくて良いから、さっさとどけ!」
きゃんきゃんと言い合っていた二人に、黙っていた青年がふっと笑った。
そうして、ケラケラと笑い始めた。
「はっはっは!五条の六眼持ちが姉にべったりってのは本当だったんだな。」
明らかにからかう色のあるそれに、五条は青い目を向ける。それを聞いていた命は言われたそれに苦笑した。
「いいえ。べったりなのは私ですよ。」
術式のない私を、この子はたくさんのものから守ってくれているんです。
何のこともないように、仕方がないというように、女は笑ってそういった。
青年は命のその顔に、なんと言えば良いのだろうか。
ひどく、ひどく、気まずそうで、気分が悪そうな顔をした。それは、五条もおなじだった。
「そうかい。」
「はい、そうです。ところで、あなたは?何か、ご用でしょうか?」
命はあくまで警戒を解かずにそういった。それに青年はしらけたというように肩をすくめた。
「あんたらのような奴らは知らねえだろうさ。禪院のトウジだ。」
それに更に言葉を付け加えようと口を開いたが、それは命の言葉に飲まれてしまった。
「トウジ?」
そのときの眼を、禪院甚爾は忘れることはできないだろう。
まるで、この世の全ての希望だとか、夢だとか、そんな輝かしいもので満ちた眼で自分を見たそれのことを。
禪院甚爾にとって、この世はくそであると言うことだけだった。
術式を持たずに生まれた、呪力がない。
それだけで、甚爾の全てはことごとく否定された。
両親は甚爾の全てを無視した。家は甚爾の全てをさげすんだ。
外に出れば違った。
甚爾の桁外れの身体能力や賢しさを見れば、誰もが甚爾を認めた。呪力の存在を知らない人間たちからは。
自分は優れている。
彼の出す結果はその事実を認識させるには十分だった。けれど、禪院家ではそんなことは関係がない。術式があるかどうか、それも相伝のものをもっているかどうか。
それで全てが決まってしまう。
何故、自分を認めない。何故、自分は否定されなければいけない。
ああ、くそだ。殺し合いで自分に勝つこともできない人間たちが、自分をさげすむその事実。
それに、腹の底が煮えくりかえる気がした。
そんな鬱屈としたある日、五条家の六眼持ちの子供と、そうしてその姉の話を聞いた。
五条家に生まれた待望のそれは、何でも呪力を持たない姉に骨抜きであるらしい。情けないことだと。
興味がわいた。
六眼持ちの子供にもそうだが、自分と同じような環境で呪力を持たないままに育った女がどんな人間であるか。
ただ、興味がわいた。
面白半分のそれではあったが、六眼持ちのそれに気取られたときは驚いた。
はじめであった、後ろにいた自分を気取られるなんてことは。
そうして、次に驚いたのは、己の名前を聞いて眼をキラキラとさせながらにじり寄ってきた女にだろう。
(なにしてんだ、おれあ。)
甚爾のいるのは、自動販売機の隣に置かれたベンチで、彼の隣には明らかにうきうきとしている女がいた。そうして、おまけのように不機嫌そうに甚爾を睨む五条悟。
(すごいですよ、悟!甚爾君です!私と同じ!)
(はいはい、わかったから。)
わかりやすいひそひそ話に甚爾はため息を吐きながら、おごられた缶コーヒーを飲む。
五条命は何を思ったか、是非とも話がしたいと甚爾にやたらと絡んできた。はっきりいって断っても良かったが、五条の態度が面白かったことと、命の勢いに押されてしまったことがあった。
それは、あんまりにも、無邪気でてらいもなく、そうして純粋に甚爾を見る。
そこに、哀れみはない、そこに悲しみはない。予想をしていた同族への何かなど、欠片だってなく、あるのは純粋すぎる好意しかなかった。
「私、あなたにずっと会いたかったんですよ!」
「・・・・同族との傷のなめ合いは求めてねえよ。」
甚爾はあまり触れたことのない感情に気疲れをしてぐったりと息を吐いた。なんとなく、かまうほどの価値は感じなかった。けれど、傷つけようと思えるほどにそれはあんまりにも、なんと言えば良いのだろうか。
柔らかな感情に満ちていた。
幸せな人間であるかと言われれば、違うだろうと思える程度にそれは自分に価値を感じていなかった。かといって、好意を抱く理由もない。
甚爾はさっさと帰ろうと思っていた。
「いえ、傷のなめ合いはとっくに済ませているのでかまわないで下さればいいんですが。ただ、私はあなたに会いたかったんですよ。」
命はそう言って、ベンチの前を通る道路を見た。手には、買ったらしいミルクティーが握られている。
「あなたのおかげで、私はここまで歩いて来れた。悲しくても、寂しくても、あなたという存在がいるだけで心が慰められた。だから、ありがとうございます。」
あなたがいて、私は本当に幸福だ。
それは、それに、甚爾はなんと言えば良いのかわからなかった。
それの言葉の意味がわからなかった。
それは、地獄への道連れがいることを喜んでいるわけではなく、かといって術式がない事への嘆きが存在しないわけではない。
術式のない自分たちへの哀れみだとか、周りへの怒りも存在しない。
甚爾は、それに女の赤い瞳を見た。
それは、変ることなく、澄み切って。そうして、弾むように、心の底から甚爾という存在へ会えたことをうれしがっているようだった。
そうして、女の隣で、どこか沈んだ顔の五条が見えた。
甚爾は、それに、なんとなく自分が今まで出会ったことのないようなものにあったことを理解した。
「・・・・てめえは、自分に術式がないことをどう思ってんだ。」
そんなことが口に出たのは、そのよくわからない存在が術式というものへどんな感情を持っているのか知りたかったためだ。
そうだ、どう、思いを抱いて生きているのか知りたかったためだ。
それに、命はあっさりと言い切った。
「そうですね。術式があればもう少し、便利ではあったと思いますが。でも、これでも戦い方はありますから。どんなものでも、変りませんよ。」
呪術師の家系に生まれたのだから。なら、誰かを助けるような人になる。それが、叶う力があるのなら。
そう言って、女は笑う。
清廉で、澄み切った、まるで人間であるかも怪しいほどに純粋に笑って見せた。
それに、甚爾は理解した。
なるほど、こいつはどこまでもいかれているのだと。
己の世界がことごとく壊れてしまったあの日、それでも命は自分が見た美しいものを忘れられなかった。
美しい、青い瞳。実姉であるからと、近くで見ることの叶った赤ん坊はあんまりにも美しくて。
小さくて。
大人たちの声が聞こえる。
六眼だ。六眼が生まれた。これで、術式も合致すれば。
両親は、滅多にないほどに上機嫌に笑っていた。
それよりも、命はその、綺麗で、柔らかくて、愛らしくて、そうして弱い命を見て思ったのだ。
なんて、愛おしいのだろうと。
命は、自分が体を鍛える理由を理解していなかった。ただ、大人たちがそう望んだから。両親が、教育は早いほうが良いだろうと言っていたから。
皆が言う。幼い、術式の有無がわからなかった当時の彼女に言っていた。
あなたは、五条の名を背負っていつか呪術師になるのだと。
けれど、呪術師のことがわからない彼女は、ただ、危ないことをするのだとしかわからなかった。そのために彼女は正直言って怖かったことを覚えている。
目に映る、異形のそれ。それに、自分はいつか立ち向かっていかねばならないとするのなら、それはとても怖いことではないのかと。
だからこそ、それを命は自分の稽古をつけてくれていた老いた男に聞いたことがあった。
それは何でも一般家庭の出で、いつかの五条の人間に仕えていたという、老いた彼は呪術師の傍らで命のことを鍛えてくれていた。
彼は、それに、老いたしわしわの手で命の頭を撫でてくれた。
怖くないだろうか、自分はそれをしなくていけないのだろうか。
その問いに、男は優しく答えてくれた。
「それでも、あなたの手には、誰かを助けられる可能性があるからです。」
その言葉の意味を、命はよく理解していなかった。
「あなたの手には、誰かを救える力がある。呪霊でいつか死ぬ誰か、いつか失われる幸福。それを守る力はあなたにはある。大丈夫、あなたは優しい子だ。きっと、その力を持った意味がわかるはずです。」
男は、そう言って。
そうして、それからすぐに任務で死んでしまった。何でも、肝試しに来ていた子どもをかばったからだという。
「だから、私はいつか強くなって誰かを助けられる人になりたいんです。呪霊を見ることもできます、抵抗できる力があります。」
誰かのために命を駆けられる誰かは美しいでしょう。柔らかくて、優しいものを守りたいと願える誰かのひたむきさを愛おしまずにはいられないでしょう。
どんな理由があっても誰かを守るために戦う人を知っています。
だから、私は誰かのために戦いたいと思うのです、願うんです。
私が死ぬ、最期まで。誰かを守って戦い続けることが私の夢なんです。
甚爾は。それに、まざまざと理解する。
ああ、目の前の女はどこまでも狂っている。甚爾の知らない方向へ、徹底的に狂っている。
そんな存在を、そんな願いを持って呪術師になりたいと微笑む女を、少なくとも彼は知らなかった。
「いつか、悟を守れるぐらいに強くなるのが夢なんです。」
「・・・・一生無理だろ。」
「いいでしょう。約束しました。守れるように努力はしてるんですよ。」
甚爾は、目の前で起こる生ぬるいやりとりに目を向けた。
今まで黙っていた五条はすねたように視線を下げた。
くだらないだろう、そんな、こんな、ままごと遊びのようなやりとり。
それでも、甚爾は、触れたことのない感情、あり方。そうして、その瞳をどうしても忘れられそうになかった。
だって、その瞳には、確かに甚爾の尊厳が存在していたのだ。
禪院甚爾は、その女を見ていた。
絶叫が響き渡る。互いにボロボロで、尚且つすでに瀕死だった。呪霊に襲われた二人は、ろくに呪物もなく、死ぬはずだった。
禪院甚爾は覚えている。
自分を庇った女のことを、自分を生かすためにあがいた女を。
そうして、女の、まがれという絶叫と共にねじ曲がり祓われた呪霊の姿を確かに見たのだ。