Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】   作:フェルゼン

42 / 44




第二話 喧嘩しよう/Lasst uns kämpfen 前編

 

    1

 

 

 重い沈黙が降りるエントランス二階。食堂へ繋がる扉を背にして、コハクとソーマは睨み合う。

 一触即発とはまさにこのこと。

 意図せず目撃者となった藤木コウタは、ただ(かた)()を飲み込むことしか出来ない。

 室内でも目深く(かぶ)ったフードの下、不意にソーマの瞳がついと細められた。

 

 心底うんざりとした様子で肩を(すく)め、彼は(おもむ)ろに腕組みをする。ただそれだけなのに、更に緊張感が増した。

 拒絶の意をコハクに示しているのだろう。

 重い口が開く。

 

 「⋯⋯何のことだ?」

 「エリックのことだ。聞こえてただろ?

 いいや、テメェなら全部聞こえてたはずだぜ」

 

 事実、彼の聴覚は常人の域を越えている。

 エリックに近付く(アラ)(ガミ)の足音さえ敏感に拾い上げているのだ。人同士の会話など、意識せずとも入ってきてしまうに違いない。

 図星なのか、ソーマは露骨にコハクから視線を()らして。

 

 「エリック⋯? 俺には関係ない⋯⋯弱い奴から死ぬ⋯⋯ただ()()()()()()だ」

 

 (うつむ)きながら、抑揚のない声で彼は答えた。

 ギリッと唇を噛み、堪らずコハクはソーマの(むな)(ぐら)を掴み上げ、逸らされた視線を無理やりこちらに向ける。

 その衝撃でフードが脱げて、浅黒い肌とは対照的な()の髪が(あら)わになった。が、この際そんなものは()()()()()()。 

 

 「違うッ! 俺が言いたいのは、そういうことじゃねえ」

 「ッ、──なら、何が⋯⋯」

 

 言いたいのかと、問い返してきたソーマに、コハクは顔を歪めた。わざわざ口にしなければと、激しく悲しむように、深く哀しむように。

 腹の底で煮え(たぎ)る怒りを必死に(こら)えながら、彼は言葉を(つむ)ぐ。

 

 「⋯⋯エリックが(アラ)(ガミ)に襲われる寸前、それにいち早く気付いたのはソーマ、お前じゃねえかッ」

 

 危険を知らせるように声を上げたのも、誰より先に駆け出していたのも、全て。

 少なくとも、コハクはそれを知っている。

 だからこそ──

 

 胸倉を掴む力が更に強くなる。

 怒りと悲哀を()()ぜにしたような光が、コハクの(メタル)(ブルー)の瞳に宿った。

 

 「それをテメェ⋯⋯、陰であんな風に言われて、なにすました顔して受け入れてやがるって、俺は言ってるんだッ」

 

 叩きつけるように怒号を上げれば、ソーマの瞳が当惑で揺れ動く。

 しかしそれも、むべなるかな。コハクの言葉に否定も拒絶もない。ただ光の眷属らしい真っ直ぐな(しん)()さをもって、闇の眷属へ喝を飛ばしていた。

 

 死神などと呼ばれてまで、人の死を背負う必要はない、と。

 殉職したエリックも、そこまでしてソーマに覚えていて欲しいなんて、思ってはいないはずだ、と。

 

 だが、その当惑も次の瞬間に消え失せて──

 

 「()()()()()()──」

 

 冷淡な語気で言い放ち、胸倉を掴み上げているコハクの手首を、ソーマは力づくで引き離した。

 怒りで感覚が鈍くなっているのだろう。骨が不気味な音を立てているのに、眼前の新人は眉一つ動かしていない。

 

 「俺と任務に同行した奴は、いずれ必ず死ぬ。しかも決まって、(アラ)(ガミ)に襲われてな」

 「⋯⋯観測計器だって万能じゃあない。そうやってお前は、自分に関係ないことまで自分のせいにする気か?」

 「⋯⋯⋯⋯っ⋯」 

 

 一瞬、ソーマが口を(つぐ)んだ。

 そう。コハクの言う通り、観測計器とて万能ではない。むしろ、精度が低くて日常的に緊急事態が多発している。

 相手は(アラ)(ガミ)。文字通り、我欲と衝動の牙しか持たぬ獣だ。そしてそういう存在と(たい)()した時、人は平静を保てない。

 何せ、当たり前に恐いのだから。

 

 ソーマとて、それは理解しているのだろう。

 閉じた唇の奥で歯噛みし、忌々しげに吐き捨てる。

 

 「それが何度も続けば、偶然は偶然じゃなくなる。シュンの野郎も言っていただろうが、俺といると(アラ)(ガミ)が自然と寄ってくるってな」

 「だったら、回復球設置するなり、リンクエイドするなりすればいいだろ」

 

 怒りの滲む声で()(だる)げに告げたコハクに、ソーマは鼻で笑い飛ばす。

 

 「ふん⋯。ルーキーも所詮、ただのルーキーか⋯⋯」

 「あ"?」

 「お前は知らないだろうが⋯⋯リンクエイドをする時、その神機奏者(ゴッドイーター)の間で荒神(アラガミ)にしか分からない匂いを発するらしい。

 奴らの中には、その匂いを()ぎつけて寄ってくるのもいる。無駄にリンクエイドしたところで、余計そいつを苦しませるだけだ」

 「お前⋯何が言いたいんだ⋯⋯?」

 

 問いに、ふっとソーマの表情が消えた。

 氷のように()てついた瞳でコハクを射抜き、彼はやれやれといった風情で肩を竦める。

 そして、ふいと顔を彼方に向けて。

 

 「なら、いっそ⋯⋯()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「──、──────」

 

 そんな、どこか懐かしい()(ろん)を、ソーマは言ってのけたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

     2

 

 

 「分かったら、もう──⋯⋯ッ」

 

 次瞬──ソーマの続く言葉を留めたのは、間違いなく殺気の類。

 空気が変わった。先程まで放たれていたものとは全く違う、異質な気が満ちていく。

 それは凄まじい威圧感を伴い、彼の肌をびりびりと刺す。全身が総毛立つのを自覚して、ソーマは反射的に眼前の青年へ視線を戻した。

 

 表情の抜け落ちた(おもて)が、静かにソーマへ据えられている。しかし、その瞳に宿るのは明らかな怒り。

 もはや、悲哀の色など何処にも宿していない。

 

 「おい、お前⋯本気でそう言ってるのか? だったらどうして、エリックを助けようとした? 死なせてやった方がそいつの為になるんだろ?

 なら、(アラ)(ガミ)に気付いて声なんか上げず、見殺しにすれば良かったじゃねえか」

 

 淡々と語るコハクの声音には、感情がまるで感じられない。

 ひくりと息を()んで、ソーマは驚愕に目を(みは)る。存在が(まと)う威圧に圧倒されながら、彼は口を開いた。

 

 「⋯⋯、なぜッ、そうなる」

 「はっ、惚けたこと言いやがる。何故もなにも、ソーマ。先にお前が言い出したことだろ、まさか⋯根暗すぎてボケたか?」

 「違うッ。なぜ今になって、エリックの奴を見殺しにすれば良かっただのと、そんなことを⋯⋯」

 「ああ、それな。別段不思議なことじゃねえだろ。簡単な理屈さ。じゃあ、お前が鈍感っぽく振舞えないよう、もっと分かり易く言ってやんよ。

 ──死なせてやるのがそいつのためになるなら、どうしてエリックを助けてやると思って、見殺しにしなかったんだって聞いてんだぜ、俺はッ」

 「⋯⋯っ⋯」

 

 言葉を吐き捨てられると同時に、コハクの全身から(にじ)み出したのは、紛れもない殺意と(かく)()

 彼は今、本気でソーマへ向けて、仲間を見殺しにしてしまえば良かったのだと告げている。

 あまりにらしくない言葉に、後ろで見守る同期でさえ驚きを隠せていない。

 だからこそ、そんなコハクが許せず、ソーマは怒鳴り返す。

 

 「──お前、⋯⋯ッ、馴れ馴れしいガキだッ!」

 

 己と対極に位置するはずの存在なのだ。殉教者よりも半端とはいえ、正しいことを、正しい時に、正しいように行える人間なのだ。

 決して穢れることのない光が、まるで()()()()が言い出しそうな極論を口にしたのが、我慢ならなくて。

 

 「とっととクソッタレな日常に慣れやがれ! ⋯⋯それしか⋯ねぇだろうがッ。それを承知の上でここに来た奴が、なに寝ぼけたことをほざいてやがる!

 投げやりそのものじゃねえか。ありえねえ⋯⋯似合わねえこと言うなよ、なんで言うんだよ、そんなこと言うようなタマじゃねえだろうが、お前はッ!」

 「何言ってやがる。言ったろ、人助けだと思えってな。そう感情的になるなよ、ソーマ。一回頭冷やして、よく考えてみやがれ」

 

 激昂を(はら)んで吼えに応じるコハクの声は、嫌になるほど落ち着いていて。

 

 「お前が抱えるその苦悩を、どうにか出来るかもしれねえ⋯⋯。俺は、さっきからそう言ってるんだぜ。

 ここにいる連中、みんな助けると思って見殺しにしちまえば、それで全部すっきりするかもしれないぜ⋯⋯ってな」

 「なにを⋯言っ⋯て⋯⋯」

 

 なぜなら、光の強さと素晴らしさを誰よりも正しく評価し理解しているのは、他ならぬ闇の眷属である。

 

 負け犬みたいに死が救済などと、光の眷属が言うはずはない。彼らなら、そんな不条理さえ(くつがえ)せると、疎ましく思いながら信頼にも近い感情で本気にしないのだ。

 光の恐ろしさを理解しているからこそと⋯⋯予想した未来はしかし、皮肉にもその張本人によって否定されていく。

 

 「考えてもみろよ、ソーマ。仮に(アラ)(ガミ)に襲われてた奴を助けたとしてだ、それで何かが改善される訳でもねえのに、生きてるだけで(もう)けモンだなんて⋯⋯おいおい、本気で考えられると思ってんのか?」

 「それ、は⋯⋯」

 「無理だわな。ガキでも分かる」

 

 適合者のほとんどが若年層な神機奏者(ゴッドイーター)と、生きている実感がなければ生きていけない資質なき大多数の人々。

 対して敵は、その体を構成するオラクル細胞の存在により、討伐されても新たな個体が無限に形成され続ける荒神(アラガミ)の群れ。

 

 数も、質も、パワーバランスも──何もかもが違いすぎる。天秤の両端は常に片方へ傾いたまま、釣り合いすら見せていない。

 

 「つまり、抜本的な解決方法は無いわけだ。お前も言ったろ、ここじゃ死人が出るのは日常茶飯事だ。やってらんねえよ、まともに人助けしたって徒労に終わるだけだ。

 正直、お前の言う通りだと俺は思うぜ? 後はこの持論を、どう上手く貫くかって話さね」

 「貫くだと⋯」

 「そうさ。ただ生かせばいいってモンじゃない。だから、ただ楽に死なせてやった方がいい時もある。こう考えて貫いたら、話は全然変わってくる」

 

 今の時代、(まか)り通るのは弱肉強食の理だ。むしろ荒神(アラガミ)が出現する以前から、それを徹底する自然界において、人の営みこそ有り得ない。

 常に死と隣合わせの状況で、ただ生きているだけでも幸せだと取るか、それともただ(いたずら)に苦痛を長引かせるだけだと考えるか。

 倫理観を基準に判断すれば、前者一択。だがしかし、逆にそれを無視して人という生き物を考えるのなら⋯⋯

 

 「⋯⋯⋯」

 

 それは、あまりに無慈悲な天啓。

 そう、忘れてはならない。人間とは、とても弱い生き物である。

 

 少しの絶望と激痛を捕食者から与えられただけで、その大半がすぐに生き延びることを諦める。心身を破壊されながら、血を流しながら、なおも抵抗を選べる人間は極々稀だ。

 通常は腕一本も()がれてしまえば、それだけで彼らはこぞって死にたがる。

 現に外部居住区の底辺にいる人間は、その八割方が真面目に生きることを止めていた。もういいと思いながら、諦観に(まみ)れた日々を無気力に過ごしているから──

 

 「なあ、よく考えたら笑い話じゃねえか、これ。

 良かれと思って人助けしてるのによ、助けられた側の大半はそれを余計なお世話だと思ってるんだぜ? 骨折り損にも程があるだろ」

 

 にやりと、皮肉を利かせるように唇の端を歪めるコハク。

 そう、今を生きている人々が助けて欲しいのは、荒神(アラガミ)からでは断じてない。

 ただ()()()()()()()しかない、今の生活⋯⋯否、救いようのない世界そのものからだった。

 

 無論それは、神機奏者(ゴッドイーター)とて例外ではない。

 人同士の戦争でさえ、長引けば長引くほど人の心は()り切れていく。ならば、荒神(アラガミ)との戦いも言うに及ばず。

 そうして疲れ果ててしまえば、人は生きていることが嫌になる。死に場所を求めるようになる。

 

 「不幸中の幸いか、お前がいるのは討伐班だ。無関係な人間を無関係なまま見殺しにする必要はねえだろうし、気兼ねもいらないぜ。何せ、向こうから勝手にくたばってくれるんだからな。

 そうなりゃ話は簡単だ。ここにいる連中全員、弱い奴から諦めて無関心を貫いたまま、お前はただ堂々と開き直ればいいのさ」

 

 偽悪的な態度で、コハクはソーマの持論を具体的に代弁する。

 神機奏者(ゴッドイーター)は代用の効く歯車。見つけるのに時間は掛かるものの、代替品がないわけではない。ならば、それはつまり⋯⋯

 

 「⋯⋯⋯⋯⋯」

 「そういうことだ。死んじまうんだったらな、助けなけりゃいいんだよ。それこそ永遠に」

 

 二の句が継げない。握り締めた拳に、自然と力がこもる。

 コハクが語ったのは、理想的なソーマの在り方だ。全ての生命を等価にすることで、死を(いた)む行為そのものの意味を投げ出す。

 大切に想うことが二度となくなるのなら、それは生きながらに他者を死亡させているのと同じことだろう。

 

 死への対策、正面から向き合う以外の解決法。光のように振り返ることなく、何もかもから逃げ出すという最も闇の敗残者が得意とする安全策。

 どくんと、不自然に鼓動が跳ねた。

 

 だが、それは、そのためには──

 

 「だから、なぁ」

 

 一歩、コハクが距離を詰めてくる。

 掛けられた言葉は親しげだが、その顔に先ほどまでの偽悪的な笑みはない。

 ソーマの目の前に立つ青年は、凍りついた目で彼をじっと見据えながら、やおら*1唇を小さく動かした。

 

 「リンドウさんもサクヤさんも、諦めちまえよ」

 

 心臓が跳ねる。

 死を想え(メメント・モリ)──人はいつか必ず死ぬのだ。彼らとて、いつまでも強者でいられる訳ではない。

 それは世の理。生きとし生けるものは(すべ)て、その条理に縛られている。

 

 「それが出来ないってんなら」

 

 (おもむ)ろに、コハクが自身の胸元へ手を据えた。まるで、()()()()()()()()()()()かのように。

 

 ⋯⋯いや、実際に()()なのだろう。

 

 「もう一度、あの時と同じように」

 

 鼓動が跳ねる。

 あの時と同じように、とは。何のことだ。

 どうしてか、物心つくより前の記憶が(のう)()に浮かぶ。曖昧とした自我の中で、手から()()が零れ落ちて、後に残るは奇妙な空虚さだけ。

 瞬間、言いようのない恐れが胸の奥に広がり、コハクから離れようとソーマは知らず後ずさった。

 

 一方の青年は、怒りの割に泰然(たいぜん)とした様子で、(しん)()な眼差しで彼を見据えている。

 しかし、ソーマの態度に苛立ちはしているのか。忌々しげに舌打ちをして、コハクは冷めた声で続く言葉を吐き()てた。

 

 「俺を諦めれば、すぐ楽になれるぜ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()

 鼓動が跳ねる。

 もう一度、あの日と同じことをすると。お前が未だに逃亡を選び続けるのなら、望み通りにしてやると。

 そう何よりも明確に、誓いすら伴わせて告げられた瞬間が……我慢の限界だった。

 

 

 

 

*1
ゆっくりと動作を起こすさま。おもむろに。





 セリフ回しって難しい⋯⋯( ̄▽ ̄;)
 後、喧嘩シーンのインプット資料が少ないorz
 何で、玲愛√の蓮VS司狼を参考にしてます。

 いやー、本格的にコハクとソーマの喧嘩が始まるところまで書きたかったのですが、その前半部分を加筆しただけで1万字を軽く突破。
 あ、これ、1万字と少しなんて文量で収まんねえな⋯⋯('ω' ;)と気付くまで執筆し続けていたら、必然的に更新日が遅れたorz

 いやー、書くのが楽しくて楽しくて(;・∀・)

 それでは、今回はここまで。
 リメイク前と同様、長くなると思いますが、よろしくお願いします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。