【解説版】提督「今まで発見されてなかった艦が次々と発見されてるだと?」 作:アレキサンドロス・ロキサシス
通信機<「敵艦隊を撃滅したぞ!これより帰投する」
提督「了解、ドックを開けとくぞ」
提督「敵主力艦隊を叩きに行った艦隊から勝ったとの連絡が入ったな、そろそろ帰ってくるかな・・・」
長門「艦隊、帰投だ、よし!、報告書と良い知らせが入ってる。艦娘がはぐれていたので保護したら戦艦の様だ」
長門「入ってきていいぞ!」
???「Guten・・・じゃなかったMerhaba!私の名前はゲー・・・ではなく私はモルトケ級戦艦2番艦ヤウズ・スルタン・セリムよ。宜しくね提督」
提督「ああ、宜しく。マルハバって事はトルコ艦か?」
ヤウズ・スルタン・セリム「そうよ。まあ生まれはドイツなんだけど」
提督「そうなのか。来たばかりで何だが・・・君の生涯に関して語ってくれないか?」
ヤウズ・スルタン・セリム「もうちょっと仲良くなってからで良いと思うけど・・・仕方ないわね。話すから顔を直しなさい」
ヤウズ・スルタン・セリム「私の最初の名前はゲーベン。1911年3月28日、ドイツ北部に生まれたわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「私の初めての任務当時新設されたばかりのドイツ地中海艦隊の旗艦として任命された事よ。当時はイタリアとオーストリアが揉めていたから私も目を光らせて監視したわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「1912年11月からは私の姿を各国に見せる目的で出港してギリシャ・ブルガリア・イタリア・エジプト・オスマントルコを周ったわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「だけど次の停泊先に行こうとしていたら6月にオーストリアの皇族が殺される事件が起きてその1か月戦争になった事で私はフランスの参戦に備えてアルジェリアに向かったわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「8月2日オスマン帝国の要請によってイスタンブールへ戻る事が決まったの。戻ってる途中フランスが参戦した事でアルジェリア沿岸を砲撃する命令が下ったわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「砲撃に成功したんだけど肝心の歩兵が居なくて損害はあまり与えれなかったわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「この攻撃でドイツ艦隊が居るとフランス側に渡って私とブレスラウはイタリア方面に逃げた後クレタ島まで逃げ延びたわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「8月10日にはダーダネルス海峡の港町まで辿り着いたわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「8月16日には私はオスマン側に譲渡されて今の名前を貰ったわ。私を譲渡した事でオスマンが参戦に動いたとも言われてるの。」
ヤウズ・スルタン・セリム「私はオスマン帝国では黒海艦隊に配属されたわ。最初の方はロシア沿岸を砲撃してたんだけどその事でロシアの参戦を招いてしまったわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「その後ロシア黒海艦隊と出会ってしまって戦艦5隻に追われる事になったの。あの時は轟沈を覚悟したわ」(サールィチ岬の海戦)
ヤウズ・スルタン・セリム「何とか逃げ延びたんだけど帰りに機雷に当たって船の一部が浸水しながら帰ったわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「帰れたのは良かったんだけどオスマン帝国はまともなドックが無くて部分修理しかできなかったわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「それからは黒海での優勢を取れないと分かってから輸送任務に従事したのよ」
ヤウズ・スルタン・セリム「1918年からは地中海の方に行って通商破壊をしたわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「戦果が少ないかもしれないけど石炭が足らなくて動けなかっただけなの。我が祖国の技術は凄いんだから!」
ヤウズ・スルタン・セリム「そして第一次世界大戦でドイツが負けちゃって私の所有権はオスマン政府へ移ったわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「私はセーブル条約によるとイギリスに渡される予定だったらしいの。その後オスマン側が負けて新トルコ政府が発足した事で私はイギリスに渡されずに済んだわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「戦争中石炭が足らなかった事でイズミットって所に放置されてたんだけどトルコ政府により修理が施されたわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「改装した後私はヤウズ・セリムに改名したの。そして1936年にはヤウズに改名したのよ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「1938年、トルコ建国の父のムスタファ・ケマル・アタテュルクの遺体をイスタンブールからイズミットに運ぶ重要な任務を貰い、私は成し遂げたわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「私はトルコ人から国を象徴する戦艦と褒めてもらって凄い嬉しかったわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「そして第二次世界大戦が終わって流石に近代化改修をしても古い船体は時代遅れとなっていったの・・・。」
ヤウズ・スルタン・セリム「1952年にNATOの艦番号370を付けられた2年後に私は退役して予備艦になったわ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「それからは記念艦の様な形で観光任務に従事して色々な人を楽しませたわ。人を乗せれる程万全な状態では無かったけど・・・」
ヤウズ・スルタン・セリム「1963年私は西ドイツ政府の要請で購入の申し入れがあったみたいなんだけど結局破談となってしまって3年後トルコから売却の申し入れを西ドイツに持ち掛けたけどそれも破談になったわ」
ヤウズ・スルタン・セリム「私の最後は1973年から解体が始まり1976年に完全に解体が終わったの。私は後輩達がちゃんとしてたからそこまで心残りはなかったの。」
ヤウズ・スルタン・セリム「今はコジャエリ県ゴルジュクって所に私のプロペラが現存してるからトルコに行く機会が有ったら是非見てね」
提督「有難う、では海外艦寮のトルコ部屋を新設するからそこに行ってくれ。」
ヤウズ・スルタン・セリム「versta・・・じゃないわanladım! ・・・まだ慣れないわね。」