Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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第二章 死想月天/Hecatos
第一話 死神の噂/Gerüchte den Tod 前編


 

     1

 

 

 異端なものには往々にして疎外感を抱く。

 強者、狂者、或いは弱者⋯⋯何でもいいが、突き抜けた個を見た時、その外れ具合に何らかの理屈を求めてしまうのが人類普遍の認識だ。

 

 努力(しか)り、覚悟(しか)り、不幸な過去や切実な理由があるからこそ素晴らしいと感じてしまう。

 よって逆説的に、()()()()()()()()()()()などにおいては何の免疫もないことの証明であり⋯⋯

 自分が()()()と呼ばれたのは、(ひとえ)にその(はん)(ちゅう)を逸脱していたため、異端なものを排除しようとした結果に過ぎなかった。

 

 これは言わば、それだけの話。

 誰であれ、異端と呼ぶに値するものを望んで(そば)に置いたりしない。まして今の時代、希釈効果を期待して群れている者もいる。

 そうした価値観も(あい)()って、自分──神宿コハクは()()()と認識されたのだ。

 

 そのこと自体に文句はない。むしろ、妥当な結果だろう。

 いくら日独ハーフと言えど、黒髪の父と茶髪の母の間から金髪の子供など産まれはしない。仮に遺伝子の突然変異や先祖返りだとしても、やはり確率が低すぎる。

 

 更に基礎代謝が普通の子供と比べて異様なまでに高く、八針を()うような怪我をしても翌日には傷が修復するともなれば、()もありなん。

 人間じゃない⋯⋯と、(ささや)く看護師の言葉を病室越しで聴きながら、なるほど。確かに、自分は周りの言う通り()()()だと、諦観とも違う感情で受け入れた。

 

 今の自分ならば、神機奏者(ゴッドイーター)である父親から偏食因子を受け継いだ影響だろう、と(いっ)(しゅう)するほど根拠のない暴言だったが、しかしかつての自分は十代未満の小童(こわっぱ)である。

 槍など握ったこともないお子様が、それが如何に根拠の弱い暴言であることか証明できるはずもなかった。

 

 直後にヒユリのことまで()()()と呼ぶ集団が現れて、その現場を運()く目撃したのも愚挙に拍車をかけていく。

 彼女まで危害が及ぶのならば、自分一人が標的になった方がマシと考えたのだ。

 ならば後は語るまでもないだろう。意図的に相手を拒絶するような言動と冷淡な態度を取ることで、危険の矛先を自分に向けるよう仕向けていった。

 

 何故なら──

 

 「俺も一応、男だからな」

 

 自分が住んでいた外部居住区を見渡せる場所にて、独り言のように(つぶや)いたのを覚えている。

 

 「せめて危ない目に()わねえよう、あいつのことは必ず守る」

 

 守る、護る──たとえ、この身が()()()だとしても。

 子供じみた、されど自分なりに精一杯の思考の末に掲げた誓いに嘘偽りはない。

 だからこそ、最後の最後まで大切なことを見落としていたのだ。

 

 心の底から失くしたくないと願いながら、その前提に()()()が存在したこと。

 拒絶の言葉に意味などなく、冷淡な態度を取れば取るほど、あちらから手を掴んでくること。

 本当に守りたいと願うのなら、今目の前にある現実を心から信じ抜くことなのだと言うことに──

 

 結果、当たり前に失い、当たり前に取りこぼした。

 守れたものは何ひとつとして存在せず、残ったのは彼女に命懸けで守られ、(こつ)(ぜん)と舞い降りた奇跡に助けられた自分の命だけ。

 彼女の未来を愛する余り、あらゆる過去を切り捨てさせようとした⋯⋯その(けつ)(まつ)がこれだ。

 

 自分と彼女の関係を、()()()()()で捉えてしまったこと⋯⋯

 そして、彼女の気持ちなど考えもせず、自分独りで勝手に決めて、勝手にやっていたこと⋯⋯

 

 間違えてはいないし、何もおかしくはない。

 自分の置かれた立場と状況を(かんが)みれば、時にはそういう押し付けがましい自己満足とて、立派な正論だ。

 

 ──ならばこそ。

 

 「もういい⋯⋯こんな強さ、俺には要らない」

 

 (うめ)くように絞り出した(どう)(こく)は、紛れもなく光に属する者としての自分に対する(けつ)(べつ)宣言だった。

 

 ああするべきだとか、資格がどうだとか、そんな()()()()()はどうでもいい。心の底から自分には不要だと思っている。

 ()()()()()()()()()()──その痛みを痛みだと思わずに、躊躇(ためら)いなく突き進めるほど自分は強く出来ていない。

 正誤の(はかり)なんて、下らないものは捨ててしまおう。大切なことは自分の“心”で決めるのだ。

 

 もう二度と同じ後悔を繰り返さないために。

 正論や王道を選ぶ強さより、しかし()()()()と選べる強さを掴むために。

 今度こそ──掴んだ手を離さないために。

 改めてそう意識した時、不意に世界の輪郭が白くぼやけていくのを感じた。

 

 あの日の約束を忘れないよう、過去(うしろ)を振り返る夢から覚める。そのまま現実へ浮上していく、刹那に。

 

 ふと、垣間見えた黄金へ自分は静かに振り向いた。

 

 そこにいるのは、常と変わらぬ一人の男。夢の中にも当たり前に存在する彼は、(もの)()げな瞳で空を見上げている。

 獣の(たてがみ)を思わせる黄金の髪が風に揺られ、舞い散る紫の(はな)(びら)と相重なって、およそ俗な気配を感じさせない。

 彼が目を細めた瞬間、その黄金の瞳に悲しげな(かげ)が降りる。

 余程、物思いに(ふけ)っているのだろう。いつも感じる圧力と質量は(なり)を潜め、周囲の成長を静かに促すような陽光の気配も感じ取れない。ただじっとそこに(たたず)んで、空を見詰めているだけ。

 

 何か思い悩んでいるのだろうか。

 そう思い、夢の中に留まろうと──(きびす)を返そうとしたが、しかし。

 

 「──何をしている? 以前忠告したはずだ、(ここ)に長居するのは懸命ではないと。さぁ、早く目を覚ますと良い。(けい)は今を生きる刹那なのだから」

 

 ⋯⋯動きを()いとめたのは、落ち着きのある優しい声。

 現実の肉体へ()かる小さな圧力と共に、鼓膜に響いた慈愛の言葉が自分を夢から目覚めさせていくのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 浮遊する意識が肉体の存在を知覚した、その時である。

 

 「おっきろ〜!!」

 「う"っ!?」

 

 そんな軽快な声と共に、何かが身体の上へ飛び乗ってきた。

 一体、何が起きたのだろう。不思議に思い、()(だる)げに前髪を()き上げながら、コハクはそっと目を開けて──

 

 「⋯⋯は?」

 「よ! おはよう、コハク。どうだ? ビックリしたか?

 おまえな〜、いくら仕事が休みだからってだらけ過ぎなのは良くないぞ! ほぉら、早く起きて一緒にメシ食おうぜ!」

 

 すぐ目の前に迫る(どう)(がん)、無邪気な口調で言い放つ。寝台に横たわったコハクの上に、見覚えのある相手が馬乗りになっていた。

 笑顔で顔を(のぞ)き込む猫めいた印象の大きな瞳。それを見た瞬間、なぜ彼がこんなことをしたのか瞬時に理解する。

 要するに、自慢したいのだろう。まだ入隊して数日程度しか経っていないが、早くもコハクは早起き常連客に名を連ねつつあった。

 

 無論それは、夢を見る形で過去(うしろ)を振り向いている弊害でしかない。だが、事情を知らぬ側から見れば、面白くないと感じるのもまた事実。

 加え、年齢が年齢だ。些細なことでも競い合い、意地を張りたくなる──そんな感情が強く出やすい年頃なのだろう。

 

 気持ちは理解出来る。

 出来るのだが──

 

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 年頃の男児が、齢19一歩手前の男の上に馬乗りしているというのは、なかなか不味いような気がしてならない。

 日頃から身につけていた首周りのマフラーがないせいで、元から高い露出度が更に強調されているわけで。意外に筋肉質なその体格に、意識せずとも視線が吸引されてしまう。

 鍛えられた筋肉というのは、男女問うことなく魅力的に見えてしまうのが人間の悲しい(さが)であり、意外と鍛えてるなー程度の認識しかない。

 が、世の中には同性だろうと関係ないと言って、(こじ)らせてしまう(やから)が存在するのもまた事実。

 

 「⋯⋯あー、コウタ? 起こしてくれたのは、ありががてーんだが⋯⋯」

 「うん? なんだよ?」

 

 首を傾げるコウタを見て、やはり無自覚かと、心の中で1人納得する。

 自覚有りの方が色々と厄介な気もするが、もしもを考えていてはキリがない。大切なのは、今この場において、藤木コウタに危機感が壊滅的に欠如していることだ。

 

 今とて、精神の昂揚が隠しきれないのか。人の上に馬乗りになりながら、嬉しそうに身体を左右に揺らしており、見る人によっては目に毒な光景だろう。

 そんな光景を目の当たりにしつつも、 心は一ミリもブレないのだから、光の眷属様々である。

 はぁ、と思わず吐き出した(たん)(そく)は、自分でも驚くほど実感がこもっていた。

 

 「⋯お前な⋯⋯流石にその体勢はないと思うぜ?」

 「はぁ? 何がだよ?」

 

 訳の分からない自己正当化と、今後ないであろう自身の属性に心の中で感謝を述べながら、コハクは仕方なさげに指摘する。

 だがしかし、同期の反応は鈍いもので。()(げん)そうに目を(すが)め、意味が分からないと言わんばかりに首を傾げるだけ。

 

 予想していた通りの反応に、本日二度目となる溜息を吐く。

 理解困難ならば仕方がない。ならば、彼でも分かるように言い方を変えるだけだ。

 

 「あのな⋯他の誰かに、お前が俺の上に馬乗りしてるトコを見られてみろ。下手すりゃ、即アウトな上に、俺の未来没収案件になるだろーが」

 「うぇっ!? ま、マジ?」

 「ま、最悪な⋯」

 

 真剣な眼差しで相手を見据え、自分でも驚くほど真面目な声で応じてみせる。

 それにより、ことの重大さを理解したのだろう。健康的な色をしたコウタの顔から、瞬く間に血の気が引いていく。

 

 「わ、悪ぃ! 別に、おまえを困らせたくて乗ったとか、そんなんじゃなくて⋯⋯」

 「⋯⋯⋯⋯⋯」

 「これは、その⋯妹を起こす時のノリと勢いが、癖で出ちまっただけで⋯⋯って、あれ? おれ、もしかして妹にもヤバいことしてる!?」

 「いや⋯身内相手なら問題ねーと思うが⋯⋯」

 

 問題は、いくら同期とは言え、血の繋がらぬ赤の他人にも同じ態度で起こそうとすること。

 極東の古い(ことわざ)に、親しき仲にも礼儀ありというものがある。つまり、親しみも過ぎれば遠慮がなくなり、不和の元になるので気をつけようという意味だ。

 

 コハクはそれを伝えたいだけで、別にコウタを混乱させる意図など断じてない。

 ないのだが⋯⋯

 

 「ちょ、ちょっと待ってろよ! すぐ退()くからなッ!」

 

 今どき珍しい、健全な精神を持ったまま成長した弊害なのか。顔を青くしながら、(ほお)を赤く染めるという器用な真似をして、慌ててコウタはベッドの上から降りようとする。

 しかし、その途中で足を()け布団に引っ掛けてしまい──

 

 「「あ──っ」」

 

 グラッと、傾くコウタの身体。

 反射的に腕を(つか)もうとするが、時すでに遅し。伸ばした手とすれ違うように、バランスを崩したコウタは寝台の上から転落する。

 

 「へぶしッ!」

 

 思いきり床で顔面を打ち付ける音と共に、コウタの情けない悲鳴が上がった。

 慌てて身を起こし、寝台の上から(のぞ)き込む形で、心配そうにコハクは、(おの)が同期を()()るのだ。

 

 「お、おい。大丈夫か!?」

 「あぉあぁ〜ッ、くぁwせdrftgyふじこlp───ッッ!!」

 

 するとそこには、打ち付けた顔面を両手で抑え、痛みに悶えるように、ゴロゴロと床を転がるコウタの姿。

 無理もない。何せ、頭から硬さのある無垢材の床に転落したのだ。その激痛は想像に(かた)くなく、彼が訳の分からない悲鳴を上げてしまうのも仕方の無いことだろう。

 

 「大丈夫⋯じゃあ無さそうだな⋯⋯」

 「当たり前だろ!」

 涙目で睨みつけてくる同期を見て、コハクは思わず溜息を吐く。

 仕方なさげに肩を(すく)めながら寝台から降り、備え付けの戸棚から救急箱を取り出す。

 そうして彼は(きびす)を返すと、痛みに悶え続けるコウタの傍に腰を降ろした。

 

 「ほら、()てやるから、いい加減止まれ」

 「うぅ〜、でもぉ⋯」

 「でも⋯じゃねえ。別に男だから〜なんて、厳しいことは言わねーが、それじゃあ診れるものも診れねぇだろ」

 

 そこまで言うと、床を転がっていたゴロゴロ虫は、(ようや)く転がるのを止めた。

 

 「⋯⋯分かった」

 

 ムクリと、コウタが起き上がる。

 彼の(ほお)に触れ、目立った怪我がないか、確かめていた──その時。

 運命の如く唐突に、部屋の扉が開いたのは。

 

 「よぉ〜コハク、朝だぞ、起きろー! 配属して初めての休日だからって、グダグダしてると、ラウンジが閉まっちまうぜ⋯⋯っと、ほうほう。なるほどなるほど。そうきたかー」

 

 そこに現れたのは、黒髪の偉丈夫。面白いものを見つけたと言わんばかりに、ニヤリと偉丈夫こと雨宮リンドウは口角を釣り上げた。

 

 ああなるほど、彼が起こしにくるほど熟睡していたのか。それはそれで嬉しいことだが、周りに心配をかけさせるのは良くないな──よし、新たな学びを得られて良かったなー、英翼(ベルレフォス)

 などと思考がフリーズしたせいか、混乱しつつも妙に冷静な気分になる。断頭台に上がる囚人とは、こんな感覚なのかもしれない。

 

 「こいつはまた⋯⋯()()()()()に来ちまったって感じか? そうかー、そうだよなー。お前らも新兵とは言え、立派な男だってことをすっかり忘れてたわ。

 とんだ野暮をして悪かったな。しかし、コハクって意外と大胆なんだなぁ、人は見た目によらずとはよく言ったもんだ」

 「な──」

 

 思わず反論しようとするよりも早く、コウタが全力で否定する。

 

 「ご、誤解ですっ! これには深い訳がっ!」

 「ほほぉ? 同期二人が、一つ屋根の下で、どんな深い訳があるって言うんだ?」

 「そ、それは──」

 「なに、恥ずかしがることはねえさ。オレはそこら辺の偏見なんざないし、誰にも言い触らす気はないからな。さあ、思う存分、春を楽しむといいぞ若者! 最後まで手取り足取りお兄さんが見届けてやるぜ」

 「だから、そんなんじゃないっての! だあ〜ァァァ、もぉーォォォ──おい、コハクも黙ってないで何とか言ってくれよ! このままだと、多分ずっとリンドウさんのターンだぞ。おまえだって、人のオモチャになるのは嫌だろ、なぁ!」

 「え? あ、ああ。そう⋯だな⋯⋯?」

 「何で語尾に疑問符を付けるんだよッ! そこは昨日みたいに、よく分からんくても格好よく任されてくれよォォ!!」

 

 訳も分からず、首を傾げて同意すれば、朝からキレのいいコウタのツッコミを浴びせられた。

 しかし、混乱するのも無理はない。何故なら、神宿コハクは自他ともに認める口下手だ。外交官をしていた先祖の如きコミュニケーション能力を彼に求めるなど、それこそ酷というものだろう。

 

 無論、コミュ障を患っている訳では無い。

 思考回路はショート寸前まで回転させているし、言い募るべき言葉も頭に浮かんでは消えるを繰り返している。

 要は、俗に言う許容量(キャパシティ)超過(オーバー)。あまりの混沌とした状況に、コハク自身の思考が追いついていなかった。

 

 加え──

 

 「おやおや、コハクさんにしては遅いと思い、見てきてみれば、お盛んですね? お二方」

 「状況を見るに、双方同意の上って感じー? ベッドの上とかに居てくれれば、シーツのシミとか確認して、お赤飯ーとか出来たのになー」

 

 誰も呼んでいないに、小悪魔な双子ウェイトレスがここぞとばかりに乱入してくる。もはや泣きっ面に蜂を通り越して、地震と雷が一度に襲ってきた感じだ。

 ああ、これはもう駄目だと顔面から血の気が引いた。隣のコウタを(いち)(べつ)すれば、コハクと同じような表情をしており、希望はどこにもないのだと悟る。

 そして、コハクは思った。この世に神などいない。仮に居たとしても、既に死んでいるだろうな、と。

 

 「二人して何言い出すんだよ! そんなんじゃないって、言ってるだろ!」

 「ええ、勿論。分かっていますよ、そんなこと」

 「へ⋯」

 「くくくっ⋯あーっははははは! お前らの反応、さいっこー! やっぱ、(いじ)りはこうじゃないとな!」

 「分かる。分かるよ、リンドウさん! 純情な子を弄る時の反応って堪らないよねー!」

 「ねー!」

 

 しかも、意図的に最悪な方向へ持っていこうとしている悪魔三人(トリニティ)に、コハクは頭を抱えたくなった。

 

 「な、な、な、な⋯アンタら最悪ゥゥッ! 女の純情ならぬ、男の純情を返しやがれェェェッ!!」

 「⋯⋯俺、泣いていいか?」

 

 終わることなき(いじ)りの円環に放り込まれた新兵二人に、為す術などあるはずも無い。

 色々と手遅れになった状況に、コハクはただただらしくなく弱音を吐くのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   2

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、およそ小一時間後。

 ()う這うの(てい)*1で、コハクとコウタはラウンジを後にした。

 

 「つ、疲れたぁ⋯⋯」

 「俺、もう二度と寝坊しねー⋯⋯」

 「朝飯の間じゅう、ずっとあの調子だったもんな⋯⋯そりゃトラウマにもなるって⋯⋯」

 

 そう。というのも、あの後は更に輪をかけた混乱が二人を取り巻くことになったのだ。

 根掘り葉掘り()かれるだけに留まらず、あることないことを邪推されたりもした。

 

 無論、こちらも否定したが、否定すればするほど火に油と言わんばかりに面白がられるので、もはや脱出不可能な底なし沼状態。

 何とか朝食にありつけたのは良かったが、お陰で味気のないレーションが更に味気なく感じたのは、恐らく気のせいではないだろう。

 思い出すだけで、どっとのしかかる凄まじい疲労感に自然と足取りも遅くなる。隣を歩くコウタも心底から参ったようで、いつもの明るさが()(じん)も感じられなかった。

 

 「リンドウさん⋯⋯終始あの悪戯っ子みたいな笑顔だったのを察するに、分かってて面白がってたよな」

 「ちくしょー! オレらが新人だからって、イジりやがって! 今に見てろよ!」

 「止めとけよ⋯⋯流石に相手が悪すぎる⋯⋯」

 

 ティナとティセは、手馴れているという印象を受けた。恐らく、彼女たちのような手練は、反骨心で燃える姿も楽しむに違いない。

 対して、リンドウは極東支部所属の神機奏者(ゴッドイーター)の中でもエース級だ。その実力は、一般的な神機奏者(ゴッドイーター)の3.2倍程だと言われている。

 何より、こちらの反応を見て楽しんでいた辺り、弄るのが好きなのに日頃は無視されがちなのだろう。だからこそ、その反動だと言わんばかりに弄り倒してきたのだ。

 

 様々な観点から見ても、勝てる見込みなど何処にもない。むしろ、反応すればするほど楽しむのが彼らのような人種だろう。

 ゆえに、今日は運が悪かったと言うことにしようと、二人で納得した末に(うなず)いた──その時。

 

 「ん⋯?」

 

 視界の端に、小さな人影が映り込む。

 思わずその場に立ち止まると、階段下に見覚えのある少女が(たたず)んでいた。

 

 物珍しげに周りを見渡すわけでも、年相応にはしゃぐわけでもない。顔を(うつむ)かせたまま、細かく肩を震わせて、千切れんばかりにスカートの(すそ)を握りしめている。

 コハクは直感で、彼女が泣いているのだと悟った。

 事実、僅かに(のぞ)く少女の(ほお)は赤みを帯びていて。ぽた、ぽたと、床の上には涙の雫が零れ落ちていた。

 

 「コハク? どうかしたのか?」

 

 それに釣られる形でコウタもまた足を止め、コハクが見詰める方角に視線を向ける。

 次瞬、息を()む音が響いた。驚愕に瞳を揺らし、受付前で静かに泣き続ける少女のことを凝視している。

 無理もない。いくらコウタが自他共に認める馬鹿でも、それは決して空気が読めないわけでもなければ、記憶力が悪いわけでもないのだ。

 

 知っている。覚えている。忘れるわけがない。

 否、忘れることなど誰が出来ようか──

 

 「あの子って⋯確か⋯⋯」

 「エリックの妹だよ」

 

 震えた声で、コウタが少女のことを口にしかけた瞬間、それに割って入る形でタツミが口を開いた。

 恐らく新兵二人が顔を出す前から、ラウンジに滞在していたのだろう。ソファに浅く腰を下ろしたまま、彼は言葉を継ぐ。

 

 「⋯⋯どうやら、自分の兄貴が死んだことに、まだ実感を持てないみたいでな。一人でここに来て、本当にエリックが死んだのかって、ところ構わず()き回ってんのさ。

 いやぁ⋯、流石にオレでも参ったね。エリックは⋯仲間は⋯死んだ⋯⋯って、教えたり、他の仲間が言い聞かせてるのを又聞きするのはさ⋯⋯」

 

 タツミの顔には、彼らしくない、乾いた笑みが浮かんでいた。

 無論、コハクは彼と共に仕事をしたことはない。だが、三日もあれば大森タツミという男を理解することができる。

 

 まるで、王道主人公のような男。

 困難に独り立ち向かうのが鋼の英雄ならば、彼はまさしくその対極。

 気心の知れた仲間がいるからこそ、どんな強大な敵にも立ち向かえる──そんな、子供たちが好むであろうヒーロー像を具現化したような人物なのだ、彼は。

 

 片想いの相手を前にすると、一転して情けなくなるものの、タツミは防衛班の班長だ。第二部隊と第三部隊を束ねる上司だ。

 自分の士気が下がれば、隊員達の士気が下がること。

 仕事が上手く回せず、空回りしてしまうこと。

 作戦に支障を来たしてしまえば、その苛立ちが仲間割れを呼び込んでしまうこと。

 そして、それら積み重ねが()()()()()を招くことを、彼は雨宮リンドウと並ぶ域で理解していた。

 

 だがしかし──ああ、()()()()

 

 「()くヤツがいりゃあ、来るヤツがいる⋯アナグラは今日も異常なし、ってか。

 いやぁ、()()()()()()()()とは、よく言ったもんだ」

 

 そう、呟かずにはいられない。

 ()()にタツミが先輩で、防衛の要である班の長だとしても、彼もまた独りの人間だ。痛いことは痛いし、辛いことは辛い──ただ、立場的に泣くことが許されないだけ。

 

 それを聞いて、コハクは目を細めた。

 上着の胸ポケットには、何時でも形見を手渡せるようにと、彼が身につけていたサングラスを入れてある。しかし、それは同時にエリックの死を現実として突きつけることに他ならない。

 だけど、受付前に独り泣く少女の姿を見て、このまま話を有耶(うや)無耶(むや)にしてしまうのも、彼女の心を傷付けるだけだと言うのなら──

 

 「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 長い(はん)(もん)の末、コハクは意を決して(きびす)を返す。

 

 「お、おい、コハク? 何処に行くんだよ?」

 

 歩き出そうとした刹那、コウタに声を掛けられて足を止める。

 コハクは同期の方へ振り返り、ばつ悪げに指先で頬をかいて、口元に苦笑を浮かべた。

 

 「エリックの妹のとこ。流石にあのままってわけにもいかねぇだろ?」

 「それはそうだけど⋯⋯あの子、まだ子供だし、そんな無理に兄貴が死んだって現実を教えなくても⋯⋯」

 「そうだな。教えたところで、嘘だって言われちまうかもしんねぇ」

 「なら──⋯⋯」

 「だが、同時に知りたいと思ってるはずだ。本当にエリックは死んだのか? 仮にそうだとして、何で死んだのか? って⋯⋯」

 

 かつての自分もそうだった。

 

 十年前のあの日、父が死んだかもしれないという現実に直面した時、()()()()()()()()()()()()()()()() ()という感情に駆られたように。

 彼女が死んでしまった時、何故、どうしてと、頭の中で疑問に思ったように。

 枕詞に多分きっと、という言葉がついてしまうが、今のエリックの妹も似たような状態なのではないかと思うのだ。

 

 それに──と、コハクは言葉を続ける。

 

 「タツミさんの言う通り、()()()()()()()()──けど、()()()()()()()()()()()()()だろ?」

 「⋯⋯コハク」

 

 言葉を失うコウタに、今度は苦笑ではなく微笑みを見せる。それは、他者を想いやる父のような微笑みだった。

 

 「ま、どーにかなるさ」

 

 そして、エリックの妹の元に向かって歩き出す。

 

 他人は、自分の行動にどう思うだろうか?

 子供に対して残酷だ、と思われるかもしれない。他の光の眷属と何も変わらない、と軽蔑されるかもしれない。

 けれど、それでも構わない。

 少女の前で立ち止まり、片膝をついて目線を合わせる。

 

 「⋯君が、エリックの妹か?」

 

 確かめるように、コハクは問いを投げた。涙で濡れた相手の瞳を真っ直ぐと見据えながら。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

*1
大変な目に合って、慌ててやっとのことで逃げたり、立ち去ったりする様子。





 どうも、1度沼るとトコトン沼る性格+小説の冒頭が苦手=更新が遅れに遅れたうp主です。

 いや、本当に申し訳ないです。
 一応、ちまちま書いてはいたんですが、中々に納得する冒頭が決まらず、難産になった次第です。

 コハクは光の眷属ですが、価値観は凡人寄りなので、過去の喪失でゼファーと同じ結論に到達してます。
 だから、光の眷属として未完成なんですね。そこは、幼馴染の少女を殺されたことで覚醒した疑惑のある閣下とは対照的かも。

 タツミさんに関しては、完全イメージ。
 「ONLINE」で「防衛レッド」と名乗るイベントがあり、そこから着想を得た感じです。

 それでは、今回はここまで。
 長らくお待たせして、本当に申し訳ございません。
 では、またの次回に| ・∇・)ノシ♪

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