Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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第七話 銀月不動/Nein Silverio

 逃げて、逃げて、逃げ続ける。

 

 何(ど)処(こ)までも追い駆けてくる過去から。

 先に待つ、ろくでもない未来から。

 向き合いたくない全てから。

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けるのだ。

 

 だからまず、第一に目を閉じよう。

 耳を塞(ふさ)いで、口を噤(つぐ)んで、

 呼吸を止めて微動だにしない。

 

 心は、石のように頑(かたくな)なまま──

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   1

 

 

 そうして、彼(・)は自分の世界を維持し続ける。

 彼(・)が今まで貫いてきた生き方(スタイル)とは、何も見えず何も聞こえず、総(すべ)て気付かないふり。現実逃避。

 感じたくないもの、気付いてはいけない事実──それが手に余るから、彼(・)は今日も“逃走 ”を選び続けるのだ。

 

 「キシャアァァァァァァアアアアッ!!」

 「······邪魔だ」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような奇声を上げ、飛び掛(か)かってきた巨大な蠍(さそり)型の荒(アラ)神(ガミ)に冷たく言い放ち、青年は神機を振り下ろす。

 まるで、言葉通り逃(・)げ(・)る(・)の(・)に(・)邪(・)魔(・)だ(・)か(・)ら(・)と斬り捨てるような軽い所(しょ)作(さ)で、盾のような荒(アラ)神(ガミ)の鋏(はさみ)を粉砕して見せた。

 

 「ギヤァァァアアアァァァァァアア──ッ!」

 

 刹那、苦悶の咆哮を上げる蠍の荒(アラ)神(ガミ)。

 鋏を粉砕された衝撃で巨大な体(たい)躯(く)を仰(の)け反(ぞ)らせ、致命的な隙を晒(さら)す。

 それを、青年は決して見逃しはしない。

 

 「くたばれ···ッ!」

 

 一気に敵の懐(ふところ)へ肉薄し、罵倒を吐き捨てると同時に、大剣を横一文字に薙(な)ぎ払(はら)う。

 だが、青年の腕に伝わるのは、生々しい獲物の肉と骨を断ち切る感触ではない。むしろ、感じるのは空を斬り裂いたような虚(むな)しさだけ。

 

 躱(かわ)された事を直感して、忌々しげに舌を鳴らす。

 咄(とっ)嗟(さ)にその場を飛び退(の)けば、一秒前まで青年が立っていた場所に、トドメを刺し損ねた蠍の荒(アラ)神(ガミ)が、振り下ろされた鉄槌(ハンマー)よろしく飛び降りてきた。

 

 恐らく、先の攻撃は蠍とは思えぬ強(きょう)靭(じん)な脚(あし)のバネを用い、相手に飛びつく事で回避したのだろう。

 押し出されるような衝撃波が、この場に堆(たい)積(せき)*1した雪が砂(さ)塵(じん)のように舞い上がり、青年は視界を見失わぬよう大剣を盾代わりにしながら、鑪(たたら)を踏むが── 

 

 「キエェェェェェェェエエッ!!」

 

 間(かん)髪(ぱつ)いれずに、蠍の荒(アラ)神(ガミ)が魔女のような奇声を上げながら、華(きゃ)奢(しゃ)な青年の身体を押し潰さんと飛び込んで来たのである。

 

 「づぅッ、ぉぉ──ッ」

 

 奇襲にも近い突撃。避ける暇もない。

 結果、青年は大剣を盾代わりにしたまま、巨大アラガミの身体を支える事を余(よ)儀(ぎ)なくされる。

 再び吹き荒れる衝撃波。目深に被(かぶ)る紺のフードがめくれて、その下に隠れた青年の髪が今、白日の元に晒された。

 

 浅黒い肌とは対照的な、白に近い銀(・)の髪。

 それは、新西暦の世において、歴史の転換期に必ず確認されたという、月の女神を象徴する髪色であり、彼もまた、先代たちと同じ宿命にある事を意味している。

 少なくとも、軍事帝国(アドラー)で起きた英雄崩御の大動乱と、それに伴う古都プラーガを舞台とした史上最大規模の東部戦線の真相を知る者ならば、一目で見抜くはずだ。

 

 完(・)遂(・)さ(・)れ(・)た(・)は(・)ず(・)の(・)銀(・)の(・)運(・)命(・)──そ(・)れ(・)が(・)再(・)び(・)駆(・)動(・)す(・)る(・)、と。

 

 だからこそ、青年は逃げ続けている。

 冗談ではないと、慟(どう)哭(こく)怨(えん)嗟(さ)を響かせて。

 

 「······ッ、くそっ、たれがぁぁぁぁぁああッ!!」

 

 刹那、裂(れっ)帛(ぱく)の咆哮が大地を震わせる。

 踏ん張りが利きにくい雪原を、銀(・)髪の青年はあろうことか気(・)合(・)と(・)根(・)性(・)で抉(えぐ)り抜いた。そして、これまた気(・)合(・)と(・)根(・)性(・)で得物を振り上げ、巨大アラガミの身体を空に投げ飛ばす。

 

 最早それは、銀(・)の髪を持つ者のやる所業ではない。

 気(・)合(・)と(・)根(・)性(・)による無茶無謀は、光の眷属の特権だ。過去に前例がない訳では無いが、少なくとも件(くだん)の青年──ソーマに光の眷属としての素質など、一切持ち合わせていないと断言できるだろう。

 何故なら、彼が貫く生き方は徹(てっ)頭(とう)徹(てつ)尾(び)、変わらない。

 

 忌まわしい過去から。

 現実に生きる自分から。

 腹の底から憎悪する存在から。

 先に待つ、ろくでもない未来から。

 何もかもから逃げて、逃げて、逃げ続けるのだ。

 

 だからこそ──

 

 「目障りだ、消えろ」

 

 闇の眷属らしい、底冷えするような死刑宣告と共に、力を装填(チャージ)していた大剣を振り下ろす。

 放たれた斬撃は、狙い過(あやま)たず空中に放り投げた標的を捉えており、対する相手も抵抗らしい抵抗は出来ない。

 

 「ギャァァァァァァアアアアッ!!」

 

 当たり前に直撃を喰らい、耳障りな断末魔を上げる。

 大きな音を立てながら、白い地面に落下した荒(アラ)神(ガミ)は、如(い)何(か)なる御(み)業(わざ)によるものか。金属のように硬い外皮を持つ荒(アラ)神(ガミ)は、全身を徹底的に滅多斬りされた上で、絶命していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「·········」

 

 対象の討伐を確認し、ソーマは残心を決めるでもなく、深い溜(ため)息(いき)を吐く。

 大型アラガミの討伐任務を単騎で成し遂げながら、彼の心に達成感というものは存在しない。

 あるのは空虚。獣を殺すことに慣れた人間特有の虚脱感だけ。

 

 だがしかし、それもむべなるかな。ソーマの逃避行は、現在進行形で続いている。

 目標(ゴール)にさえ辿り着いていない以上、コースに設置された障害物の一つを乗り越えた程度で、達成感を味える訳がなかった。

 

 むしろ、その逆──勝てば碌(ろく)なことにはならない。

 必ず、より強大な姿となって次の苦難が訪れる。

 それこそ何かの諧(かい)謔(ぎゃく)のような現象だが、この新西暦(セカイ)においては紛(まご)うことなく真理の一つだ。

 

 敵に、任務に、難問に、勝負に、勝てたところで状況は一向に改善されない。それどころか、難易度が上昇した状態で、似たような事態が連続するという始末。

 身をすり減らして勝利した途端、より恐るべき難題が必ず目の前にふりかかる。血(ち)反(へ)吐(ど)をはいて生き抜いた所で、何処からか容易に超えざる大敵が、次はお前の番だと言わんばかりに出現する。 

 まるで、災厄という名の宝石だけが詰め込まれたパンドラの匣(はこ)だ。手にした奇跡を呼び水に、際限なく溢れ出てくる次の問題、次の難敵、次の苦難、次の次の次の次の──勝(・)者(・)が(・)負(・)わ(・)ね(・)ば(・)な(・)ら(・)ぬ(・)義(・)務(・)。

 

 それを、ソーマは誰よりも知っている。

 ゆえに、彼は決して警戒を怠(おこた)らない。虚(うつ)ろな目つきで周囲の気配を探る。

 獣を殺し慣れた人間特有の虚脱が、そこにはあった。

 

 「······、────」

 

 討伐対象外の荒(アラ)神(ガミ)がいないことを確信し、改めて骸(むくろ)と化した蠍の巨大アラガミに向き直る。

 右手に握る黒(くろ)鋼(がね)の大剣へ、彼は変形の指示を出した。

 

 刹那、黒光する大剣が蠢(うごめ)くように揺れると、その根元部分から黒い獣を思わせる口が出現する。

 不味(まず)そうな肉だな、と他人事のように思いながら、ソーマは異形の顎門(あぎと)に、眼前の荒神(アラガミ)を喰らい付かせるのだ。

 

 二、三度ほど肉を食(は)むと、それは元の姿へと戻っていく。

 その際、神機を制御するヘリオドール色のコアが光を灯したが、億(おっ)劫(くう)なので回収素材の確認はしない。

 レッグポーチから携帯を取り出し、目的の人物に電話をかけた。

 

 「こちらソーマ、対象の討伐を確認した。帰投準備に入る」

 

 事務的な報告。それ以上の意味など必要ない。

 携帯をポーチの中へ仕舞い、銀(・)の髪を隠すようにフードを被る。

 旧西暦時代、鶴岡八幡宮と呼ばれた場所で、独り帰投ヘリの到着を待ちながら、忌々しそうに目を吊り上げた。

 

 「······いる」

 

 何が? 言うまでもない。

 

 「アイツらの中に······」

 

 何が? 同じく言うまでもない。

 

 「っ────、ふざけるな」

 

 彼が齎(もたら)す銀(・)の運命──その担い手が極東支部(アナグラ)にいると確信して、神機を強く握りしめて、血を吐くような声で毒突いた。

 

 そう、“勝利”からは逃げられない。

 誰であろうと、例外なく。

 

 「俺は、誰にも、授けない」

 

 ゆえに、その真実を死想月天(ヘカトス)は断じて認めず。

 銀の運命(シルヴァリオ)は動かぬまま、未だ担い手は運命の外側で足掻き続けている。

 

 否、足掻き続ける事を望んでいるのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

   2

 

 

 

 しかし、いいやだからこそ──

 

 「──理解した。ならば、此方(こちら)も此方で勝(・)手(・)に(・)動くとしよう」

 

 光に属する存在は、その望みこそを粉砕する。

 情(じょう)味(み)*2の薄い面持ちで、救いを求める手に呼応するかの如く、英翼(ベレルフォス)を■■まで導くのだ。煌めき輝く■■へと。

 

 現実(ここ)ではない彼岸(どこ)か、仄(ほの)暗(ぐら)い闇を含(がん)有(ゆう)*3した空間で独り男は呟(つぶや)くと、閉じていた瞼(まぶた)を緩やかに開いた。同時、十年近く停止していた時間が再び動き出し、その空間を満たす死の気配が瞬(またた)く間(ま)に駆(く)逐(ちく)されていく。

 代わりに場を満たしてくのは、春の訪れを告げるような、生の暖かさ。決して苛烈過ぎず、厳し過ぎず、動植物の生命活動を緩やかに促す、太陽の恵みに他ならない。

 

 仮に、この場に光の眷属を知る者がいたならば、皆(みな)が皆、同じ疑問を口にすることだろう。

 この男は、本当に光の眷属なのかと。

 

 肌を刺すような威圧感が出ていない。

 激烈極まる雄々しさが也(なり)を潜(ひそ)め、嘘(うそ)のように凪(な)いでいる。

 少なくとも、この男──輝翼(アルカイオス)に他者を轢(れき)殺(さつ)してまで、突き進もうとする気概が感じられなかった。

 

 「正(・)し(・)い(・)こ(・)と(・)は(・)痛(・)い(・)──

 ゆえに、“勝利”から逃げ出したいのだろう、月天女(アルテミス)」

 

 さも、ここにはいない者が目の前にいるかのように語りながら、輝翼(アルカイオス)は言葉を続けた。慈愛を込めて、訥(とつ)々(とつ)と。

 

 「ああ、確かに。今の私なら共感出来るよ。間違いや怠(たい)惰(だ)の方が気楽で快適だ。正解というものは、呆(あき)れるほど単純だが、常に痛みが伴うものだろう。

 初志貫徹、毎日休まず怠(なま)けず着実に、より良い未来を目指し続ける······言葉にすれば立派だが、それを守り抜ける者は、現実には一握りしかいない。元より、些細な日常事さえ完璧にこなせる者など、本当に実在すると思うのかな?」

 

 部屋は持ち主の精神状態を顕(あらわ)すという。

 ならば、汚れた部屋を掃除しないのは、疲労が蓄積している証なのかもしれない。

 子供の世話や他の家事に追われた結果、洗濯物を畳(たた)み忘れることもあるだろう。

 対人恐怖症を抱えた者であれば、相手の目を見て話が出来ないのも、仕方がない側面があるのではないか、と。

 

 「別に──先達の言葉を否定するつもりはない。

 むしろ、賛同さえしているよ。やるべきことを正しくやろうと努力すること。それを心がけるからこそ、人は初めて何者かになれるのもまた事実。

 だが逆に、こうも思う。生(・)き(・)て(・)い(・)れ(・)ば(・)、誰(・)で(・)あ(・)れ(・)た(・)ま(・)に(・)は(・)怠(・)惰(・)に(・)な(・)る(・)も(・)の(・)。少し休みを取り、また前を向けば良いのではないか······と、言うのが私の持論でね」

 

 ある意味、甘いと言えるだろう。

 だが、如(い)何(か)に甘い部分を有していても、輝翼(アルカイオス)が光の眷属なのは変わらない。

 彼はただ、見逃してやるだけだ。今代の月天女(アルテミス)の精神状態が、極めて本家本元に近しいため、これ以上の圧をかけてしまえば、それこそ本当に破裂する可能性を孕(はら)んでいる。

 

 ゆえに──

 

 「ならばこそ、無理強いはせんよ、月天女(アルテミス)。言ったように、此方は此方で勝(・)手(・)に(・)動く。ゆえ、卿(けい)も卿で好きにすると良い」

 

 ここは敢(あ)えて見守るスタンスを取ろう。

 相手が勝(・)手(・)に(・)決めたのだ。ならば、此方も勝(・)手(・)に(・)する自由を行使するのみ。

 

 「あまり、ア(・)レ(・)を手本にするのも気が引けるが······致し方があるまい」

 

 最初から運命の渦中にいないことは百も承知。

 ゆえに、切り拓く。運命の外側から内側に入る道を。

 そう、総(すべ)ては······

 

 「総ては我が比翼のために」

 

 彼が胸を張りながら、当たり前に生きて当たり前に死ねるように。押し付けられたのではなく、託されたのだと思えるように。

 

 全力で、己(おの)が総てを懸(か)けて、自らの見出した黄金の天駆翔(ハイペリオン)──その片翼を担う、コハクの翼となると、彼は既に決めていた。

 それは光に属する存在として、余りに異質な行動理念だろう。

 不特定多数の“誰か”ではなく、特定個人の比翼(だれか)の為に生きると、彼は宣しているのだから。

*1:
いく重にも高く積み重なること。

*2:
人間らしい感情の起伏。優しさ、思いやりなどの人情味。

*3:
成分や内容の一部として含み持つこと。




 あー、約一ヶ月振りの更新です。遅くなりました。
 にも関わらず、文字数少なくてごめんなさい!

 結局、あのあと加筆修正しました。
 本当に申し訳ない。

 基本的なテーマは加筆前と変わりません。
 シルヴァリオで言う月の女神枠が、銀の運命を否定(Nein)している。それに対する太陽神の見解。次回から始まる、上田エリックを発端とした一連の流れの前日譚。

 短文なのは変わらずorz...

 アルカ君は甘いというより、飴と鞭の使い分けが上手いだけなので、ゼファーさんほど惰性が強いと、流石にヴェティママみたいになる。
 それこそ、「立ちなさい、ゼファー。まだ一撃もらっただけでしょう?」的なことも、必要なら言う。アルカ君の場合、必死に庇いたい衝動を噛み殺しての発言になるけど( ̄▽ ̄;)


 今回も読了して頂きありがとうございます。
 また、次回にお会い致しましょう。

 では| ・∇・)ノシ♪
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