Dies irae -Silverio Godeater Resurrection-   作:フェルゼン

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第六話 戦場の華/Schlachtfeld Blume 後編

 ──日が沈み、極東支部(アナグラ)に夜の(とばり)が訪れる。

 隣室の同期が寝静まるのを待ってから、音を立てずに自室を後にした。

 

 

     5

 

 

 そして──

 

 「······よぉ、久しぶり」

 

 コハクは独り、地下四階にある集団墓地へと訪れていた。

 規則的に並べられた墓石が、一見美しくも映るこの場所には、内部居住区での死者のみならず、外部居住区で亡くなった者達や、前線で死亡した神機奏者(ゴッドイーター)達の遺体をも納められている。

 その中から家族が眠る墓地へと、軽く挨拶をするコハク。

 無論、返答はない。

 片膝を付き、ローマ字で記された名を優しく()でた。

 

 「あれから、もう11年経つのか···ホント、時間の流れってのは早いよな······」

 

 (つぶや)くと、不意に11年前の記憶と、眼前にある墓石が繋がり、一つの出来事を形作る。

 11年前のあの日──大量の(アラ)(ガミ)が、ほぼ同時刻に複数の装甲壁を突破し、外部居住区に雪崩(なだれ)()む事件が起きた。

 中でも、コハク達が在住していた外部居住区は、最も装甲壁に近い、外側も外側と言える場所にある。また、如何(いか)に人類最後の砦を(うた)うフェンリルと言えど、完璧ではない為、前代未聞の事態を前に、初動が遅れるのは無理もない話なのだ。

 

 ならば、後は語るまでもないだろう。外部居住区──中でも外側の在住者は──得られる救いも皆無のまま、()(すべ)なく見事に全滅の一途を辿った。

 過程と子細を語るのは、今となっては無意味であり、代わりに刻み込まれたのは身を焦がす灼熱と、流れ落ちた涙の(しずく )のみ。

 引き裂かれていく思い出を抱えたまま、当時のコハクは運命の担い手として、()に見出され、何もかもを失いながら、家族と涙の別離を交わすに至る。

 

 子供ゆえに何も分からずに。

 ただ、痛みと傷だけを心の奥に()()まれて。

 泣いて、悔やんで、さ迷って······

 

 「ホント、我ながらにヒデェ話だこと···」

 

 幼さゆえに非が無いとまでは言わないが、改めて考えても多くの()()()()()(ほん)(ろう)された結果がこれだ。そして、今も完全に吹っ切れてはいない以上、笑い話にさえならない。

 

 「しかも、その挙句がこれだ。禍福は(あざな)える縄の如しとは、よく言うぜ」

 

 人生における幸不幸(トラブル)など予測し得ないし、何が禍福に転じるのか、それは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 時間が流れた現在(いま)、成長してその(ことわざ)の意味を深く()()める事が出来る。

 人工芝に腰を下ろし、コハクは(おもむ)ろに天井を(あお)ぎ見た。無骨な天井の遥か夜空に輝く月と第二太陽(アマテラス)に思いを馳せ、意味もなく手を(かざ)してみる。

 自然と視界に映る、左手首に()められた赤い腕輪。神機奏者(ゴッドイーター)の肉体と融合し、生涯外す事が出来ないそれが、神機奏者(ゴッドイーター)としての使命を忘れるなと意識させてくる。

 無論、神機奏者(ゴッドイーター)としての責任と義務()きちんと果たすつもりだ。が、その上で()()()()宿()()()()として、やり遂げたいこと()やり遂げるだけ。

 恐らく、それゆえに何から何まで思い通りにも、予想通りにも、期待通りにもならないことが起きるだろうが、しかし。

 

 「でも、ま、それが生きていくって事だからな」

 

 なら、仕方ねえかと苦笑して、静かに目線を二つの墓石へ戻した。

 過去への解答は()()()()導き出している。辛いけれど、思い出を胸に抱いて一緒に未来へ連れて行くのも救いだと信じているから、光や未来だけを(たっと)ぶつもりは毛頭ない。彼女たちと過ごした日常も大切にしつつ、現在(いま)を生きていく自分自身も肯定しながら生きていくとしよう。

 そう思いながら、軽く(たん)(そく)して揺れる心を整えた──その時。

 

 「よっこらせ、と」

 

 不意に、声が響いた。

 唐突な来訪に、驚愕でコハクの肩が跳ねる。

 恐る恐ると背後を振り向けば、煙草(たばこ)を口に(くわ)えた男が、周囲を見渡しながら、のっそりとした足取りで集合墓地を歩いていた。

 

 それを見て、コハクは(あき)れと(あん)()の感情が()()ぜになった(ため)(いき)を吐く。

 何故なら、その男の事を彼は知っているからだ。今日の初任務で顔合わせをしたばかりだし、何よりも強烈な男の個性は忘れたくても忘れる事は出来ない。

 それだけ、彼の存在感はこの極東支部(アナグラ)において非常に大きかった。

 

 「んー? おっかしいなぁ。確か、この辺りのはずなんだが······」

 

 ふと、歩を進めていた男の足が止まる。

 当惑したように後頭部を()き、地図が記されているのか、空いた手に握った白い紙に視線を落とした。

 

 その何とも言い難い姿に、コハクは二度目の溜息を吐く。

 今朝の重役出勤といい、出撃前の命令無視といい、この男は本当に一部隊を預かる上官なのだろうか。

 地に足がついている人間特有の安心感はあるものの、だからこその不安が(ぬぐ)えない。

 

 「こんな時間に、こんな所で、何してるんだ? リンドウさん」

 

 いよいよ迷子になりそうな第一部隊隊長を見るに見かね、コハクが声を()けた──刹那に。

 

 「うびゃあぁぁぁぁぁぁぁああああーッ!? で、出たあぁぁぁぁああーッ!」

 

 驚かれた。それはもう、盛大に。

 

 「お、お、お、オレに()()こうとしたって無駄だからな! これでも、オレは仏教系統に名を連ねる貴種(アマツ)、響の出身だからな!

 そりゃあ、一度は英雄様の粛清受けて取り潰された家だけど···それはそれ! これはこれっ! 仏門系ってことは、オレに取り憑いた瞬間、成仏するってことだからな!? 良いのか? それでも良いんだなッ!?」

 「い、いや···ちょ、ちょい待て、落ち着けッ。人の話を──·········」

 「(オン)()()()()(セン)()()()と──」

 「言わせるか、ボケェッ!」

 「──ぐほおぉッ!?」

 

 聞け、と続くはずだった言葉はしかし、唐突に(つむ)がれ始めた(こと)(だま)()き消された。

 それに深い溜息を吐き、コハクは立ち上がり、情け容赦なく跳躍蹴り(ドロップキック)馬鹿上司(リンドウ)に叩き込む。

 

 急所は外したが、手加減出来た自信はない。

 何せ、跳躍蹴り(ドロップキック)なのだ。(きびす)を返して疾走。からの(ちょう)(やく)という一連の流れは、()りに勢いをつける予備動作にしかならない。

 まして、技をかけると同時に、かけられた側と仲良く地面に転がる以上、加減など出来る訳がなかった。

 

 「はぁ、死ぬかと思ったー······」

 「そ、それ···い、一番、言いたいの······お、オレ···なん、だけ······ど···」

 「知るか、()(ほう)。明らかに危なそうな真言を唱えられたら、誰だって死ぬ気で止めるだろーが」

 「だからって···お、お前······ッ、お前なぁッ」

 

 27にもなる大の男が、涙目になりながら抗議してくる様は、ただ一言、情けない。

 男がどうだのと言うつもりは(はなは)だないが、年齢を考慮しない態度を示されると、流石のコハクも思う所がある。

 そも、仏門の家に生まれた者が大の幽霊嫌いで怖がりというのも如何(いかが)なものか──とも考えたが、だからこそ苦手なのだろうという可能性が頭を()ぎり、そこはあえて何も言わなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして──

 

 何とか悪霊騒動に決着をつけた後、コハクは集団墓地区画に設置された自動販売機から缶コーヒーを二本、購入する。

 場違い感が(すさ)まじいが、即席の(そなえ)(もの)の中にジュースが選ばれる事が多い。それを考慮した上の設置物だとすれば、ある意味この場に(もっと)相応(ふさわ)しいと言えるだろう。

 

 「ほら」

 

 言って、コハクは大の字で人工芝の上に倒れているリンドウへ、先ほど購入したばかりの缶コーヒーを差し出した。

 

 「ん? ···っと、すまんな」

 「別に構わないぜ。いきなり背後から声を掛けた俺にも落ち度があるしな」

 「それは、そうかもしれんが······」

 

 コハクから缶コーヒーを受け取りながら、リンドウは言葉を(にご)す。

 子供のように(くちびる)(とが)らせ、缶の蓋を開けるその様子に、コハクは(おお)(ぎょう)(ため)(いき)を吐いた。

 

 「上司らしくない所を見せちまったって? 安心してくれ。朝の事で大分、あんたが上司らしさが似合わない人だって認識したんで」

 「お、おお···そ、そうか······。しっかし、早いなー。他の奴だったら、あと二・三日はオレの前で緊張したままだってのに······」

 「そりゃあ、リンドウさんが鬼教官で有名なツバキさんに似てるからだろ? かくいう俺も、合流した際に見せたリンドウさんの態度には、拍子抜けしたからな」

 「あ〜、なるほどなー」

 

 そう、雨宮リンドウと雨宮ツバキは性別の違いはあれど、外見上まったくの同一人物に見えなくもない。

 同姓であることから、彼等は姉弟なのだろう。ツバキと似ても似つかぬ緩い調子で接してくる彼に、訓練課程(カリキュラム)を終えたばかりの新兵が緊張するのは、自然な反応と言えなくもないのだ。

 

 「ま、姉──雨宮大尉は、見た目通りのスパルタだからな。オレも何度、木刀でぶっ叩かれながら、訓練場を走り回されたことか···」

 「そいつは、また······」

 

 鬼の形相と化したツバキが、木刀でリンドウを殴りながら訓練場を走り回す姿を簡単に想像出来てしまい、コハクは密かに同情の念を抱いた。

 無理もない。かく言うコハクもまた、ツバキに木刀で殴られそうになりながら、訓練場を走り回された経験を持つ。

 まるで、抜き打ちテストだ。訳もなく、唐突に、鬼の如き気迫を(まと)う教官は、下手な荒神(アラガミ)よりも恐かったと記憶している。

 ふと、素朴に感じていた疑問を思い出し、コハクは改めて(かたわ)らに座る男へ問いかけた。

 

 「で、リンドウさんは何しにここへ? どうにも、ただ墓参りに来たって感じじゃあなかったが······」

 「ん? まあ、ちょっとした入用でな。お前は?」

 「······家族の話題を口にしたばかりの奴に、これから家族の墓参りに行くって言うのは、ちと気が引ける」

 「はは、そりゃ確かに」

 

 歯切れの悪い返答をされた()(しゅ)(がえ)しのつもりだったが、しかしリンドウは()()にも掛けない様子で軽く笑い飛ばす。

 呆れ混じりの(ため)(いき)を吐き、第一部隊隊長というのは伊達(だて)ではないらしい。

 

 と、その時。

 

 「·········?」

 

 ふと、リンドウの表情が三ミリほど変化する。その視線の先には、つい先程までコハクが(もう)でていた二つの墓が立ち並んでいた。

 

 「俺の家族に、何か用でも?」

 「ん、なんのことだ?」

 「いや······気の()()なら良い」

 

 言いながらも、()(げん)そうな顔は変わらない。何故なら、彼には分かるのだ。些細な変化に気付けた部下の()(ざと)さに舌を巻くリンドウの気配が。

 対する彼もそれに気付いているのか、やや強引に話題を変えてくる。

 

 「そうだ、今夜は一発、お前と親睦を深める為に、一杯やるか?」

 「俺としては、もうちとマシな所でやって欲しいんだがな。それでも仏門家系の子孫なら、時と場所ってモンを考えてくれよ」

 

 缶コーヒーを持たぬ手で酒を(あお)るジェスチャーをしたリンドウへ、コハクは苦笑しながら丁寧に断りを入れた。

 かなり強引な話題転換だったが、彼が動揺するのも無理はない。ほぼ初対面の人間に、自身の些細な変化に気付かれて、驚かない方が無理な話である。

 そうした機微を理解されたことに(あん)()したのか。僅かに張り詰めていたリンドウの空気が一瞬にして和らいだ。

 

 「それに、酒は成人してからだろ? 未成年に酒飲ませて、査問会に呼ばれても知らないぜ、俺は」

 「あれ? そう、だったか? ま、冗談はさておき······例に()れず、お仕事の話だ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   6

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌日──

 (たちばな)サクヤは、深い(ため)(いき)を吐いていた。

 

 降りしきる雨の中、スナイパー型の神機を肩に抱え、彼女は独り、(せっ)(こう)を続ける。

 旧西暦時代に(はだ)()()と呼ばれていた場所は、新西暦の現代において(しゃ)(へい)(ぶつ)や起伏が一切ない、ドーナツ状の平原と化していた。

 

 一見すると、(アラ)(ガミ)による捕食の痕跡も比較的少なく見えるが、実は土地全体が(アラ)(ガミ)に抉り取られたものだと言うのだから信じられない。

 見通しが良い反面、荒神(アラガミ)を分断しにくい上に、巨大アラガミがよく出現する場所でもある。新兵の生存率を上げる為にも、実戦演習における安全確保は上司にとって大切な仕事の一つだった。

 

 だと言うのに──

 

 “本当、リンドウったら何を考えているのかしら?”

 

 その仕事を、リンドウはあろうことかサクヤへ押し付けたのである。しかも、唐突に。

 基本、実地演習に同行するのは、部隊を預かる隊長というのが通例だ。一応、隊長クラスの階級を持つ神機奏者(ゴッドイーター)か、部隊を預けるに値する実力者ならば、例外的に同行する場合はあるものの、一日も経たずに上司が本来の仕事に戻るなど、異例が過ぎるだろう。

 何より、リンドウの同行相手は例の新型適合者──未だ新人の神機奏者(ゴッドイーター)から上司を取り上げるなど、(ひな)(どり)から親鳥を奪い取る行為に等しい。

 これではまるで、取り上げた者が()()()()()()()()()()()()かのよう──

 

 「まさか···ありえないわよ、そんなこと」

 

 雨が降っているせいか、厚い雲に(おお)われた空のように、気分まで落ち込みそうだ。

 と、その時である。

 

 『こちら、ブレンダン。嘆きの平原で確認されていたヴァジュラの誘導に成功した』

 『い、今のところ、支部の脅威になるような事はしてませんが···ど、どうしますか?』

 

 不意に響いた男女の声に、ハッと我に帰った。

 (かぶり)を振り、改めて気を引き締める。

 

 「ありがとう、二人とも。お陰で簡単に小型アラガミを片付ける事が出来たわ。嘆きの平原にいたヴァジュラは、比較的大人しい個体で人的被害を出したことが無いそうだから、討伐せずに様子見。

 作戦行動エリアに戻るようなら、臨機応変に対応。エリアから離れるように誘導して」

 『わ、分かりました』

 『まあ、見境なく討伐していては、(アラ)(ガミ)と何ら変わらなくなってしまうからな』

 

 そう、神機奏者(ゴッドイーター)──()()()()()()などと大層な肩書きで呼ばれているが、現実の神機奏者(ゴッドイーター)などこの程度。

 適合率の高い神機が発見されただけの、ひ弱でか細く、儚く無価値で無意味に世界へ生まれ落ちた──誰かがいないと生きていけない、誰かがいるから生きていける、どこにでもいる人間なのだ

 

 「とにかく、これで安心して実地演習が出来るわね」

 

 きっと、先日のエントランスで期せず顔合わせした少年が来るのだろう。

 見るからにユルい印象を受けたが、実際はどんな子なのかと、素直で可愛(かわい)い子だと良いなと考えながら、せめて心の中は晴れるように、サクヤは明るく振る舞うのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 

 大気を切るようなヘリの羽音が、平原に木霊する。

 声を()()す轟音を響かせて、輸送ヘリが出撃ゲートに着陸した。

 

 「それじゃあ、また後でね! 神機に違和感を覚えたら、直ぐにサクヤさんへ報告するんだよ!!」

 「あいよ」

 

 重い扉が開くと同時、中から降りて来たのは、やはり前日に顔を合わせを果たした一人の少年。

 リッカに軽く手を振り、こちらへ歩み寄る様は印象通りのユルいものだが、風に(なび)く黄金の髪とサクヤを見据える(あお)(そう)(ぼう)は、身に(まと)う制服と(あい)()って何処か浮世離れしているようにも見える。

 しかし、近寄り難さというものは感じない。

 極東支部(アナグラ)には、彼と同じ色彩を纏う男が一人いるものの、(くだん)の男と比べれば、こちらの少年の方が()()()()()()()

 

 「この前の新人さんね?」

 「はい。神宿コハクと申します」

 「私は橘サクヤ、よろしくね」

 「······ああ」

 

 (うなず)くと同時、口元に微苦笑を(たた)え、コハクは僅かに顔を(そむ)けた。

 少しだけ気まずいのか、居心地が悪そうに頭を()く少年に、サクヤは首を(かし)げる。

 

 「ふふっ、ちょっと緊張してる?」

 「あー、いや、その、なんつーか、緊張してる訳じゃあなくて······」

 「はい?」

 「つまり、そのー、服装、なんですが······」

 「服?」

 

 言われ、サクヤは(おの)が服装を(かえり)みる。緑の装飾が施された黒のクロスショート・キャミソールは、上下の露出が非常に高い。

 女としてオシャレを楽しみつつ、動き安やを重視したパレオ風フィッシュテールスカートから(のぞ)(あし)から爪先までのラインは(なま)めかしく、隠す気など毛頭ないと言わんばかりに、体重を支えた足を(ふと)(もも)まで()()しであった。

 

 異性からすれば、目のやり場が困る服装なのは言うまでもないだろう。

 これはサクヤの預かり知らぬことだが、()()に神宿コハクが光の眷属と言えど、未だ()(れい)にも亡者にも殉教者にも振り切れずにいる()()()だ。

 

 鋼の英雄みたいに露出が高いと指摘し、素早く上着を羽織らせてやるような冷静さも。

 審判者(ラダマンテュス)のように、戦闘効率の良さを評価しつつ、女性ならではの危険性を注意するような(けい)(がん)も。

 焔の救世主の如く、人の機微には未だ(うと)いと自虐しながら、目のやり場に困ると言える度胸も。

 不滅の限界突破(オーバードライブ)みたいに、腹を冷やしかねないから、そういう服装は止めとけと(さと)せる雄々(やさ)しさも。

 (あい)(にく)、持ち合わせていないのである。

 なので、遠巻きからそれを指摘するのだが──

 

 「私の服がどうかしたかしら?」

 

 そんなコハクの心情など露知らず、サクヤは首を(かし)げながら問いを投げた。

 

 「どうかしたかって······いや、その、えっと···気に、ならないんっすか?」

 

 問われ、サクヤは(ようや)く気付く。彼は気にしているのだ。彼女の服装──その露出度の高さに。

 

 「そうね、気にした事は一度もないわ。私は神機奏者(ゴッドイーター)である前に、一人の女ですもの。出来る限り、オシャレは楽しみたいじゃない?

 だから、気にしたらダ・メ。肩の力抜かないと、いざという時、体が動かないわよ」

 「んなこと言われても──」

 

 サクヤの論に、()()で可愛い後輩は反論しようとした、その時。

 

 「──ぐおぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 「·········っ!?」

 

 不意に響き渡る異形の雄叫び。

 同時、二人は全身を強打でもされたかのような衝撃を受ける。

 反射的にスナイパー・ステラスウォームを構えるサクヤに対し、そんな彼女を(かば)うように──かつ射線上には立たぬように──コハクが臨戦態勢に入りながら、前線へと足を踏み出していた。

 

 一瞬、何かの攻撃を受けたのかと思ったが、違う。

 これは、実体が伴っている音だ。声だけで格の違いを見せつける、そういう類の(アラ)(ガミ)の彷徨だ。

 常人ならば間違いなく発狂、弱者ならば意味も分からず気絶しかねない圧が、二人に叩きつけられたのである。

 

 「サクヤさん、今のは······?」

 「分からないわ。でも······」

 

 そこから先は言うまでもない。これは間違いなく敵である。

 だが、おかしい。残された敵はコクーンメイデン二体だけだったはずだ。だというのに、今の咆哮は、嘆きの平原を住処(すみか)としているヴァジュラとは、明らかに比べものにならなかった。

 

 ここは所謂(いわゆる)、いわく付き。

 巨大アラガミの目撃証言が、数多く寄せられている場所である。

 

 「···早速、ブリーフィングを始めるわよ」

 「······良いのか?」

 「あの存在感です。作戦エリア内に侵入すれば、即座に観測班が先の(アラ)(ガミ)を観測してくれるでしょう。

 巨大アラガミが観測される。もしくは、目撃した場合、すぐに撤退します。今は目の前の任務に励むべきだと判断しました。良いですね?」

 「りょーかい」

 

 言わば、背水の陣。

 危険だが、現場では予想外の乱入など日常茶飯事だ。

 これを乗り越えることは、新兵にとって良い経験となる。

 

 「今回の任務は、君が前線で陽動。私が後方からバックアップします。遠距離型の神機使いとの任務は、これが基本戦術になるから、よく覚えておいて。

 くれぐれも先行し過ぎないように。後方支援の射程距離内で行動すること。OK?」

 「分かった。覚えとくぜ」

 「素直でよろしい! さぁ、始めるわよ」

 

 指示と同時、二人は平原の上に降り立つのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 今回の討伐対象は、コクーンメイデン。

 その場からは一切動かない、固定型の(アラ)(ガミ)である。

 嘆きの平原を時計回りに索敵を開始すると、石像のように動かぬコクーンメイデンに補足された。

 

 「───!?」

 

 次瞬、コンマ一秒以下の速度で発射されたオラクル弾。コハクは即座に疾走する足に急停止をかけ、穂先で光弾を切り裂くが──

 

 「チッ、遠すぎる···」

 

 一気に(ふところ)へ飛び込むには、距離が開け過ぎている。

 目算するだけでも、対象との距離は約40〜50m。

 遠距離偏重型ならば、考えるより殴る方が手っ取り早い。何より面倒が少なくなるので、楽なのだが、それでは余りに独断先行が過ぎるだろう。

 何故なら、自分は一人で戦っている訳ではないのだから。一人で戦う必要も義務も何一つとしてありはしない。

 二撃目の光弾を二の太刀で叩き落とし、サクヤの方へと飛び退()いた。

 

 「あれが、コクーンメイデン。実物を見るのは初めてよね?」

 「······ノーコメントで」

 「そう···気をつけて。その場からは一切動かないけど、正確にこちらを狙撃してくる()()()()()。足を止めないようにね」

 「りょーかいだ」

 

 ユルく返事をし、三弾目となる光弾を二人で左右に飛び避ける。

 

 「私が援護をするから、一気に詰め寄りなさい」

 「分かった。詰め寄るぜ」

 

 刹那、サクヤが神機を発動体とし、星辰体(アストラル)と感応し始めた。

 同時に、コハクは槍を半回転させて得物を構え直す。

 狙撃銃から上がる銃声を開戦の号砲とし、背中に黄金光の混ざる炎翼を展開しながら、彼は地を蹴り上げるのだ。

 

 かつて、調停の英雄が得意とした煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)と同じ原理で駆動する加速を得て、コハクはメイデンから発射されるオラクル弾の弾幕を撃ち落としながら、一気に懐へと飛び込んでいく。

 

 「──ふッ!」

 

 サクヤが放つ狙撃に目切れながら、側面に回り込みこみつつ、大きく槍を斬り上げた。

 ガリッ、という硬い感触に思わず舌を打つ。流石(さすが)繭の処女(コクーンメイデン)──旧暦時代の西洋で発明された拷問器具・鉄の処女(アイアンメイデン)の名を冠しているのは伊達(だて)ではない。

 形こそ(まゆ)を連想させるが、その側面はそう鋼鉄のように硬く、斬ることも貫くことも困難だった。

 

 「なら···こいつはどうだッ」

 

 物も言わず、動くこともない案山子(カカシ)──そんな印象を抱く標的に対し、コハクは続けて槍の穂先に黄金と灼焔の光を収束させながら、深く踏み込んで槍を突き穿とうとする。

 

 だが、その時──

 メイデンが動く。怪しげに。身体を(ねじ)らせ、その側面走行を開かんとしていた。

 

 「危ない──ッ」

 「────!」

 

 サクヤから上がった危険を知らせる声に反応し、刺突行動を中止する。

 煌赫墜翔(ニュークリアススラスター)を逆噴射させて後退すれば、砂煙が晴れると同時、空を突き刺す無数の針が、コクーンメイデンの体内から飛び出ていた。

 

 「おいおい、マジかよ···」

 

 名は体を表すという次元ではない。

 鉄の処女は大量の長い釘を内包している。

 一瞬にして内部に仕舞われたメイデンの針は、まさにその釘を(ほう)彿(ふつ)とさせた。

 

 恐らく、後退していなければ、今ごろ串刺しと化していただろう。

 

 「大丈夫!?」

 

 サクヤが叫ぶ。

 巻き上げられた砂煙のせいで、こちらの無事を確認出来ないのだ。

 

 「えぇ、こちらは──」

 

 大丈夫だと、続くはずだった言葉は続かない。

 常人より僅かに優れた視力が、サクヤの背中を捕捉した二体目のコクーンメイデンを視認する。

 自分よりも他者を優先しているのか。彼女はそれに全く気付いておらず、ゆえに続く展開は無我夢中だからこそ出来た()(うん)の呼吸。

 

 コハクは一体目に、サクヤは二体目に。

 それぞれがそれぞれにコクーンメイデンに背中を向けながら、互いの背後にいる敵手目掛けて銃撃を浴びせるのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

   7

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「お疲れ様。今回のミッション、とてもやりやすくて、良い連携だったわ」

 

 二体のコクーンメイデンが消滅したのを確認し、サクヤは改めて(ねぎら)いの言葉をコハクへ投げ掛けた。

 

 「いや···こちらこそ、ありがとうございます。お陰で助かりました」

 「それはこちらの台詞でもあるわ。戦いの中で、冷静に仲間の状況を把握するのは、凄いことなのよ。とても新人の動きとは思えなかったわ」

 「ありがとうございます。しかし、本当にそんなつもりじゃあなくて······」

 

 ふと、コハクの顔に憂いを帯びた笑みが浮かぶ。

 

 「構図的に、()()()と重なる部分が多かった···だから、無我夢中で引き金を引いた。少なくとも、サクヤさんは俺の背後にいる敵をどうにか出来るから、それを信じて打つしかない、ってな······」

 

 その言葉に嘘はない。ただ、なるようになっただけなのだと、言外に彼は語る。

 あまりに凡人めいた言葉に、思わずサクヤは目を丸くした。

 

 「ふふっ、謙虚なのね」

 

 そして、そういう姿勢は嫌いではない。

 

 「大丈夫······貴方(あなた)は独りじゃないわ。神機奏者(ゴッドイーター)同士なら、たとえ倒れても、救援同調(リンクエイド)で力を分け与えられるから。

 それと、私は回復弾が撃てるの。辛くなったら直ぐに回復して上げられるわ。だから、安心して。貴方が一人前の神機奏者(ゴッドイーター)になるまで、しっかりサポートするから」

 

 言いながら、コハクの鼻頭を軽く指で弾いた。

 

 「戦う意志があれば、何度でも立ち向かっていけるのよ。撤退を判断されるまでは、ね」

 「···ありがたい言葉だけど、俺、そういう精神論メンドーで嫌いなんだよなー」

 「コォラ、まだ若い子がそんなこと言うんじゃありません。ちょっとぐらいの無茶はしてくれないと、心配になるでしょう?」

 「えー······」

 

 本当に面倒臭そうに告げるコハク。

 もしかしたら、()()()に掛かることさえ、面倒だからという理由で(わずら)っていない可能性がある。

 良い意味で地に足をつけた気質。悪い意味で夢がない。

 もう少し、そういう有り得ない事象に思いを()せても罰は当たらないと思うのだが。

 

 「全く、どれだけ嫌なのよ······まぁ、いいわ。そろそろ帰投ヘリも到着する頃だし、アナグラへ帰りましょう」

 「りょーかい」

 

 輸送ヘリが来るのを目撃しながら、サクヤはコハクと共に帰投の準備に入る。

 途中、その白い背中が紺色の背中と重なって見えて······

 

 「まさか···ね······」

 

 そう、彼女は独り()ちるのだった。




 相州戦神館學園 八命陣が楽し過ぎる件について。
 遂に購入した、戦神館。楽し過ぎて楽し過ぎて、止まらん。もはや、ゲーム自体が阿片やで(゚∀。)y─┛~~ (阿片スパァ)
 なので、投稿に時間が掛かった。プレイしないように気を付けてる。

 実はうp主、甘粕事件を知らない。
 なので、本作をキッカケに史実の甘粕正彦を調査。
 wikiに長男の名前はあるのに、妻の名前がないから、「甘粕正彦 妻」で検索してみた。
 (なんか、字面だけだと凄いなこれ)

 そしたら、見事にHITッ!
 史実の甘粕正彦は、関東大震災以前から「婚約者」がいて、昭和三年頃に「婚約者」と結婚したらしい。
 ん? 「婚約者」? 「許嫁」ではなく?

 許嫁=室町時代から存在する文化。
    親が決めた相手と子供が結婚する。
    拒否権なし。要は政略結婚。
    戦後に入るまで強制することが常識。

 ん?

 婚約者=告白して、相手が受け入れれば、結婚成立。
     戦後に日本国憲法で結婚強制を禁止に。

 んん?

 つまり、こういう事かな? 甘粕正彦は、関東大震災より以前から、婚約者がいるリア充
 調査中、甘粕事件後に甘粕正彦から三回も婚約破棄を申し込まれたのに、婚約者はそれを拒否。
 理由は、甘粕が子供は殺してないと、本人から聞いたから。
 なので、出所するまで待ちます。ガチで刑期終えるまで甘粕を待ち続けて結婚したと判明。

 史実の甘粕と婚約者、ちと時代の最先端行き過ぎ。
 特に婚約者は、wikiすらない一般ピーポー。
 時代的に、なんか色々すごいことしてるぞ。
 つーか、前科者と結婚は今でも余り好まれないのに!

 ゲームの甘粕正彦相手と考えると、この一般ピーポーな婚約者、本編でセージみたいに10年くらい甘粕が蒸発しても、普通に待ち続けそう。

 クラウディア系か? クラウディア系なのか!?

 なんか、それはそれで見てみたかったな。
 伏姫枠は不明だし、カレブ枠もいないし。
 (伏姫枠分かる方、ネタバレして良いんで教えて)

 カレブはヘブライ語で『犬』の意味。
 八犬伝がモチーフだし、丁度ええじゃん。
 まあ、名前の元ネタ的に四四八と同じ盧生になりそうだけど( ̄▽ ̄;)

 しかも、軍学校は満13歳〜満15歳が通う場所。
 ゲームの甘粕は32歳。14歳の子供の1人がいても、当時の世相的にいても問題なし。
 これ、阿片スパァ(゚∀。)y─┛~~ 出来そう。

 あー、初めて正田卿作品で阿片スパァ(゚∀。)y─┛~~ したいなと思いましたよ。

 では、また次回!


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