Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

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第一話 死神の噂/Gerüchte den Tod 中編

 

 迷いがないと言えば、嘘になる。

 

 躊躇(ためら)いも恐れも消えていない。痛みと苦しみも同様だ。そして、それも込みで自分なのだと受け入れられるほど、神宿コハクは器用ではない。

 本当にこれでいいのか。

 他に方法はないのか。

 自分の決断は目の前の少女の為になるのか。

 一方的なお節介になりはしないだろうかと、少女を目の前にした今でも尚、心の中で自問自答を繰り返していた。

 

 答えは、分からない。

 分からないが、しかし──

 

 "⋯⋯今は、信じて向き合うしかない"

 

 兄であるエリックの死を受け入れたくないが、その真偽を確かめたいと願う目の前の少女に、真っ直ぐと。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   3

 

 

 重い沈黙が降りる。

 コハクに声を()けられた少女は、涙に濡れた瞳を丸くさせて、じっと目の前にいる人物を凝視する。

 彼はただ、優しく微笑むだけ。重ねて問いかけたり、焦らせたりはしない。

 神宿コハクは、自他ともに認める口下手だ。だが、長所と短所は表裏一体という言葉があるように、それは逆説的に傾聴が得意であることを意味している。

 

 ⋯⋯だから、だろうか。

 

 「⋯⋯っ、うん⋯⋯」

 

 彼の問いに、少女は涙ながらに(うなず)いた。

 少し間を置いた後、コハクは重ねて問いを投げる。

 

 「名前を聞いても⋯?」

 「⋯エリナ⋯⋯」

 「慈愛の光(エリナ)、か⋯良い名前だな」

 「っ、当たり前でしょ。エリックが付けてくれた名前だもん」

 「⋯⋯うん」

 「エリックが⋯付けてくれたんだから⋯⋯っ、いい名前に決まって⋯⋯ぅっ」

 「うん⋯そうだな、ごめん」

 「なんで、あんたが謝るのよぉ⋯わけ、分かんない⋯⋯」

 「はは、確かに」

 

 自然と、乾いた笑みが(こぼ)れた。

 ああ。タツミもこんな気分だったのだろうなと、先にエリナと向き合い、何とか説得を試みた先輩に心の中で敬意を示す。

 理解と体験は違うのだ。実際に経験して見なければ、分からないことも沢山ある。

 

 「本当、は、ね⋯っ、ひとりで⋯⋯ここに来ちゃいけないって⋯⋯うっ、パパに言われてるの⋯⋯」

 

 ふと、小さな肩を細かく震わせながら、エリナが進んで語り出した。涙声で、(とつ)(とつ)*1と。

 

 「でもね、みんな⋯うそ、つくの、エリックが⋯死んだ⋯って!」

 「⋯⋯⋯⋯」

 「うそ、だよね? エリック⋯死んでないよね? お願いだから⋯⋯っ、うそだって⋯言ってよぉ⋯⋯」

 

 少女の切実な願いに、思わず奥歯を噛み締める。

 本音を言えば、その願いを聞き入れてやりたいと思う。だが、それは駄目なのだ。無責任に安直な嘘を(ささや)くなど、コハクには出来ない。

 何故ならそれは、最も彼女を傷付けてしまう行為だから。真実を知った時にきっと、悲しいほどに泣かせてしまうと分かるのだ。

 

 だから──

 

 「エリックは⋯もう⋯いない」

 

 心の奥に走る痛みを噛み締めながら、コハクは声を絞り出すように、優しく、優しくそう告げた。

 

 幼い子供だから? 可哀想だから? そんなことで真実を隠して? (やさ)しい冗談はそこまでだ。

 エリナの為に戦い続けたエリックにも悪ければ、何とかして彼の死と向き合おうとしている目の前の少女にも悪いだろう。

 

 「ほら! またウソ言ってる!」

 

 しかし、エリナは首を横に振って、エリックが殉職した日と同様、その事実を否定する。

 無理もない。ある日突然、身内が死んだと知らされて、その現実を簡単に受け入れられる人間などそうはいない。

 ましてやそれが、家族や友人、恋人などの親しい者であればあるほど、尚のこと信じられなくなる。否、信じたくないと言うべきか。

 

 そんな、まさか。アイツに限って、そんなこと──と、考えずにはいられない。

 頭では理解していても、心がそれに追いつかない。なんてことも、時にはあるのだから。

 

 「やっぱり私が確かめなきゃ⋯! ねえ、基地の中に入れてよ!」

 

 今すぐにでも階段を駆け上がりかねないエリナを見て、コハクは反射的に彼女の手を掴んだ。鋭い眼光に射抜かれながら、それを静かに受け止める。

 微かに首を横に振って、エリナの心を傷付けないよう、細心の注意をはらいつつ想いを()めて言葉を選ぶ。

 

 「ごめん⋯出来ることなら、確かめに行かせてやりてーけど⋯⋯関係者の付き添いがないと、基地の中に入れねえんだ」

 「どうして!?」

 「どうして、か⋯⋯これで君が納得してくれるとは思えないけど、基地の中には、俺らでも入っちゃ行けない場所があってな。

 そこに誤って迷い込んだりすると、衛兵に取り締まられたり、下手したら怪我をしちまう可能性もある。だから、付き添いが必要なんよ。万が一の時、危ないことから君を守ってやれねえだろ?」

 「でも⋯、それ、でも⋯⋯ッ、ぅ、⋯わた、し⋯⋯」

 

 それでも、エリックに会いたいのだと──泣きながら続けたエリナの言葉に、コハクは目を伏せる。

 胸ポケットの辺りを握り締め、ゆっくりと深呼吸してから、真っ直ぐと目の前にいる少女を見据えた。

 

 そして、静かに問いを投げかける。

 

 「本当に⋯エリックのことを確かめたいのか?」

 「⋯⋯うん」

 「たとえそれが⋯⋯君の望まない結末だったとしても?」

 「⋯⋯⋯⋯⋯うん」

 「⋯⋯分かった」

 

 エリナの決意が固いことをきちんと確かめた上で、コハクは胸ポケットに入れて置いたエリックのサングラスを取り出した。

 もはや原型も留めていないほど砕けてしまったそれは、生前のエリックが身につけていたものだ。

 

 サングラスを身につけている神機奏者(ゴッドイーター)など、この極東支部(アナグラ)では恐らく、彼しかいないだろう。

 仮にそうでなくとも、エリックがこのサングラスを大切にしていたことは、砕けてもなお残る手入れ具合から想像に(かた)くない。

 

 「⋯これは⋯⋯エリックの⋯⋯」

 

 事実、エリナはそれを一目見ただけで、エリックが常に身に付けていたものだと見抜いてみせた。

 小刻みに肩を震わせながら、(せき)を切ったように問いかけてくる。

 

 「ねぇ、どうして⋯? どうして⋯、あなたがこれを⋯⋯エリックのサングラスを持ってるの⋯? どうして、こんなに⋯ボロボロに⋯⋯ッ」

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 コハクは何も言わず、しかし沈痛な面持ちで少女と向き合い続けていた。サングラスを握り締めて、エリナは身を乗り出す。

 

 「あなた⋯エリックの近くに⋯⋯いたんでしょ? だから⋯だか、ら⋯⋯ッ、エリックのサングラスを持ってたんでしょ? だったら、どうしてエリックを助けてくれなかったの? ねぇ、なん──」

 

 手元のサングラスに涙をこぼすエリナを、コハクは優しく抱きしめた。

 

 「⋯⋯、⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 ()ける言葉が見つからない。

 どんな言葉も不適切に思えるし、何を言っても陳腐(ちんぷ)に聞こえてしまいそうで。

 だけど、目の前で悲しむ少女を放って置くことが出来なくて。 

 

 例え、()()()()()()()()()()()()()()()から、彼女の悲しみを和らげたい。

 その想いで、自然と──本当に自然とした流れで、触れる寸前で躊躇(ためら)いながらも、コハクはエリナを抱き締めたのだ。

 

 「う、うぅ⋯、ぁ、ぅ⋯⋯」

 

 その想いが伝わったのかは分からない。分からないが、しかし──

 

 「あ、あぁ、ああああああ──」

 

 ようやく兄の死を自覚し、涙が止まらなくなったエリナは本格的に嗚咽(おえつ)を上げ、瞬く間に号泣へと変化していく。

 ⋯そう、いくら彼女が望んで手にした真実とは言え、愛する人の死を実感して、普通でいられる人間などそうはいない。これはただ、それだけの話に過ぎなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   4

 

 

 それから(しばら)くすると、エリナの父と思しき人物が、極東支部(アナグラ)のエントランスに駆け込んできた。

 

 恐らく、父に無断で此処(ここ)に来たのだろう。彼女の名を呼びながら、走り寄ってきた彼の顔に日頃の優雅さは何処にもない。

 だから、更に彼が少女の名を呼ぶその前に、コハクは口元で人差し指を立てた。そっと視線を落とした先には、泣き疲れて眠ってしまったエリナの姿がある。

 紳士のような男は、そんな娘を複雑な思いで見詰めた後、起こさないように彼女を抱えて、深々と頭を下げるのだ。

 

 「すみません」

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 (きびす)を返し、遠ざかっていく二人の気配。コハクは無言で彼らを見送る。

 何も言わない。言えるほど雄々しくはない。

 そんな強さは余計で、不必要で、気持ち悪くて⋯⋯

 

 心の中で独り誓う気にもなれない。

 綺麗で雄々しい宣誓(せんせい)をしたところで、心の傷は()えたりしないのだ。

 失えば穴が空く。魂に空隙(くうげき)が生じてしまう。

 だがしかし、それを癒してやれるのは当事者だけ。外野に出来ることなど、たかが知れている。

 

 「あの⋯、コハクさん⋯」

 

 その時、ふと声を()けられた。

 (うつむ)き掛けていた顔を僅かに(もた)*2、音源であるヒバリへと視線を向ける。

 

 ⋯彼女は、酷く罰悪げな顔をしていた。

 いや、実際に罰が悪いのだろう。

 

 何故なら──

 

 「すみません⋯本来なら、わたしの仕事だというのに⋯⋯」

 

 殉職した神機奏者(ゴッドイーター)の遺族に事情を説明し、落ち着かせるのもまた、オペレーターたる彼女の仕事だ。

 ただ今回は、当事者が当事者であるがゆえに、どう対応すべきか分からなかったのだろう。少なくとも、第三者では測りきれない苦悩と(しゅん)(じゅん)を繰り返したに違いない。

 

 そんな光景が、容易に想像出来て、頭の中にひとつの映像として浮かび上がる。

 だから、コハクは無言で首を横に振った。

 

 「⋯⋯別に良いさ。こういうのは、流石に得手不得手があるからな。それに⋯⋯あいつの形見も渡してやれたし⋯⋯」

 

 あの少女も、(ようや)く兄の死を受け入れられたようだし。

 

 「だから、まぁ⋯困った時はお互い様ってことで」

 「⋯⋯はい」

 

 渋々と言った様子で(うなず)くヒバリを見た後、コハクはエントランス二階で呆然としているコウタに視線を移す。

 

 「悪ぃな。まだ朝だってのに、湿っぽい思いさせちまって⋯」

 「ぇ⋯ぁ、いや⋯⋯べ、別にお前が謝ることじゃねえだろ。だから、お前もあんま気にすんなって」

 

 言いながら、コウタの浮かべた笑顔は何処かぎこちないものだった。しかしそれも、むべなるかな。あの光景を、あのやり取りを見て聞いておきながら、自然と振る舞える者などそうはいない。

 タイミングが良かったかは分からないが、場所を間違えたなと心の中で反省する。配給日に何か詫びでもした方が良いだろう。

 そう思いながら、ソファから立ち上がった──その時。

 

 「いやぁ〜。流石(さすが)、リンドウさんの弟子は伊達じゃないね〜」

 

 コハクとコウタのすぐ脇から、下卑(げび)た声が響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そこにいたのは、1人の青年。

 コウタと同じくらいの身長と、まだあどけなさを残す顔立ちが印象的な青年だった。

 

 だが、口元に浮かべた笑みは底意地の悪いもので。一言、場の空気に似つかわしくない。

 わざとらしい嫌味を無視するのは簡単だ。しかし、あまりに空気を読まぬ発言を見逃す訳にはいかないだろう。

 コハクは眉間に(たて)(じわ)を寄せ、やや険の込めた声で応じる。

 

 「何を勘違いしてるかは知らねえが⋯⋯俺は別にリンドウさんの弟子じゃない。ただのあの人の部下だ」

 「へぇ、その割にはリンドウさんから色々と気にかけて(もら)ってるらしいじゃねえか。聞いたぜ? 何でも神機整備もあの人が手伝ってるんだろ?」

 

 そこまで問われ、ようやく青年の真意を理解した。要は、新型の新入りが極東支部(アナグラ)きってのエースに目に()けられているのが気に入らないらしい。

 呆れて溜息を吐き、大仰に肩を(すく)めた。自然と、相手を見詰める瞳が冷たくなっていく。

 

 「⋯⋯あのなァ、気にかけて貰うことは、気に入られることと必ずしも同義じゃない。俺の神機が()()()だから、リンドウさんが気にかけてくれてるだけだ。

 テメェが事情知らずなのは仕方ねえが、勝手に嫉妬して人を揶揄(からか)うにしても、もうちと空気読んでから絡んでこいよ、()()。そんなんだから、ガキ扱いされるんだぜ」

 「んだと、てめぇッ!?」

 

 どうやら図星だったらしく、今にも掴みかかる勢いで、青年が食い下がってくる。

 

 そう、先輩。

 一見、少年に見紛(みまが)いそうなほど華奢(きゃしゃ)な体躯と、幼さを残す童顔な顔立ちをしているが、年齢はコハクと同じだ。

 極東支部に入隊して五年以上と、防衛班の中ではタツミに次ぐ古参の神機奏者(ゴッドイーター)である。

 しかし、ベテランという訳では無い。極東支部の一人前基準──ヴァジュラ一体を単騎で討伐というのもどうかと思うが──を満たしていない為、未だに半人前扱いされている。

 

 ゆえに、コハクは指摘した。相手の瑕疵(かし)*3を。

 何故なら、彼の中でガキ扱いされることと、半人前扱いされることは同義だから。

 

 「フンッ、まあいいさ。それより新入り、ちょっとした噂話があるんだ、耳貸しな」

 「断る。そんな気分じゃねえ」

 

 心底、興味が無いといった体で突き放す。嫉妬の念を抜きにすれば、彼の気さくな態度は嫌いではないが、時と場所が最悪過ぎる。

 何より、青年の浮かべる底意地の悪い笑みが(しゃく)に触って仕方がない。否、本能にも近い勘が告げているのだ。このまま彼と会話を続ければ、()()()()()()()()()()()()()と。

 それを避けるべく、コハクはコウタに目配らせして、先に行くよう促すが──

 

 「そう、つれねえこと言うなよ。おまえらにも関係ある話だぜ」

 「おれ達に?」

 

 コウタにまで話を飛び火させ、それに彼は釣られてしまう。

 

 「ああ、耳寄りな情報だ。聞いといて損はないぜ?」

 「⋯⋯どんな話だよ」

 

 階段を降りて来ながら、コウタはよろず屋の傍にいる青年へ聞き返す。

 無論、コウタに悪気は無い。彼は人の悪意というものに(うと)いから、自分にも関係があると言われると無視できなくなる性分なのだ。

 

 厄介なのは、それを赤毛の青年が理解していないことだろう。

 彼は単に反応の薄いコハクよりも、反応の分りやすいコウタに持ちかけた方が楽だと思い、それを実行しただけに過ぎない。

 

 「聞いてくか?」

 

 その問いに、コウタは頷いた。

 階段を降りてくるまでの間、その瞳には敬遠にも近い警戒が宿っていたものの、好奇心には勝てなかったのだろう。青年の話を聞く体勢に入っている。

 結果的に、彼の話を聞かないとは言い出しにくい空気となり、聞くしかないかとコハクは落胆するのだった。

 

 

*1
話しぶりが流暢でなく、途切れ途切れの調子で喋る様子の意。

*2
持ち上げる。首などを起こす

*3
一般に、きず・欠点などをさす。





 すげー難産で更新遅れた⋯⋯(;´Д`)

 特に、エリナとのやり取り。
 身内の死を受け入れられない人と、どう接したら良いのか分からなくて、リメイク前より苦戦した。
 リメイク前はノリと勢いで書いてた所があったので。

 GE2におけるエリナの人物像を踏まえた上で、悩んで悩んで悩んだ末に辿り着いた答えが、「ただ寄り添うこと」だった。
 やや実体験も込み。でも、こういう話って何が最善手なのか分からないよね。時と場合により、嘘をつくことも最善になりえるんだから、凄く難しい。

 作業BGMは「Ewige Wiederkunft」

 このBGMが流れると、大体ろくなことがないで有名なBGMですね。はい( °-° )

 ※オマケ※

 コハク「真面目にご先祖さまの爪の垢、煎じて飲みたいぜ」
 海洋王「うーん。流石の俺でも彼女みたいなケースは、ちょっと⋯⋯」

 という訳で、今回はここまで。
 では、またの次回に会いましょう| ・∇・)ノシ♪
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