ハンター姉妹成長記   作:7743

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繋ぎ回です。


5:酒宴のあと

 誰かに肩をゆすられ、私の意識は覚醒した。

 反射的に目を見開き、背もたれに背をぶつける速度で上体を起こす。状況を把握すべく左右を確認。

 板の色が並ぶ壁。そこかしこで酔い潰れ眠るハンター達。――ギルド内の酒場だ。先ほどまでの喧騒はどこへやら、客の七割方は消え、残っているのは食い散らかされて僅かな汚れをこべり着かせた皿の山と死体のように倒れ込んだ人間たち。その間を器用に駆け抜けて、ギルドの職員たちが片付けと店じまいの準備をしている。

 

「閉店だよ、お客さん」

 

 再び倒れこみそうになる体を支えるように、後ろから肩におかれた手。首だけで振り返り見上げると、ウェーブのかかった栗色の髪が見えた。

 

「……アセリアさん」

 

「そろそろ店じまいさ。姉さんつれて出て行ってくれない?」

 

 顎で示す先、卓に頬を押しつけて寝息を立てるカレンがいた。席についているのは私とカレンだけ。

 

「ルヴィアさん達は?」

 

「あの銀髪娘は相方を部屋に持ってくって言ってたよ。ついでに、あんた達を起こしておいてくれともね」

 

「そうですか……」

 

 連れて、ではなく持って、か。あの様子だと酔い潰れたクシエをルヴィアが『持って』帰ったのかもしれない。

 いまだ頭の回転数が上がっていないが、今することは解った。膝裏で椅子を動かし、立ちあがる。

 途端、全身におもりをつけたような感覚。身体が休息を訴えているようだった。脱力感と疲労感が体内に巣食っている。たたらを踏む頼りない足だけでは足らず、机の端を掴んで身体を支えた。

 床に倒れこんで眠りたい欲求を振り切り、カレンの肩に手をかける。

 

「姉さん、起きて――」

 

 数度強く揺らすも、カレンの寝息を止めることができない。弛緩した口の端から一筋、透明なよだれが垂れた。

 子供か老人並みに早い朝を迎えるカレンに起こされることはあれど、カレンを起こしたことはほとんどない。そしてその場合、カレンを能動的に起床させるのは非常にめんどうくさかった。叩こうが頬をつねろうが重い瞼は上がらないのだ。

 

「……どうしましょう」

 

「三日くらい餌をもらってない兎みたいな目をすんじゃないわよ」

 

 そんな目をしていたのか。頼るような目を向けた自覚はあるが。

 私を視線で退けて、アセリアはカレンに近づく。

 

「起こすだけなら簡単よ」

 

 言いながら、不作法に右手で熟睡するカレンの鼻をつまむ。さらに左手で口元を押さえる。

 酸素を取り入れる二つの機関をふさがれ、皮膚呼吸だけで充分な酸素を供給することは出来ない。つまり、息苦しくなる。

 

「……ん、むぁ?」

 

 アセリアの掌の中から呼気が漏れた。

 

 

 

 

 

「ほら、出てった出てった。明日の朝までここは閉店だよ」

 

 アセリアが残ったハンター達を追いたてるように店から退出させていく。あるものは億劫そうに目を擦りつつ、あるものは月が昇りきった空を見て慌ててギルドの戸をくぐっていった。

 

「あんたたちも、早くしな」

 

「あの、お代は?」 

 

「銀髪娘が部屋付で全部払ってったよ。感謝しときな」

 

 ルヴィアは宣言どおりに奢ってくれたようだ。先輩の好意に甘えつつ、後日の礼を忘れないようにしなければ。

 礼で思い出す。目の前の相手にも言う事柄があったことを。

 

「そういえば、お酒、ありがとうございました。その……随分高いものを頂いたみたいなんですが」

 

「よく知ってんね。ま、それなりに値は張るらしいけど、気にすることはないさ。高い方がうまいだろうと思っただけだしね」

 

 せっかくの祝いなんだから、不味いもんは出せないでしょ?と彼女は笑った。

 

「それに、ここだけの話、じーさんがあの酒の畑持っててね。ギルドの地下蔵には結構ごろごろしてんのよ」

 

「あれ、村長のなんですか?」 

 

 なにを隠そう、彼女の祖父はこの村の皆を束ねる村長である。彼は、ギルドの代表、所謂ギルドマスターという名誉職にも付いている。アセリアがギルドで働いているのもそのあたりの繋がりがあるのだろう。

 

「一本くらい貰ったところで怒られやしないわよ。村出身のハンターの祝いだしね。……さ、出ていきなさい。こちとら後片付けで忙しいんだ、邪魔すんじゃないわよ」

 

「わかりました……姉さん、起きてる?」

 

「あー、起きてる、大丈夫、たぶん、きっと、おそらく、問題ない……と思う」

 

 今しがた墓からよみがえった死体もかくやというほどに力の抜けたカレンの四肢が、必死にバランスをとって左右に揺れる。瞼の半分落ちた目がこちらを向き、立ち上がる。危うい足運びで私の肩をつかんだ。

 

「悪いけど、なんか地面がおかしくて、ちょっと肩かりるね……」

 

「飲み過ぎ。普段飲まない癖に」

 

 赤く机の跡を残した頬が私の首筋に寄り添ってくる。左肩に体重を感じながらアセリアに軽く一礼し、戸を抜ける。振り返った明るい店内では人影が忙しそうに駆けまわっていた。

 

 

 

 

 

 湿気を含んだ夜風が人ごみででほてった身体を冷やすのが心地よい。東南の方から吹きつける、冬から春への移り変わりを告げる風だ。

 

「変な夢を見たわ。大きな石を縄で足に括りつけられて海に不法投棄される夢」

 

 ギルドを出、大して遠くもない家への帰路、頬に出来た跡をさすりながらカレンが言った。未だに寄りかかったままの彼女はともかく、私の足取りは多少マシにはなったが、気を抜くとどこか手近な地面に倒れていきそうだ。

 

「海って、姉さん海を見たことある?」

 

「でかくて塩っ辛い湖でしょ? 見たことはないけど、それっぽいからアレは海。きっとそう」

 

 間違いない、と断言するカレンの吐息には酒の匂いが混じっていた。熱に浮かされたように顔全体に朱が差し、目の焦点が微妙にあっていない。

 

「帰ったら軽く湯浴みしておいた方がいいんじゃない?」

 

「いらない。めんどくさいし、夢の世界への直行便がベッドに倒れこむのを待ちわびてるのよ」

 

 幽鬼のような、ふらふらとした足取りに釣られて私まで倒れ込みそうだ。比喩ではなく、二人でどうにか「一人立ち」している。

 

「あ、ここら辺の空気お土産に持って帰ろうよ空気。とれたてピチピチ。新鮮?」

 

 カレンの手が宙を掻き、なにも掴まないまま力なくぶら下がる。

 

「本格的に酔っ払い化が進んでるね。明日の朝地獄をみるよ」

 

「いいわよ、このままベッドで天国いっちゃうから」

 

 噛み合ってるんだか合っていないんだか解らない会話。カレンだけでなく私にも酔いが残っているようだ。

 

 少しずつ、家の扉が近づいてきた。もたれかかるように扉を開き、床にカレンを置いて玄関の小口から通じる収納を確認。ドスランポスの頭はケインさんの工房に、それ以外は家に搬送してもらうように頼んだ、クエスト中に剥ぎ取った素材だ。ギルドから届けられた素材がきちんと収まっているのを見て、私も床に腰をつけた。

 

 一息ついてしまうと、立ち上がる気力もわかない。湯浴みでもすれば強ばった身体もほぐれ、眠気も多少は和らぐのだろうが、普通に歩けば十歩もないはずの狭い風呂場にすら足を向ける気にはなれない。

 

 初めての大型モンスターの討伐と、死闘を乗り越えた後の酒宴で身体中に疲労が蔓延している。慣れない酒に火照った身体はこのまま床の上に倒れ込みたがっている。

 

 カレンはと言えば、すでに全身から力を抜いて再度眠りの世界へと旅立っていた。いつもより大きめの寝息が顔の横から垂れさがった紅い髪を揺らしている。空気が抜け、吸われるたびに赤みの差したきめ細かな肌に包まれた頬が上下する。

 

「よっこい――せっ、と」

 

 両腕に力を込め、自分を鼓舞するように声を出して、どうにか上半身を上げて立ち上がる。カレンを部屋まで引きずっていく気力は無い。風呂を焚く気力もないので、インナーを脱ぎ捨てて風呂場へ入ると、浴槽に張られた水をそのまま肩にかける。四季という概念のないこの地方では、湯を沸かす方がまれだ。暖かい湯にしばらく浸かっていた方が筋肉の緊張が解けて疲れが残りにくいのでクエストから帰った日などには湯を沸かすが、水を被ってもきちんと布で拭けば身体が冷えることもそうそう無い。

 それに、湯を焚くために火をおこす気力も、それを待っている間起きていられる自身も私にはなかった。

 

 たらいをひっくり返すと、掬われた水が滝のように全身を勢いよく打つ。冷たい水が埃や汗と一緒に頭に残った靄までを洗い流してくれたのか、しばらくすると瞼も軽くなり、思考もはっきりしてきた。

 

 窓代わりに、浴室の壁の一部が外に倒れるように開くようになっている。そこから薄い雲にさえぎられた半月が見えた。夜も更け始めているのだ。いつもならまだ起きている時間だが、疲労を明日に残さないためにも早めに眠りたいところだ。

 

「とりあえず、姉さんをどうにかしないと」

 

 風邪などとは縁のない彼女も、疲れた体に酒を入れて玄関で倒れていては身体が冷えてしまう。布で身体を拭き新しいインナーに着替え、先から滴をたらす髪に布を巻いて浴室を出ると、下半身だけ鎧姿のカレンが胎児のように丸くなって廊下に倒れ込んでいた。

 

 近づくと規則的な寝息が耳朶を打つ。起こそうかとも思ったが、部屋は近いのだし、そのままベッドに引きずっていった方が早いか。両手で脇を持って抱え上げると、つむじのあたりから汗と酒と香水の匂いが薄く鼻を突く。カレンの香水は柑橘系だが、私は花弁由来の方が好みだ。姉妹でも性格や細かい好みは変わるものだ。

 

 幼児のように無垢なカレンの寝顔。基本的な造作は遺伝子あたりから似通っているはずだ。物心ついた頃は周りの人間に互いに間違われることも多かった。そう言えば、カレンもあの頃はまだ大人しかった――気がする。

 

 それが変わったのは多分、カレンが髪を染めた時。それは私たち姉妹にとって、忘れられないある事件のあった日から数日経った時。何の前触れもなく、何かの決意を表明するように、彼女は突然髪を赤く染めたのだ。

 

 むらなく綺麗につむじまで染まった髪を見下ろす。がさつな彼女らしく、初めて染めたときは塗料を頭からかぶったようにひどいまだら色だったので、私が染め直した。それは今でも続いていて、私の染め方も上手くなったし、カレンも染めている間はじっとしていることを覚えてくれた。

 

 太陽の下では燃えるように煌めく赤色は、光源の少ない屋内だと地の黒が混ざり、少しだけ暗い血のような色になる。私がカレンに対して持っている、数少ない苦手なところだ。当の本人は気にしていないようなので、なぜその色なのかを尋ねたことはないが、その色を見るといやなことを思ってしまう。もっと色を強くしようとしても、染料の都合なのか今以上に赤くすることはできなかった。

 

 考え事をしながら身体を引きずっていたせいか、部屋のドアにカレンの足をぶつけてしまう。うん、と声を上げたものの、カレンが目を覚ます予兆は無い。前衛の彼女は私と同じかそれ以上に疲れているのだろう。

 

 もうひと踏ん張りと、カレンの部屋の扉を開く。月明かりの差しこむ部屋で、様々なものが散乱した物置かゴミ捨て場かという様相の中心に、敷きっぱなしの綿入りの布団が転がっている。足の先でガラクタを除けながら海を割る聖人のように進路を切り開き、布団の上でカレンの身体を下ろす。

 

 カレンを横たわらせ、手を離そうとした時。カレンが薄眼をあけた。

 

「ん……」

 

「姉さん、起きた?」

 

 カレンの口が小さく開き、閉じる。何かを言おうとしたのか、ただ酸素が足りなくなっただけなのか。膝をかがめて顔を近づけると、水面に顔を出した魚のように数度唇を動かし、吐息と共に単語を吐き出した。

 

「ここ、どこ……」

 

「姉さんの部屋」

 

「なんで、あいな、いるの?」

 

「私が運んできたから。飲み過ぎは身体に良くないよ」

 

 ううん、と呻きながら半身を起そうとした彼女が、急に額に手を当てて倒れ込む。見覚えのある表情――前の夏に、氷室から切り出した氷を丸々一抱え砕いて食べた時のそれだ。

 蒲団の上でもがき苦しむ彼女を見ると助けてあげたくなるが、二日酔いではどうしようもない。せめて水でも持ってきてやろうと立ち上がる。

 私が水と、念のためのタライを持って帰ってきても、やはり彼女は首を振ってうめき声を放っていた。

 

「大丈夫? 水、持ってきたよ」

 

「大丈夫じゃ、ないー……起き上がれないー……」

 

 魚屋にたまに並ぶハリマグロのように軽く痙攣しながら、蒼白にまでなった顔だけでこちらを見るカレン。寝たままコップを傾けたのではこぼしてしまう。無理やりにでも抱き起そうかと思うと、カレンがとんでもないことを言い出した。

 

「アイナ、アイナ。口うつし」

 

「……はぁ?」

 

「寝たままじゃこぼしちゃうじゃん」

 

「起きれば?」

 

「無理。うう、頭がぁっ」

 

 きっぱりと言い切り、わざとらしく盛大に頭を抱えて見せてくる。さっきまでの苦しみようと比べれば児戯のような、嘘の見え透いた痛がり方だ。

 

「口移しなんて、その……そう、汚いよ」

 

「汚くないよ。アイナ、いつも歯磨きしてるし」

 

 カレンはときおりこうやって私を困らせてくる。本当に私が嫌そうな顔をしていたら、無理強いはしないはずだ。顔色の悪さから言ってカレンの体調が悪いのは確かだし、とりあえず形だけでも飲ましてやれば大人しくなるだろう。どうせ、こちらが折れるまでカレンはわざとらしい苦しみ方を続けるだろうし。

 せめてもの抵抗に大きなため息をついて見せ、私は洗面所で軽く口をゆすいでからカレンの元へ戻り、水を口に含んだ。

 接吻を迫るようにカレンが腕を伸ばし、私の肩を包む。目を合わせることに恥ずかしさを感じ、閉じた。無音の部屋で、五感が強く感じるのは柔らかい唇同士が重なり合う感触。私の口の中で少しぬるくなった水が端から零れ、筋を作る。

 元々大した量を含んでいたわけではないので、行為自体は長い時間ではなかった。だが、カレンの喉が鳴っても、彼女は絡めた腕を外してくれない。

 水気のある少女の唇の感触は他にたとえようがない。女同士、それも姉妹同士での接吻に背徳的なものを感じつつも、理性でそれを押し殺す。こんなものは救命訓練の人工呼吸と変わらない、と。

 顔を離そうとするが、カレンの腕はわたしを抱きしめて離さない。

 

「ちょっと、姉さん。悪ふざけも大概に」

 

 して、といいかけて、気付く。カレンも瞳を閉じていることに。

 ただし、それは決して良い雰囲気に満ちたものではなく。

 

「うぅ……ん」

 

 小さくうめき声を漏らす彼女は、糸が切れたように、三度のこん睡状態へと陥落していたのだ。その腕に私を抱いたまま。

 そんなに逞しくも見えないというのに、自分の腕ほどの長さの刃を縦横無尽に振るう前衛の腕力は凄まじい。絡めとられれば、私の細腕では脱出できないほどに。

 身体を起こそうとしても、丈夫な古木の根に引っかかったように動くことが出来ない。

 どうしよう、と呟いても返事はなく。やがてすうすうと小さな寝息が聞こえ始めたころには、私の意識も闇の中に引きずられていった。

 




「話を展開するのが下手だってそれ百億万回言われてるから」
無駄なようで実際無駄な繋ぎ回。あえて言うなら、この話が今後どういう方向に進むかという分かりにくい表明。
あとちょっと謎。多分、大したことだけど大したことじゃない。
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