Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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Prologue #10

 瞬間、巻き起こった女帝の変化にコハクは瞠(どう)目(もく)する。

 吹き荒れる常(じょう)軌(き)を逸(いっ)した吹雪の中心──高まり続ける氷麗女帝(バルファ・マータ)が、装甲を内部から凍(い)てつかせるほどの寒波を迸(ほとばし)らせ、かつてない凍気をこの世に顕(けん)現(げん)させていた。

 

 代償に末端から自壊が生じているものの、あまりの怒りに痛覚さえも麻(ま)痺(ひ)しているのか。尚も激しく轟き続ける彼女に根ざすオラクル細胞群。

 想定された星辰光(アステリズム)の限界値を上回り、完全に振り切れた精神に従って寒波を放射する。

 森羅万象を透明な結晶の柩(ひつぎ)に覆(おお)われていく様は、あたかも氷河期を迎えた世界のよう。もはや数瞬前の女帝とは全く別の領域へと昇華されたのだと、コハクは直感した。

 

 他ならぬ天敵が提唱した、心の力を糧(かて)として。

 憎悪と憤怒に満ちた覚醒を、排(・)他(・)的(・)か(・)つ(・)差(・)別(・)的(・)過(・)ぎ(・)る(・)心で彼女は成し遂げたのである。

 

 「殺す、殺す······貴様もあ(・)の(・)女(・)神(・)も、必ずこの手で」

 

 垂れ流す呪詛の中に雑念など一切ない。コハクはその様の女帝を見て、力任せで能力任せな印象を受けたが、それは決して欠点(デメリット)ばかりではない。

 昔から良く言うだろう。単純(シンプル)なモノほど、複雑なモノより強いモノはない、と。

 単純ということは、強化方法も常に単純(シンプル)ということになる。術理だの見切りだのと、さながら役所仕事のような小(こ)賢(ざか)しく狡(こ)すからい戦闘論理を氷麗女帝(バルファ・マータ)は有していないし、興味もない。

 よって、それら複雑な手順を付け焼き刃じみて踏もうが、大して効果を得られない反面、能力任せだからこそ、キ(・)レ(・)て(・)力(・)を(・)上(・)げ(・)る(・)という単純な手段こそ最が強く機能する。

 元より、古来から怪物にとって憤激こそ動機の全てだ。

 

 先天的に宿した暴虐で、煮(に)え滾(たぎ)る思いのままに遍(あまね)く敵を滅ぼし尽くす。

 だからこそ、この瞬間を以(もっ)て、女帝は完全に人間性と訣(・)別(・)した。

 

 もはや単に力を手にした半(・)端(・)者(・)などではなく、紛(まぎ)れもない新種の荒(アラ)神(ガミ)である。

 怒りの活性化と共に彼女は、完成された■■■の一部へと一番乗りを果たしたのだ。

 

 「戯(たわむ)れはここまで。我が庭園を彩る一輪の華となりなさい」

 

 ならばこそ、宣告と共に放たれた大氷河はかつてない規模の星光として災禍の光を具象する。

 氷による砲身を形成し、あろうことかそれを地(・)に(・)叩(・)き(・)つ(・)け(・)て(・)爆(・)散(・)さ(・)せ(・)た(・)。瞬間、蒼き星が煌めきながら世界を喰らい尽くすべく、嵐のように吹き荒れる。

 自らさえも砕け散りかねない、そんな力を全て注ぎ込んだのだろう。本来なら切り札として発射するべき氷(ひょう)塊(かい)弾(だん)は、蓄(たくわ)えたエネルギーを何十倍にも増幅しながら、波(は)濤(とう)と化して全方位に放出された。

 

 ゆえに、これは紛(まぎ)れもなく自爆技だ。

 使用者である女帝さえ己(おの)が異能で傷つけながら、逃げ場のない最大殲滅技として地表を凍(い)てつかせていく。

 何よりも自分が可(か)愛(わい)い女帝にとって、これほど似つかわしくない技はなかった。

 

 「──このッ」

 

 それがあまりに唐突な暴挙だからこそ、更に少年を追い詰めていく。

 迫り来る怒(ど)濤(とう)の寒波を打ち破るべく、コハクは正面から斬撃を放ち、氷河の星を迎撃した。

 

 集束性に特化させた煌めく長剣は一直線にそれを貫き、いとも容易(たやす)く両断する。

 絶大な質量の伴う光熱を前にすれば、全方位に満(まん)遍(べん)なく放たれた凍気など、密度が薄い紙も同じだ。牧羊者(ウーティス)の追撃を止められるような代物ではない。

 だがしかし──

 

 「止まらねえ······!」

 

 それがどれだけ破壊力を備えていたとしても、押(・)し(・)寄(・)せ(・)る(・)大(・)気(・)す(・)べ(・)て(・)を(・)長(・)剣(・)で(・)断(・)て(・)は(・)し(・)な(・)い(・)の(・)も(・)ま(・)た(・)、当(・)然(・)と(・)い(・)う(・)も(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)。

 六連撃、七連撃──流(りゅう)麗(れい)かつ矢継ぎ早に剣戟を放った所で結果は同じ。

 時間稼ぎにもならず、貫通した光波の届かぬ四方からコハクを包むように零下の颶(ぐ)風(ふう)が途切れることなく、彼の華(きゃ)奢(しゃ)な身体へと襲来する。

 氷杭(こたい)は切れも砕けもするが、寒波(きたい)については不可能だ。

 空(・)気(・)を(・)殴(・)っ(・)て(・)壊(・)す(・)ことなど、鋼の英雄や焔(ほむら)の救世主でない限り出来はしない。如(い)何(か)な核反応(バンタレイ)や核変換(ギムレー)であったとしても、時と場合というやつである。凍気の波動を防御するには絶望的に向いていない。

 唯一の救いは、彼固有の星光の核変換(ギムレー)には拡散性の素養があるのだが、何よりこの攻撃は女帝が育てに育てた怨(うら)みの極地だ。彼女が譫(うわ)言(ごと)*1のように呟(つぶや)いた男の名が稀代の指導者にして、英雄と名高い軍事帝国アドラー第三十七代総帥、クリストファー・ヴァルゼライドから察するに、彼(か)の英雄を討つためだけに誕生した特攻技能だろう。仮に広範囲の攻撃手段を用いた所で、この凍気を打ち破れるかは疑問が残るものがあった。

 

 それほどまでに氷結の風は凄まじく、英雄のような規(・)格(・)外(・)な(・)存(・)在(・)を殺す事にのみ特化している。

 木(こっ)端(ぱ)微(み)塵(じん)に砕かれようが、極限まで細分化した霧氷の波濤が吹き付けるたび、戦う少年の体温が一気に零(ぜろ)へと下降していく。

 

 「─────、──ッ」

 

 凍てつき始めるコハクの総身は、今や彫像と化す寸前だ。

 咄(とっ)嗟(さ)に呼吸を止めたものの、その一瞬で内側から喉と肺に霜が走り、粘膜が水気を無くす。剥(は)がれ落ちた皮と共に流れるはずの血液さえも凍りついた。

 

 次瞬、放たれた氷弾により体勢を崩される。

 駆け回る場所を次から次へと大輪氷華に覆(おお)われた結果、あちらの星が先に相乗効果を起こし、氷杭の成長速度が急激に跳ね上がっていく。

 それにより、足裏から下(か)肢(し)が氷に呑(の)み込まれた。後は冷酷に射(い)貫(ぬ)くのみという状況へ、いとも容易(たやす)く追い詰められる。

 腕が、足が、動かない。これこそまさしく魔星の本気。

 そんなものに至らせた原因は不明ではあるものの、これだけは分かる。冷徹な荒(アラ)御(ミ)魂(タマ)と化した女帝が相手では、もはや勝負の土俵にさえ上れていない。

 

 今、世界に満ちているのは虐殺だ。

 あらゆるものが蹂(じゅう)躙(りん)される。人も神も関係なく、もの皆(みな)総(すべ)て消し飛ばされていく──禍(わざわい)の荒(アラ)神(ガミ)を前にしては、何人たりとも生き残れない。

 異形によって齎(もたら)される残酷な“運命”の終着点。凍気を纏(まと)う蒼天の女帝が霧氷の大河を突き進み、自壊する己(おの)が躯(く)体(たい)の節々を細胞で自己再生しながら、氷の防御膜を頼りとして、そのヴァジュラ種らしい剛腕を振りかぶった。

 

 最悪の事態が頭に過(よ)ぎる。

 命が惜しい訳ではない。ただ、ここで終わる訳にはいかないと、コハクは強く思うのに······。

 だが立ち上がれず、氷杭により串刺しとなった傷口からまつで力が抜け落ちていくかのようだった。

 

 感情の窺(うかが)えない女帝の仮面。その静(せい)謐(ひつ)にも似た沈黙は、希望は完全に打ち砕かれたことを焼き付けながら恐るべき死に落とす為だ。

 氷杭の先駆けにより、今のコハクでは彼女の攻撃を躱(かわ)せない。

 

 凍てついた装甲に、走る火花。限界を超えて星辰体(アストラル)と禍神体(オラクル)に感応しながら、女帝は積年の怨敵を彷(ほう)彿(ふつ)とさせる少年へと渾(こん)身(しん)の捨て身をもって突貫する。

 砲身を形成した左翼は自爆技の反動で砕けたものの、彼女の身体を構成するオラクル細胞により再生を果たし、その痛みさえ然(さ)もありなん。ゆえに、彼女は遠慮も容赦もない。

 怨敵の面影を残す少年へと、回復した両翼刃に力を籠(こ)めるのだ。

 

 「さあ、せめて美しく散華なさい」

 

 冷徹な宣言と共に放たれる魔氷の一撃。

 死の刃が首筋を撫(な)で、底なしの絶望へと叩き落とされそうになった、その刹那──

 

 『──ああ、先ほど宣したばかりであろう。

 私がいる限り、決して死なせなどせんよ、と······』

 

 声が響いた。

 精神の谷底へと沈降するコハクに代わり、急激に隆(りゅう)起(き)していくは、物心着く以前から彼の精神世界内に存在していた何者かの意識。

 同調を深め、肉体の支配権を手にする男(・)の(・)姿(・)をコハクは認識する。

 

 ああ、もう大丈夫だと。

 根拠の無い安堵を感じながら、彼の意識は奈落へと落ちていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ······」

 

 血を撒(ま)き散らし、弾丸の如くコハクの華(きゃ)奢(しゃ)な体(たい)躯(く)が吹き飛んだ。

 勢いよく氷塊の残骸へと激突し、巻き上げられた氷の瓦(が)礫(れき)が墓標のように着弾地点へ降り注ぐ。

 人間を押し潰す質量の雨を受け、肉は残らず潰れただろう。いやその前に、骨を砕いた感触が確かに翼の刃へと残っていたのが女帝の心を高揚させた。

 

 氷刃により奴の身体を貫いて骨を断った、あの一瞬······ああ、なんと甘美なことだろう、と。

 だが、ぬか喜びばかりはしていられない。

 光の英雄と闇の冥王──相反する二人の男と交戦経験を持つ女帝は、彼らに共通する危険性を誰よりも知(ち)悉(しつ)していた。

 

 もはや立てぬという状況から立ち上がる力。圧倒的戦力差を覆(くつがえ)す奇跡──すなわち、常識を超えて発揮される人間の真価そのものである。

 それは言うなれば、神(・)に(・)愛(・)さ(・)れ(・)た(・)特(・)権(・)だ。

 無理という単語など、彼らにとっては更に飛躍し、執念を燃やすための起爆剤。苦境にあって翼が生えると言う点に於(お)いては、英雄と冥王に貴(き)賤(せん)はないのだ。

 

 ならば、用心に越したことは無いだろう。

 着弾地点に降り注いだ氷に干渉し、破片の山だったそれを一つの氷山へと成長させていく。

 そうして完成した氷の棺。たとえ、どれほどの力があろうとも立ち上がることも、戦力差を覆す奇跡も起こせまいと確信した瞬間。

 

 「ふ、はは──はははは、はッ」

 

 総身を走る感動と、止め処(どこ)なく溢れ出す歓喜の泉に心の底から打ち震え、もう堪(こら)えきらぬという風に、女帝は曇(どん)天(てん)の空を見上げて口角を吊り上げた。

 

 「ああ、漸(ようや)く···漸くだ······これで漸く、歪んだ道理は正され、私は真実、あ(・)の(・)御(・)方(・)の御使いになれたのだ······!」

 

 絶望の清算と、衆(しゅう)愚(ぐ)の望む偶像(えいゆう)と判官贔屓(ぎゃくしゅう)の完全否定。

 これらを成し遂げたことで、今まで己を縛り続けていた前(カ)世(コ)は、その呪縛ごと粉砕された。

 雪辱を果たしたという事実──ほぼ八つ当たりだが──を受けて、気高く美麗に咲き誇る災禍の氷麗女帝(バルファ・マータ)。口元に浮かべる陶(とう)酔(すい)の笑みは、怖気立つほど清らかで童女のように純粋だった。

 

 噴出する幸福は、間違いなく三生わ合わせて最高級の福音であり、神聖な今この瞬間(とき)を味わい、噛み締め、堪能する。

 このまま順調に他の■■■候補を捕食すれば、あの忌まわし狂った光の英雄と闇の冥王も自分は超越できるはずだ。

 そしてそれは、決して彼女の独りよがりでも、妄想でも無い。

 純然たる事実として、このまま女帝が■■■として完成すれば、英雄と冥王の力量を圧倒的に凌駕した存在と化すだろう。

 何故なら、彼女はそ(・)う(・)い(・)う(・)存(・)在(・)だから。

 狂気的なまでの信仰。自分を取り巻く世界みな総(すべ)て、美しく輝く己を彩る装飾品にすぎない。いいいや──装飾品になってしまえという、渇望(いのり)。

 都合や他人の事情をも斟(しん)酌(しゃく)もせず、自分が望む形以外の他者と世界を認めないその姿は、正しく傲慢な神(・)と言えるだろう。

 まして、荒神(アラガミ)として新生した自分自身の存在を正しく理解したとなれば、突き詰めた渇望を糧として、驚異的な怪物に成り果てるのは自明の理だった。

 

 もはや彼女は氷の女帝、荒神(アラガミ)を代表すべき個体である。

 闘争を司り、世界法則すら塗り替える可能性を秘する生きた荒御魂(アラミタマ)の強さは、優れた傑物(けつぶつ)や畜生程度では、もはや決して届かない。

 

 

 「──────否、ま(・)だ(・)だ(・)」

 

 ならばこそ、条(・)件(・)は達成された。

 

 英雄の力を超えて、敗者の涙を踏み潰し、長き死闘を繰り広げて、致命の技を叩き込み、覚醒を果たしたことで──男(・)の心に光が宿る。

 容易ならざる困難を乗り越える翼とは、飛翔するための道具を指し、自らの背に生えるものに限定しない。

 局(・)面(・)を(・)打(・)開(・)し(・)得(・)る(・)存(・)在(・)の(・)降(・)臨(・)······その起爆剤が総(すべ)て揃(そろ)ってしまったのだ。

 

 胎(たい)動(どう)する光の波(は)濤(とう)──

 煌めき始める潜在力──

 もはや、語るべき言葉は存在しない。

 

 「それが、この世界の“運命(むくい)”だと言うのならば······

 私達(・)は敢(あ)えて“それ”に逆らおう」

 

 黙(もく)し、拝(はい)聴(ちょう)せよ──■■■が駆動する。

 

 「···············、─────」

 

 刹那、波のように動き出す氷の庭園。

 嘆きの連鎖を断ち切る輝きが、遂に女帝の花園を己(おの)が庭園へと塗り潰す。

 少年を閉じ込めた氷の柩(ひつぎ)が砕け散り、一(・)人(・)の(・)男(・)が戦場に降臨した。

 

 たなびく鬣(たてがみ)の如き長髪は黄金。

 女帝を睥(へい)睨(げい)する王者の瞳も、やはり黄金。

 この世の何よりも鮮烈であり華麗であり、美しく荘厳であると同時に、悍(おぞ)ましき黄金。

 何故か人の世に存在することを許された、愛すべからざる光の君。

 

 悠然と響く軍靴は、何(ど)処(こ)までも凛々しくて。

 翳(かげ)り一つなく玲(れい)瓏(ろう)で。

 それこそ何かの諧(かい)謔(ぎゃく)みたいに、静(せい)謐(ひつ)な威容を携えて、女帝の前へと姿を現す。

 

 「さて···、こ(・)こ(・)か(・)ら(・)だ。来たまえ──今度は私が相手をしてやろう」

 

 そして、知るがいい。

 卿が映した前(カ)世(コ)は、死への招待状。

 卿(けい)の奏でた狂(ウ)詩(タ)が、その序曲となったことを──

 

 

 

*1:
高熱などで意識の混濁している人が無意識に口走る言葉。





 や、やっと終わった······(o_ _)o
 仕事が割と内職系なので、帰宅時間には集中力が切れてしまい、小説が書けないんですね。
 正確には書けるんですが、その時のクオリティの低さは自分で自分自身にドン引きするほどなので、修正しては執筆し〜、修正しては執筆し〜、の繰り返し(´・∀・`)

  マルスおじさんは、ともかく、ウラヌスちゃんって割と覇道適性持ち? でも、根っこが小物だから、覇道神適性は無さそう。
 有能・無能で言ったら、圧倒的にシュピーネの方が格上に見えるわ。まあ、香純に手を出したのがOUTだったというか······うーん、でも第二次世界大戦時の人間だからな、彼。

 それでは、今回もDanke(ダンケ) schon(シェーン)!
 またの次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪

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