Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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第六話 戦場の華/Schlachtfeld Blume 前編

     1

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 任務完了後、コハクはそのまま自室には戻らずに、(さかき)の研究室へと向かう。

 リンドウ曰く、ツバキからの伝言で任務完了後に座学が予定されていた事を、()()()()忘れていたらしい。

 少し(ひん)()が多い気もするが、これも恐らく、気にしたら負けの類なのだろう。

 そうして()(さく)(ふけ)ていた思考回路を切り替え、目的地に到着したコハクは呼出音を鳴らした。

 

 「どうぞー」

 「失礼します」

 

 室内から響く入室の許可を聞き、コハクは榊の研究室へと足を踏み入れる。

 

 「来たね」

 

 同時に、関心したような榊の声。

 コハクは彼に軽く()(しゃく)をすると、今度は扉の左隣に設置されたテーブル席から聞き馴染みのある声に呼び掛けられた。

 

 「よっ、コハク。お疲れー」

 「ああ、そっちもな」

 

 声に釣られ、視線をそちらへ向けると、既にコウタがソファーに腰掛けている。

 軽く言葉を交わしながら、コハクも扉近くのソファーに腰を下ろした──その時。

 

 「なぁなぁ、おまえ今日実地演習だったんだろ? どんな感じだった? やっぱ上官って、ツバキさん並に厳しいの?」

 「ん? そうだな······」

 

 コウタが矢継ぎ早に(たず)ねてくるのも無理はない。

 彼の実地演習は明日、予定されている。理由は不明だが、教官のツバキはコウタに対して──無論、態度が()()(らく)なコハクも例外ではないが──やや厳しい指導を与えていた。

 

 ゆえ、実地演習の内容よりも上官の人物像が気になるのだろう。

 確かに、鬼教官と裏で(うわさ)されているツバキ並に厳格な人物が上官にもなる等、気の休まる(いとま)もない。

 人間、大切なのは(あめ)(むち)の使い分けだ。その均衡を崩してしまえば、人の精神は意図も容易く()(かい)する。

 そういう意味で、コウタは出来る限り()()()()()光明を見出したいのだろう。質問の真意を理解し、コハクは同期の質問に答えようと口を開いた。

 

 「ん? そーだな······」

 

 お前が心配する程でもねーよ、と伝えようとした言葉はしかし、榊の(わざ)とらしい(せき)(ばら)いにより()()される。

 まるで遠回しに、こちらに注目と言わんばかりに。

 

 「さて、いきなりだけど···キミは、アラガミってどんな存在だと思う?」

 「······は?」

 

 それは、宣言通り唐突な()()けに、コハクは思わず、(すっ)(とん)(きょう)な声を上げた。

 榊の問いは、他の者が聞けば、間違いなく彼の常識を疑うだろう。何せ、(アラ)(ガミ)がどのような存在か等、()()でも分かる常識だ。

 

 だが彼は、その()()()()()()()を疑い、解明する科学者の一人である。

 ならば、榊の質問には何か別の意図が含まれている可能性が高い。では、どう答えるべきかと悩んでいた──その時。

 

 「人類の天敵、絶対の捕食者、世界を破壊する者──まあ、ざっとこんな所かな。これらは、認識としては間違ってはいない。

 むしろ、目の前にある事象を素直に捉えられていると言えるだろうね」

 

 しかし、彼は生徒(コハク)からの返答を待たずして、一般的に知られている(アラ)(ガミ)の存在定義を口にした。

 

 「············」

 

 榊の真意が読み取れず、コハクは(いぶか)しげに首を(かし)げる。

 そっと、(なな)(となり)のソファーに腰掛けたコウタを()()れば、彼も自分と同じ心境なのか、不思議そうに目を丸くさせている。

 対する榊は、そんな生徒二人の反応を楽しんでいた。口元に貼り付けたような笑みを深め、淡々と話を続けていく。

 

 「じゃあ、何故どうやってアラガミが発生したのか? って、考えた事はあるかい?」

 

 その問いこそ、まさに話の本題。

 最初に()()()()の事を訊ねて来たのは、話を本題に移す為の()()だったのだろう。

 考えた事がない訳ではない。だが、如何(いかん)せん知識不足が否めず、放置しているのが現状だ。

 

 ゆえに、コハクは無言で首を横に振る。

 同期の少年もまた、コハクに同意するように、おれもと(つぶや)いた。

 

 「うん、素直でよろしい。キミ達も知っての通り、アラガミはある日突然現れて、爆発的に増殖した。そう、まるで進化の過程をすっ飛ばしたようにね」

 

 予想通りの反応だったのか、榊は静かに(うなず)くと、本当に自然な流れで語り出す。

 二人の生徒が座る席の前を、往来し始める榊。その正面に座るコウタが、人目も(はばか)らずに大きな欠伸(あくび)をかいた。

 

 「なぁなぁ、この講義、なんか意味あんのかな? アラガミの存在意義なんか、どうでも良くね?」

 「いや、俺は──······」

 

 どうでも良いとは思わない。

 むしろ、存在する理由について興味がある。

 と、自分の考えを同期へ伝えようとした──刹那に。

 

 「そうかな?」

 「うぇッ!?」

 「──ッ!」

 

 いつの間にコウタの隣へ歩み寄ったのだろう。突然、響く榊の声に二人は(そろ)って驚愕し、肩が大きく()ねた。

 気配を殺し、人の隣に立つという離れ技を成して見せた榊は、コウタの部位を指さしながら言葉を続ける。

 

 「アラガミには脳がない。心臓も、(せき)(ずい)すらもありはしない。私たち人間は、頭や脳を吹き飛ばせば死んじゃうけど、アラガミは()()()()()()()()()()

 

 人間や動物と同じ生物に分類されながら、生物として保有している筈の弱点を一切持たぬ生命体──それが、荒神(アラガミ)という存在だ。

 これだけでも充分、不死身と呼ぶに値する脅威の生命体なのだが、こんなものは荒神(アラガミ)の余興に過ぎない。

 彼等が厄介な点は他にある。

 

 「アラガミは考え、捕食する一個の単細胞生物──オラクル細胞の集まり······そう、アラガミは群体であって、それ自体が数万・数十万の生物の集まりなのさ」

 

 榊が(きびす)を返し、更に言葉を継いだ。

 

 「しかも、その強固でしなやかな細胞結合は、()()()()()()()では全く破壊する事が出来ないんだ」

 

 そうして、定位置であろうモニター前で榊は立ち止まると、二人の生徒の方へと振り返る。

 柔和な笑みを口元に浮かべたまま、彼は生徒達に疑問を投げるのだ。至極当たり前で、今の時世では一般常識とも言える質問を。

 

 「じゃあ、キミ達はアラガミとどう戦えば良いんだろうね?」

 

 別に、コウタへ向けられた問いではない。

 しかし、人目を憚らずに欠伸をかくどころか、榊が行う座学を無意味と称してしまった後ろめたさがあるのだろう。

 まるで、居眠りを(とが)められた生徒のように、同期は慌てて榊の問いに身振り手振りで答える。

 

 「え、えーと···と、とにかく神機で斬ったり、撃ったり······」

 「そう、結論から言えば、同じオラクル細胞で埋め込んだ生体武器・神機を使って、アラガミの細胞結合を断ち切るしかない」

 

 結果、誕生したのが現在の神機奏者(ゴッドイーター)という存在だ。

 榊が口にした()()()()()()()の中には当然、新西暦千年代の戦場の花形として活躍していた星辰奏者(エスペラント)とて例外では無い。

 ただ、細胞と粒子の違いこそあれど、()()()()()()()()()()()()にある点は、(アラ)(ガミ)星辰奏者(エスペラント)も共通していた。現在、神機奏者(ゴッドイーター)(アラ)(ガミ)よりも一手先の領域にあるのは、この星辰奏者(エスペラント)技術を土台としている為だと聞く。

 

 しかし、()()に人類が(アラ)(ガミ)の対抗手段を開発しようと、両者では決して埋める事が出来ぬ(みぞ)があった。

 

 「だが、それによって霧散したオラクル細胞も、やがては再集合して新たな個体を形成するだろう。彼らの行動を司る司令細胞群──コアを摘出するのが最善なんだけど、それがなかなか困難な作業なんだ」

 

 やや厳格な口調で榊は続けたが、それだけ(アラ)(ガミ)が引き起こす問題が深刻で、根深いのだと証明している。

 そして実際、(アラ)(ガミ)の存在は荒廃した新西暦(セカイ)で人類が生きていくために必要なエネルギーの一つとして、様々な物資に変換しているのだ。

 

 古くは新西暦の十世紀後半──英雄崩御から六年後あたりから、星辰体(アストラル)が結晶化された紅星晶鋼(アクシオン)の発見による文明の発展なくして、現在の(アラ)(ガミ)のコアによる物資変換は成されなかったと聞く。

 そのため、度重なる荒廃の危機に瀕しても、同時に先人の残した技術や知識の恩恵から復興や再建に差ほど時間が掛からなかったらしい。

 あまり好きな概念ではないが、毒を(もっ)て毒を制すや、毒薬変じて薬となるとは、まさにこの事なのだろう。

 ()()(たい)(てん)(もう)(どく)も最先端技術として取り込み、まだ利用できるものを利用して、まるで生物のように文明は進化と成長を続け、相反する筈の人類の(えい)()を更なる高みへと到達するに至った。

 

 だがしかし、それが同時に何を意味しているのかなど、語るに及ばず。

 

 「神機を持ってしても、我々には決定打がない」

 

 決定打がないから、(アラ)(ガミ)のコアは人類が生きていく為の糧として利用する事が出来ている。

 

 「いつの間にか人々は、この絶対の存在をここ極東地域に伝わる、八百万(やおよろず)の神に(たと)えて──アラガミと、呼ぶようになったのさ」

 

 アラガミ──と、コハクは胸中で(はん)(すう)した。

 神道において、荒ぶる神の側面を表した荒魂(あらみたま)を名の由来としているのだろう。

 なるほど、確かに言い得て妙だ。神道における神は、天変地異や病などの(たた)りと密接な関係にあるのだから。

 

 「さて、今日の講義はここまでとしよう。

 アラガミについては、ターミナルにあるノルンのデータベースを参照すること。いいね?」

 

 長いようで短いような講義が終わりを告げた。

 基礎的な部分を教えるのが目的だったのだろう。想像よりも早い解散だが、新兵に与える座学としては無難な落とし所と言っても構わない。

 苦手分野から解放されたコウタが、()(かた)まった身体を伸びと共に(ほぐ)しながら、ソファーから立ち上がる。

 対し、コハクはソファーに腰を下ろしたまま、親指と人差し指で(あご)を包むような形で手を当て、思索に頭を巡らせていた。

 

 決して殺せず、滅ぼす事が叶わない不変の存在──それが(アラ)(ガミ)だ。

 彼らの行動原理は捕食という、酷くシンプルな欲望に基づいている。

 ならば──

 

 “···()()()()()()()()()()()()······?”

 

 別個体の荒神(アラガミ)に捕食されても、神機奏者(ゴッドイーター)の手によりコアを摘出されても、必ず復活して捕食し続ける。

 その意味とは、一体何なのか?

 分からない。分からないが、一つだけ。

 

 「なあ、コハク。飯にしねえ? おれ、腹減っちゃった」

 「ん? ああ、それもそうだな」

 

 扉の前まで移動していたコウタに声を掛けられ、思索から現実へと帰還したコハクは、慌てて同期に返事を返した。

 ソファーから立ち上がり、榊の研究室を後にしながら、コハクは一つの確信へと至る。

 

 (アラ)(ガミ)は何か()()があって、捕食活動を続けているのだ──と。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして、一方──

 

 コハクと別れた後、リンドウは珍しく幼馴染の部屋に寄り道する事なく、真っ直ぐと自室へ帰還を果たしていた。

 

 アナグラがリンドウに与えた部屋は、意外にも元々用意されていた備品だけの簡素な内装であり、彼らしい身の回りの品は片手の指で数え切れる程しかない。

 だが、部屋の主の匂いを残すこの部屋は、リンドウが落ち着くに足る空間でもある。

 

 「よっこらせ、と」

 

 ソファーに腰を下ろす際、思わず発してしまった己の声にリンドウは()(こつ)に顔を(しか)めた。

 

 「あー、これは違うぞ、これは。今のは、その、あれだ、あれ。こう言う時の(じょう)(とう)()みたいなもんんで──······っと」

 

 弁解の言葉を(つむ)ぐ途中、息を()むように我に返り、リンドウの口元に苦笑が浮かぶ。

 常ならば、鬼の首を取ったかのような顔でからかってくる幼馴染の女に対する抗弁のつもりだったが、当然今ここに彼女の姿はない。

 以前、サクヤに無断で部屋に侵入された名残だろう。慣れとは恐いものだと、改めて実感する。

 

 「やれやれ、()()やっちまった······」

 

 頭を()きながら、細葉巻(シガレット)(くわ)えた口を曲げ、照れ隠しのように再び独り()ちた。

 

 リンドウは軽口を叩きながら仕事をする方が調子の出るタイプで、人がいる事に慣れてしまうと直ぐに独り言が多くなる傾向にある。

 そこに、根暗に思えるほど寡黙な同僚がいると、なお良い。リンドウの軽口を無視し切れなくなり、憎まれ口に近い反応をされると、してやったりと楽しくなるのだ。

 

 (およ)そ深刻という言葉が似合わない。どんな危険にも(ひょう)(ひょう)(たい)()する──それが、雨宮リンドウという男だった。

 無論、だからと言って、彼は任務や人間関係におけるコミュニケーションを軽んじている訳ではない。

 むしろ、リンドウほど己に関わるほぼ全ての事象に対して(しん)()に向き合う男もいないだろう。

 単にそれが、十年近くの間、死と隣り合わせの戦いを潜り続けて来た戦士の最も力を発揮できるスタイルだ。

 

 ならばこそ──

 彼は今日の事を振り返りながら、新たに自分の部下となった青年の本質に少しづつだが、近づいて行く。

 

 「···なんなんだ、ありゃあ」

 

 紫煙を吐き出しながら、リンドウは独り(つぶや)いた。

 

 思った事はただ一つ。彼の新たな部下が()()の域を軽く超えていたということ。

 いくら荒神(アラガミ)に対抗できる神機を持ち、星辰奏者(エスペラント)としての強化施術を受けようと、新人ならば誰であろうと初めての実戦にまごつくものだ。

 

 相手は文字通り、人外羅刹の捕食者。

 如何に強化され、神機に適合し、星の異能を操れようと、闘うのは己の血肉でできた生身の身体である。

 大抵の場合、実戦の恐怖に押し潰され、まともに動けなくなるのだが、彼は──神宿コハクは違う反応を見せていた。

 

 「そう、あれは······あの、戦い方は」

 

 恐怖がない。緊張もない。未知の敵と対峙すると言うより、既知の敵と十数年ぶりに相見えたかのような死の舞闘。

 武才に優れているのかと思いきや、そうでもない。むしろ、武才そのものは凡庸(ぼんよう)。或いはそれ以下だろう。

 よって、行動は粗雑で洗練された(たたず)まいとは程遠い。

 しかし、踏み込みの深さと決して深追いし過ぎない判断力の速さから、潜在的な戦闘センスは図抜けて高い可能性がある。事実、潜在能力の高さは榊が太鼓判を押していた。

 

 だが、それ以上に──

 

 「戦い慣れしてなきゃ、まあ、出来ないわな」

 

 現場を知るリンドウだからこそ分かる。

 神宿コハクは既に戦い慣れしており、それゆえに初戦の任務で新人ながらにまごつく事が無かったのだ。

 

 確かに即戦力を欲していたのは、他ならぬ現場の人間あるリンドウら自身であるが、流石(さすが)に初戦から即戦力なれるとは、彼らも考えはしない。

 少しづつ少しづつ、当人の歩調に周りが合わせて成長させれば、どんな人間だろうが成長するものである。

 そして、歳を重ねれば、そういう人間の成長を見守るのも(だい)()()の一つになる訳で──

 

 「いや、別に、育て甲斐がねえな〜とか、そういう事を言いたいんじゃあなくてな。なんつーか、その、あれだ、あれ······」

 

 このご時世である。(みな)が皆、色々な事情と様々な悲劇を背負いながら、抱えながら、それでもなお生きようと足掻いているのが実情だ。

 しかし、自分よりも訳ありな人間を見ると、放って置けなくなるのが人情というものである。

 

 「別に、人様が背負(しょっ)てる悲劇と比較するつもりはないんだが──」

 

 それでも、気掛かりな事が一つだけ──と、リンドウは()い混んだ紫煙を吐き出しながら、独りぼやき続けた。

 

 「一体、どんな悲劇を背負(しょ)い込めば、戦い慣れするんだかねぇ」

 

 何度も言うが、今の時代、悲劇などと言うものは決して、()()()()()()()()()。そんな事は世界中の人間がリアルタイムで経験している。

 無論、納得はしていない。ただ、世の理不尽に妥協する事を覚えただけである。

 ならばこそ、気掛かりな事を気掛かりなまま終わらせたくはないのだ。

 

 常識的に考えて、悲劇に遭遇した中で戦い慣れする事など、まずありえないと言って過言ではない。

 仮に出来たとして、その前提には(アラ)(ガミ)と交戦した上、生存しなければ成り立ちはしないのだ。当然、そんな前提を満たせる人間など、この世に一人も存在しない。

 

 「そう言えば······」

 

 吸い終えた煙草を、灰皿へと投げ捨てる。

 

 「確か、オレの先代の隊長、神宿と言ったけか」

 

 呟くと、不意に六年前の記憶が(のう)()()ぎった。

 

 ()()()──()()()()()()()()()()()()()()()()、リンドウは胸中に刻まれた後悔と疑念の答えを得る為に、自らの意思でその首に()()()()()()を付けることを決意した時のこと。

 ()()()は、涼しげで穏やかな微笑を湛え、リンドウが犬となる事を歓迎し、誇らしげに語ったのである。

 

 ■■の発注は更なる信頼の証でもある。

 イオン···ああ、君の前リーダーのことでね。神宿アイフェイオンというのだが······彼もよく私に尽くしてくれた。

 彼ほどの男を失ったのは、実に大きな損失だった···だが、今は彼にも勝る逸材がここにいる、という事だな。

 君には、期待しているよ。頑張ってくれ。

 

 「······こりゃあ先代の方も振り返って見るべきか」

 

 低い声の中には、微かな苛立ちが込められていた。腹の底に沸き立つ感情に蓋をし、冷静さを保たせる。

 ()()()()()()──今はまだ、隠した牙をただ静かに研ぎ続けていれば良い。

 その牙を、未だ見えぬ"何か"に突き立てる、その時まで。

 

 逸る気持ちを抑えるように、二本目の煙草を取り出しそうとした、その時である。

 

 「ん? 誰だ?」

 

 一通のメールが携帯に届いたのを察知し、リンドウは腰に()げた携行品ケースから携帯電話を取り出した。

 携帯に表示された差出人名を見て、彼は深い溜息と共に大きく肩を(すく)める。

 

 「あー、そういや、呼び出されてたの完全に忘れてたわ」

 

 煙草を(ふところ)に戻して立ち上がると、リンドウは自分を呼び出した()()()の所へと向かうのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

     2

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ()()()の部屋は、アナグラの最上階にある。

 役員区画──上の階には、一般に公的機関と呼ばれる施設は、昔で言う所の役所仕事が集中している為、()()神機奏者(ゴッドイーター)と言えども、役員の許可無くして、この区画に入る事は許されない。

 さながら、神話や伝承に語られる選ばれし者の為に用意された聖域のような場所だ。その最上階にある部屋となれば、どのような役員が配置されているかなど、語るまでもないだろう。

 

 支部長室前で立ち止まり、リンドウは扉の横にある呼出音を鳴らした。

 

 都合良く留守であれば良いのだが──と、淡い期待を抱くがしかし、それは呆気なく砕かれる事となる。

 

 『入りたまえ』

 「失礼しまーす」

 

 マイク越しから響く重みのある声。

 半ば予想していた応答のため、衝撃の強さは少ないが、やはり()の執務室に招かれるとなると、それなりの精神的疲労を感じずにはいられない。

 入室の挨拶をし、室内に足を踏み込めば、広々とした支部長室がリンドウを出迎えた。

 

 あらゆるものが整然としている。デスクやソファーなどの配置は一ミリも狂いがなく、ほぼ毎日この部屋で仕事をしている割に(ちり)一つさえ落ちて居らず、また生活感というものも感じられない。

 リンドウにはよく分からないが、壁に飾られている(かい)()や、壁面収納が可能な木製の棚に置かれている様々な調度品は、恐らくは一流の品だろう。

 この時代、文明らしい文明が崩壊した世界で、良くこのような芸術品が残存したものだと、いつもながら関心せざるを得なかった。

 

 リンドウでは肩が()り固まりそうな空間も、この部屋の主にはよく似合っている。

 咆哮を上げるフェンリル狼のタペストリーを見上げていた()が、黒い革製のオフィスチェアを貴族的で優雅な動作で操り、リンドウの方へと振り返る。

 極東地域では珍しい(きん)()の髪を(なび)かせ、揺るぎない極夜を思わせる琥珀色の(そう)(ぼう)を向けるや否や、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

 

 「やあ、リンドウ君。随分と遅かったね」

 「いやあ、すみません。丁度その時、新人の実地演習に同行していたもので」

 

 無論、嘘である。本当はコハクと合流する前に、ヒバリ経由で招集が()けられていたが、そんな事よりも人材育成の方が優先と、リンドウは判断したのだ。

 

 ましてや、神宿コハクは極東支部初の新型神機適合者にして、()()榊が高い潜在能力を持つと太鼓判を押した──つい先ほど知ったばかりだが──(いつ)(ざい)である。

 元より、招集は召集と異なり、強制力がない。ならば、コハクの上司が誰になろうと、リンドウと同じ判断を下す可能性は極めて高いだろう。

 

 だと言うのに──

 

 「新人? ああ、例の()()か。そう言えば、今日が彼の初陣だったらしいね」

 

 一瞬、本当に一瞬の事である。

 ヨハネスが瞳に冷ややかな色を宿して目を伏せた。まるで、()()()()とでも言うように。

 しかし、即座に思い出したのだろう。(またた)()に柔和な表情を浮かべ、普段通りの眼差しを向けてきた。

 

 ほんの僅かに見せた、ヨハネスの(ほの)(ぐら)い表情を、リンドウは決して見逃しはしない。

 ()(げん)そうに前髪で隠れた目を(すが)め、努めて冷静な態度を装いながら、目前の男と会話を続けていく。

 

 「らしい、ですか······折角、現れたアナグラ初の新型神機適合者だと言うのに、支部長は余り関心が無いようですね。

 それとも、極東にいる彼よりも()()()()()()()()の方が、愛らしくて(たま)らない感じですか?」

 「()()()()()()。どんな人間であれ、他人の手で作られた(そだてられた)ものより、自分が天塩を掛けて作り(そだて)上げたものに愛着が()くと言うものだろう」

 「はは、確かに一理ありますね。しかし、支部長。自分が手塩を掛けて育てたものに愛着を持つのも人間ですが、同時に新しいものに目がないのも人間でしょう?」

 

 柔和な笑みを(たた)えるヨハネスに、ニヤリとリンドウは笑い返す。

 だが、その目は微塵も笑ってはいない。そしてそれは、リンドウとて例外では無かった。

 

 二人の間に降りる沈黙。

 停滞した空気が室内に立ち込める。

 仮に、何も知らない者がこの部屋にいたならば、少しの刺激で空気が()ぜるような緊張感に襲われていた事だろう。

 榊とヨハネスの会話が(きつね)(たぬき)の化かし合いならば、こちらは正しく龍神と巨狼の睨み合いだ。

 

 「フッ···それこそ、人の感性によるものだろう。私の場合は、自分が手塩に掛けて作り(そだて)上げた■■(こども)に思い入れが強く──」

 

 言いながら、ヨハネスはデスクの上で手を組み合わせる。

 

 「対する君は、手塩に掛けて作り(そだて)上げた■■(こども)より、新しいものに目がないというだけの事。前者は過保護と呼ばれる類の存在だが、後者は薄情者と呼ばれる類の存在だ。

 そこに()(せん)などありはしない。何せ、■■(こども)の目線から見れば、両者共に毒であるのは変わらないのだからね」

 「いやあ、流石は支部長。第一部隊の()()()から、毒物扱いされてるだけの事はありますよ」

 「ふむ、これは一本取られたな」

 

 二人の表情に、一切の変化はない。薄い笑みを浮かべたまま、会話を楽しんでさえいるようにも見える。

 だが、心情が一切読み取れないヨハネスとは異なり、リンドウの心情は至って健全な反応を示していた。正直に本音を語られる事が許されたならば、彼は間違いなく、ヨハネス・フォン・シックザールが苦手だと言うだろう。

 ヨハネスと相対するだけで、薄氷の上で舞を踊らされている気分に陥るなど、たまったものではない。

 胸中で早く終われと吐き捨てながら、それでもリンドウはヨハネスと対峙し続けるのだ。

 

 「······勿論、()()()ばかり可愛がる私ではない。()()()も平等に可愛がるつもりさ。

 だが、あまりに()()()()()()()だったので、残念ながら、新しい()()()に首輪を(おく)るのは少し時間が掛かりそうだ」

 「前にも言いましたが······若い内は首輪なんかつけないで、のびのびと自由に育てた方が良いと思いますよ」

 「それは、文化の違いと言う奴だよ、リンドウ君。私の国では、首輪がない犬は例外なく野良犬、或いは保護犬とする決まりがあってね。

 犬を飼うことは、相応の義務と責任を追うのと同義なんだ。ゆえに、私の母国では首輪に(こだわ)る者も多い。かくいう私もその一人でね、愛着の湧いた犬には、立派な首輪を渡したくなる性分なんだ」

 「···························」

 

 知らず知らずの内、リンドウは両手を強く握り締めていた。

 

 蓋を締めた感情が再び()()つのを感じつつ、それが爆発しないよう必死に(おの)が制御下に持ち続ける。

 無理もない。今、彼の目前にいる男は、神宿コハクという人間が()()()()()()()()()()()()のだと、全く悪びれる様子もなく言ってのけたのだ。

 

 自分の部下を犬と表現する価値観や、その中から利用価値のある者を自分の管理下に置く事を首輪と評する姿勢も好きではないが、暗に飼い犬にするつもりがないと告げられるのも、当然気分の良いものではない。

 怒りの(ほのお)が燃え上がる気配が感じる。

 裁きを求める(いかずち)が本能の中で鳴り響いているのが聞こえた。

 

 最早、相手にするのも馬鹿らしくなり、早々に話を本題に戻す。

 

 「···それで、用件というのは?」

 「ああ、すまない。つい、話を()らしてしまった」

 「いえいえ、気にしてませんよ。先に話を持ちかけたのは、オレの方ですし」

 「そうかい? なら、良いのだがね」

 

 言うと、ヨハネスは一枚のファイルを取り出し、デスクの上に置いて、リンドウの方へと差し出した。

 

 「さて、ここからが本題だ。実地演習中に悪いが、リンドウ君。君には明日、()()()の相手をして(もら)いたい」

 

 

 




 二回連続で一万字超えた···( ゚д゚)
 何か、これが当たり前になりそうだな。

 個人的に、「リンドウ」さんは数こそ数えられないが、頭は良いと考えております。
 でないと、誰が作成したんだ。あのプログラム実行ファイル。

 そして、当然のように黒い「シックザール」支部長。
 リア友曰く、「シック支部長の中で1主は、お情けで生かしてやってる野良犬認識」と感じたらしい。
 当時、「シルヴァリオ」をプレイし終えたばかりのうp主は、その後に「GE」全体のシナリオを思い返して、何か色々と察しましたね。

 言い忘れてましたが、「黒白のアヴェスター」完結、おめでとうございます!

 それでは、また次回に。
 Danke schon!| ・∇・)ノシ♪

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