Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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第四話 健康診断/Medizinische Prüfen 前編

1

 

 

 それから──

 一基の昇降機が、ラボラトリのある13階に到着した。

 

 プシュッという音と共に昇降機の扉が開き、カゴ内部に搭乗していたコハクは、昇降機から降りてラボラトリがあると言われたフロアに足を踏み入れる。

 次瞬、()(こう)(にじ)(はい)る薬品の刺激臭に、思わず顔を(しか)めた。

 

研究室(ラボラトリ)の名を冠する以上、薄々()()()()()だろうと予想は立てていたが、現実は予想以上だったと言う良い例だろう。

 13階にあるフロアにも(かか)わらず、病室の看板を掲げる部屋が(もう)けられている光景は、突き当たりにある部屋の存在意義と(あい)()って、同じラボラトリでも実験室としての意味合いを色濃くさせていた。

 

 「あ···」

 

 気を取り直して歩き出す。

 病室の前を通り過ぎようとした所で、不意に病室から出てきたストロベリーブロンドの髪が特徴的な少女と(はち)()わせる形で遭遇した。

 

 と、言うのも、二人はほぼ同じタイミングで相手に道を譲ろうと足を止めたからである。

 コハクは(とっ)()に壁側へ背を向けて道を開けるが、対する少女は初見の相手が示す心遣いに慣れていないのか。()()か落ち着かない様子を見せている。

 

 「えっと···その······は、はじめまして······」

 「······? はじめまして·······」

 

 唐突に挨拶され、訳も分からず挨拶を返した

 すると、先程まで暗い影を落としていた少女の顔が、溢れんばかりの笑顔で明るくなる。

 

 「ああっ、新人の方ですよね!」

 「そうだが···」

 「やっぱり! そういえば、ジーナさんが二人新しい方が来るって言ってたっけ···」

 「······おい」

 「じゃあ、今からメディカルチェックですね! 廊下の突き当たりにある部屋が、(さかき)博士のラボですよ」

 「いや、知って──······」

 「博士って、ちょっと変わってますけど···あ、でも! とても優しい方なんです! 大丈夫ですよ!」

 「············」

 

此方(こちら)の話を一切聞かず、励ましの言葉を投げてくる少女に頭が痛みを訴えてくるような気がした。

 

 いや、人の話聞けよ、と胸中で吐き捨てる。

 そんなコハクの心情さえ、気に止める余裕が無いのか、(けん)(めい)に言葉を選んで独り話を進めるのだ。

 

 「で、では! わたし、これから仕事があるので! また、ご縁があったらお会いしましょう!」

 「あ、おい」

 

 そして、少女は逃げるように走り出す。

 意外にも足が速く、今こそ疾走して駆け抜けようと言わんばかりの速度で昇降機へと飛び込んでいく少女の背中を、コハクはただ見送ることしか出来ない。

 

 「···何なんだよ、一体······」

 

 期せずして乱された本調子に深い(ため)(いき)を吐き、(おお)(ぎょう)に肩を(すく)める。

 訳が分からないまま考えた所で、彼女の一連の行動を理解できる訳では無い。

 それを瞬時に理解したコハクは、仕方が無いので考えるのを止めた。

 

 改めて(きびす)を返し、廊下の突き当たりにある部屋へと歩を進める。

 親切にも、ペイラー・(さかき)の研究室と書かれた木製の看板が呼出音の真上に固定されており、ツバキや先の少女の説明も()ること(なが)ら、分かりやすい事このうえない。

 予定よりも約十分ほど早い到着になるが、遅刻するよりはマシだろうと思い、呼出音のチャイムを鳴らした。

 

 『はーい、どうぞー』

 

 マイクから響く入室許可。

 念の為、入室の挨拶をしてから自動に開かれる扉を(くぐ)るのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 榊の研究室に入ると、二人の男がコハクを出迎える。

 片や五・六台もあるモニターを見ながら、(せわ)しなく両手の指先でキーボードを叩いていた。

 

 黒に近い焦げ茶のインバネスコートに暖色系を多層化させた(はかま)という、今どき珍しい()(よう)(せっ)(ちゅう)(がた)の服装は、(きつね)のような顔に浮かべる薄ら笑いと相俟って非常に()(さん)(くさ)い。

 科学者という言葉が、まるで彼のためにあるかのような錯覚さえ覚える。

 

 対して──

 

 作業を続ける科学者の隣に(たたず)む、もう一人の男。

 190は軽く超える長身に比べ、体格は細身で純白のロングコートを見事に着こなせている反面、長身者特有の威圧感というものは感じられない。

 また、肩にかかる程度の長さを持つ金髪と(はく)(せき)の肌が男に中性的な印象を与えていた。

 

 “···この男······”

 

 ふと、男から感じた違和にコハクは目を細める。

 次の刹那、(のう)()()ぎる記憶はガラス窓で区切られた部屋からコハクを見下ろし、穏やかな微笑を(たた)える男。

 思い出した。間違えるわけがない。この男は、自分の適合試験に立ち会っていた男と同一人物である。

 

 「うん、予想より726秒早い」

 

 一区切りついたのか、糸目の男が作業の手を止めて感心したように(つぶや)いた。

 

 「やぁ、よく来たね、()()()()。私はペイラー・榊。アラガミ技術研究部の統括責任者だ。以後、キミとはよく顔を合わせる事になるだろう。よろしく頼むよ」

 「この度、フェンリル極東支部に入隊しました、神宿コハクです。以後、よろしくお願いします」

 「おぉ、顔に似合わず礼儀正しい子だねぇ。もっとアウトローな子だと思ってたよ」

 「はい?」

 

 意外だと言わんばかりの態度に、コハクは思わず顔を上げて首を(かし)げる。

 ゲンやリッカのように、前例を上げての言葉ならば、まだ納得が出来た。だが、榊の口上は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という前提が無ければ成り立たない。

 

 「いやいや、こっちの話だから気にしないでくれ。

 それから、せっかく来て(もら)ったところ悪いんだけど、見た通りまだ準備中なんだ。ヨハン、まずはキミの用事を済ませたらどうだい?」

 

 再び作業へ戻った榊は、不意に傍らに立つ男に話題を振る。あまりに唐突な前振りに、ヨハンと呼ばれた男は溜息と共に榊へと向き直った。

 

 「榊博士、そろそろ公私のケジメをつけて頂きたい」

 

 と、忠言はするものの、榊から返って来るのは生返事だけ。言葉の半分以上は聞こえてはいまい。

 それに男は二度目の(たん)(そく)。恐らく、このやり取りは今回が初めてではないのだろう。彼は榊の態度を強く(とが)めることはせず、()えて放置することを選んだ。

 

 改めて、此方(こちら)に向き直る。

 

 「適合試験ではご苦労だった。

 私は、ヨハネス・フォン・シックザール。この地域のフェンリル支部を統括している」

 「────!?」

 

 告げられた事実に、コハクは心の底から驚愕した。

 

 

2

 

 

 ヨハネス・フォン・シックザール──

 その名を知らぬ者など、恐らく極東地域には一人もいない。

 何故ならば、この極東にフェンリル支部を誘致した当事者の名前なのだから、知らぬまま生きていく方が困難に近いだろう。

 メディアへの露出度も、他地域のフェンリル支部を統括する人間と比較すれば、両の指では数え切れない回数に達していた。

 

 元々、極東支部は従来のフェンリル支部とは異なり、()()()()()を達成させることを前提目的として設立された支部だと聞き及んでいる。

 その責任者がヨハネス・フォン・シックザールであり、メディアへの露出回数が多いのも()()の説明責任を果たし、人類へ希望を(もたら)す広報活動家としての側面が非常に大きい。

 テレビを()る習慣のないコハクとて、彼の存在を知っているのだから、大衆ともなれば()もありなん。榊にヨハンと呼ばれた男こそが、このアナグラの支部長ということになるのだ。

 

 “···どうして、そんな男がこんな所に······”

 

 だからこそ、疑問には思わずにはいられない。

 適合試験ならばいざ知らず、一組織の最高責任者が一兵卒の健康診断に立ち会うなど、普通なら有り得ない状況である。

 そういう性質(タイプ)の上司だ、と言われてしまえばそれまでだが、どうにも違和感が(ぬぐ)えない。少なくとも、ヨハネスは現場重視の上司と呼ばれる類の人間ではないだろう。

 目を見れば分かるのだ。この男は理知的かつ合理的で、無用と判断すれば簡単に部下を切り捨てられる類の上司だと。

 

 では、一体───?

 

 「彼も元技術屋なんだよ」

 

 不意に、コハクの疑問を汲み取るような形で、パソコンを操作していた榊が親切に答えてくれた。

 わざわざ作業の手を止めてまでして。

 

 「ヨハンも、()()のメディカルチェックには興味津々なんだよね?」

 「貴方(あなた)がいるから、技術屋を廃業したんだ。···自覚したまえ」

 「ホントに廃業しちゃったのかい?」

 

 含みのある問いに、ヨハネスはただ微笑むだけ。

 沈黙を肯定と取るべきか、はたまた別の意図を込めて返答しないのか。真偽を不明にさせたまま──

 

 「ふっ······。さて、ここからが本題だ。我々フェンリルの目的を、改めて説明しよう」

 

 彼は自然な(しょ)()で榊との会話を切り上げ、話題の筋をこちらへ戻すのだった

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

(おごそ)かに(つむ)がれた言葉は、(せい)(ひつ)ながらも力強い。

 男の目つきが変わる。身に(まと)(ふん)()()が確かな覇気を(にじ)ませ、向かい合う兵卒(コハク)を真っ直ぐと見据えていた。

 

 その何気ない動作一つさえ、自信と気品に満ち溢れている。揺るぎなき信念が自然体でも(うかが)えるのは語るまでもない。

()()()()()()()()()()()()()()()()だが──常人ならば、見ているだけで緊張が走り、(えり)(もと)を正し自然と意識を引き締めさせるだろう。

 彼に己の()(じゃく)を見せまいと、(えり)(もと)を正し自主的に()(らく)から遠ざける気配さえあれば、それを発する上司は(まぎ)れもない(けつ)(ぶつ)だと認識させる事が可能だからだ。

 

 だがしかし、彼の場合は認識させる程度のカリスマで留まっている。これでは、政治家の街頭演説で場を掌握する事と、聴衆の心を()()ける事は出来ても、話題に興味すら抱かぬ人間の心までは引き込む事は出来まい。

 事実、彼の話に耳を傾けるコハクの意識は正常のまま、ツバキと(たい)()した時と何も変化が見られなかった。

 

 「君の直接の任務は、ここ極東地域一帯の(アラ)(ガミ)の撃退と素材の回収だが──それらは全てここ前線基地の維持と、“エイジス計画”を成就する為の資源となる」

 「この数値はっ!? ······むぅ」

 

 不意に驚愕の声が上がり、コハクは釣られて榊の方を(いち)(べつ)したが、彼は今、しかめっ面でデジタル画面と睨めっこを続けている。

 

 「エイジス計画とは、簡単に言うとこの極東支部沖合い、旧日本海溝付近に(アラ)(ガミ)の脅威から完全に守られた、()()を作るという計画なのだが······」

 「ほほぅ!」

 

 今度は(かん)(たん)の声が響いた。

 直後、ヨハネスは横目でチラリと作業を続ける榊の横顔を一瞥したが、恐らく彼は気付いていない。

 何故なら、それはもう清々しいほど興味深そうな顔でパソコンモニターを見詰めながら、忙しなくキーボードを操作しているのだから。

 

 「この計画が完遂されれば、少なくとも人類は、()()()()絶滅の危機を遠ざけることが出来るはず──」

 「凄いッ。これが新型かッ!」

 「··················」

 「··················」

 

 これまた絶妙なタイミングで上がった驚嘆の声に、ヨハネスは底に落ちるような深い溜息を吐いた。片手で頭を抱え、横目で榊の横顔を睨むように見つめている。

 それら一連の流れを見ていたコハクは、口元に苦笑が浮かぶ。

 

 “あぁ···なんつーか······ご愁傷さまです、シック支部長”

 

 と、訳の分からない(あだ)()を胸中で命名して、心の底から彼の心労を労った。

 なまじ、元技術者だからこそ、榊の感情を理解出来るのだろう。

 

 「···ペイラー、説明の邪魔だ」

 

 遂にヨハネスの口から素が飛び出し、交友関係があると思われる男に注意しながらも、その声色は果てしない(てい)(かん)に満ちていて。

 

 「ああ、ゴメンゴメン。

 ちょっと予想以上の数値に舞い上がっちゃったんだ」

 

 そんな友人の心情など一切の(しん)(しゃく)もせず、全く悪びれもせずに謝罪してみせた榊。

 支部長から本日三度目となる溜息がこぼれる。

 えも言えぬ悲壮感を(ただよ)わせ、もう好きにしろと(さじ)を投げる姿に、コハクは若干の哀れみさえ覚えた。

 

 「······ともかく、人類の未来の為だ。尽力してくれ」

 「了解しました」

 「うむ、よろしい。()()()()()()()()()()

 

(しめ)の最後に送られた、(げき)(れい)の言葉を聞く前までは。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 刹那──。

 

 ヒュッと、(ぜん)(めい)*1にも似た音と共に、コハクは小さく息を()む。

 今までヨハネスに抱いていた哀れみや同情などの一切が、まるで竜巻にでも遭遇したかのように吹き飛んだ。

 

 不自然に鼓動が跳ねる。

 突然、しんと世界が暗くなって、激しい()(まえ)すら覚えた。

 

 「────あ」

 

 考えないようにしていた感情。自分のものではない感情を伴って、亀裂から波のように溢れ出す。

 心を染め上げていく闇の()(とう)。やめろと叫ぶ声。これは一体、誰のもの。

 やめろ、勝手に期待するな。やめろ、やめろ。()()()()()()()()()()()()

 

 心の中で()(だま)する声は、誰かを止めようとする声だった。それは、コハクを守るための声であり、同時に忠告する為の声。

 ──あの男に心を許すな。

 ──その声に耳を傾けるな。

 ──深入りすれば、何もかも失うことになる。

 と、言った感じに随分と勝手な忠告ばかりしてくる。

 流れ込んでくる思念の熱波に、コハクは思わず奥歯を噛み締めた。

 

 あり方が違う。生き方が違う。加え、属する()さえ正反対となれば、然もありなん。二つの異なる精神性に、(あつ)(れき)が生じ始めている。

 無理もない。今、コハクの中に流れ込んで来ている思念は彼とよく似た性質を有した存在でありながら、全く正反対のベクトルに振り切れた精神性を有している。

 本来ならば、互いに互いを忌み嫌い、どちらかがどちらかを(じゅう)(りん)するまで敵対する関係でありながら、()()()()()()()()()()()()()であるが故に滅ぼし合うことはない。

 

 「···やべ······」

 

 ゆえに、染まる。

 光が闇に。闇が光に。

 陰と陽が反転し、入れ替わるのだ。

 

 

*1
呼吸する空気が気管を通る時、ぜいぜいと雑音を発すること。




 リメイク前とは異なり、台場カノン先行登場。
 ストロベリーブロンドとは、簡単に言うと桃毛のこと。意外や意外、桃毛は現実世界に存在する髪色だった!

 シック支部長のカリスマ性評価は、『地底アリサ』でロシア支部の支部長を差し置いて、シック支部長がいることに、アリサが「どうでもいい」とガチで独白してたのを参考にしてます。

 初見プレイの時、榊博士のマイペースぶりには「お前、わざとやってるだろ!」とガチめにツッコミ入れたのと。
 メインメンバーに金髪がいないと思い、ルンルン気分でメディカルチェックを受けに行った時には、「支部長とかぶったぁぁぁぁああああ」とリアルで叫んだのは良い思い出。

 それでは、今回はここまで。
 また次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪

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