ハンター姉妹成長記   作:7743

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やっと戦闘回です。


3:VSドスランポス

 テロス密林は大陸の東側に位置する広大な森林地帯だ。

 

 四季の差はほとんどなく、通年温暖な気候が続く。中央には巨大な淡水湖が広がっており、昼にそこから蒸発した水分が、夜間に冷やされるため、密林の夜は雨天が多い。

 

 多種多様な動植物が生息しており、複雑な生態系を持つ。湿気の多い土地でもあるため食用、薬用として使うことのできる茸が数多く存在し、付近の村々の生活には欠かせない土地である。

 

 

 

 いつだったかの『狩りに生きる』の特集頁にあった文章を思い浮かべながら、湿った土の上を歩く。足を覆うグリーンジャージーの伝えてくる感覚は既に慣れたものだ。

 

 腕までを覆う革の防具は通気性が悪いが、茂みをかき分けて進む場合などは非常に役に立つし、モンスターの攻撃に対しても一定の防御力を発揮してくれる。

 

 女性としては一般的な身長の私の背をはるかに超える高度にまで葉が茂っているため、視界が悪い。日差しを遮ってくれるため無駄な体力の消費をしなくて済むが、レザーライトメイルの中、インナーに包まれた素肌にうっすらと汗を浮かせる湿気は木々による保湿効果のせいである。

 

「アイナ!」

 

 前を行くカレンの声に、俯き気味だったチェーンヘルムを被った顔を上げる。チェーンメイルを着込んだ姉が大きく手を振っていた。

 

「何か見つけた?」

 

「これ、見てよ!」

 

 指さすは私二人分の胴回りはあろうかという広葉樹。その、わたしの目線の高さ辺りの幹に三本の痕がついていた。

 

「縄張りのシルシってヤツだよね? きっと」

 

 ランポスをはじめとする鳥竜種走竜下目のモンスターの雄は、成長すると鶏冠の肥大化や爪の巨大化により「ドス」の称号をつけられる。そして複数の「ドス」の中で最も強い雄が群れを率い、それ以外の雄は群れから放逐される。放逐された雄は群れの縄張りから離れ、そこかしこに円形の縄張りをつくり、その証しとして外周の木々に爪で傷をつける。

 

 私たちのクエストは、いわば「はぐれドスランポス」の討伐だった。群れではないため自分よりも体格の大きなアプケロスなどの家畜を襲うことはないが、密林に入った村人が襲われることがある。「はぐれ」は群れのリーダーよりも小柄で、他のランポスの介入による集団戦にはならないため、比較的容易な討伐クエストになる。初心者の力量を測るにはちょうど良い程度だ。

 

 だからこそ、失敗することは許されない。この程度のクエストをこなせないのでは専門職たるハンターではなく、武器を持った村人でしかない。

 

 あまり意気込むのも難だが、先日のイャンクックの件での失敗を挽回するには良い機会だ。

 

「印があるっていうことはここが縄張りの外周の一部っていうこと……。どうする? このまま二手に分かれて探索する?」

 

 ドスランポスは睡眠をとっていないときは絶えず縄張りの縁を巡回する習性を持つ。下手に縄張りの中を歩き回るより、外周に沿った方が見つけやすい。

 

「私はいいけど、アイナは? ガンナー一人でドスランポスに出くわしても大丈夫?」

 

「流石にドスランポス相手なら、倒せなくても逃げることはできるよ。見つけたらペイントボール投げて、煙玉で合図するから。逆に姉さんが見つけた時も、ペイントボールはつけておいて」

 

「了解ー。じゃ、行きますか。さっさと切りあげるよ、この程度に苦戦してちゃ後が続かないんだから」

 

 カレンもまた意気込んでいるようだった。その場で二手に分かれる。カレンは西へ、私は東へ。

 

 歩きだして十数歩、先ほどの木が見えなくなった辺りでなんとなく心細くなる。カレンの軽快な足音などとうに聞こえない。

 

 足を止めると、周囲から漏れる密林の鼓動があたりを満たしていることに気づく。木のざわめき、虫の鳴き声、自分の心臓の音すら一段階音量が上がった気がする。

 

 考えれば、クエストではいつもカレンと一緒だった。密林での単独行動はこれが初めてだ。

 

 不安を紛らわせよう。

 

 近くの苔むした石に座り、腰に巻いたポーチを外す。左右につけたポーチのうち、右側には各種のボウガンの弾が収められている。左側の中身を確認するために取り出していく。

 

 自然治癒力増強と沈痛効果のある回復薬の入った瓶が数個、携帯用の固形食糧が三食分。来る途中で摘んだ薬草や木の実の入った皮の袋。

 

 油紙でくるまれた球体はペイントボール。標的に投げつけると油紙が破れ中身が飛び散り、目立つ蛍光色で標的を見つけやすくすることができる。その隣が煙玉。腕などで数度こすると摩擦で発火し、白色の煙が噴き出すものだ。

 

 最後に折りたたんだ地図を取り出す。ギルドからの支給品で、広大な密林の内、今回のクエストに必要と思われる部分だけを抜き出してあり、おおざっぱな高低差に太い道と目印になりそうなものしか書かれていないが、大体の地理は把握できる。印の木の位置や辺りの地形からドスランポスの縄張りの外周を推測し、地図にコークスペンで円を書いていく。

 

 地図にはやや歪んだ円形が出来た。あとは、地図の線を辿っていくだけだ。

 

 ふ、と一息。広げた持ち物を出すときとは逆の順序で入れていく。すべてポーチに収め、石から降りる。苔が擦れ落ち、レザーライトベルトの跡がついた。

 

 右肩に食い込む革の紐をつかみ、腕を抜く。構えたボウガン――反動が小さく、軽量で取り回しやすい、所謂チェーンブリッツという初心者向けのもの――の上部を見、初弾が装填されていることを確認。準備は万端。

 

 ボウガンを肩に担ぎなおし、疵のついた木を目印に獣道のような密林の通路を歩んでいく。

 

 

 

 

 

 どれほど歩いたころか。私は、周囲の空気が変わったことを肌で感じた。

 

 虫や小動物が気配を消していた。警戒から息をひそめ、耳をすませる。茂みを揺らす音が耳に届く。

 

 ――近い。

 

 無遠慮に密林の中を荒らす軽い足音は、コンガやファンゴのものではない。

 

 腰を落とし、一歩一歩を踏みしめるようにゆっくりと音の方へ向かっていく。

 

 密林の色の中、狭い部屋程度の面積の、土の露出した場所がある。その周りを囲む木々の中、鮮やかな青が見えた。青いうろこに、背中から腹に向け、アクセントのように黒い線が数本引かれているのは鳥竜種の中でもランポスのみが持つ特徴。「ドス」の特徴である頭の鶏冠や太い爪は確認できないが、「はぐれ」の縄張りの中に「はぐれ」以外のランポスが侵入することは考えにくい。右手でポーチを探り、ペイントボールを握る。

 

 脳内で展開された結論に解答を示すように、ランポスが一歩を踏み出す。

 

 現れた頭部には鮮やかな赤の鶏冠。茂みをかき分けた指先にはナイフのような爪。辺りの木々からして全高は私より頭二つ分ほど高い。

 

 ペイントボールを握る掌に力がこもる。太陽の位置からして、向こうからは逆光でこちらの姿は見えていないはず。だが、私の投てき技術では草木の間を抜けてペイントボールを命中させることは難しい。

 

 ボウガンで放つことができるペイント弾を持ってきていないことを後悔。所持できる弾に限界があることや、他の弾を抜き出して込めなおさなければいけないため咄嗟に使用できないことからの判断だが、近づかずにマーキングが可能な利点はこの状況ならば最大限に活用できた。

 

 しかし、ないものを欲しがっても仕方がない。

 

 膝に力を溜め、腰を浮かせた前傾姿勢をとる。一呼吸おき、右足で土を蹴り、木々の間から飛び出した。

 

 音に反応したドスランポスが鋭い視線を向ける、その顔面に向かって全力で投球。

 

 果実の潰れるような音とともに蛍光色の液体が飛び散る。ドスランポスの悲鳴。怯んだ隙に、視線をドスランポスに向けたまま右手でポーチを探り、煙玉をつかむ。引き抜き、袖に擦りつければ摩擦で発火。首を振り、長い爪のついた前足の甲で顔を擦るドスランポスの足元に煙玉を投げ込む。

 

 辺り一面を白色の煙が覆い尽くす。煙にまぎれ、ドスランポスに背を向け全力疾走で木々の方向へ。開けた場所で、小回りのきく相手と一対一で戦っては不利。一度密林の中に身をひそめ、前衛のカレンと合流した方がいい。

 

 横目で見れば、白色の煙は木々の間を抜け空に立ち上っていた。カレンがどのあたりにいようと発見される確率は高いだろう。

 

 狭い密林の道は全速で走るのには向いていない。土から露出した根やぬかるみに足を捕られないように速度を抑えつつ、それでも出来る限りの速度で駆け抜ける。

 

 背後から聞こえるドスランポスの怒声。相手は周囲の地理を熟知しており、脚力も人間とは比較にならない。少しでも離れなければ、追いつかれる可能性がそれだけ増える。

 

 やがて、木々のざわめきで声は聞こえなくなった。木につけられた疵で縄張りの内部であることを確認。念のためにボウガンを脇に抱えつつ、木に寄りかかって息を整える。

 

 カレンはどのあたりにいるのだろうか。煙を見て、あの場所に向かったとしても、既にドスランポスは移動しているはずだ。私の足跡を追ってきてくれれば合流できるのだが。

 地図を取り出し、現在地の確認をしようとした時。

 

 

 ガサ、と葉の擦れる音がした。

 

 

 反射的に周囲を見回す。視界の悪い中、音の発生源らしき方向を見る。

 

 ボウガンの銃口を向けつつゆっくりと近づいていく。

 

 カレンなら声をかけてくるはずだ。ならば、密林に生息する動物の可能性が高い。数種の生物を思い浮かべつつ、息を殺してボウガンを構える。

 

 

 茂みの揺れが、音が、消える。

 

 

「……姉さん?」

 

 自分でも信じていないが、声を出してみる。こんなところで悪ふざけをするとは思えないが。

 

 はたして、茂みは無言を返してきた。

 

 一歩、前に出る、その瞬間。

 

 

 ナイフのような鋭い爪が私の胸を横一線に切り裂いた。

 

 

「――!?」 

 

 

 

 衝撃に後退し、尻もちをつく。二足で立ちあがったドスランポスの影が私に被さっていた。指の震えがボウガンの引き金に伝わる。

 

 内部の火薬に引火、発砲。

 

 胸部に着弾するが、厚い鱗を貫くには至らない。それでも、警戒したドスランポスは葉を散らしながら飛びのく。隙を逃さず横に一回転、背筋の力で上半身を起こし、そのまま立ちあがる。ガウシカの皮でつくられた鎧が左右に半ば引き裂かれていたが、幸い肌は無事なようだ。

 

 ドスランポスは頭を下げた前傾姿勢でこちらを威嚇する。睨みつける片目の周りには蛍光色。

 

 先ほどのドスランポスがこちらの道程を読み、先回りしていたということだが、その知能に驚いている暇はない。

 

 最大装填数は六発。残りは五発で、その後は再装填が必要となる。

 

 さらに、現在装填されている弾は最も一般的な種類だが、いかんせん威力不足なようだ。貫通力の高いものを装填しなおす隙は期待できない。

 

 とにかく一度この場を離れなければ勝ち目は薄いが、それを許してくれる相手でもない。

 

 隙を見せないように相手の目を睨みつける。威嚇するような低い声でこちらを睨み返すドスランポス。

 

 互いに足を動かさない停滞した空気を、先に破ったのは相手だった。

 

 鳥竜種の脚力による、助走なしの跳躍。咄嗟の判断で前転した私の一瞬前にいた場所の土に、後ろ脚の鋭利な爪が突き刺さる。

 

 腰を半回転させ振り返り、発砲。肩に当たった弾にドスランポスは怯むが、着弾点に血の色はない。警戒よりも怒りを煽る結果となり、ドスランポスが再び飛翔。体重の乗った攻撃を受け止める手段はないため、体を丸めて右方向に転倒するように回転、体じゅうのばねを使って飛び起き、引き金を引くが、弾は相手の顔の横を通り、蛍光塗料を少しこそぎ落すのみ。

 

 ドスランポスが地を蹴る。反射的に打ち出した弾は胸部の鱗に阻まれ、突進を止める威力はない。眼前、前足の可動範囲一杯に振り上げられた爪が私の顔に影をつくる。ナイフに劣らない鋭さを持った爪が太陽の光に一瞬きらめいた。

 

 

 咄嗟に両腕を掲げる。衝撃。

 

 

 巨大な爪はボウガンの金属部分に阻まれていた。

 

 

 体重を乗せ、押し切ろうという魂胆だろう、ドスランポスが姿勢を傾け腕にかかる負荷が大きくなる。ボウガンを挟み、両腕と右前足の力が拮抗。柔らかい地面に半ば靴が埋まる。

 

 押し返せれば至近距離から顔面を狙うことができる好機だが、むしろ押されているのはこちらの方だ。

 

 額に汗が浮かび、奥歯を食いしばるが、一向に相手の力は弱まらない。むしろ強くなっていくと感じるのは、こちらの筋力が限界に近いからか。

 

 

 食いしばった歯の間から、声が漏れる。無意識に紡いだのは三文字の名前。

 

 

 唐突に、ふ、と圧力が消えた。ドスランポスが地面を蹴り、後退。その目は私を見ていなかった。

 

 駆ける速度で葉を揺らしながらこちらに向かってくる姿があった。

 

 

 私が紡いだ名前の持ち主だった。

 

 

 

「生きてる!?」

 

 

 勢いを維持したまま、炎の色の髪が、私とドスランポスの間に滑り込む。脚力まかせの急制動をかけ、左腕の盾を構えながらドスランポスを睨みつけた。

 

「姉さん!」

 

「ごめん、そっち行く途中でアイツの足跡見つけたから追いかけたんだけど、追いつけなくて!」

 

 援軍に警戒したのか、ドスランポスが威嚇の姿勢をとる。竜骨を加工した片手剣を突き出し、カレンが叫ぶ。

 

「――狩るよ!」

 

 同時、彼女は宙に躍り出る。太陽を背に、飛翔からの落下で体重を乗せ、片手剣を振り下ろす。空中から叩きこまれた刃をドスランポスが左前脚で受け止める。反応し振られた右前脚の爪はカレンの盾に受け止められた。

 

 力比べに持ち込もうとドスランポスが体重を傾けた瞬間、カレンが右腕から力を抜いたために、相手のバランスが崩れる。片手剣が一閃し、鱗におおわれた左前脚から鮮血が吹き出した。

 

 

 格闘戦を横眼で見つつ、私はボウガンから残弾を排出。ポーチから取り出すのはランポスの牙を加工した、貫通力に優れた弾。

 

 

 前足を半ば断たれた痛みに怯むドスランポスから距離をとったカレンが再びの跳躍。反応して飛び退くドスランポスの鼻先をかすめる。そのまま踏み込み、横薙ぎの一閃。ドスランポスの首から出血し、カレンのチェーンメイルの肩を染める。

 

 太い血管までは届かなかったらしく、痛みに呻きつつも絶命していないドスランポスの前足が振り下ろさる。倒れるように身をそらしたカレンの髪をひと房削ぎ取っていった。

 

「姉さんっ!」

 

 私の声に反応する一人と一匹。前者はのけぞった姿勢から後転、後者はこちらに向かって直線を描き突進。

 力を籠めた指先が引き金を引く。弾が打ち出され、胸部に着弾。鱗の壁を突破し、筋肉を引き裂く。弾が貫通する痛みに相手の動きが止まった。

 

 見開かれた目と視線が交わる。苦痛と怒りに満ちた顔面に、追撃の弾を叩きこむ。

 

 視認不可の速度でドスランポスの眼球を貫いた貫通弾は脳を破壊、後頭部の骨を破砕し突き抜ける。血と脳漿の欠片を纏いながら、密林に飲み込まれていった。

 

 青い鱗におおわれた四肢が力を失い、崩れ落ちていく。片目を失った身体が湿った土の上に倒れこむ音が、クエストの終了を告げる。

 




「おやおやバトルですか」と言ってはいけない第3話でした。
今回から一応R-15指定を入れることにしました。正直この程度のぬるい「ころしあい」よりもよほど残虐ファイトを繰り広げている作品がR-15指定されていないので微妙なところですが、保身は重要です。
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