Dies irae 〜 Silverio Godeater 〜 【工事中】 作:フェルゼン
1
重い沈黙が降りるエントランス二階。食堂へ繋がる扉を背にして、コハクとソーマは睨み合う。
一触即発とはまさにこのこと。
意図せず目撃者となった藤木コウタは、ただ
室内でも目深く
心底うんざりとした様子で肩を
拒絶の意をコハクに示しているのだろう。
重い口が開く。
「⋯⋯何のことだ?」
「エリックのことだ。聞こえてただろ?
いいや、テメェなら全部聞こえてたはずだぜ」
事実、彼の聴覚は常人の域を越えている。
エリックに近付く
図星なのか、ソーマは露骨にコハクから視線を
「エリック⋯? 俺には関係ない⋯⋯弱い奴から死ぬ⋯⋯ただ
ギリッと唇を噛み、堪らずコハクはソーマの
その衝撃でフードが脱げて、浅黒い肌とは対照的な
「違うッ! 俺が言いたいのは、そういうことじゃねえ」
「ッ、──なら、何が⋯⋯」
言いたいのかと、問い返してきたソーマに、コハクは顔を歪めた。わざわざ口にしなければと、激しく悲しむように、深く哀しむように。
腹の底で煮え
「⋯⋯エリックが
危険を知らせるように声を上げたのも、誰より先に駆け出していたのも、全て。
少なくとも、コハクはそれを知っている。
だからこそ──
胸倉を掴む力が更に強くなる。
怒りと悲哀を
「それをテメェ⋯⋯、陰であんな風に言われて、なにすました顔して受け入れてやがるって、俺は言ってるんだッ」
叩きつけるように怒号を上げれば、ソーマの瞳が当惑で揺れ動く。
しかしそれも、むべなるかな。コハクの言葉に否定も拒絶もない。ただ光の眷属らしい真っ直ぐな
“死神”などと呼ばれてまで、人の死を背負う必要はない、と。
殉職したエリックも、そこまでしてソーマに覚えていて欲しいなんて、思ってはいないはずだ、と。
だが、その当惑も次の瞬間に消え失せて──
「
冷淡な語気で言い放ち、胸倉を掴み上げているコハクの手首を、ソーマは力づくで引き離した。
怒りで感覚が鈍くなっているのだろう。骨が不気味な音を立てているのに、眼前の新人は眉一つ動かしていない。
「俺と任務に同行した奴は、いずれ必ず死ぬ。しかも決まって、
「⋯⋯観測計器だって万能じゃあない。そうやってお前は、自分に関係ないことまで自分のせいにする気か?」
「⋯⋯⋯⋯っ⋯」
一瞬、ソーマが口を
そう。コハクの言う通り、観測計器とて万能ではない。むしろ、精度が低くて日常的に緊急事態が多発している。
相手は
何せ、当たり前に恐いのだから。
ソーマとて、それは理解しているのだろう。
閉じた唇の奥で歯噛みし、忌々しげに吐き捨てる。
「それが何度も続けば、偶然は偶然じゃなくなる。シュンの野郎も言っていただろうが、俺といると
「だったら、回復球設置するなり、リンクエイドするなりすればいいだろ」
怒りの滲む声で
「ふん⋯。ルーキーも所詮、ただのルーキーか⋯⋯」
「あ"?」
「お前は知らないだろうが⋯⋯リンクエイドをする時、その
奴らの中には、その匂いを
「お前⋯何が言いたいんだ⋯⋯?」
問いに、ふっとソーマの表情が消えた。
氷のように
そして、ふいと顔を彼方に向けて。
「なら、いっそ⋯⋯
「──、──────」
そんな、どこか懐かしい
2
「分かったら、もう──⋯⋯ッ」
次瞬──ソーマの続く言葉を留めたのは、間違いなく殺気の類。
空気が変わった。先程まで放たれていたものとは全く違う、異質な気が満ちていく。
それは凄まじい威圧感を伴い、彼の肌をびりびりと刺す。全身が総毛立つのを自覚して、ソーマは反射的に眼前の青年へ視線を戻した。
表情の抜け落ちた
もはや、悲哀の色など何処にも宿していない。
「おい、お前⋯本気でそう言ってるのか? だったらどうして、エリックを助けようとした? 死なせてやった方がそいつの為になるんだろ?
なら、
淡々と語るコハクの声音には、感情がまるで感じられない。
ひくりと息を
「⋯⋯、なぜッ、そうなる」
「はっ、惚けたこと言いやがる。何故もなにも、ソーマ。先にお前が言い出したことだろ、まさか⋯根暗すぎてボケたか?」
「違うッ。なぜ今になって、エリックの奴を見殺しにすれば良かっただのと、そんなことを⋯⋯」
「ああ、それな。別段不思議なことじゃねえだろ。簡単な理屈さ。じゃあ、お前が鈍感っぽく振舞えないよう、もっと分かり易く言ってやんよ。
──死なせてやるのがそいつのためになるなら、どうしてエリックを助けてやると思って、見殺しにしなかったんだって聞いてんだぜ、俺はッ」
「⋯⋯っ⋯」
言葉を吐き捨てられると同時に、コハクの全身から
彼は今、本気でソーマへ向けて、仲間を見殺しにしてしまえば良かったのだと告げている。
あまりにらしくない言葉に、後ろで見守る同期でさえ驚きを隠せていない。
だからこそ、そんなコハクが許せず、ソーマは怒鳴り返す。
「──お前、⋯⋯ッ、馴れ馴れしいガキだッ!」
己と対極に位置するはずの存在なのだ。殉教者よりも半端とはいえ、正しいことを、正しい時に、正しいように行える人間なのだ。
決して穢れることのない光が、まるで
「とっととクソッタレな日常に慣れやがれ! ⋯⋯それしか⋯ねぇだろうがッ。それを承知の上でここに来た奴が、なに寝ぼけたことをほざいてやがる!
投げやりそのものじゃねえか。ありえねえ⋯⋯似合わねえこと言うなよ、なんで言うんだよ、そんなこと言うようなタマじゃねえだろうが、お前はッ!」
「何言ってやがる。言ったろ、人助けだと思えってな。そう感情的になるなよ、ソーマ。一回頭冷やして、よく考えてみやがれ」
激昂を
「お前が抱えるその苦悩を、どうにか出来るかもしれねえ⋯⋯。俺は、さっきからそう言ってるんだぜ。
ここにいる連中、みんな助けると思って見殺しにしちまえば、それで全部すっきりするかもしれないぜ⋯⋯ってな」
「なにを⋯言っ⋯て⋯⋯」
なぜなら、光の強さと素晴らしさを誰よりも正しく評価し理解しているのは、他ならぬ闇の眷属である。
負け犬みたいに死が救済などと、光の眷属が言うはずはない。彼らなら、そんな不条理さえ
光の恐ろしさを理解しているからこそと⋯⋯予想した未来はしかし、皮肉にもその張本人によって否定されていく。
「考えてもみろよ、ソーマ。仮に
「それ、は⋯⋯」
「無理だわな。ガキでも分かる」
適合者のほとんどが若年層な
対して敵は、その体を構成するオラクル細胞の存在により、討伐されても新たな個体が無限に形成され続ける
数も、質も、パワーバランスも──何もかもが違いすぎる。天秤の両端は常に片方へ傾いたまま、釣り合いすら見せていない。
「つまり、抜本的な解決方法は無いわけだ。お前も言ったろ、ここじゃ死人が出るのは日常茶飯事だ。やってらんねえよ、まともに人助けしたって徒労に終わるだけだ。
正直、お前の言う通りだと俺は思うぜ? 後はこの持論を、どう上手く貫くかって話さね」
「貫くだと⋯」
「そうさ。ただ生かせばいいってモンじゃない。だから、ただ楽に死なせてやった方がいい時もある。こう考えて貫いたら、話は全然変わってくる」
今の時代、
常に死と隣合わせの状況で、ただ生きているだけでも幸せだと取るか、それともただ
倫理観を基準に判断すれば、前者一択。だがしかし、逆にそれを無視して人という生き物を考えるのなら⋯⋯
「⋯⋯⋯」
それは、あまりに無慈悲な天啓。
そう、忘れてはならない。人間とは、とても弱い生き物である。
少しの絶望と激痛を捕食者から与えられただけで、その大半がすぐに生き延びることを諦める。心身を破壊されながら、血を流しながら、なおも抵抗を選べる人間は極々稀だ。
通常は腕一本も
現に外部居住区の底辺にいる人間は、その八割方が真面目に生きることを止めていた。もういいと思いながら、諦観に
「なあ、よく考えたら笑い話じゃねえか、これ。
良かれと思って人助けしてるのによ、助けられた側の大半はそれを余計なお世話だと思ってるんだぜ? 骨折り損にも程があるだろ」
にやりと、皮肉を利かせるように唇の端を歪めるコハク。
そう、今を生きている人々が助けて欲しいのは、
ただ
無論それは、
人同士の戦争でさえ、長引けば長引くほど人の心は
そうして疲れ果ててしまえば、人は生きていることが嫌になる。死に場所を求めるようになる。
「不幸中の幸いか、お前がいるのは討伐班だ。無関係な人間を無関係なまま見殺しにする必要はねえだろうし、気兼ねもいらないぜ。何せ、向こうから勝手にくたばってくれるんだからな。
そうなりゃ話は簡単だ。ここにいる連中全員、弱い奴から諦めて無関心を貫いたまま、お前はただ堂々と開き直ればいいのさ」
偽悪的な態度で、コハクはソーマの持論を具体的に代弁する。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「そういうことだ。死んじまうんだったらな、助けなけりゃいいんだよ。それこそ永遠に」
二の句が継げない。握り締めた拳に、自然と力がこもる。
コハクが語ったのは、理想的なソーマの在り方だ。全ての生命を等価にすることで、死を
大切に想うことが二度となくなるのなら、それは生きながらに他者を死亡させているのと同じことだろう。
死への対策、正面から向き合う以外の解決法。光のように振り返ることなく、何もかもから逃げ出すという最も闇の敗残者が得意とする安全策。
どくんと、不自然に鼓動が跳ねた。
だが、それは、そのためには──
「だから、なぁ」
一歩、コハクが距離を詰めてくる。
掛けられた言葉は親しげだが、その顔に先ほどまでの偽悪的な笑みはない。
ソーマの目の前に立つ青年は、凍りついた目で彼をじっと見据えながら、やおら*1唇を小さく動かした。
「リンドウさんもサクヤさんも、諦めちまえよ」
心臓が跳ねる。
それは世の理。生きとし生けるものは
「それが出来ないってんなら」
⋯⋯いや、実際に
「もう一度、あの時と同じように」
鼓動が跳ねる。
あの時と同じように、とは。何のことだ。
どうしてか、物心つくより前の記憶が
瞬間、言いようのない恐れが胸の奥に広がり、コハクから離れようとソーマは知らず後ずさった。
一方の青年は、怒りの割に
しかし、ソーマの態度に苛立ちはしているのか。忌々しげに舌打ちをして、コハクは冷めた声で続く言葉を吐き
「俺を諦めれば、すぐ楽になれるぜ」
鼓動が跳ねる。
もう一度、あの日と同じことをすると。お前が未だに逃亡を選び続けるのなら、望み通りにしてやると。
そう何よりも明確に、誓いすら伴わせて告げられた瞬間が……我慢の限界だった。
セリフ回しって難しい⋯⋯( ̄▽ ̄;)
後、喧嘩シーンのインプット資料が少ないorz
何で、玲愛√の蓮VS司狼を参考にしてます。
いやー、本格的にコハクとソーマの喧嘩が始まるところまで書きたかったのですが、その前半部分を加筆しただけで1万字を軽く突破。
あ、これ、1万字と少しなんて文量で収まんねえな⋯⋯('ω' ;)と気付くまで執筆し続けていたら、必然的に更新日が遅れたorz
いやー、書くのが楽しくて楽しくて(;・∀・)
それでは、今回はここまで。
リメイク前と同様、長くなると思いますが、よろしくお願いします。