ハンター姉妹成長記   作:7743

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はじめまして。今回はプロローグみたいなものです。


1:始まりは怪鳥とともに

 密林の中に、音が響く。

 

 まずは二つの足音。荒い呼吸を伴ったそれは人間のもの。

 

 二人を追い、抜かしていく奇声。けたたましい鳴き声が木々の合間を貫いていった。

 

 さらに、地響きすらともなった重厚な足音。奇声の主が力強く大地を踏みしめ猛進する――地面を揺らし駆け抜けた後の湿気の多い地面には、巨大な足跡が残される。

 

 襟巻のように顔を覆う巨大な耳。ピッケルのような鋭さと硬度を持つ、しゃくれた巨大なくちばし。鳥竜種の特徴である細くしなやかな脚部。

 

 原種別名の『怪鳥』の由来である羽毛に覆われた大きな翼をはばたかせ、イャンクックは地を駆ける。

 

 首を振り、翼を振りながら走るその姿は、見ようによっては非常に滑稽なものかもしれない。

 

 

 だが、その巨体に追われる身としては、滑稽さなど感じる余裕はなかった。

 

 

「ああ、もう! いい加減しつこいよコイツ!?」

 

 私、アイナ=アナスタシアの隣を走る、革製の防具に身を包み、赤に染めた髪を後ろで縛るガウシカテールにした少女が悲鳴を上げた。双子の姉――カレン=アナスタシアは度々後ろを振り返っては同じ言葉を漏らす。走り始めてだいぶ経つというのに、そんなことができる体力は尊敬に値するものだろう。

 

 最前線で強大な敵に立ち向かう前衛職たる剣士と、遠距離からの攻撃を得意とする後衛のガンナーという職業上の鍛え方の差異かもしれないが。

 

 そんなことが漠然と浮かぶ以外は頭の中は靄で覆われたように真っ白だ。あれほどかいていた汗も逆に引きはじめるあたり、体力の限界が近いのかもしれない。吐きだした息が十分に補充されず、肺を内側から締め付けられている。

 

「アイナ、大丈夫!? 顔、真っ白だよ!」

 

 頭の中だけではなく顔面もまっ白らしい。大丈夫、と安心させるつもりで口を動かすが、吐き出されたのは荒い息だけだった。

 

 すでに地面を踏む感覚がない。まるで体が宙に浮いているようだ――そう思った瞬間、本当に体が宙を舞った。

 

「――――!」

 

 数歩先にいたカレンが息をのみ、立ち止った。鼻を湿った地面の匂いが掠める。全身を揺るがすような振動が伝わる。そこで、自分が転倒したと気付いた。

 

 熱を伴った痛みがじんと広がり、立ち上がろうにも力が入らない。限界まで酷使された身体が、ふかふかのベッドに倒れこんだように体が動くことを拒否している。肩にかけたボウガンが重い。心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえた。

 

「なにやってんの! はやく起きて!」

 

 悲鳴に近いカレンの声は、意識とともに疲労の闇へ溶けて、消えていく。

 

 完全に闇に消える間際、耳を裂くような鋭い破裂音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄く開いた瞼から白い色がにじみ出た。闇に慣れた目が過敏に反応し、一気に視界が白く染まる。

 

 目がしらに熱。視界が涙に歪む。反射的に数度瞬きすると、眼前に見慣れた色の天井があった。見慣れた天井は見慣れた壁につながる。

 

 見慣れた、私の部屋だった。

 

 柔らかいベッドの感触に、息を吐き出して全身の力を抜くと、瞼が重くなった。疲労の取れきれない体が休息を要求している。着けていた防具は脱がされ、下着姿だった。誰かが拭ってくれたのか、泥も汗もついていないようだ。

 

 

 ゆっくりと下がる瞼に待ったをかけるように、硬質な音が響く。

 

 

「アイナ……?」

 

 ノックの返事を待たずにドアを開けるような人間は一人しか知らない。目を向ければ、彼女、カレンは心配そうに眉をハの字にさげながら、ドアの隙間からこちらを窺うように金色の瞳をのぞかせていた。

 

 金色の中に、私の青い瞳が映る。一瞬金の瞳が見開かれ、薄く涙がにじんだ。

 

「起きたの? よかったぁ」

 

 聞いているこちらまで脱力感に襲われるような、気の抜けた声。ドアを押しのけベッドの脇まで駆けよってくる。

 

「ごめん、心配かけたみたい」 

 

 跳びかからんという勢いで近づいてきた彼女の目端から、涙が一滴だけ飛んで行った。言葉を発する口の中は乾いていて、かすれた声しか出なかったが、それでも彼女には届いたようだ。

 

「そりゃあ心配するよ。もう夜だもん。みんなは疲れて寝てるだけだって言ってたけど、アイナ、顔が真っ白で、叩いても目ぇ覚まさないし。でも、よかった。このまま目が覚めなかったらどうしようかと思ってたんだから。あ、喉、乾かない? 水もらってくるよ」

 

 私が口を挟む余裕もなく再びドアは閉じられた。カレンが去り、隙間を埋めるように静寂が満ちる。

 

 ベッドに体を預け、虚空を見つめていると、脳が今日の記憶を再生していく。

 

 

 

 

 

 

 

 簡単なクエストのはずだった。

 

 村からすこし離れた密林で幾つかのキノコを採ってくるだけ。

 

 実際、目的のものは密林の入口付近ですぐに見つかり、そのまま帰ってクエスト完了の手続きをとるだけだった。

 

 カレンが、「時間もあるし、ちょっと探索していこう」、と言わなければ。

 

 結果論として私は反対すべきだったわけだが、ハンターとして登録して数カ月、ようやく数匹の小型鳥竜種を二人掛かりで倒した程度の駆けだしハンターにとって、密林で採れる素材は武器や防具の強化に欠かせないものだ。ちょうどピッケルの持ち合わせもあり、当面の目標である「ハンターシリーズ」に属する防具に必要な鉄鉱石あたりを採るには良い機会、とカレンの提案に賛成してしまった。

 

 そうして私たちは密林の奥へ足を進めていった。

 

 違和感に先に気付いたのはカレンだった。どちらかというと動物に近い感覚をもつ彼女は、普段よりも周囲が静かだ、ということを口にした。

 

 言われ、耳を澄ませば、鳥や虫の鳴き声がいつもよりも遠い――すなわち近くにそれらがいないということ。

 

 不審に思う間もなかった。次の瞬間、空から耳に響く奇声が響き渡ったからだ。

 

 奇声に身をかがめれば、眼前、密林の木々が風圧にざわめかせ、塵芥を巻き上げながら地上に降り立つ巨大な影。全高は私たちの倍近い。

 

先ほどの奇声とはかわり、イャンクックは威嚇するようにこちらを睨みつけ、低い声で唸った。

 

 

 

 

 いまさら思い出すのはハンター登録に必要な数度の講習で言われたこと。「初心者はクエスト終了後、ただちに帰還すること」。理由は「想定外のモンスターに遭遇する可能性があるため」。

 

 隣の机で惰眠をむさぼっていたカレンはともかく、私はその講習をまじめに聞いていたのに。

 

 

 

「逃げるよ!」 

 

 とっさに判断を下したのはカレンだった。初めてみる飛竜の巨躯に竦んだ私の手を引き、駆けだした。

 

 背後から足の裏を通して伝わる振動。振り返れば、巨大なくちばしが三分の一ほど地面に突き刺さっていた。カレンが手を引かなければその下には私の頭があったはずの場所――そのことに恐怖し背筋が凍り、しかしそのおかげで私の体は本能的な恐怖にかられて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 そこまでで、記憶の再生は途切れる。再び開いたドアからカレンが顔を覗かせていたからだ。

 

 半身をもたげ、陶器のコップに注がれた水を一気に飲み干す。だいぶ水分が抜けていたようだ。

 

「ありがとう。助かった」

 

 一息つき、カレンにコップを返しつつそう言った。

 

「いいよ別に……水くらい。あ、おかわりは?」

 

 首を横に振る。二つの意味を込めて。

 

「水じゃなくて、もっと前。あの時、姉さんが手を引いてくれなかったら、逃げられなかった」

 

「ああ、あの時? あの時は、まあ、無我夢中だったから……んー、助けたって実感ないし、別にいいよ。あ、でも、こんど夕飯の当番一回代わってくれる? 料理は……パティがいいな、うん」

 

 そんなカレンの言葉に、思わず私は唇がほころんだ。飛竜との遭遇という非日常的体験をした後とは思えない、日常的な言葉にずっと保っていた緊張が切れたのだろう。

 

 笑いを隠しきれない私にカレンが不審な目を向ける。

 

「え、なに? なんかおかしなこと言った?」

 

 そんな彼女の反応に、私はしばしの間笑い続けていた。

 

 

 

 

 

 

「ところで――」

 

「なによ?」

 

 不貞腐れたふりをするカレン。まあ、多少笑いすぎたことは認めよう。だが、訊きたいことがあるのだ。

 

「なんで私たち、助かってるの?」

 

「ああ、それはね――ケインさんが助けてくれたの」

 

「ケインさん? 鍛冶屋の?」

 

 ケインさん。村唯一の鍛冶屋を営んでいる男性だ。鍛冶屋、と看板を掲げてはいるが、防具や飛び道具の製作もしているため正確にいえば『武具職人』か。かなり前に他の街から移住してきた人らしいが、詳細はよく知らない。ただ、鍛冶屋としても副業のハンターとしても腕の立つ人物だということは耳にする。

 

「あの時、ケインさんが音爆弾を投げてイャンクックを気絶させて、その隙に逃げてきたの。あの人すごいよ、結構離れてたのにきちんとイャンクックの足元に音爆弾投げ込んだみたいだし、アイナ担ぎながら走っても私と同じ速度で、しかも息乱さないんだもん」

 

「音爆弾――」

 

 私は意識を失う直前の音を思い出す。あの時の、耳をつんざくような音。

 

「お礼、言わないと」

 

「そだね。どうする? 今いく? 大丈夫?」

 

「……大丈夫、かな。いまならまだ工房も開いてるだろうし、ちょっと着替えるから、姉さんは外で待っててよ」

 

 お先に、とカレンが出て行くのを見届け、私は床に足をおろした。冷たい床の感触が素足に伝わる。そのまま立ち上がれば、疲労している足は、よろめきつつもなんとか私の体重を支えてくれた。

 

 適当な上着を手に姿見に向かい、軽く髪を整える。染める前の姉と同じ色、黒の伸ばした髪をストレートになるように寝かしつける。肩に触れる長さの髪は、纏めないならハンターとしての許容圏ぎりぎりだ。長い髪の毛は荒れやすくなるし、引っかかったりすると最悪の場合は命にかかわりかねない。ついでに湿度の高い密林では暑苦しい。

 幾つかの角度から跳ね上がった毛がないことを確認し、インナーの上に上着を羽織り、扉を開く。平屋建ての一軒家。廊下を挟み、同じ間取りのカレンの部屋がある。

 

「ほら、行くよー」

 

玄関先で呼ぶカレンの声を聞き、玄関に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 マウカ村は大陸の東の端に位置する小さな村だ。小さな、とはいっても辺りではここより大きな村は、距離の離れた南西のジャンボ村以外にはない。そのため村の中心には各種店舗や中央のハンターズギルドの施設が一通りそろっており、そこから放射状に住居が広がっている。

 

 曇っているせいか星や月の光はなく、篝火だけが露店で夕食を済ませたり、雑談に耽る人々の顔を照らしていた。

 

 ケインさんの工房は中心から少し外れた場所にある。火を扱う場所だけに、施設とも住居とも離してつくられているのだ。防火のため、工房の周りは土が露出しているだけの小さな広場のようになっている。工房の戸に背を預け、ケインさんはくわえ煙草に腕を組んで立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、アイナちゃん。目ェ覚ましたか」

 

「おかげさまで、命拾いしました。ありがとうございます」

 

「ンな堅苦しい挨拶はいいよ、無事で何よりだ」

 

 そう言ってケインさんは焼けた顔に白い歯を浮かばせる。私より頭二つ分高い背丈、両手でも掴めなさそうな太い腕に厚い胸板。少女一人担ぐことぐらい平然とやってのけるだろう。

 

「災難だったなァ。もうちょい奥ならともかく、あんなとこでクックに出くわすなんてよ」

 

「ほんと、危なかったよ。ケインさんいなかったらと思うとぞっとしないね」

 

 カレンもまた笑みを浮かべた。同じ前衛ということもあって、どちらかというと私よりもカレンの方が仲がよい。

 

 ケインさんは親指を工房の奥に向けた。

 

「ちょっと中入ってくか? いま、防具丸々一式の注文受けてんだよ。嬢ちゃん達も見ていくか?」

 

「え、いいの?」

 

「でも、お仕事は……」

 

 一応遠慮するのが礼儀だろう。カレンには、いまさらどういう気もないが。

 

「どうせ今日はもう上がりだ。夜になって気温が落ちると炉が冷えちまって温度があがらんからな」

 

「じゃ、遠慮なくー」

 

 ほいほいと付いていくカレンの後を、ため息を吐きつつ私も追う。保護者面を気取りながらも、ハンターとして、武具のことが気にならないはずがない。

 

 工房の中には売り物らしき防具や武器が雑多に掲げてある。弟子等はおらず、一人で切り盛りしているにしては大層な量だ。

 

「これ、ケインさんが一人でつくってんだよね?」

 

「ああ、そうだ。幾つかは買い取ったモンもあるが、大概は俺が作ったモンだな。――つっても素材の加工とか鉱石関係だけで、裁縫だけは村の婆様たちが内職でやってる」

 

 床に散る皮の切れ端や鉄くずを避けながら奥に進む。工房の奥、照明の少ない薄暗い空間の中央に大きな机があった。目を引くのは、卓上に飾られたもの。

 

 吸い寄せられるように輝く深緑の甲殻。鈍い光を放つ磨き抜かれた鉄の鉱石。太い糸で縫い合わされた分厚い革。それらの集合体は防具としての頑強さと芸術品としての美しさが内在していた。

 

「綺麗……」 

 

 呟く声は私のものか、カレンのものか。あるいはその両方のものかもしれない。

 

「雌火竜の素材と上質な鉱石を合わせた防具だ。火に強いこいつなら火竜の火炎にもある程度は耐えられる。単純な防御力も、嬢ちゃんたちが使ってるようなのとは比べ物になんねェな」

 

 ケインさんは誇らしげに胸を張った。

 

 『雌火竜』リオレイア。雄のリオレウスと並び飛竜種の代表格とされる生物だ。生半可な刃は通じず、半端な防具を紙のように引き裂く圧倒的な戦闘力を持つ怪物。その力を味方につける防具なら、それほど心強いものはないだろう。リオレイアを狩れるほどの実力と、リオレイアの防具。二つが合わさり一流の名に恥じないハンターとなるのだ。

 

 そんな「月刊 狩りに生きる」の特設頁を思い出す。二流未満の駆けだしハンターには夢のまた夢、という話。

 

「ま、嬢ちゃんたちにゃァまだ早ェな、こいつは」

 

 ケインさんは苦笑した。否定できる要素はない。

 

 だが。

 

「決めた!」

 

 叫んだのはカレン。赤い髪が心意気を表して燃えているようだった。

 

「明日、リオレイア狩りにいこう! こいつがあればイャンクックなんて楽勝よ!」

 

 

 一瞬、工房に無音の時間が生まれた。

 

 

「嬢ちゃん、カレンちゃんよ。心意気は買うが、クック狩れねェのにレイアが狩れるか?」

 

「……無理、かな?」

 

「……無理、だろうなァ」

 

 ケインさんの苦笑が深まった。私は笑いすら起こらないが。

 

「じゃあさ、これ1日だけ貸してよ。それでイャンクック狩って、防具造ってリオレイア狩ってくるからさ」

 

「商品貸すわけにゃいかんなァ」

 

 というか、最早手段も目的も見失っている気がするが。

 

「むうううぅ」

 

 不貞腐れるふりをするカレン。この村の人間なら見飽きている表情だ。こういうときの対処法もみな熟知している。すなわち――話題をそらす。

 

 ケインさんはわざとらしく掌を拳で打った。

 

「ああ、そうだ。嬢ちゃん達にいいモンをやろう」

 

 辺りに目を配り、机の端に置かれた油紙の袋を手に取る。

 

「カレンちゃんには音爆弾、アイナちゃんには拡散弾――まァ、いっちゃんレベル低いやつだがな。こいつがあれば、こんどクックに出くわしてもなんとか逃げ切れるだろう」

 

「だったら倒せる装備ちょうだいよー」

 

「ハンターだったら装備は自分で調達。常識だな。素材もってくりゃあ俺が作ってやんよ。な、アイナちゃん」

 

「ええ、ありがとうございます。ほら、姉さん、お礼して、貰い物までしちゃったんだから。これ以上いても迷惑でしょ」

 

 カレンは流して私に振り、強制的に話を終わらせる。流石、村の人々はカレンとの付き合い方を分かっている、というべきかどうか。

 

「うぅー。じゃあ、今度はイャンクックの素材持ってくるからね! 待ってなさいよー!」

 

「あァ、楽しみにしてるよー」 

 

 やる気のない声を背に、私たちは工房を後にした。




はじめまして。または、こんにちわ。
この小説は「戦う女の子」+「ダー○ィンが来た(生き物○球紀行でも可)」のようなものがやりたくて書いた小説です。
宜しければご贔屓して戴ければ幸いと存じます。まぁ、その。
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