Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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Prologue #13

 三度目の正直ならぬ、三度目の審判。

 いや、或いは二(・)度(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)は(・)三(・)度(・)あ(・)る(・)と言うべきか。

 

 何故なら、バルファ・マータの胴体を穿(うが)ち貫いた柄(つか)頭(がしら)の上に降り立った男もまた、彼(か)の英雄や闇の冥王のような難しい術理や特殊な手段など、それこそ誓って一切用いていない。

 まぐれでも賭(か)けに勝った訳でもなく、あくまで標準的な見切りと、汎(はん)用(よう)性(せい)の高い星辰光(アステリズム)によって成(な)し遂(と)げられた快挙である。

 それはつまり、同じ理屈で女帝を下した冥王でさえ、それこそ再び何度でも、この行動を実現可能だということを、残酷なほどに黄金の天駆翔(ハイペリオン)が証明してしまい、彼ら(・)通して理解できてしまうから。

 

 ──氷麗女帝(バルファ・マータ)という蒼穹の荒(アラ)神(ガミ)では、もはや何をどう足掻こうと決して敵わない。

 当たり前に戦い、当たり前に負ける──如(い)何(か)に自称と言えども、コハクと耀翼(アルカイオス)は、女帝も認める“光”にも“闇”にも“灰”にもなれない半(・)端(・)者(・)だ。彼ら(・)にさえ敵わなかった今、彼女が“灰”の境界者にも勝てないのは自明の理と言える。

 優性と劣勢は、これから永劫逆転することはないのだと。決して覆(くつがえ)ることのない真実が、再び女帝の眼前に突き付けられた。

 

 「わ、わた、わたしは·······」

 

 だがしかし──いいや、だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)。

 

 「わたしは···貴種(アマツ)で、大(カ)和(ミ)の血筋に連なって······」

 

 虚(うつ)ろな意識から口を衝(つ)いて漏(も)れる言葉は、己の存在意義(アイデンティティ)を保つ為の自己暗示。前世において選民的な教育を施された彼女は、己の信じる価値観と存在理由を根底から覆す地(じ)獄(ごく)を耐えるために、相手の劣性を胸中で見下すことで崩壊寸前の精神を繋ぎ止める。

 

 「愛(・)さ(・)れ(・)る(・)が(・)ゆ(・)え(・)、選(・)ば(・)れ(・)た(・)────ッ」

 

 冥王の裁きを受けた昔(せき)日(じつ)のように、神へ縋(すが)り付く信徒の如き痴(しれ)言(ごと)を彼女は再び復唱していた。

 まるで、昆虫標本みたいに女帝を地へと縫(ぬ)い付けた男は、紡(つむ)がれた言葉に小さく溜(ため)息(いき)を吐く。

 前世の彼女と対(たい)峙(じ)した英雄と冥王の心情を慮(おもんばか)り、心の底から二人を労(いたわ)りつつ、そっと耳元で囁(ささや)くように口を開いた。

 

 全く、何を言い出すかと思えば······そ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)か。

 今から事実を教えてしんぜよう──そして、女神の元に還(かえ)り給(たま)え。

 

 「否、卿(けい)は相変わらず塵(ごみ)のままだよ、バルファ。かつて冥王(ハデス)に指摘した通り、卿の血筋も力も運命も、何一つ関係はない。

 ましてや、英雄(ゼウス)と同類である神星が生まれに貴(き)賤(せん)など求める訳が無かろう」

 

 真の意味で転生してもなお、拭(ぬぐ)えぬどころか、前世から継承された悪癖は肥大化していくばかりで。

 むしろ、更に更に、もっともっとと······特別性へと縋(すが)る性(サガ)を咎(とが)めるつもりはないが、彼女の場合は節(・)度(・)が(・)無(・)さ(・)す(・)ぎ(・)る(・)としか言えなくて。

 もはや哀(あい)憐(れん)を通り越し、滑(こっ)稽(けい)だと思えるほど、救いが見つけられない。

 

 「ゆえに──」

 

 未だに成長を拒み続ける女帝の愚かさを、再度悲しいものだと噛み締めながら、耀翼(アルカイオス)は左手に握る長剣を、そのまま核(・)のある心臓ごと大地に向けて突き刺した。

 

 「自覚しろ、卿の魂は芯から腐り果てている。ゆえに、どれだけ特別性に手を伸ばそうとも、その魂が成長することは断じてない」

 

 再び刻み込まれた真実に、荒(アラ)神(ガミ)として転生を果たした事で取り戻した最後の糸が、バルファの中で粉(こな)微(み)塵(じん)に砕け散る。

 違う、違う······違うから止めてと言い募(つの)った所で否定する要素は何(ど)処(こ)にもない。

 苦(く)悶(もん)の声が哀(あい)哭(こく)の色を宿し、藻(も)掻(が)く女を静かに見下ろしながら、されども輝く翼は容赦しない──否、手(・)加(・)減(・)が(・)出(・)来(・)な(・)い(・)のだ。

 

 淡く静かに鳴動していく、心臓の核(・)を貫通した刃。

 躊(ちゅう)躇(ちょ)なく発動する道返の光(アルビオン)の予兆を前に、女帝は発狂寸前に陥りながら、憎悪も忘れて恐怖する。

 このままア(・)レ(・)を解き放たれればどうなるか、稚(ち)児(ご)でも分かる見わいを前に、必死に生へと手を伸ばした。

 

 やめろ──やめてよ、お願いどうかそれだけはと。

 懇願する彼女を見据える、悲哀を湛(たた)えたその眼光。

 特別性に手を伸ばし過ぎた哀れな者の来世に祝福を──それの代償が死である以上、輝翼(アルカイオス)と名乗る者が出来ることは、ただそれしだけしかない。

 慈悲のある一撃が、特別性の代償と共に降り注ぐ。

 

 「さらばだ、尊いはずの者(ブルーブラッド)よ。来世では、もう少し凡(ぼん)庸(よう)な幸(ア)福(イ)に満ちた家庭に産まれ給(たま)え。

 こ(・)こ(・)に(・)は(・)な(・)い(・)、ど(・)こ(・)か(・)遠(・)く(・)の(・)素(・)晴(・)ら(・)し(・)い(・)何(・)か(・)を尊び、届かない理想に手を伸ばすのは、その後でも遅くはあるまい」

 「あ、うっ、あぁぁ·······。

 いや、あ、アアアアアアアアアァァァァッッ──」

 

 ──そして、容赦なく顕(けん)現(げん)した黒銀の光波の中に女帝の身体が飲み込まれた。

 

 輝く翼の手により蘇った絶望に彩られ、冥府の底へと墜落していく。

 氷麗女帝(バルファ・マータ)の命運は、氷河姫(ピリオド)として生きていた時に既に決していたのだと思い知らされながら、四度目の終焉を迎えるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして──

 

 「···············」

 

 炎の海に佇(たたず)む独りの男。

 粉砕した女帝の核(・)を己(おの)が一部と取り込んでいく。

 そうして彼は、静かに天を仰(あお)ぎ見た。

 

 愛するがゆえに壊す、徹底的に、それはなんて──

 

 「···罪深い······」

 

 ポツリと、独り言(ご)ちた。

 

 掴(つか)み取れた“勝利”の価値と、今宵失われた命に想いを馳(は)せ、静かに瞼(まぶた)を閉じる。

 片翼だけでも守り抜くという言葉に嘘はなく、余人が見れば一人の人間を守り抜けただけでも奇跡であると励ます事は間違いない。だがしかし──いいや、だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)、輝翼(アルカイオス)は自分の無力さを強く痛感する。

 本音を言えば、コハクとヒユリの二人を守りたかった。眼前で失われていく命を助け、新たに生まれる嘆きを止めてやりたいと。

 だと言うのに、ただ見ていることしか許されず、零(こぼ)れゆく命を繋ぎ止めることも出来ない。彼がやれる事は、コハクがなぜ間違えたのかを指摘してやる事だけだった。

 

 それは偏(ひとえ)に、ヒユリを失う瞬間まで条(・)件(・)を(・)達(・)成(・)す(・)る(・)事(・)が(・)出(・)来(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)のが大きく、黄金の天駆翔(ハイペリオン)として彼らの同調率が低さにあるのだが······しかし、そんなものに一体何の意味があろうか。

 いくら大義が、理由があろうと、新たな悲しみが生まれる事は許されない。

 否、許すことが出来ない。

 そんなものは、正しい理屈を捏(こ)ねただけの言い訳だ。

 

 ああ。ならば、答えなど明白で。

 私も所(しょ)詮(せん)、彼(・)ら(・)と同じ塵(ゴミ)屑(クズ)だと自(じ)嘲(ちょう)する。

 淡い燐光に包まれながら、輝翼(アルカイオス)は己の星(せい)辰(しん)を解除するのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 男の姿が消えると同時に、その中から子供の姿が現れる。

 唐突に身体の支えを失い、地面へと倒れそうになったが、咄(とっ)嗟(さ)に踏み止まる事で転倒を回避した。

 

 だが──

 

 「げほッ、ぐ、はァッ──ッ」

 

 星辰の解除に伴い、彼は盛大に吐血する。

 血の原因は、胃がひ(・)し(・)ゃ(・)げ(・)た(・)から。

 他に傷と近い部位にある内蔵と肋(ろっ)骨(こつ)の幾(いく)つかが損傷したのが確認できる。

 無論、この怪我は攻撃を受けたからではない。

 

 「くそッ···こんな······ところでッ」

 

 これが反動──星辰光(アステリズム)の発動に付き纏(まと)う、星辰奏者(エスペラント)の時から変わらぬ神機奏者(ゴッドイーター)の基本仕様だった。

 

 平均値(アベレージ)から発動値(ドライブ)への移行に伴い、出力が急上昇する反面、何の前触れもなく全身強化をすれば必然的にこうなるのだ。上がり幅が大きければ大きいほど、反動もまた順当に増える。

 危険(リスク)を冒さぬ強化方法など存在しないが、コハクの場合は他人よりも強化の度合いが図抜けて高い。それこそ、無計画に切り札を切れば後で自業自得と死にかける程なのだが······

 

 「···親父······ッ」

 

 初期の目的を忘却しかねない激痛を、慣れぬ気(・)合(・)と(・)根(・)性(・)で捩(ね)じ伏せる。

 バルファ・マータは殺したと語っていたが、この目で確かめないと信じられない。

 その真偽を確かめる為にも、コハクは念の為、二つに避けた剣を手にして歩き出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 同刻──紅い月光と不変の第二太陽(アマテラス)が、人と荒(アラ)神(ガミ)の血が大量に流れた地上を照らす中、忌々しげに舌を打つ音が響き渡る。

 瓦(が)礫(れき)を背にして、地面へと座り込むように頽(くずお)れた男が一人。紅蓮の炎で燃え盛る居住地域の気配を感じながら、己の意志に反して動かぬ身体に苛立ちを募らせていた。

 

 無理もない。彼の身体は創傷・裂傷・死傷・殺傷・凍傷に蝕(むしばま)れ、端的に言って満(まん)身(しん)創(そう)痍(い)。

 誰がどう見ても紛れもなく瀕死の姿だ。内蔵も壊滅的とあるならば、いよいよもって致命的と言えるだろう。

 意識を保つことさえ限界に近い。発狂寸前の激痛が全身を襲っているからか、今ならば子犬にじゃれつかれた衝撃でさえ死亡する決定だと成りうるはず。

 

 「相変わらず···融通の、効かん身体だ······」

 

 にも拘(かか)わらず、男は独り言を呟(つぶや)くだけの余力を残していた。恐らく、第三者と口を交わすことすら可能だろう。

 次瞬、右腕に走る激痛。反射的に顔を顰(しか)め、視線だけを動かして右腕を確認してみれば、不気味な程に黒い血肉のようなものが蠕(ぜん)動(どう)*1し、徐々にではあるものの男の身体を人(・)で(・)は(・)な(・)い(・)何(・)か(・)に(・)浸(・)食(・)し(・)つ(・)つ(・)あ(・)っ(・)た(・)。

 

 それを視認し、二度目の舌打ちを鳴らす。

 彼が右手首にはめる赤い腕輪が煙を吹き上げているのを鑑(かんが)みるに、右腕の異常はその腕輪にあるのだろう。

 単騎で居住区に侵入した新種と汎(はん)用(よう)種が入り乱れた荒(アラ)神(ガミ)の大軍に挑み、激闘を演じ続けた結果がこれだった。

 

 “脆(もろ)い、弱い、そして酷く壊れ易い···理解はしていたつもりだったが、些(いささ)か読(・)み(・)違(・)え(・)た(・)な(・)······”

 

 男が地に付している理由。それは偏(ひとえ)に、限界点を迎えた事に他ならない。

 身体の熱が失せる、感覚が途絶える、魂が燃え尽きていく。

 命の終焉は近い。そして同時に、最(・)悪(・)の(・)事(・)態(・)がこの居住区に舞い降りるだろう。

 それだけは避けねばならない。自滅の趣味は持ち合わせていないが、かと言って、己(おの)が矜(きょう)恃(じ)も曲げるつもりが男には無かった。

 

 ふと、その時──

 

 「······親···父······?」

 

 大地を踏みしめる足音と、動揺するように声を掛けてくる声に、男は僅かに顔を擡(もた)げる。

 二つに引き裂いた黄金と黒(くろ)鋼(がね)から成(な)る拵(こしら)えの剣を手にして、靡(なび)く黄金の髪と、返り血で汚れた白い服を身に纏(まと)う一人の少年。

 彼の姿を視認して、男は苦笑気味に口を開く。

 

 「フッ···なんだ、貴様か······」

 

 そして、同時に理解した。

 この少年は──コハクは、己やあ(・)の(・)男(・)とは異なる花を咲かせるだろうと。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ──最初から分かっていた。

 この世界は、どうしようも無く残酷なんだって。

 

 何時(いつ)、何処(どこ)で、誰が、何に捕食されるかなんて分からない。

 漸(ようや)く手にした平穏も永遠には続かないし、永遠に続くのだと約束するこも出来ない。

 やがて終わるということは、いつ終わってもおかしくないということを。

 

 誰よりも、分かっていたはずなのに──

 

 「──、────」

 

 眼前の光景に、コハクはただ瞠(どう)目(もく)する。

 漸く見つけ出した父である男は、奇跡的にも生きていた。だが、彼の右手首にはまる赤い腕輪は不気味なほど黒い煙が吹き上げ、そこから徐々にその身体を人(・)で(・)は(・)な(・)い(・)何(・)か(・)に侵食されつつある。

 それが何を意味するのか、なまじ分かるだけに言葉が出てこない。

 ほんの僅かな間を置いて、震える口先を必死に動かした。

 

 「···あんたは······」

 

 まるで、確かめるように。

 愚問の類だと理解しながら、コハクは父である男に問いを投げ掛(か)ける。

 

 「あんたは···これから、どうなる······」

 「愚問だな······腕輪が壊れた、侵食度も臨界点を突破した、応援を要請した部隊が未到着な今···俺は来るべき末路を迎えるしかあるまい」

 「···他に手立ては?」

 「無論、あるにはあるさ」

 

 即答され、肩が微かに震えて反応を示した。

 黒髪の男は、未だに人の原型を留(とど)める左手の人差し指でコハクを指し示す。

 

 そして──

 

 「貴様が持つ、その神機で俺を殺せ」

 「────ッ」

 

 冷酷なまでの指示を、男は己(おの)が息子に下すのだった。

 

 「なに、を······」

 

 ラピスラズリの如き碧(あお)の瞳が驚きに揺れ動く。

 無理もない。幾(いく)ら最(・)悪(・)の(・)事(・)態(・)を回避する為とは言え、ここまで直接的(ストレート)に自分を殺せと子供に指示する親は何処の世界を探しても彼ぐらいなものだろう。

 まして、神宿コハクという人間は殺害を要請されて、素直に頷(うなず)けるほど、異常な感性を持ち合わせてはいない。

 にも関わらず、黒髪の男は瀕死の状態とは思えないほど、その紅(べに)桔(き)梗(きょう)色の双(そう)眸(ぼう)を鋭く細め、コハクを睨み付ける。

 

 「無理だとか、不可能だとか、腑(ふ)抜(ぬ)けた事を抜かしてくれるなよ。無論、別に俺は自滅の趣味など持ち合わせてなどいないのだがね。

 だが、奴(・)ら(・)の(・)仲(・)間(・)入(・)り(・)を果たす事は、俺の流(・)儀(・)に対する冒涜だ。俺の結末は俺が決める。ならば、やることは一つだろう」

 

 不敵な笑みを浮かべ、誇るように語る男の姿はもはや狂気を通り越し、いっそ清々しく見えた。

 恥も悔いもない彼に、嘆きや自省というものは存在しない。

 ゆえに、男──神宿アイフェイオンは徹(てっ)頭(とう)徹(てつ)尾(び)、態度を変えることなく告げる。

 

 「俺を殺せ、バカ息子。この血(ち)生(なま)臭(ぐさ)い連鎖を断ち切れッ。今(・)度(・)こ(・)そ(・)、完(・)全(・)に(・)ッッ」

 

 ならばこそ、彼の言葉に迷いも躊躇(ためら)いも無ければ、逡(しゅん)巡(じゅん)などというものも存在しない。

 むしろ、激しい気迫さえ見せる父の態度に、コハクは奥歯を噛み締める。

 アイフェイオンは今、瀕死の状態だ。子供の力でも殺せるだろう。軽く撫(な)で斬(き)れば、ただそれだけで息の根を止めることが可能な状態だった。

 

 本音を語れば、他の方法を探したい。

 だが、そんな事をしている暇など無いのだ。苦悶の声一つ上げていないが、男の右腕から全身へと広がりつつある何(・)か(・)は、現在進行形でその侵食度を深めつつある。

 いつ、最(・)悪(・)の(・)事(・)態(・)が起こるか分からない上に、この男が自分の流儀に反する事を嫌うことを、コハクは誰よりも理(・)解(・)し(・)て(・)い(・)た(・)から······。

 

 「···、······、···············ッ、────···──······」

 

 振り上げた左手の刃が小刻みに震えている。柄(え)を握り込み過ぎて滴る血が、風に吹かれて男の顔に降り掛かる。

 対するアイフェイオンは、コハクから目を逸(そ)らさない。それはまるで、食事や排泄と同等の、生きる上で基本的な事だと言わんばかりに。

 

 「ああ──全く···貴様は貴様で難儀なものだな······」

 

 息子の血に濡れ、紅桔梗色の瞳が静かに細まる。

 男の瞳に映るコハクの瞳は、決意を固めた色と殺す事に躊躇う色を宿していた。溢れ出した思いの丈は、新たな涙となりて頬(ほお)を濡らす。

 

 「自分の感情一つさえ···思い通りに出来ない、腑抜けが──貴様といい、あのアホ娘といい······一(・)体(・)、誰(・)に(・)似(・)た(・)の(・)や(・)ら(・)······」

 

 それは、罵倒とも愚痴とも受け取れる言葉だった。

 共に悪意を意味する概念であり、それを呟(つぶや)く男の声色には、やはり悪意しか宿していない。

 だが、彼の息子であるコハクは気付いている。

 彼の声色には確かに悪意しか宿していないが、そこに刺々しさや突き放すような色が存在しないことを。

 

 続く言葉こそ永遠の別離(わかれ)──

 だからこそ。

 

 「────ッ、─────ッッ!!」

 

 叫びたくなる衝動を必死に噛み殺し、コハクは剣を振り下ろす。

 右肩から左腹部まで斬り裂く剣筋から決して目を逸らさなかった男は、どこまでも不敵に微笑を浮かべていた。

 

 「では、さらばだ。せいぜい···足掻きながら“生き抜け”······。馬鹿で愚かな···も(・)う(・)一(・)人(・)の(・)······我(・)が(・)息(・)子(・)よ」

 

 それを最期の言葉とし、絶命した男は淡い燐光と共に星と神の粒子となりて霧散する。

 神機使いの死体は残らない。

 その身にアラガミ由来の因子を取り込む事で、漸(ようや)く対抗手段を得られるのだ。当然、そんな事をすれば人の身体は細胞レベルで形質変化を起こす。

 即ち、ア(・)ラ(・)ガ(・)ミ(・)と(・)同(・)じ(・)存(・)在(・)に(・)な(・)る(・)ことを意味していた。

 

 ゆえに、人であれ神であれ、殺された神機使いの死体はアストラル粒子を含んだオラクル細胞として、消え去ってしまう。

 その代わりにと言わんばかりに、地面に突き刺さるは赤い腕輪。原型を留めているのが不思議に思えるほど故障したそれは、一匹狼気質だった父の生き様を表すかのようだ。

 

 そして──

 

 「···ッ、······どう、して······」

 

 少年の手から剣が抜け落ちた。

 頽(くずお)れるように、地面へと座り込む。

 

 「どうして···ッ、お(・)前(・)ら(・)ば(・)っ(・)か(・)······、俺(・)に(・)生(・)き(・)ろ(・)って······、勝手に決めて···、勝手な事ばかり言いやがって······」

 

 自分にばかり生きる事を望みながら、勝手に消えていく者達に、コハクは嗚(お)咽(えつ)混(ま)じりの声で己(おの)が感情を吐き出していく。

 

 「俺は、他でもない···お前らに······、どこでも良いから···ッ、どこか遠くで······、生きてて欲しかったッ。それなのに、どうして──······ッ」

 

 俺ばかり生きる事を望むのか。

 続く言葉は慟(どう)哭(こく)と共に飲み込まれた。

 

 生きて──と、かつて望まれて。

 キミだけでも真っ当に──と、願われて。

 その上、父や大切な少女にまでそ(・)れ(・)を望まれた末に失って······これではまるで、祈(・)り(・)と(・)言(・)う(・)名(・)の(・)呪(・)い(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 

 

 

*1:
うごめくこと。




 「ン」族の植物名探してたら、めっちゃ時間かかった(´・∀・`)

 GOD EATERの登場人物って、植物かそれに関する動物の名前をモチーフにしているので、「外国語で、最後が“ン”、植物に関連する名前」となると、悲しいかな。ぜんっぜん見つからねぇッ。

 コハクの父親の名前の由来は、ハナニラの別名。
 花言葉は「悲しい別れ」。別に狙って名付けた名前ではない。

 そして、最新話で開示された“零”の時代。
 「アムリタ」というワードを見て、うp主は遠い目になった。だって、アムリタはインド神話のソーマと同一視されてるんだもん。しかも、法則が法則なだけに、「うわー、これソーマの奴、もっと自分の名前嫌いになる奴じゃん」と思いながら『黒白のアヴェスター』の最新話を読了。

 マグが神座と決別しても、人間の部分は残らないのだけ理解した。そこも含め、マジで煉炭と真逆やな。
 まあ、スィリオス兄妹とサタナイルがいる限り、解釈違いの人間部分は存在しそうやけど。
 (何だったら、サタナイルさん辺りはマグの人間部分も勝ち取りに行きそう······)

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう|・x・)ノシ

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