Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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第九話 家族の為に/Für die Familie 前編

 ──おれ···ほんとバカだ······。

 

 残酷な真実に耐えられず、気絶した少女。

 深刻そうな顔をして、その場を離れていく同期。

 それに気付かず、見たいものだけを見ていた自分。

 

 一言、情けない。

 

 彼等だけではない。エントランスを行き交う誰もが、悲痛な顔をしながら、各々の仕事をこなしている。

 誰もが辛い現実と向き合い、今この時を生きているのを目にして、彼は力の限り拳を強く握りしめるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

   1

 

 

 時は、少し(さかのぼ)る──

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 帰投すると、何やら極東支部(アナグラ)内が騒がしかった。

 

 それは、活気とは異なる騒々しさで、全体的に鬱々(うつうつ)とした(ふん)()()が流れている。

 任務に同行していたプラチナブロンドの青年が、忌々しげに舌を鳴らすと、人には聞こえない声で何かを(つぶや)き始めた。

 

 対照的に、彼と行動を共にすることが多いと言う、赤毛が特徴的な少年が、これは好機(チャンス)()()た笑みを浮かべている。

 その様子に気付いたのか、割と強い力で少年の後頭部を小突いた青年は、苛立ちを隠しもせず、コウタの方を一瞥(いちべつ)するのだ。

 

 「おい、お前···オーダー表持って、任務が完了したことを教官に報告しろ」

 「えぇっ!? なんで、おれが──······」

 「いいから行けよ。これも訓練の一つだろうが、ガキ」

 「〜〜〜〜〜〜ッ」

 

 反論は、出来ない。

 報・連・相は社会において当然の義務だ。ならば、早い内に報と連は慣れた方が良いだろう。

 特にコウタは、教官の雨宮ツバキが苦手だ。

 

 それは(ひとえ)に、彼の集中力の無さが懸念(けねん)されているのもあるが、コウタの使用する神機は、かつてツバキが使用していた神機でもある。

 自らの神機を引き継いだ神機奏者(ゴッドイーター)が、懸念点の(かたまり)ともなれば、態度が厳しくなるのも当然だろう。

 

 「あ〜、分かりましたよ! 行けばいいんだろ? 行、け、ば! ···くそっ。あいつら、人のことガキ扱いしやがって······」

 

 目を半眼にさせ、愚痴(ぐち)愚痴(ぐち)と文句を言いながら(きびす)を返す。

 ツバキは今、神機保管庫にいる。何でも、サクヤに話したいことがあるそうで、コウタの任務に同行していた彼女が帰投するのを待っていたらしい。

 なので、ここはサクヤに任せて休んでも良いと命令されたのだ。

 

 他ならぬ上司の命令だから、これで心置きなくバガラリーの続きを見られると思っていたのだが······どうして中々、現実は上手くいかないものである。

 エントランス二階に戻って見れば、支部内全体がまるでお通夜(つや)のような様相を呈していて。

 それに苛立った先輩──カレル・シュナイダーが、本来は己の仕事にも関わらず、任務完了の報告を押し付けてきて。

 コウタは出撃ゲートに乗り込んだ後、沼に沈むような溜息を吐いた。

 

 「あの二人、新人イジメするタイプだろ、絶対。

 あーあ···なんで、あんな奴らと一緒に任務行かなきゃいけないんだよ······」

 

 無論、実際の所は分からない。

 なにせ、新人イジメの基準点が彼個人の価値観に依存しているのだ。

 1+1は2にならないように。(ぜろ)が億に変貌するように。

 あくまで藤木コウタから見た人物像、という贔屓(ひいき)まみれの天秤で評価されている為、その正確性は全く当てには出来なかった。

 

 仮に、子供扱いを新人イジメの基準とする場合、それに(もっと)も当てはまるのは、(くだん)の二人ではなく、サクヤその人だろう。

 任務中、コウタが彼女と言葉を交わした回数は軽く十を超え、その度に大人な対応であしらわれたのだが、彼はそれを指して子供扱いされたとは、認識していない。

 むしろ、満更でもない様子である。しかしそれも、むべなるかな。カレル達は嫌味や悪意の延長戦でコウタを子供扱いするが、サクヤは善意だ。

 

 悪意と善意、どちらを選ぶかと聞かれたら、後者を選ぶ者が圧倒的に多いはず。要は、それだけの話だった。

 

 ゆえに、コウタは思考をプラス方面に切り替える。

 もしかしてこれは、サクヤさんと二人きりになれる好機(チャンス)では、と。

 

 ツバキやリッカの存在など都合良く忘却し、その状況に鼻の下を伸ばして、想いを馳せるコウタ。

 不意に、響いた到着音に驚き、慌てて緩みに緩んだ表情筋を元に戻した──その時である。

 

 「えっ、エリックがッ!?」

 

 神機保管庫内に、サクヤの驚愕に満ちた声が聞こえてきたのは。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「サクヤ」

 

 (いさ)めるような声音で名前を呼ばれ、ハッと我に帰った。

 

 口元を掌で(おお)い、サクヤは周りを見回す。

 誰もいないことを確認し、ツバキの方に視線を戻すと、彼女は改めて問い返すのだ。

 

 「すみません···つい······しかし、本当なんですか? エリックが、任務中に殉職した···というのは······」

 「事実だ」

 

 即答。狼狽(うろた)える様子もない。

 泰然(たいぜん)と告げられた現実に、サクヤはついと(まぶた)を落とす。

 ツバキは嘘をつくような人種ではない。ましてそれが、人の生死に関わることであれば尚更だ。

 

 だが、しかし──ああ、()()()()

 

 「············」

 

 サクヤは(くちびる)を噛んだ。力の限り拳を強く握り締める。

 極東支部に入隊して、既に六年。その内、二年間はオペレーターとして活動していたものの、彼女もまた、リンドウやソーマと肩を並べる古株の神機奏者(ゴッドイーター)だ。

 

 だが、そのことが必ずしも良いこととは限らない。

 古株ということは、それだけ長く生き延びているということ。その分、多くの人死を見てきたということ。

 それこそ、両の指で数え切れないほどに。

 

 しかし同時に、人は慣れる生き物だ。同じ作業を六年間も繰り返し続ければ、誰だろうと慣れるし、飽きるだろう。

 ならば、それと同じ理屈が人死にも通じるのかと言われれば、否である。何故なら、それを()とすることとは即ち、作業と人死を同列に扱うようなもの。

 

 当然、そんなことを言えば、誰だろうと反論する。

 人の死という事象が生み出す重みを、作業と同列に扱うなど、人命軽視にも(はなは)だしいと、中には怒りを()き出しにする者もいるだろう。

 無論、作業を軽視している訳ではない。それはそれで大切なことだが、作業をこなしているのは他ならぬ人である以上、人命より軽く見えるのが自明の理。

 

 つまり、そういうこと。

 人死は慣れるものではない。これは一般社会においても通じるものであり、医師や看護師、介護士など人の死に立ち会う機会が多い福祉厚生の人々の中には、何時(いつ)までも患者ないし利用者の死を引き()り、涙を流す者もいるという。

 無論、中には人死に慣れる者もいるらしいが、それはそれで心苦しく感じるのだと聞く。

 彼等は単に、死に接しても動じていない風に見える外面を()(つくろ)い、それを受け入れるのが上手いだけ。内面の部分では、かなり動揺していることが多いのだ。

 

 “エリック···か······”

 

 ゆえに、サクヤもまた、死者に思いを馳せる。

 記憶に(よみがえ)るのは、よくソーマを追いかけ回すサングラスが特徴的な少年。

 

 “ちょっと我儘(わがまま)なとこもあったけど···何だか、憎めない子だったなあ······”

 

 瞬間、胸に針が刺さるような痛みが走る。

 馴染み深い痛みに、サクヤは思わず胸元に手を添えた。何時になろうとも、この痛みには──仲間がいなくなる痛みには、慣れそうにない。

 

 「任務から帰投したばかりだと言うのに、暗い話を持ち掛けて悪かったな」

 「いえ、大丈夫です。お心遣い、感謝します」

 

 サクヤの様子に気付いたのか。相手を気遣うような優しい声で、ツバキが謝罪を口にする。それにサクヤは軽く首を横に振りながらも、感謝の気持ちを伝えた

 

 本音は決して大丈夫ではない。だが、それ以上に心配なのは、目の前にいる彼女のこと。

 雨宮ツバキは常に厳格な態度を崩さないが、決して冷徹という訳では無い。部下の死には心を痛め、部下には必ず生きて帰るよう命令するなど、根は心優しく、誰よりも彼らの命を案じている。

 そんな中、エリックが殉職したのだ。恐らく、自分以上に心を痛めているのは彼女だろうと思い、サクヤは瞬時に気持ちを切り替えた。

 

 何より、気になることがあったから。

 任務から帰投して、ツバキに呼び出された時から感じていた疑問を、サクヤは口にするのだ。

 

 「···どうして、その事を私だけに? 仲間の訃報(ふほう)なら、先に行かせた三人にも教えた方が良いのでは?」

 「ああ······」

 

 刹那、ツバキの顔が暗い(かげ)りが落ちる。まるで、()()()()()(うれ)い、(いきどお)っているかのよう。

 その様子に、サクヤは不思議そうに首を(かし)げた。雨宮ツバキという女性は、人前で感情の機微を見せるようなことはしない。

 

 にも関わらず、彼女は今、人前で感情の機微を(あら)わにしていた。しかも、幼馴染であるサクヤの目の前で。

 これは(ただ)(ごと)ではないなと悟りつつも、であれば何故という疑問はしかし、直ぐに氷解することとなる。

 

 「···エリックは、()()()()()()()()()()()()

 「────ッ!?」

 

 瞬間、サクヤは息を()んだ。

 真っ直ぐとこちらを見据える瞳が、何よりも雄弁に事実だと告げている。

 サクヤは唇を震わせながら、絞り出すような声で(つぶや)いた。

 

 「······そん···な····」

 

 エリックが同行していた新型の任務とは、間違いなくコハクの実地演習のことだろう

 今回の演習の目的は、近接と遠隔の両方をこなせる新型だからこそ出来る立ち回りを覚えて貰うこと。即ち、遊撃兵としての戦術を教えることにある。

 

 当然の流れとして、同行者は近接専門と遠距離専門の神機奏者(ゴッドイーター)と決定したが、リンドウとサクヤは別任務がある為、同行することは出来ない。

 勿論(もちろん)、防衛班から助っ人を借りる。ないし、助っ人として借り出す案も存在していたが、しかしそれを他ならぬ支部長の判断により、反対されたのだ。

 

 曰く、今は大切な時期だから、防衛班を手薄にさせる訳にはいかない。

 また、コハクには前線での活躍を期待している。極東支部初の新型神機適合者だからこそ、ある程度の実績が欲しいのだと。

 

 サクヤは彼の意見に賛同したが、リンドウはそうではなかった様で、まるで射殺さんばかりにヨハネスを睨みつけていたから、かなり印象に残っている。

 結果として、同行者は消去法で選ばれた。その一人がエリックであり、そして──

 

 「っ·········!」

 

 脳裏(のうり)()ぎった面影に、サクヤの顔から血の気が引いていく。

 同時に彼女は理解する。何故、ツバキが自分だけを呼び出したのか。何故、感情を露わにしたのか、その理由を。

 

 「理解したか? お前を呼び出したのは他でもない。エリックの殉職に伴い、起こり得るであろう諸々の問題に備える為だ」

 

 真っ直ぐと向けられる声は、(すく)んだサクヤの耳に朗々(ろうろう)と突き刺さるのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   2

 

 

 そんな二人のやり取りを、コウタは咄嗟(とっさ)にターミナルの影に隠れて聞き耳を立てていた。

 

 が、自他ともに認める馬鹿である彼に、ツバキとサクヤが交わしている言葉の意味までは理解出来ずにいる。

 辛うじて分かることは、エリックという神機奏者(ゴッドイーター)が殉職したこと。他はまるで検討がつかない。

 サクヤだけに(しら)せた理由も、コハクとエリックの関係性も、何もかも分からないが──分かることは一つだけ。

 

 “······誰がどう見ても···任務の報告に行けるような空気·······じゃねえな、これ···”

 

 藤木コウタは馬鹿ではあるが、KYではない。

 改めて出直そう。その時、ことの真偽を確かめれば良いだろうと考え、ゆっくりと(きびす)を返し、忍び足で来た道を戻っていく。

 幸い、出撃ゲートに乗り込む二人の男女と遭遇出来た為、扉が開く音でサクヤとツバキに気付かれることは無いだろう。

 そそくさと、姿勢を低くした忍びのように出撃ゲートに乗り込むコウタに、蒼いジャケットの男は首を(かし)げ、隻眼の女にクスクスと笑われたが気にしない。

 そんなことより、サクヤとツバキの話を盗み聞きしていたことを彼女ら──特に後者──に知られた日には、間違いなく人生の破滅だ。

 

 ──人の話を立ち聞きとは、良い趣味をしているな、貴様·····偵察が得意なら、それ専用の訓練メニューを用意してやっても良いんだぞ?

 

 と、メラメラと燃える地獄の業火を背景に、閻魔(えんま)も真っ青な鬼の形相で言われるに違いない。

 安易に想像できる分、怒られるよりも笑われる方が数倍もマシである。

 

 「また一人、()ってしまったな···」

 

 ふと、蒼ジャケットの男が口を開いた。

 「······エリックのこと?」

 「ああ···自信過剰な若造だったが、いずれは良い神機奏者(ゴッドイーター)になれただろうに······」

 

 エリックの死を惜しむ男に、彼の隣に立つ眼帯の女は、瞼を閉じて男の意見に賛同しながらも、淡々とした口調で言葉を継ぐ。

 

 「エリックのことは、残念だったけど···まずは、自分が生きていることが大切じゃない? 少なくとも、ワタシはそう思うわ。でないと、死んで逝った仲間に失礼だもの」

 「···確かに、ジーナの言う通りだな······明日は我が身だ、お互い気をつけようぜ」

 「ええ、そうね」

 

 目の前で再び起きた湿っぽい話に、コウタはうんざりとした様子で目を半眼にさせる。

 何故なら、決してそれは珍しいことでは無いから。

 今の時代、そんなことは何処(どこ)でだって起きている。ましてそれが、神機奏者(ゴッドイーター)ともなれば、尚更だろう。

 

 「ただ──」

 

 ふと、ジーナと呼ばれた女が、出撃ゲートの扉が開くと共に口を開いた──刹那に。

 

 「ウソよッ!!」

 

 エントランスホールに怒号が弾けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「エリックは死んでなんかない! ウソつかないでっ!」

 

 哀訴する少女の声に、二人は顔を見合わせると、駆け足で出撃ゲートから降りていく。

 対して、コウタは怪訝(けげん)そうに首を傾げている。恐らく、未だ不得要領の状態なのだろう。二人に遅れる形で出撃ゲートを降りるが、いつもの調子で状況を確認する気にはなれなかった。

 

 「嘘ではありません。エリックさんの神機と腕輪は、既に回収されています。エリナさん······突然の訃報に、さぞかし驚かれたことか···心中お察し申し──······」

 「うるさーーーーいッ!」

 

 上げますと、続くはずだったヒバリの言葉を、エリナと呼ばれた少女の大声により押さえつけられてしまう。

 

 「わたしの気持ちが分かるなら、今すぐエリックに会わせなさいよ! わたしは、エリックに会いたいの!!」

 「そ、それは──」

 「ほら、やっぱりウソなんじゃない! エリックが本当に死んだのなら、会わせられるはずよ! だって、エリナ知ってるもん!

 おそうしきの時、ひつぎの中にごい体を入れるんでしょ? お母さんの時がそうだったもん! それなのに、エリックの時はごい体が無いなんて、こんなの不自然よ!」

 「っ······」

 

 迫力のあるトーンでありながら、言葉の内容自体は核心をつくものだったので、思わずヒバリが(くち)(ごも)る気配を感じた。まだ言い足りないのか、エリナの辛辣な言葉は続く。

 

 「ねえ、だから会わせなさいよ! ごい体でもいいからっ! エリックに会わせなさいってば!!」

 

 ()(だん)()を踏みながら、涙を流す気配と共に(こん)(がん)するエリナ。

 如何(いか)に不得要領なコウタでも、彼女の(すが)りつくような(どう)(こく)を聞き、それが響き渡る極東支部(アナグラ)内を満ちる空気に触れれば、否が応でも周囲に状況を確かめるような空気ではないと理解できる。

 エントランス二階──出撃ゲートのすぐ目の前に(もう)けられたラウンジへ向かう二人の背を目で追えば、そこには同期の姿もあった。

 

 受付のある一階ロビーを一望できる場所に(たたず)み、深刻そうな顔付きで眼下に広がる光景を見下ろしている。

 それに続く形で、二人の男女がラウンジに辿り着くや否や、彼等は僅かに目を()らす。だが、コハクは目を離さない。その目には、何処(どこ)か罪悪感と悲哀を()()ぜにしたような色合いさえ浮かんでいた。

 

 見ているのが辛いのなら、見なければ良いのに。

 状況を確認する為、ラウンジに駆け付けた二人のように目を逸らしても、恐らく誰も責めはしないだろう。

 何故なら、エントランス二階を行き交う人々もまた、コハクと似たような心境なのだから。エリナの悲痛な叫びに胸を痛め、各々が各々のやり方で彼女の悲哀から目を逸らしているのだ。

 

 にも(かか)わらず、コハクはそれをしない。

 まるで、()()()()()()()()()()と言わんばかりに、エリナが口にする嘆きの数々を(つぶさ)*1に見詰め、その耳を(かたむ)けている。

 

 「······申し訳ありません」

 

 その時、数秒にも満たない(はん)(もん)の末、ヒバリは短く告げた。

 

 「会わせることは、出来ません」

 

 エリナの願いは、決して聞き入れることは出来ない。いいや、叶えたくても叶えられないと、言うべきか。

 彼女の言う通り、人は死んでも、遺体という形で再会することが出来る。だが、神機奏者(ゴッドイーター)と化した存在は、そんな当たり前さえ現実にすることが出来なくなるのだ。

 

 「どうしてよ!?」

 「···()()()()()()()()()······()()()()()()()()

 「えっ···」

 

 遠回しに告げられた真実に、エリナの身体が強張るのを感じ取る。

 (うつむ)き、彼女は小さく(うめ)いた。

 

 「···何よ···それ···」

 

 会わせられるものが、何も無い。

 (あい)(まい)で、かつ(ばく)(ぜん)とした言い回しだが、エリナは(よわい)十の子供である。

 たかが子供。されど子供。大人とは違い、常識や理屈というものに縛られぬがゆえに、その柔軟な思考は大人よりも簡単に最悪を想像することが出来るのだ。

 

 だがしかし──いいや、だからこそ。

 

 「······う······そ···」

 

 ひとつ(かぶり)を振る。カタカタと小刻みに身を震わせて、激しい怒りがふつふつと()き起こるのがエントランス二階まで伝わって来る。

 

 「何が会わせられるものが無いですって!? そんなの何の証拠にもなってないじゃない! エリナは信じない、信じたくもない! そんな···何も無いのが死んだ証拠だなんて、誰が受け入れるもんですか······っ!!」

 

 激昂するエリナに対し、ヒバリは何も言わない。

 当然だ。人は、例え生存が絶望的であろうと、遺体が見付からない限り、大切な人の死を決して認めようとはしない生き物である。

 曰く、証拠がないから。証拠は無いが、可能性が低いので、死んだことにします──などと、言える方が異常だし、誰もが発言者の正気を疑うだろう。

 

 「エリナっ!」

 

 不意に、威厳と落ち着きを兼ね備えた声が響いた。

 コハク達がいるラウンジへと歩み寄り、下の階を見下ろすと、壮年の男がエリナと思われる少女の元に駆け寄っていく。

 そして、まだ言い足りない様子のエリナの肩を掴み、男は静かに(なだ)め始めた。

 

 「やめなさい。受付の人が困っているだろう」

 「でも···っ」

 「エリナ」

 

 (はん)(ぱく)しようとするエリナを、再び名前を呼ぶことで諌め、男は彼女の目線に合わせて片膝をついた。

 

 「エリナ、よく聞きなさい。エリックは、確かに死んだんだ」

 「うそ! なら、どうしてごい体が無いの!?」

 「それはな、神機奏者(ゴッドイーター)だからだ」

 「どういう────」

 「神機奏者(ゴッドイーター)は、死んでもご遺体が残らないんだよ。荒神(アラガミ)が死んだ時のように、消えてしまうんだ」

 

 決定的な真実を告げられた瞬間、少女はまるで糸の切れた操り人形のように、その場に倒れ込む。

 思わず飛び出そうとする青ジャケットの男を、ジーナが制止した。

 

 「止めなさい、ブレンダン」

 「しかし······」

 「一時的に気絶しただけ。大丈夫、すぐに目を覚ますわ」

 「なら、良いが···」

 

 言って、ブレンダンと呼ばれた男は目を伏せる。

 恐らく、先の男が下した判断が正しいものとは思えないのだろう。そんな彼の気持ちを汲み取るように、ジーナは続けた。(とつ)(とつ)と。

 

 「あなたの気持ちは分かるけれど、嘘も方便にならない時があるのよ。特にあの子は真実を欲していた。いえ、この場合は真実を裏付ける証拠······というべきかしら?

 なら、本当のことを教えた方が懸命だわ。下手な嘘で希望を与えることは出来ても、その真実を真意も分からないまま知ってしまった時、彼女は絶望してしまうから」

 

 そう、嘘は必ずしも方便になる訳では無い。

 目的を達成する手段の一つとして用いた優しい嘘が、猛毒に反転することもまた、起こり得る可能性があるのだ。

 

 だが──と、ブレンダンは言葉を継ぐ。

 

 「···エリナはまだ10歳······兄であるエリックが死んだと言うだけでも、受け入れ難いというのに···余りに酷では無いだろうか」

 「えっ······」

 

 瞬間、耳を疑う情報に、コウタは目を見開いた。

 鼓動が跳ねる。今、なんと。彼はなんと、言った。

 殉職した、エリックが、エリナの兄と言ったのか。

 

 硬直したコウタは、目だけを動かしてエリナを見た。

 ぐったりとした様子で、気を失った少女。蒼白と化した彼女の顔を見据え、壮年の男が何事かを(つぶや)いている。

 そして、エリナの身体を抱き上げ、深々とこちらへ向けて頭を下げた。(きびす)を返し、足早と受付ロビーから立ち去っていく。

 

 同時に、停滞気味であった極東支部(アナグラ)内が、陰鬱とした空気のまま活動を開始する。

 彼等とて、忘れたいのだ。今すぐに。だが、人の死という現象を普遍(ふへん)のものとして、受け入れたくないとも考えている。

 今の時代、人の死は決して珍しいものではない。

 しかし、そんな風に無意識の内に思い込み、納得した瞬間、人は人の死に何も感じなくなるだろう。それを当たり前だと即座に割り切り、命の取捨選択を平気な顔をして行えるに違いない。

 

 それは、ある種の強さ。

 迷うことも、悩むことも、悔やむこともない。

 鋼の英雄の如き雄々しさで、前を向くのが当然になり、立ち向かうのも当たり前になる。

 最終的には苦もなく、正しいことを、正しい時、正しいように行って、ただの一度も間違えなくなるだろう。

 そして当然、自分達のような凡人は、そんな強さは憧れるが、同時に嫌悪しているのだ。

 

 「────ぁ」

 

 ふと、視界の片隅に絹のような金髪が映り込む。

 反射的にそれを目で追えば、先程よりも悲哀の色を強く宿した同期の横顔を見て、コウタはようやく現実を飲み込むことが出来た。

 

 殉職したのは、自分と同じ動機を持つ男だった。

 家族のために。とりわけ、妹のために戦うことを決めた、自分の写し鏡みたいな男だった。

 

 だと言うのに──

 

 “おれ···ほんとバカだ······”

 

 そんな男の死を、自分は他人事のように感じていた。

 知らなかったから、仕方ない。など、言い訳にもならぬだろう。何故なら、知らなかったことに胡座(あぐら)をかいて、何も知ろうとはしなかったのだから。

 

 一言、情けない。

 

 誰もが辛い現実と向き合い、今この時を生きている。

 だというのに、自分だけが見たいものしか見ていなかったという事実に、コウタは力の限り拳を強く握りしめるのだった。

*1
細かくて、詳しいさま。詳細に。




 リメイク前より長くなった( ̄▽ ̄;)
 これ、コウタとの合同任務も三編集になりそう······。

 アシュレイ並とは言え、コウタは凡人。
 地底アリサや天国アリサで描かれた、アラガミのいる世界における人の命の軽さ、という影響を人知れず受けていてもおかしくない。

 近くに光の眷属がいるので、闇落ちは無いがな。
 言わば、アシュレイとヘリオスが同期で、親友で、行動範囲の大半を共有しているような状態。

 え? 本編と何も変わらない?
 ま、細かいことは気にするな!

 というか、コウタ君、ハゲエル要素もあるのでは?
 ハゲてないし、馬鹿だけど。

 因みに、コハクがエリナの哀訴に居合わせながら、形見を渡せなかったのは、未だに現実を認識出来ず、混乱している相手に形見を渡すべきか否かと悩んでいたから。
 なまじ、光の眷属として振り切れない為、過去を過去として忘れないと選択したことで、そうした光の眷属なら出来た正論さえ、彼は迷うし、悩むし、出来ない。

 そんな感じで、渡しそびれた。
 なので、エリックのサングラスは、彼が未だに所持。
 渡すのは、また別の機会。

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう(*´∇`)ノ

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