黄金の天駆翔が一翼、輝翼、降臨。
そう、■■は何度でも立ち上がる。たとえどれほどの致命傷を叩き込まれようと、倒れそうになろうとも、綺麗事だと理解していても、以前と同じ過ちを繰り返したくないという我儘がある以上、彼は決して己が片翼を見殺しにはしないのだ。
彼らの胸で黄金に輝き続ける、現在を生きるという誓い。怖気立つほど静謐な内面に反し、その底意では太陽にも匹敵するその情熱が猛る度、燃える度に際限なく無限の力が湧き上がっている。
森羅の掟を破壊し、万象の理を粉砕して、不条理という罪業を紡がんとするその姿。
まさしく光の使徒であり、不撓不屈の英雄と同類そのもの──人類の限界値を遥かに超越した者であり、同時に彼が神宿コハクと全く異なる別人であることを証明していた。
先刻、コハクが自分と女帝を指して、光にも闇にも灰にもなれない半端者と称した言葉に嘘はない。
認めるのは癇に障るが、光の英雄と闇の冥王、そして灰の海洋王を知る者として断言しよう。件の少年は確かに、光にも闇にも灰にもなれない半端者だと。
思い切りが悪い──残虐非道な事は勿論、不条理の実現に躊躇いが見られる。極端に効率を重視した存在は、元より躊躇いや容赦などと言うものがない。
良心とは、それほど馬鹿に出来ない枷なのだ。よって、それらを微塵も感じないこの男は、英雄ほどではないものの、中々の破綻者と言って構わない。
だがしかし──いいや、だからこそ。
「······何だ、お前は」
茫洋とバルファは吐き捨てた。
たった今、男の体内を駆け巡る星辰光とオラクル細胞の大暴走。その真実が分かるために、目の前の現実を理解も許容も出来ない。
対峙する男の総身は、現在進行形で炎上していた。無傷である外見以上に、皮膚下で轟く星と神の力が絶叫するほど悍ましく······蠢き弾けて結合し、連鎖爆発を引き起こしては融合反応を繰り返している。
さながら、先ほど女帝自身が行使した自壊覚悟の暴走みたいに。
原理を同じくする命を削った強化法。違いがあると言うのなら──
「趣旨は理解した。やり方も学べた──ああ、見事なものだよ、卿の訣別は」
それは強化の度合いと、星光の激しさに他ならない。
先ほど自分が行使した技の三段階上の域で、しかも女帝と真逆の方向性を目指し、男は今なお激しく己が身体を星辰光そのものへと変貌させるべく、ひたすら加速し続けていた。
理解したと、学習したと、男は語ったが一体どこがだ。これはもはや模倣でも、洗練どころか劣化でもない。紛れもなく狂気に満ちた改悪と同等の魔改造。
男の胆力が女帝以上英雄以下であるためか、肉体の崩壊速度が壊滅的に加速している。
より激烈に強化と活性化が行われているものの、増大し過ぎた出力を本来とは全く異なる用途に使用しているため、彼を形作る肉体は今、普遍的な壊れ方さえ微塵もしていはいないのだ。
動くたびに亀裂が走る次元の位相。
強大な存在密度に耐えられず、空間そのものが悲鳴を上げている。
視線や呼気にさえ宿り、煌めく道返光。
魂と言う名の原子炉へと変換しながら、尚も静謐に輝き続ける碧白の光。何もかもが規格外で狂っている。
まさに人型をした力の塊。これではまるで、自立稼働する異星法則そのものではないか······!
「まさか···」
そこまで思考を巡らせて、ある仮定が女帝の脳裏に過ぎる。
「まさか、貴様······あの子供の精神に宿っていた■■なのか!?」
「然りだ」
即答。何の逡巡もなく、その仮定は数分も経たずに肯定された。
徐々に蘇りかける無意識の心的外傷が女帝を焦燥感に駆り立てる。
その感情のまま、彼女は吼えた。鷹揚と。
「馬鹿な···有り得ん······ッ! ならば何故、我らが崇高たる目的を邪魔立てする? それでも貴様、身分不相応にもあの御方に選ばれた■■かッ。恥を知れッッ!!」
「それもまた然りだ。元より私は、卿の語るあの御方とやらに選んでくれと頼んだ覚えはないのでな。
まして、このような悲劇を。このような惨劇を。ただ招き繰り返し続けることが目的ならば、是非もなし──私達は喜んで恥知らずとなろう」
再び即答。彼の英雄を彷彿とさせる雄々しさで、男は静かに■■との訣別を宣言する。
その真意が何を意味するのか、なまじ理解できるだけの知識はあるがため、氷麗の女帝は今度こそ呆然とするしかない。
つまり、この男はたかが独りの人間の為だけに己の持つ資格を放棄するだけに飽き足らず、その資格を押し付けた根本に訣別状を叩きつける腹積もりだ。
■■なのだ。そのはずなのだ。この男は■■であり、あの御方の意志を果たすべく誕生した存在のはずなのだ。
ならば、しかし、この光景は何だという?
こんな出鱈目が可能かどうか。いや、それ以前に、どうして今も生きているのか全く理解が追いつかない。
痛いはずだ。苦しいはずだ。自らの星と片翼と呼ぶ星である道返に遺伝子ごと体細胞が内部で核燃料サイクルを起こし続けているのだぞ?
この瞬間に発狂しても何ら可笑しいことではなく、常識的に考えて、自滅はもはや目前だ。宿主に降りかかる代償さえ、己が担うと言わんばかりに支払い続けている以上、それが訪れるのはもはや自明の理とすら言えた。
それでも、表情に苦痛の影など欠片もない。
そんな生き地獄を味わいながら、誰よりも凛々しく立ち上がる原動力が何かというのなら──
「卿が私の何を見て驚いているかは与り知らぬが、一つだけ言っておこう。私はな、そう大した■■ではないよ。
与えられた大層な肩書きを無くせば、それこそ市井の一角と何ら変わらん。数少ない友さえ助けることも出来なかった······そんな、どこにでもいる、哀れで無力な人間だ」
渇望に、祈り──それに伴う気合と根性。
輝翼という一人の男が、神宿コハクという存在を喰らうことなく地上に降臨できたのは、心の力以外に理由はない。
常軌を逸する、などという言葉でさえ表現するのも生温い桁外れの精神力が、せめて己が片翼だけでも守り切るべく戦意を迸らせた。
◆ ◆ ◆
男が動く。
炎翼加速を用いて超疾し、踏み込んだ男は迫る氷杭弾雨を苦もなく両断。碧白の光を纏う刃を轟かせ、間断なく放たれた氷撃をその閃光で消し飛ばす。
損傷しながらも永続する氷麗女帝の攻撃。消滅を免れた氷の破片に再干渉して、鋭い枝に花弁や棘を五倍に増やし、萌芽させた。
空間を埋め尽くす雪結晶の庭。されど男は止まらない。
超高速で放たれる光刃の嵐が、五千を超える飽和攻撃を正面から斬滅させていた。
信じられない観察眼で直撃する氷杭のみを見抜き、無駄なくそれらを断ち切りながら、前へ前へと着実に突き進む。
道返は止められない。
そして更に、上空から押し潰すような氷の巨塊も十字に切断した。
それらコハクの手を焼かせてきた攻撃を前に、男はしかし──
「それだけかな? 芸がない──見飽きてきたぞ」
背筋を凍らせるような言葉と共に、男は己の片翼がこれだけはと押しとどめていたものを遠慮なく使う。
当然だ。そも、彼は加減というものを知らない。
さながら、慣れているかのように大質量を捩じ伏せ、超高速で駆動する。
激突する核反応の星を内包した碧白い光の長剣と、女帝の氷槍。
力に技に経験、執念。あらゆるものを総合した戦闘力をぶつけ合い、神を喰らう者と森羅を喰らう荒御魂は幾度となく火花を散らす。似て非なる戦意と殺意を応酬させていた。
「物質か氷かの違いに過ぎん。見慣れているのだよ、その手の技は」
何処へ逃げても死に繋がるなら、つまり。
「卿の星光だけを対象に、世界ごと両断すれば罷り通ることだろう」
放つのは空間や虚無や虚空ごと斬り裂く剣閃。森羅万象ごと破壊すれば解決するという、極論的な解決方法はしかし、彼の救世主とは異なる戦果が現れる。
まずは、切断された氷槍が女帝の再干渉を待たずに爆発した。女帝の操る氷槍と寒波のみと限定しているのか、粉塵爆発の如き小型の劫火が一度、二度、更に三度と次々に連鎖反応を引き起こし、女帝の放った氷槍を次々と爆発させていく。
出力上昇による凍結速度の向上、並びに寒波の強化という攻撃面での対応策もこれでは最早、ただただ無意味。
見切り、捉え、連鎖的に氷槍を爆発させていると言うのなら······後は言わずもがなだろう。
単純な攻略ゆえに隙はなく、男は油断もしない。
イレギュラーの発生に対応できず、徐々に黄金の男と蒼の魔星の立場が逆転し始めていた。
そして無論、女帝とて何もせずに劣勢に立たせてくれるほど、容易な相手ではない。槍への対応を行使する間隙に氷撃の五月雨が男に殺到する。
敵対象はあくまで使用者本体。異能の攻略が出来るようになろうと、長剣がゆえに生じる僅かな手間を、異能者本体が狙い撃てば意味は確かに存在する。
崩れた姿勢から流れるように長剣を振り上げるものの、一手遅れた小さな不利に樹氷の嵐を消しきれないが······
「聞こえなかったかな? 芸がない、と。
壊し方は出来ている」
なまじ速いだけに止まることは不可能。
だがしかし、それはもう当てても無駄な攻撃だと──■■と訣別することを願い、暴走する碧白の光が体表面に接近する氷枝を原子レベルで分解した。
どうやって、などと問うのは無粋だろう。なにせ今の輝翼は、言わば自爆と共に自己の存在に変革を促しながら、戦い続けている状態である。
碧白い光はコハク固有の星光を象徴とする光である前に、核反応や核変換により加速された粒子運動が臨界を迎えた時にも確認出来る光なのだ。
結果として、彼もまた動く恒星そのものと化し、ならば理由も一目瞭然。光速度を超えて核反応と核変換が行われる原子炉に飛び込めばどうなるか、語るまでもない。
攻撃が皮膚の下に届かず、光に近づいただけで核分裂反応を起こす。
······先程、バルファ・マータから致命傷を刻まれながらも生きていて、尚且つ、己を閉じ込める氷の棺を内部から破壊できたのはこれが理由だ。
あの時から既に、輝く翼は己が片翼と相談し、体内で静かに二つの星を暴走させ始めていたのである。
凍てついた動かぬ身体を溶かす為には、彼の英雄と同じ手法を取るしかないという現実。しかし、幼いコハクの身体では自壊前提の強化法に当然ながら耐えられない。
ならば、どうするか? と考えた末に下した判断。
それは、神宿コハクという身体を素体に、アルカイオスの身体を擬人化されたアステリズムとして形成するというもの。
原理、理屈、共に不明。一応、鋼の英雄と闇の冥王と類似した原理の元、擬似的な人の身を形成していることだけは確かだった。
だが、この原理が正しかった場合、神宿コハクの身体を発動体として用いたという、恐るべき大前提が存在しなくば成り立たない。
彼が生身の人間である以上、その前提は余りに非現実的だ。まして、擬似的な星辰光の擬人化など出来る訳がない。
しかし、その例外が今、目の前に存在していた。
それにより、心臓を穿つはずの氷槍は刺さった箇所から一瞬で蒸発し、必然として少年は男と入れ替わる形で今もこうして生き残る。
勿論、ある意味それは本末転倒に繋がりかねない手段だ。敗北と死は回避出来たものの、コハクが二人分の星光の反動を支払っていたように、この男もまた、二人分の星光の反動を支払い続けている。
そこに“光”の眷属特有の覚醒が伴えば、更なる負荷が降りかかるのは言うまでもない。
今も凍結を無効化し、正面から相対してはいるものの······自壊を駆使した防御法を用いつつ、覚醒の代償を一手に担い続ければ、やがて破滅が訪れる。
氷槍を溶かすだけの核反応を発しながら戦えば、それこそまさに自死への片道切符であるのは誰の目にも明らかなのだが······
「──捉えたぞ」
そんなものは関係ないとでも言うように、己に迫る自死の概念さえ、常識的な理屈ごと踏破する。
擬似的とはいえ、自らの肉体を得た影響か。振るわれる剣術は、片翼越しに技巧を駆使していた時よりも遥かに冴え渡り、氷と言う名の闇を断つ。
現実と幻想を別つ道返の光が、幾度目かの咆哮を上げた。