「やった……?」
動かない死体に問いかけるように呟いたのは、私か、カレンか、どちらの声だったか。
どちらであれ、その一言が合図だったように、私は崩れ落ちるように腰を地に落とした。 緊張の糸が切れたのだろう。ボウガンを地に横たわらせ、尻と手のひらで体を支える。深いため息が漏れた。
眼前、カレンがドスランポスの死体に近寄っている。死亡を確認するためか、力なく開いた口から鋭い牙を覗かせる頭部の、無事な方の瞳孔を強張った顔で覗きこむ。
「……大丈夫、死んでるよ」
言い、弛緩した笑顔を見せる。つられて私の唇の端も持ち上がった。両腕に力を籠め、腰を浮かし、立ち上がる。カレンが腰から抜いた小刀の磨かれた刀身が、密林の木漏れ日に鋭く輝いた。
「解体、はじめよっか」
ハンターの武器・防具はほとんどがモンスターの体を素材としたものである。倒したモンスターから素材を剥ぎ取る作業、それが『解体』と呼ばれる作業だ。
カレンにならい、私も小刀を取り出す。解体用のもので、モンスターに傷を負わせられるほどの切れ味はないが、小さい分細かい作業に向いている。
膝をつき、背中の鱗の隙間をこじ開けるように刃を入れていく。繊維質の筋肉を強引に断ち、鱗を体から引きはがす。鱗一枚の大きさは通常のランポスと大差ない大きさだった。
「アイナ、お腹の皮剥ぎ取るから、仰向けにするの手伝って」
人間の倍に近い体重の体を二人掛かりで仰向けに寝かせる。手術台の上の患者のような体勢にして見下ろしたドスランポスは、余計に大きく見えた。
背中から続く鱗と腹の皮の露出部の境界辺りに刃をつきたてるが、発達した筋肉に阻まれて上手く刃が通らない。前に解体したランポスはなんとか入ったが、やはり筋肉が違う。質も、量も。
「もっと下の、鱗の間から刃を立てて、剥がす感じで。表層は突き破りにくいけど、剥ぐのは簡単だから」
そう言うカレンを見れば、手際良く腹の半分ほどの皮を剥いでいた。忠告に従い、腹に近い鱗の隙間に入れた刃を腹の周りをなぞるように走らせる。
浮いた皮の端に指をかけ、めくるように剥がしていく。カレンの剥がした部分まで到達し、完全に身体から皮が剥がされた。
「皮と、鱗と……頭は使えるかな?」
カレンのチェーンアームが、弾が貫通した辺りを撫でる。ドスランポスの頭の丈夫な骨は片手剣の基部として使うことができるのだ。
「一応、持って帰ってみようか。ケインさんならなんとかなるかも。穴も、そんなに大きくはないし」
「そだね」
カレンは首の鱗に刃を入れ、やや薄めの鱗を剥がしていく。首周りを一周し、露出した肉に刃を突き立て、骨から引きはがし、ほとんどの肉が離れたところで頸椎を折り、頭がい骨を引き抜く。
それを横目で見つつ、私は私の防具を切り裂いた、あの前足の長い爪の根本をつかむ。先端は細く鋭いため触れることができないが、付け根のあたりなら防具をつけていれば切れることはないはずだ。前足にグリーンジャージーの足を乗せて固定し、力を籠めて爪を折る。思いのほか軽い音がして、根元から折れた爪が手の中に残された。同じ要領で、もう片方の爪も折り取る。
「上手に取れました~、とねっ。そっちは?」
二本の爪を見せると、カレンは笑顔をこぼす。
「めぼしいものは終了っと。もうないよね?」
「鱗は取れるだけ取ったし、皮も剥いだ。いいんじゃない?」
「じゃ、こっちお願い。私は頭持って帰るから」
突き出されたのはケルビの皮でつくられた大きめの袋。その中に、鱗と畳んだ皮、それに長い爪が収めていく。カレンは小脇にドスランポスの頭を抱えていた。文字通り『持って』帰るつもりだろうか。
土に小刀の刃を数度突き立て、汚れを落とす。布で土と残った汚れをふき取り、腰に収める。
最後に一度、忘れ物がないかを確認し、私たちはその場をあとにした。しばらくすれば血の匂いをかぎつけた小型の肉食獣が、私たちの残りを掃除してくれるだろう。
密林の入口に近い開いた土地にベースキャンプがある。ベースキャンプ、といっても簡素なテントと積まれた薪があるくらいだが。
大型モンスター相手に大量のアイテムが必要と思われる場合などは、ここにギルドから支給されたアイテムが運び込まれ、また、何らかの事情で密林に滞在する場合のねぐらにもなる。こうした場所は密林を囲むように複数存在し、狩り場に最も近いところのベースキャンプを利用するのが一般的だ。
テントの中に設置された簡易ベッドに腰掛け休憩し、身体を休める。
「それ、大丈夫?」
隣に腰掛けたカレンが指で示すのは、私の胸。上下にめくれるように引き裂かれた鎧の下からインナーが覗いていた。
「なんとか、鎧だけですんだから。身体は大丈夫だけど、鎧はメンテナンスで直らないかな……もしかすると、新調しないといけないかも」
武器や防具はクエスト終了時にある程度のメンテナンスを無料で依頼することができる。歪んだ刀身の矯正やボウガンのスコープのずれ、鎧のほつれといった細かい修理はその時に修復してもらえるが、直すのに別途素材が必要なほどの傷は流石に無料のメンテナンスでは依頼できない。胸の部分を大きく引き裂かれた私のレザーライトメイルは新しく作り直さなければならないかもしれない。
新規に防具をつくるとなると素材と費用がかさむ。思わず眉を下げる私に、カレンが明るく言った。
「ちょうどいいじゃん。今回剥ぎ取ったのと、前に剥ぎ取ったのを合わせれば鎧の一つくらい出来るでしょ。お金は今回のクエストの報酬があるし」
「それは……でも、姉さんも武器の強化がしたいって言ってなかった?」
「私のは一からじゃなくて今の武器を改良するだけだし、そんなに素材もお金もかからないよ。それに、モンスターが狩れなかったら逃げればいいけど、アイナが死んじゃったらどうしようもないから、ね。今回は防具の強化って事で」
「……ごめん、ありがとう」
「いいって。お返しに、今度狩った時は私が優先で使うからね?」
茶目っ気を含んだ顔の片目を閉じ、笑顔をつくる。私の顔も同じような笑顔を見せているだろう。ベッドから降り、一度伸びをする。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。今からなら村の門限までには戻れるよ」
マウカ村の門限は、他の村に比べて遅い。大きめの集落なのでモンスターに襲われにくいのが一つ、遠隔地から帰還するハンターの為に遅くまで開門しているというのが一つ。
私たちが村へ帰還した時には、太陽は身を隠し、星空の中に月が昇りつつあったが、他の村が閉門しているその時間でも、マウカ村の門は開かれていた。
「おう、アナスタシアの。首尾はどうだった?」
軽く手を挙げて声をかけてくるのは顔見知りの門番。入れ替わりの激しいハンターと違い、村の住人は皆が顔見知りだ。
「聞いて驚け、見てさらに驚け! ドスランポスよ!」
叫びながら小脇に抱えていた布の包みを解き、ドスランポスの首を両手で差し出すカレン。
「う、うわああああ!?」
門番は、腰こそ抜かさなかったが数歩後ずさった。片目に穴があき、残った目も眼球が乾いて収縮し、口から力なく舌をこぼすドスランポスの首を間近に差し出された時に取る、一般的な反応だろう。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。ねえ?」
話しかける相手が人形ならば可愛い少女の姿だが、両手の中にあるのは剥ぎ取った首だ。どちらかといえば猟奇的な光景。
「姉さん、ふざけてないで。……すみません、門番さん」
「あ、ああ、大丈夫だ、気にするな……出来れば早く行ってくれ」
引いたところから足を動かさず、首に目を向けないようにしてこちらを窺う門番。帰ってくるときの私もあの首に意識を向けないように必死だったから気持ちは分からなくもないが。
「ほら、行くよー」
既に首を包みなおし門を抜けたカレンに呼ばれ、足を進ませる。
「おう、帰ってきたか。五体満足?」
「ええ、おかげさまで。……クエストを終了しました。これ、お願いしますね」
門を抜けた足でギルドの戸を抜け、カウンターに依頼の書かれた紙を置く。カウンターの対面、アセリアが巨大な判子を紙に擦りつけ、朱の色の「完了」の文字を残した。
クエスト完了の手続きは、基本的に完了を口頭で告げるだけだ。依頼によっては討伐の証拠となる素材や依頼主のサインの提出を求められることもあるが、基本的には結果を報告して印を押してもらうだけで済む。
ハンターが多いため、カウンターの処理の簡略化が行われているのだ。制度的に虚偽の報告も可能だが、それが発覚すれば巨額の請求とハンターとしての資格の剥奪が行われる。ハンターの資格ない者は武器の所持や狩猟区への立ち入りが禁止されるため、狩猟活動を合法的に行うことはほぼ不可能になってしまう。
「ほい、じゃあこれ、報酬金ね」
「ありがとー」
麻袋に入った硬貨をカレンが受け取る、前に素早くつかみ、回収。アセリアが苦笑した。
「別にお母さんじゃないんだから、折半すりゃあいいんじゃないか?」
「ええ、前はそうしていました。三日後には姉さんの財布からほとんどの硬貨が消えてて、代わりに使い道のしれない謎の収集物が部屋に並んでいて以来、私が二人分のお金の管理をすることにしているんです」
「謎のって、あれはれっきとした武器の素材なんだから!」
「壊れた傘やら錆びついた古いよくわからない塊が何の素材になるの?」
「なんのっていうのは解らないけど……私の勘が、将来役に立つって言ってたのよ。露店のおっさんもそう言ってたし」
「……姉さんは始終この具合なので。村を歩く時も出来るだけ露店とかには近づかないようにしてるくらいです」
二人の共有空間から一歩でもカレンの私室に踏み込んだ時に現れるガラクタの山を思い浮かべつつ口をとがらせる私の言葉に、アセリアは苦笑を深める。
「大変だね。どっちが姉さんかわからんよ」
「まあ、実際姉さんの方が先に生まれただけで歳は変わりませんからね」
私が内心カレンを呼び捨てにするのもこのあたりの影響だろうか。狩りでは救われることも多々あれど、私生活のカレンは姉として敬うには少々物足りないところがなくもない、と言えなくもない。
「それはそうとして……これ、メンテナンスでどうにかなりませんかね?」
紙を丸めてポーチにしまい、代わりにカウンターに乗せたものが重い音を立てる。
「レザーライトメイル? ちょっと拝見……ああ、こいつはひどいね。ドスランポスにやられたの? 専門家じゃない私が言うのも難だけど、ひっかけて破いた感じになってるから縫いなおすのは難しいかもね」
「そうですか……」
肩を落とす私に、アセリアはつくった明るい声をあびせる。
「まあ、一応メンテには出しとくよ。直らんとはだれも言っちゃいないさ。他には?」
「こっちもお願いできますか? ドスランポスの爪を受け止めたので、照準の矯正を」
チェーンブリッツの横に、小ぶりの片手剣が置かれる。
「あ、私の剣も。歪んでないか確認しておいて」
「あいよ。じゃあ、こっちは引き換えに必要なチケットだから、なくさないように」
渡されたチケットを各々のポーチに収める。これで用件は終了、あとは帰って軽い祝いに多少豪勢な夕食でも楽しもうか、と考えてた私を、武具をメンテナンス用の箱に収めたアセリアが軽く睨んだ。
「あんた、このまま帰ろうなんちゃあ思っちゃいないだろうね?」
「……なにか、手続きが?」
中型モンスターの討伐には余計な手続きでもあるのだろうか?
「アイナ、そーいえば、出発する前に……」
「この私の酒が飲めないたぁ、いわんだろうね?」
「あー、あぁ……」
そういえば、と思い出す。カレンが言った。
「奢ってくれるんだっけ?」
「あんたら、夜は自分の家で食うから酒場にゃいかないだろ? 流石にデリバリーは承っちゃいないから、ここで飲んできな」
そう言って顎で示す先は板で仕切られた向こう側だ。昼間に比べやや人が多く入っているようだった。その分だけ、昼間よりも騒がしい。
「私もそろそろあっちの給仕を手伝わなきゃいけないし、適当な机を確保してきな。これからまだまだ人が増えるから、もたもたしてると立ち飲みすることになるよ!」
「空いてる机、ありそう?」
「ううーん。どこも使ってる感じ」
カレンと二人で、人の森をさまよう。並べられた机のどれもが先客に占拠されていた。さらに、酒場の人は増えているようだ。どこかが空いた瞬間を見逃さないようにしなければ。
席を立つ姿勢の一片をも見逃さない気持ちで周囲を観察する。と、視界の端の席に動きがあった。反射的にそちらを振り向く。
「え、なに? あった?」
「おお、おかえり! 狩りはどうだったー!?」
カレンの声に、聞き覚えのある声が被さった。視界の端から中央に映った席には、人ごみに紛れない鮮やかな金髪。
「乾杯!」
叫ぶクシエの声を追うように、麦酒の入ったガラスの瓶が掲げられる。軽く、おとなしく掲げられた二つは私と、左に座るルヴィアのもの。反対に勢いよく掲げられた正面のクシエと右隣りのカレンの容器がぶつかり、派手な音を立てる。泡の飛沫が宙を舞い、皆に降りかかった。
クシエとルヴィアはインナー姿、私とカレンは上半身だけインナーを晒している。脱いだ装備は椅子の下。
酒宴の礼儀として軽く喉を潤す。口に広がる苦い味はあまり得手ではない。これを一気飲みしてこそ一人前のハンター、などと言われることもあるが、狩猟の腕との関係性を認められない。一流のハンターといって遜色ないルヴィアの瓶は半分も空いていない。カレン、クシエの方は一気飲みで、やはりハンターの腕と酒の関係性は証明できない。
そんなことを考えて酒を飲むからまずいのよ、とはたまにカレンに言われるし、自分でも余計なことを考えるのは悪い癖だと思うが、持って生まれた性格だけに中々直しようがない。
とそんなことを考えながら飲む酒はやはり苦いだけだ。
眼前には四人掛けの丸テーブル。その表面を覆うのは皿に盛られた様々な料理。焼いたもの、煮たもの、肉に野菜に魚に果物。酒場のレシピを端から端まで注文したようなレパートリーだ。そのどれもこれもがうっすらと白い湯気を立てて口内に唾液をあふれさせる香りを放っている。
「アイナ、そっちのサイコロミートとって。ホワイトソースかかってるやつ」
「ルヴィア、私はマトングレートとニンジン炒めたやつ。野菜多めね」
「どうぞ。あ、クシエ、あなたの前のウォーミル麦と茸の盛り合わせ、こっちの小皿に頂戴」
「姉さん、セロリだけこっちに分けないで、全部食べて」
適当に手近なものを自分の皿に取り分けつつ、喧騒に包まれた空間に目をやる。
夜の酒場は、辺りが静かな分余計に騒がしい。料理の香りが満ちた室内、思い思いの雑談に耽る面々の大半は頬に朱をさしながら酒瓶を傾け、酔いを増していく。壁に取りつけられ、天井から吊るされた数々の燭台の光をガラス瓶が反射し、煌びやかな輝きを放つ。光、酒、数々の料理、そしてそれをむさぼり談笑するハンター達。それは、粗暴さの中に温かさを感じる情景だった。
酒場とクエストカウンターを仕切る板も、クエスト受注のない夜間は役割を果たしておらず、かろうじて掲示板の前にわずかなスペースを残す以外は、どこからか持ち込まれた簡易な机や椅子が床を隠していた。
酒場の担当だけでは足りないのか、昼間はクエストカウンターで笑顔を見せている受付嬢たちも席と席の間を笑顔のまま駆けまわり、両手に持った皿を並べていく。
そのうちの一人が目の前のテーブルに一本のガラスのボトルを置いた。顔を上げれば、アセリアの笑顔。
「私からの奢り分だ。取っときな」
言いながら、手際良く皿の隙間に細長い持ち手のグラスを並べていく。数は四。
「私たちも、いいんですか?」
ルヴィアの疑問に、慣れた手つきでコルクを引き抜きつつ、気にすんな、と歯を見せるアセリア。
「酒はたくさんで飲めばたくさんで飲むほど美味しいってね」
ボトルの中身が注がれ、紅玉の輝きの液体がグラスを染めていく。四つに等量の赤が注がれ、空のボトルが机上に戻された。
「じゃあ、明日も頑張って働きなさいよ、ハンター諸君!」
手を振り、人ごみに消えていくアセリア。
「忙しそうですね……お礼、言えなかった」
「ええ。明日、忘れずに言わないと」
誰に聞かせるでもない呟きにルヴィアが返した時、ボトルを持ったクシエが声をあげた。
「アルコリス・ルビーの五年物! あの姐さん、随分いいもの奢ってくれるじゃない」
「そんないいもの?」
炙った肉を飲み込みながらのカレンの問いかけに、クシエは頷く。
「アルコリス地方は赤葡萄酒の聖地って呼ばれてて、多くの高級葡萄酒の生産地があるの。これもそこのやつで、アルコリス地方の高級葡萄酒の中でも審査基準が厳しくて数が少ないからミナガルデとかドンドルマみたいな街でもなかなか手に入らないわよ。しかもこの年の出来はかなり良かったはず。こんな辺境――失礼、まあ、こんなところでお目にかかれるようなモノじゃないんだけど……」
カレンはクシエの長口上を途中から聞き流しつつ、香りをかいでみたりグラスを揺らしたりしていたが、
「えいっ」
掛け声一つ。一息にグラスの赤を飲み干した。
「あんまり強くはないかな。甘さ控えめだけど、苦くはないね。いい感じの口当たり」
素人批評にクシエは軽く眉をたて、グラスを揺らした。金髪と紅が燭台に照らされる。
「一気飲みなんてもったいないわね。風味を楽しみながらゆっくり傾けるものよ。それを、そこらへんの安麦酒みたいな飲み方するなんて」
「酒の飲み方なんて個人個人。一気に味わうのがマウカ流よ」
言いつつ、麦酒の瓶を半分ほど喉に流し込むカレンに、ルヴィアが顔を近づける。
「じゃ、これが幾らするか教えてあげるわ」
こちらまでは届かないが、カレンの耳に金額が流し込まれたようだ。瞬間、空のグラスを惜しむように眺めるカレン。瞳には後悔の色。
「流石にちょっと、勿体なかったね。なんか損した感じ」
「いくらするんです?」
問うと、ルヴィアは軽く笑みを浮かべた。
「秘密。余計な知識が入ると酒の味が変わっちゃうからね。知らない方が得するわよ。下手な先入観を持つくらいなら、無知で飲んだ方がおいしいわ」
「はぁ……」
カレンの様子を見るに、安易に手を出せる金額ではなさそうだ。物怖じるようにそっと唇をつけ、舐めるように軽く含む。舌先に果汁の味が広がった。
「どう?」
「果汁の味はしますけど、お酒って感じじゃないですね。味も、濃いようで飲み込むと後に残らない不思議な感じです」
「軽く飲めるけど、その辺の葡萄酒よりも強いのよ。一気に飲むと酔いが回って倒れかねないわ」
ルヴィアの視線の先、カレンは後悔を振り切り再び料理を頬張っていた。頬に赤みが差してはいるが、倒れる様子はない。
「あなたの相方は酒に強いらしいわね。でも、そういう人は飲み過ぎて体壊すから、周りの人間が止めてあげないと」
「わかってますよ。姉さんの世話は慣れてますしね」
そうね、とルヴィアは苦笑する。
ふと、彼女の相方を見れば、半分ほどに減ったグラスを片手に虚ろな目をしていた。
「こっちはこっちで弱すぎるから、あまり飲ませないようにしてるのよね。麦酒はともかく、コレは強すぎたかもね。酒自体は好きっていうから止めなかったけど……また二日酔いの責任取らされるかもね」
また、ということは度々あることなのだろうか。ふと、気になったことがあった。
「そう言えば、お二人はいつごろから一緒なんですか?」
「あら、クシエはともかく私は酔っても口は軽くならないわよ?」
からかうような目を向けられた。視線から逃れるように、料理を取る素振りで目をそらす。
「別に詮索しようってわけじゃありませんけどね。ふと気になって」
「じゃ、いつか、ふと気が向いたら教えてあげる。これでどう?」
モスの子供の照り焼きの腹に詰められた野菜を引き出す。肉汁がしみこみ、美味。
「べつにいいですけどね、言いたくないなら」
「あ、アイナ、それとって。野菜のヤツ、肉つきで」
言われ、受け取った皿に料理を盛ってカレンに返す。私たちの会話などに興味がないようにせわしなく肉叉を動かし始める。
「それより、あなたのことを話さない? どうだった、今日の狩りは」
銀の瞳は私の目を通して今日の記憶を見ているような気がした。無論、幻想だが、その瞳に後押しされるように口が動く。
ドスランポスの探索から、剥ぎ取りまで、一通りの記憶を口から吐き出した。
「怖かったです。姉さんがいなければ、ここで葡萄酒傾けることも無かったかもしれません」
「駄目だと、思った?」
「ええ。たぶん、あのままだったら、姉さんが来なければ……」
脳裏をかすめる、巨大な爪。鳥肌を鎮めるために葡萄酒を含む。喉を通る果汁が心を落ち着かせてくれる。
「ま、後衛が正面から大型モンスターに太刀打ちできるわけもないわよ。二人掛かりとはいえ、ドスランポスを狩れたんなら胸張ってハンターって名乗れるし、美味しい酒も飲めたし、結果を見れば万事良好ってとこね」
ただ、と付け加えられる。
「初めのうちは後衛は前衛と一緒に行動した方がいいわ。分散して各個撃破される危険性もあるし。――死にかけて、生き残るっていうのは一番生きる経験になるわ。次からは、経験を生かしなさい?」
「肝に銘じておきますよ」
再びグラスを傾ける。気づけば顔面が熱い。どうやら、いつの間にかだいぶ酔いが回ってきたようだ。
「あなたは弱いのね」
笑うルヴィアのグラスも私と大差ない量を消費しているが、彼女の顔はほんのりと朱がさす程度だ。私の視線の先でグラスを揺らし、ルヴィアは言った。
「ほら、私まで弱いと酔い潰れたクシエを運ぶ人がいなくなるでしょ?」
冗談めかした笑いを浮かべる。
「そうですね。……そういえば、お二人はいつもここで食事を?」
「まあ、たいていはね。たまには二人きりで静かに食べたい日もあるけど、こういう喧騒の方がハンターにあってるから」
ふたりはゲストハウスと呼ばれるギルドの施設に宿泊しているという話だ。村に居を構えないハンターはゲストハウスを借りるか、村の宿を借りるかの選択をすることになる。村の宿と違ってゲストハウスは無料で泊まることもできるが、相応の部屋を与えられる。逆に、値段が高ければ高いほど高級な部屋に宿泊できる、らしい。
二人の部屋はどの程度のものだろう、と考えてしまうが余計な御世話だ。思考をそらそうと料理に目を向ける。机を埋める皿のほとんどから料理が消えていた。空のグラスを持ったまま背もたれに体重を預けて静かな寝息を立て始めたクシエと、いまだ料理を消費し続けているカレンあたりが主な原因か。
そういえば、この料理の代金は誰が払うのだろう?
疑問に、思考が停止。四人で分けるとして、二人分の代金はいかほどか。並んだ料理は家庭料理の延長線上のものがほとんどだが、合計すれば結構な額になるだろう。
横目で請求書を確認しようとする。しかし、文字を追う前に持ち上げられてしまった。
「気にしなくていいわ。私たちの奢りだから」
「大丈夫ですよ。クエスト報酬も貰いましたし」
「先輩の好意はありがたく受けておきなさい。将来、あなたたちが後輩に奢る時がくるでしょうし。それにあなたたちが飲むはずだった葡萄酒も分けてもらったしね。あの一杯と交換でいいわ」
いったいあの葡萄酒は幾らするんだろう。なんとかして聞きだしたい気もするが、聞くとグラスに残った赤い液体を飲み干せなくなりそうだ。
未練を断ち切るように、ぐい、とグラスの中身を一気に飲み干す。
空になったグラスを見ていると、小さな後悔と同時に熱が浮き上がってくる。瞼が重く、顔が熱い。じん、と頭の奥がしびれる感覚。なんとなく、体が重い。いまさら疲れが出てきたのかもしれない。
「すみません」
「なに?」
「酔いが、回ったみたいで……少し、休みます」
最後の方は呟くような声だったが、届いただろうか。
硬い椅子の背もたれが、羽毛布団のように優しく私の身を受け止めてくれた気がした。
剥ぎ取りが終わるまでが狩猟です。
クジラとかゾウとか、昔の人は一から十まで全部有効利用してたんですがね。いつからかそういった自然物まで大量生産大量消費の波に巻き込まれるようになってしまいました。
なにがいいたいかって、キリンは剥ぎ取り4回くらいさせてください、ライトクリスタルは別枠で。