Dies irae -Silverio Godeater Resurrection- 作:フェルゼン
ならばこそ──
「──ん? どうかしたかい? 顔色が悪いようだが······」
コハクの身に起きた異変を、ヨハネスは瞬時に感じ取る。
柔和な笑みを
だが、相手を
目は口ほどに物を言う。たとえどれほどの思いやりを見せようと、裏が見え隠れする限り、人は
「遠慮することは無い。適合試験後に気分が悪くなる等の症状が見られるのは、
手配しようと続くはずだった言葉はしかし、コハクの肩に差し伸べていた手を叩き落とす乾いた音により、
突然の拒絶にヨハネスは目を
無理もない。先程まで、来る者拒まずとでも言うような空気を
「······黙れ。気安く···
そしてそれは、勘違いでもなければ、何一つとして間違えている訳でもない。
右手で頭を抱え、ヨハネスを睨みあげる瞳は嫌悪と敵意の色を宿している。
顔を苦痛に
「
気持ち、悪ぃ。寝言は寝てから言えよクソッタレ······
確かに、
ゆえに、他者の声色や声音から感情の
むしろ、口は災いの元と言わんばかりに、その感覚器官は正常に機能するのだ。本能にも近い直感が彼に危険を知らせ、頭の中で
いや、
そんな表現が似合うほど、コハクの身に起きた変貌は余りに
「これは······」
思わず
対するヨハネスは、極大の敵意を向けられているにも関わらず、その態度は
それどころか、急激な変化を起こしたコハクの事を、
「···ヨハン」
「ああ、分かっている。心配せずとも、無駄な
ヨハネスの様子に気付いた榊が、すかさず彼の愛称を呼んで
暗に刺激するなと言いたいのだ。今、彼らの目の前にいる青年は
何より、ヨハネスと榊の二人には、コハクの身に起きている異変に心当たりがあった。
ゆえに、ヨハネスは冷静な態度のまま、改めてコハクへと向き直る。
「心配せずとも、お前のそれはただの
自分でも信じられないほど怖気立つような優しい声で言葉を
忌々しげに舌を打つや否や、急激に薄れていく敵意と殺意。コハクの左眼に宿りつつあった禍々しい赤色は、徐々にその色を失いつつあった。
同時に、先程まで苦痛に歪んでいた顔が嘘のように、コハクは目を丸くさせ、何度も
「···俺は······一体、何を······?」
困惑に眉を寄せ、不安げに疑問を口にする彼に、ヨハネスは柔和な笑みを浮かべて首を軽く横に振り、そして──
「いいや、何も」
平然と、そんな嘘を
未だに残留思念が残っているのか、コハクが
本人がこれでは、恐らく
「じゃあ、私はこれで失礼するよ。
ペイラー、後はよろしく。終わったら、データを送っておいてくれ」
もはや素を隠すのも馬鹿らしくなり、ヨハネスは軽く榊へ手を振りながら、彼の研究室を後にするのだった。
そうして──
支部長の背中を見送った後、未だ判然としない記憶に、コハクは困惑したように指先で
「よし、準備は完了だ。そこのベッドに横になって」
次瞬、榊の声が思索に
我に返ったように榊へ視線を戻せば、彼は
釣られ、視線を
榊が指し示した場所にあるのは、誰がどう見ても革製のソファーであり、どれだけ努力を重ねようともベッドにはならない家具が置かれていた。
しかし、
科学者という職業の都合上、ソファをベッド代わりにするのは、何も珍しいことではないだろう。
むしろ、彼らのような人種からすると、ベッドとソファはイコールで繋がっているのだ。
「少しの間眠くなると思うが、心配しなくていいよ。次、目覚める時は自分の部屋だ。戦士の束の間の休息って奴だね。予想では10800秒だ。ゆっくりおやすみ」
「は、はぁ···」
釈然としない。自然と生返事になる。
しかし、ここで詰め寄った所で打ち明けてくれるとも思えなかった。何せヨハネスも、この部屋の主たる榊も、まるで何事も無かったかのように振る舞うから、絶対に何かやらかしたと確信しているのに、それを咎める気が一切ない。
ならば、下手に追及すべきではないのだろう。何より、咎めないことを言及すれば、必然と榊の仕事時間が増えてしまうのは容易に想像できた。
だが、それでも──いいや、だからこそ。
“
胸に残る異物感を感じつつ、
徐々に襲い来る睡魔に身を任せながら、ゆっくりと
それがたとえ、友情に
貫きたいと思う、
一仕事を終えた榊は、
身体のあちこちから自然と鳴り響く、ポキポキという軽快な音を聞いて、自分も年だなぁ〜と胸中で感慨深く
メディカルチェックを受けた二人の新人は、献身的な双子によって、自室のベッドに放り込まれている頃合いだろう。
なので、心配はいらない。
ゆえに──
「さて、と······」
先程のメディカルチェックで獲得した神宿コハクの
その結果が出る度に、榊の顔は険しくなり、
次瞬、榊は確信したようにズレてもいない眼鏡を、指先で押し上げた。
「やはり···予想より同調が早いのはこれが原因か······」
表示された原因に、
加え、榊が出来る根回しの域を完全に越えられてしまっている以上、こちらからの
何せこれは、もはや
そうなれば、
「···多分、難しいだろうね」
科学者の目は
件の青年が何を望み、どう
とりあえず、可能な限りの根回しをしておこうと思い、気を取り直してパソコンと向き直って、手馴れた様子でキーボードの操作を再開しようとした、その時。
「やれやれ······こちらもこちらでせっかちだねぇ」
インバネスコートの胸ポケットに仕舞っていた携帯端末、それが音も無く鳴り響いたのである。
驚きはしない。むしろ、予想通りのタイミングで掛かる電話に、思わず嘆息する程だった。
胸ポケットから携帯端末を取り出す。
念の為、ディスプレイ画面に表示される着信者名を確認すると、予想は見事に的中。デジタル文字で起こされた親友の名前が、そこには表示されていた。
拒む理由もないので、榊は快く着信を受け取る。
携帯端末を耳元に
「やぁ、ヨハン。キミが
『ふっ···。珍しいだなんて、ご冗談を。榊博士、恐らく
「さあ? それはどうだろうね。私とてキミと同じ人間だ。
『非凡な者ほど、己を凡俗と自称するものだ。少なくとも、私から見た貴方は
「それは、
『まさか。私にそのような意図はない』
だろうね、と軽く
「褒めてくれるのは
『ふっ···かもしれんな』
談笑し合う榊とヨハネス。
そこには、先程まで感じられた
もしも仮に、この部屋で二人のやり取りを聞ける者がいたら、その者はまるで
『さて、話を本題に戻そう。先ほど貴方が送ってきてくれた、
まさか、貴方に限って
「当たり前だろう。私がそんなミスを犯すと思うかい?」
『いいや』
苦笑気味に、ヨハネスは榊の問いを否定した。
電話口の向こう側で軽く
『だが、そうなると疑問点が一つ残る事になる。何故、彼のメディカルチェックの結果が
「······何が言いたいんだい?」
『
断言しても良い。たとえ身内であろうとも、人間の生体情報が類似する事は
『無論、これで彼が
前置きが長くなってしまったが、確認の為に
「ああ、そうだよ」
肯定しながら、榊はズレた眼鏡を押し上げた。
ふと、
暗闇の中に広がる赤い光景。
現場へ近付けば近付くほど、海のように広がりを見せる赤い液体。歩を進める度に響くのは、
視界全てを埋め尽くすような赤の中、転がるソレらを見る度に奥歯を噛み締める。
肘から噛み千切られた腕が。
肉を裂かれて腸が
心臓の位置だけ二つにされた胸が。
それこそ何かの
白い骨、ピンクの臓物、黄色い脂肪、赤い筋肉、灰色の
多くの友人と仲間を失い、何か大切なものまで取りこぼしてしまったあの日の事を、ペイラー・榊は決して忘れる事など出来やしない。
そしてそれは、ヨハネス・フォン・シックザールとて同じだった。
『では、単刀直入に訊こう、ペイラー。
「ああ、死んだよ」
ゆえに、ヨハネスから投げられた疑問に、榊は何の
電話口の向こうで口を
問答無用に、容赦なく、叩きつけて刻みつけるように。
「この私が珍しく断言するのを、キミは珍しく思うだろうけど、
だからこそ、
『··············』
断言する榊の言葉に、ヨハネスは返す言葉もない。
今頃、良心の
『ふっ···、手厳しいな。まあ良い。それさえ確認出来れば
「いやいや、キミが気にすることでもないよ。それじゃあ、またね」
軽い挨拶を交わし、通話を切る。
糸のように細い目を開き、榊はいつもの様に独り言を呟いた。
「悪いね、ヨハン······
先程の会話で確信した。
ヨハネス・フォン・シックザールは、初代の馬鹿と原初の馬鹿と何ら変わらない。なまじ敗残者の側面を持つために、色々な意味で頭のネジが吹き飛んでいる。
ゆえに──ああ、だからこそ。
「教えないし、気づかせない。
それが自己満足的な
生きて欲しいのだ。
そう誓ったし、そう願った。
その結末が
それこそが──
「僕と私が出した、“
さあ、その
明日から忙しくなるのを予見しながら、榊は大きく背伸びをするのだった。
一方、その頃──
切れた通話に、ヨハネスは目を細めた。
榊から真っ直ぐと告げられた真実は、確かに彼の心に突き刺さり、良心の呵責と言う名の痛みとなりて
だが──
「まぁ、淡い希望を抱くだけ無駄······と言う事だな」
一度だけ
死んだ事実さえ
ゆえに──ああ、だからこそ。
この件に関しては、立ち止まるのを止めにしよう。
それでも気になった時に、また立ち止まって過去を振り返りながら、そこから学んで進み続ければ良い。
何故なら、今の自分に
「全ては
──さあ、運命の車輪を駆動させよう。
必須タグに「アンチ・ヘイト」が無いのは、原作キャラが原作キャラに対して悪口の多い作品だから(主にソーマとアリサ)。
コハクの
14歳神卿のように、キャラの掘り下げをしようとすると、ヨハネスの黒幕感とか、榊博士の意味深さとか、プーンプン匂い始めるという、ジレンマが発生するんだわこれが。
つーか、正田卿作品あるあるを「GOD EATER」でやる方がアホだろ。敵側の人数考えろや。
という、フリーツッコミは横に置いておこう。「シルヴァリオトリニティ」の糞眼鏡みたいなモンだと開き直れば、いけるいける。
ま、シック支部長は闇属性だけどね。
(残した功績は光属性顔負けだけど)
とりあえず、今回はここまで。
またの次回にお会いしましょう|・x・)ノシ