Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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Prologue #02

 決して、元には戻らない。

 最悪の事態が起きた後に訪れるのは。

 "収束"ではなく──"変化"なのだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 新西暦2060年、12月25日──

 極東地域、某居住区。

 PM21:57······

 

 ()しくも、旧暦の救世主が誕生した日に、悲劇という名の運命が幕を開けた。

 

 炎の海が、世界を血で染め上げている。

 それは悲鳴と、(どう)(こく)と、恐怖と、絶望。

 この世に存在する様々な()()(きょう)(かん)を、居住区と言う名の一つの(なべ)に詰め込めるだけ詰め込んだような景色が、現実世界を(むしば)んでいた。

 

 崩壊していく平穏な日常、慟哭しながら消えゆく命。

 訪れた()()()の災禍は徹底的に(おぞま)しく、狂えるほど絶望的だ。

 前触れなく発生する自然災害と同じ、手に負えない巨大な力の出現に人々は涙を流し、逃げ惑うことしか出来やしない。

 いいや、それさえ(いくら)()()のある方だろう。何故ならそれは、まだ"生きている"事の証明だからだ。

 

 誰もが一瞬で(むくろ)と化して、災禍に喰われて冥府に()ちた。死者にしても、原型を留めている身体は数少なく、九割近くの存在が潰れた肉片と(ぞう)()をぶちまけられている。

 運良く()(がい)が残った者も、その表情に浮かんでいるのは、恐怖に満ちた絶望だけで安らかさなど、()(じん)の欠片もない。

 不条理な現実へ恨みと嘆きを焼き付ける死の象徴と化す前に、白い小柄な恐竜を思わせる異形の()(じき)になった。

 

 まさに地獄。救いがない。しかも、これだけでは()()()()()

 災禍を生み出す元凶は依然変わらず健在で、この惨劇を生み出した数十体に及ぶ悪魔がいる限り、血と肉と屍と炎の海は、今後も領域を広げていくのは語るに及ばない自明の理。

 まるで(いけ)(にえ)を更に更にと、要求しているかのようだった。

 

 そして······

 

 「ッ、危ない!」

 「──────」

 

 地を駆ける二つの影から一つ、犠牲者(いけにえ)が火に()べられた。

 

 突然の襲撃と共に、鈍い轟音が生じる。積み木のように半壊した建造物を粉砕し、(えい)(かく)(てき)な曲線を描く雷撃が、少年を庇う少女の背に突き刺さった。

 

 衝撃が背から胸を突き抜け、吐息に赤い霧が混ざっている。

 もんどりうつ少女は、それでも少年を放さない。我が身を盾にして、彼にかかる衝撃を殺している。

 

 「·········」

 

 これ以上ないほど見開かれた少年の瞳に、その光景が鮮明に映った。

 ゆっくりと、(かし)ぐ少女の姿。とさりと軽い音を立てて、(きゃ)(しゃ)(しん)()がアスファルトの地面に倒れる。

 淡い桃色のパーカーが少しずつ、少しづつ、真紅に染まっていく。それはやがて、腹部辺りから赤い水溜まりを広げ、少女の死を嫌と言うほど物語っていた。

 

 血の気のない肌は()(ろう)の色。横顔を長い横髪が(かす)めている。

 うつ伏せの肩も、落ちた(まぶた)も。薄らと開いた(くちびる)も、微動だにしない。

 ざっと血の気が引いた。()(たい)という肢体から、(りつ)(ぜん)と走り抜け、引いていく衝撃。

 これは、終わりを自覚する感覚だ。

 

 「······リ···」

 

 名を呼ぼうとしたのに、声が出なかった。

 こんなの嘘だと叫びたいのに、()てついた(のど)が言う事を聞いてくれない。

 何かの間違いだと叫んで目を()らしたいのに、体中が強張ってしまって、(まばた)きすらもさせてくれない。

 ふと、長い横髪が風に揺れて、(ほお)()でている事に気が付いた。

 

 ああ、くすぐったそう。

 指を持ち上げて、払いのければいいのに。

 そうして、目を開けて、やれやれと言った風情で、大義そうに身を起こして。

 ため息を吐いて、ニヤリと(こう)(たん)を吊り上げればいい。

 (だま)されたなと得意げに笑って、目を細めて。いつものように。

 そうしてくれたら、こんな状況で何をふざけているんだといつもの様に悪態をつきながら、けれども全部許してやる。

 

 だから。

 だから。

 だか、ら────

 

 「ヒ···ユ·········リ···」

 

 呼び掛けて、ノロノロと立ち上がって、手を伸ばす。

 その手が届く前に、何故か足から急に力が抜けて、カクリと膝をついた。

 

 (のう)()に走る砂嵐。

 その奥にいる人影から、低い声が響く。

 

 「────終わったな」

 

 声を無視し、震える手で何とか触れた、そのか細い指は。

 すっかり冷たくなっていた。

 

 声が響く。

 

 「その目に(しか)と焼き付けるといい、これが(けい)の選んだ事柄の末路だと」

 

 まるで、最後の審判を告げる(ラッ)()のように。

 

 「彼女の方が強い、一人でも生きていける。ゆえ、()()()()()()()()()()──その判断は、理屈として何一つ間違えてはいない」

 

 絶望的なまでの説得力を声に乗せ、語り続ける。

 

 「では、彼女が間違えていたのかと問われれば、それは否だ。彼女の想いもまた正しく、何も間違えてなどいなかった──これはただ、()()()()()()()に過ぎんのだ」

 

 信頼と言う名の現実逃避。

 正しい理屈だけを盾に、()()という刹那から目を()らし、耳を(ふさ)いで、口を(つぐ)んで微動だにしない。

 その結末がこれなのだと、声は言外に語っている。

 

 「自覚するといい──卿は、正しさゆえに間違えたのだと」

 

 ()()()()()()という大義(ただしさ)は、少女の心底から()()()()()と願う我儘(ただしさ)と同等の正しさを持っていた。

 彼女は少年の大義(ただしさ)を受け止めた上で、己の我儘(ただしさ)を貫こうとし、結果として正しいことは些細な(いさか)いを呼ぶことになる。

 その後は、語るまでもない。異形の怪物が居住区を囲む壁を突破し、その侵攻を進める中で争うなど、彼らからすれば好都合でしかないのだ。

 

 「·········ッ」

 

 ああ、正しくその通り。

 過去に囚われていた訳でも、未来に目を奪われていた訳でもない。

 ただ、()()()()()という本音を(おお)い隠し、逃げる途中で右の視界を失い、体力の限界を迎えていた少年は、彼女だけでも()()()()()と考えて行動に移した。

 

 切り捨てろ、と。一人だけで逃げろ、と。

 その理屈は正しくて、一人でも多くの生存者を救うには、負傷者などただの荷物になってしまう。

 だが、理屈として正しくても、()()()()()()の正しさに(うなず)けるほど、人間の心は容易く出来ていない。

 むしろ、正しい理屈を前に正しい屁理屈を()ねるのが人間で、それが少年と少女の間に起こっただけの話だ。

 

 そんな些細な(あつ)(れき)が生んだ、本当に(ちん)()でありふれた悲劇にすぎない。

 正誤の(はかり)など、最初からありはしなかった。

 

 「ヒユリッ!」

 

 それを理解した瞬間、何もかもが馬鹿らしく思えて。

 少年もまた、正誤の秤を投げ捨てて、心底から()()()()()という感情に従って動いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 右眼に入り込んだ血液も、全身を強打して痺れた身体も気にならない。

 大切な少女が自分の為に命を投げ打ったこと。捧げられた勇気と愛情に、訳が分からないまま抱き起こして、やはり訳が分からないまま泣いている。

 その涙が頬に落ち、神宿ヒユリはゆっくりと目を開いた。

 

 「よかった、あなただけでも、無事で······」

 「そんな──」

 

 そんなこと、意味が分からないと。

 

 「······なんで···? ······どうして、最後まで一緒に逃げようって、そう言ったの、お前じゃねえか。言い出しっぺが、どうしてこんな、訳のわかんねえことしてるんだよッ」

 「どうして、って······」

 

 困ったように、ヒユリの手が頬へ伸びてくる。

 その時、掌全体が血で濡れているのを目撃してしまい、少年は小さく息を()む。少女が愛おしそうに彼の頬に触れれば、少年の(はく)(せき)の肌に少女の血が付着した。

 

 「だって···わたし······コハクのお姉ちゃんだから·········。理由なんて···これだけで充分······でしょう·······?」

 「·········ッ」

 

 返答に、少年は(のど)を詰まらせる。

 何を言い返せば良いのか分からない。

 神宿ヒユリという少女の性格を良く知る少年には、彼女の行動理由に(はん)(ぱく)*1する言葉を持ち得ていなかった。

 

 「わたしね···コハクと家族になれて······嬉しかった。わたし、こんな世界でも産まれて来て良かったって···、今でも心からそう思ってるんだ······」

 「だったら、尚更、なんで······」

 

 何故、こんな訳の分からない事をするのか?

 彼女は何一つ嘘を()いていない。(つむ)がれた言葉は全て真実であり、なまじそれが分かってしまうからこそ、矛盾した少女の行動を理解するのに時間が掛かっていた。

 

 「()()()···コハクがわたしを庇ってくれたのと、一緒だよ······」

 

 炎の中を二人で共に逃げている途中、背後から迫る殺意に気付けた少年は、(とっ)()に彼女を庇ったのである。

 まだ、七歳にも満たない(きゃ)(しゃ)な身体は、少女を襲うはずだった衝撃に吹き飛ばされると同時、右の(こめ)(かみ)*2を鋭い()(れき)で深く切り裂いてしまった。

 

 丁度、(ひたい)まで走った裂傷は、(にじ)むように次々と血を流れ出させ、止め()なく右目に流れ込む事になる。

 結果、右目の視界は真紅に染まり、半壊した建造物に強打した全身は(しび)れて、とてもまともに走れない状態に陥らせた。

 

 誰がどう見ても足手まといな少年を連れて、恐るべき捕食者から逃走を続けるのは難しい。

 逃げられたとしても結果は見えていたから、(そば)に駆け寄ってきたヒユリへ向けて、少年は()()()調()()で、()つ、出し慣れない大声で拒絶したのだ。

 

 「わたしのこと···守ろうと······してくれたんだよね? だから、突き放そうとしてくれたんだって···わたし······知ってる」

 「それは──······ッ」

 

 違う。そんな大そうな理由などではない。

 無意識で彼女を庇い、結果的に切り捨てさせないと、()()()()でも()()()()()だと考えて、力の限り拒絶しようとしただけだ。

 

 自分が知る限り、誰よりも少女は強いから。

 一人になっても生きていけるから。

 こんな()()()が生き残るよりも、彼女のような人間が()()()()()()だと考えて、実行に移した行動はしかし──(いく)ら正しかろうと、()()()()()()()()()に他ならない。

 

 「ダメ、だよ···コハク······カッコばかりつけてちゃ······。気取って、命懸けて、意地張るところ間違えないでって、いつも言った···じゃない······。

 だから、一人で背負っちゃだめだよ。わたしはもう···一緒に居てあげられない······から」

 「────······ッ、ぁ···」

 

 ごめんね、と少女が謝罪を口にした次瞬、少年の頬に触れていた彼女の手が落ちそうになった。それを見た少年は、咄嗟にその手を掴み取る。

 涙を流しながら、首を横に振った。

 

 「···嫌だ······」

 

 認めない。

 こんな最後は求めてない。

 

 「お前がいたから、耐えられたんだ。お前がいたから···"逃げる"事だけはしたくないって······。

 お前がいなくなったら···俺は······っ」

 

 俺はきっと、現実(こちら)に戻れなくなる。

 それだけは嫌なのだと、少年は必死に訴えた。

 すると、少女は一度だけ目を閉じた後、軽やかに微笑する。それこそ、太陽に負けないぐらい、綺麗な笑顔を浮かべて。

 

 「ずっと···、決めてたんだ······何かあったら絶対に、コハクだけでも···守り切ろうって······」

 

 姉として、ただ一人の少女として。

 ()()()()()()()()()()()()()──と、それこそ少年が家族の一員になった時から誓っていたのだと、彼女は打ち明ける。

 その事実に、少年は緩やかに首を左右に振った。

 

 「そんな···、何で······俺なんか······」

 「···わたしには難しくて······、コハクになら出来ること···お願いしたいから······」

 

 意味が分からず、(いぶか)しげに二・三度ほど瞬きをする。

 だがそれは、自分に生きてもらう為の祈りなのだと、漠然ではあるものの、少年は理解していた。

 

 「わたし、前に話したよね? こんな、救いようのない世界だけど······わたし、この世界が好きなんだって、言ったよね?」

 「ああ······」

 「お父さんがいて···コハクがいて······、ただそれだけでも、すごく···幸せ······、わたしは今を生きてるんだって······実感が持てるの。

 それはきっと···とても素敵なことで······勝手な決めつけだけど···、他の人達も同じだと思うんだ。だから···だからね······」

 

 ヒユリの(まなじり)*3を、一筋の涙が伝う。

 

 「たまには逃げ出したり···投げ出したりしても良いから······、もうこんな事が起きないように···みんなが当たり前に生きて······当たり前に死ねる場所を···作って、取り戻して上げてくれないかな?」

 

 それは、以前にも話題に上がった会話だった。

 一緒に、そんな場所を作ろう。取り戻そうと、その時に約束していた。していたから······

 

 「···ああ、約束する。どこまで実現できるかは分かんねえけど······こんな生きるか死ぬかの厳しさとは無縁であれる場所を······必ず」

 

 ()(えつ)を噛み殺しながら、少年は彼女の願いを承諾する。場合によって、執念という形で少年の心を縛りかねない願いに、彼は自ら進んで受け止めていた。

 その言葉に、ヒユリはホッと(あん)()の吐息を漏らす。

 

 「うん···ありがとう······。あと···最後にね······。

 もう一つだけ···約束······してくれる······?」

 「なんだ···?」

 

 もはや少年にとって、居住区を蹂躙する異形の存在など眼中にない。どうでもいいとさえ感じている。今はひたすら、ヒユリの言葉を聞き逃すまいと、全ての意識を彼女に集中させた。

 

 本当は、そんなことをしている場合ではない。

 災禍の根源は未だ絶えず、今か今かと、ありきたりな少年少女の悲劇に終焉を(もたら)そうと牙を鳴らしている。

 それすら、頭の奥底へと追いやって──コハクは今、真実()()()()()事のために全霊を懸けていた。

 

 いいや、()()()()()()という理屈(ただしさ)よりも、()()()()()という自分のためだけの我侭(ただしさ)を選ぶ。

 理屈だけの()()()()()は、とても痛くて──今のような、取り返しのつかない過ちを犯してしまうのならば、是非も無かった。

 

 「わたしのこと···忘れないでね······。忘れない限り、わたしはずっと、一緒だから···お願い、コハク······」

 

 そうして、命の灯火が消える間際のこと。

 

 「泣かないで。笑っていて」

 「ッ────」

 

 突如として告げられた言葉に、コハクは絶句する。

 

 「お前っ、こんな状況で、何を言って······」

 

 言いながら、知らず苦笑が漏れた。

 それは、本人すら気付かない呆れ気味の微笑。

 だと言うのにヒユリは、彼が自然と涙を流せることと、笑えることに満足している様子で。

 

 「よかった···うん······やっぱり、あなたはそっちの方が良いよ。だって、そっちの方がきっと、()()()()()()って思えるから。

 だから、生きて···嫌なことも、悲しいこともあるだろうけど、守りたいものだって、きっとたくさん、この世界にはあるはずだよ。それを探して、生き続けて······何があっても、生きることから······」

 

 続く言葉は、背後で轟く爆音によってかき消される。

 だが、ヒユリが届けたかった言葉は、余すことなく相手に伝わり、心の中に()み込み、理解と共に浸透していった。

 

 緩やかに、少女の瞼が閉じる。

 訪れた静寂に、コハクは呆気に取られてしまい。

 恐る恐る彼女の名を呼びかけた。

 

 「············ヒ···ユ······リ···?」

 

 無駄だと理解はしている。

 閉じられた瞼は、呼びかけた所で二度と開かない。

 掴み取っていた手を、震えながら離して見れば、コハクの手から、簡単に抜け落ちて、地面に落ちた。

 

 「──ッ、ヒユリィィッ!」

 

 新たな涙を(なみ)飛沫(しぶき)のように散らしながら、少女の体へ取り(すが)る。

 振り絞るような絶叫は、まさしく嘆きの(どう)(こく)であり、新生児の産声だ。それに触れたものは、()()でも何でもなく、その者は(こっ)()()(じん)に砕かれる。

 身動き一つできずに屈服させられ、アスファルトの地面に亀裂が走った。

 

 街が、大気が、空間が鳴動する。

 ただ存在が(まと)う気配だけで、数千トンの質量はあろう物質が、(かみ)(くず)(どう)(ぜん)にひしゃげかけた。

 

 天空には、真円を描く満月に、凛と輝く第二太陽(アマテラス)

 

 それはまるで、巨人の瞳。

 大いなる何者かが、この破滅を慈しみながら(のぞ)いているようにも、見えたから──。

 

 「───頼む、応えてくれ」

 

 正気を失った人間らしく、天へ向かって吼える。

 抱き起こした少女と、燃え盛る街区を指して、彼は涙を流しながら、虚空を仰いだ。

 ただ一心に、哀切を()めて悲痛な叫びを訴える。

 

 「本当に、()()(サマ)がこの世界の法則を作ったなら······どうして、"勝利"からは逃げられないって言う法則を作ったんだ?

 苦しくても、痛くても···ちっぽけな幸せの中から、俺達は今を"生きてる"って実感できるのに······ちょっとした事が楽しくて嬉しいのに······」

 

 朝日が目覚めの時を告げて、朝食の準備が出来たわよと、叩き起こしに来るヒユリの声。

 自分は着替えながら、ノックせずに部屋に入るなよ、なんて胸中で吐き捨てる。

 毎日同じように小言を言われ、さり気なく父に毒を吐かれて、たまに父と言い合いながら、結局最後にはヒユリが乱入して混沌とする家庭内。

 一見したら、仲が悪そうに見える混沌が、自分達の()(ぞく)(だん)(らん)だったりする。

 そしてそんな、少し変わった普通の一般家庭で彼は育った。それが真実。ならば、その願いに嘘偽りはないのだろう。

 

 彼は愛していた······文字通り、何もかも。

 それは()(きた)りな日常であり、思い出であり、積み上げてきた足跡である。

 その一つ一つ、どれを取ろうと軽いはずなど断じてなく、大人達も()(すべ)なく死んでいる現実を(かんが)みれば、ただの(わが)(まま)だと自覚しているものの、本音を()()してしまうなら、今も女々しく取り戻したいと願う心が、心の奥底には存在していた。

 

 「そんな···、そんな普通の生活に戻りたい······戻してくれよ、()()(サマ)

 

 神の存在など、()(じん)も信じていない。

 だが、少なくとも()()は二千年前に実在していたのだ。

 

 ゆえに、光よ降り注げ。

 こんな祈りすら聞き届けず、ちっぽけな人間として(おの)が無力を嘆けと言うのならば、()もありなん。*4

 

 神が(もたら)すのは、公平な不平等だけ。

 都合のいい奇跡など、絶対に訪れない。

 むしろそれは、純粋であるがゆえに新たな破滅の呼び水となるのだ。

 

 悲劇の幕は上がったまま······

 事態は一向に好転の兆しを見せることなく。

 地獄を作り出した元凶の手で、更なる絶望的な破滅を(もたら)すのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 次瞬、訪れたのは轟く爆風と熱波。

 半壊した建造物が紙細工のように粉砕される。

 一体の影を発生源に同心円状へ広がる衝撃、狂乱する死を携えて、(わざわい)の到来を告げていた。

 

 うねりを上げる雷電。

 白い吐息と共に威嚇する、虎と酷似した巨大な異形が、舞い上がった(すな)(ぼこり)の向こうで(たたず)んでいる。

 同時、弧を描きながら地面に突き刺さったのは、黄金と(くろ)(がね)(こしら)えられた、一振りの長剣だった。

 

 「ああ············」

 

 だからそれを目にした瞬間、コハクは全てを理解する。

 これが、()()からの返答だ。

 

 そう、"勝利"からは逃げられない。

 "(うん)(めい)"は()()までも追ってくる。

 ああ、ゆえに──

 

 「ならば──」

 

 さあ、どうするか? 答えるがいい、片翼(ベルレスォス)よ。

 虚偽も拒絶も(しゅん)(じゅん)も断じて一切許容している暇はない。(けい)は一体何を求め、何を成す?

 その悲哀を、情熱の炎に変えて()()に示せ。

 

 ──共に望まぬ"終焉"を。

 ──生来有する資格の"覚醒"を。

 ──大人しく"運命"を受け入れる。

 

 いいや、否。

 そんな選択肢など、認めやしない。

 神宿コハクはただの凡夫であり、想定外の(ちん)(にゅう)(しゃ)

 ひ弱でか細く、儚く無価値で、無意味に世界へ生まれ落ちた──誰かがいないと生きていけない、誰かがいるから生きていける、どこにでもいる人間なのだ。

 

 ゆえ、答えは決まっている。

 

 「ふざけるな──そんな"勝利(こたえ)"は、どれもクソッタレだ!」

 「───────」

 

 判定──、適格。

 彼こそ正しく、英翼(ベルレフォス)

 愛する笑顔がある限り、その()()を含めた全てを信じて守る為、彼は天頂の神々にすら弓を引く。

 

 「是非もなし。ならば私も共に羽ばたこう、悲哀を知る黄金の日華として──此処に神託を下す。さぁ、今こそ」

 

 あらゆる運命の車輪を粉砕しながら、穏やかで安らげる日々へ帰ろうと。

 ()(けい)(せい)(ひつ)に奏でられた。ゆえに、奇跡は具象する。

 

 「汝が意志のままに(Fiat Voluntas Tua)

 

 ──この世に変化を(もたら)すべく、輝翼(アルカイオス)が黄金冠する天駆翔の片翼として、覚醒を果たした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

*1
論じ返すこと

*2
耳の上あたり

*3
目じりのこと

*4
むべなるかなの類義語。心から納得すること。当然だと思うことの意





 神宿ヒユリ。名前の由来は姫百合。
 リメイク前は「スズカ」だったのだが、名前の由来をうp主が完全にド忘れしてしまい、改めて由来が分かりやすい名前を名付けようとしたら、思いのほか時間が掛かった( ̄▽ ̄;)

 香純ちゃんをメインベースなのは変わってない。
 ただ、香純ちゃん味を出し過ぎると、オレーシャとキャラ被りが起こるだろうなと、香純要素に別のスパイスをぶち込んでます。

 リメイク前は割とぼかしていた、prologueの詳細を加筆&修正。文字数を気にして、短くしようとした結果、ぼかしまくることに······(苦笑)
 小説家の知識として、役に立つかと思い、論述と基礎の単位を取ったのですが、それが裏目に出たという形ですね。

 後、「黒白のアヴェスター」において登場した「神剣」が謎に包まれていたこと。外見を表現するに当たって、詳細が不明だったことが大きく起因しています。
 本気おじさんが納得できるように説明するなら、本気でリスペクトする為には、不本意を甘受しなきゃ駄目だったから。と、言った感じでしょうか。

 何故、そうまでして、「神剣」の情報開示を待っていたかと言うと、ここで書くのも(はばか)られるような内容を執筆する予定だったからです。
 まあ、リメイク版では容赦なく、書きたかった事を執筆しますが······(笑)

 長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ない。
 どうか、これからも宜しくお願いします。

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