シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~ 作:月城 友麻
マウスが手術から回復したのを見計らって、いよいよAIとの本格的な接続準備を開始する。
前回、単純な接続については確認済みではあるが、本格的に飛んだり跳ねたりが自由にできる状態かどうか、を精査していく。
オフィスにマーカスの檄が飛ぶ。
「Hey Guys! Let's start the operation! (お前らやるぞ!)」
「Yes sir!」「Yes sir!」「Yes sir!」
みんな気合十分である。
それを見届けると、マーカスは特注の高級ネットチェアに、ドスンと座り、キーボードで何かを高速に打ち込んだ――――
流れる出力を見届けると、
「No.1! Check Deep linking! (1番接続!)」と、エンジニアチームに向かって叫んだ。
「No.1 Sir! (1番了解!)」
コリンは大声でそれに答え、キーボードをチャカチャカ叩きながら、複数の画面をあっちこっち見ている。
オフィスには、大画面モニタを3つ、メゾネット上階の手すりの所に配置している。
ここには、主要なステータスを常時表示しているので、状況が良く分かる。
マウスの
心臓の鼓動に合わせて、ステータスは波打つように変化しており、マウスがしっかり生きている事を感じさせてくれる。
一番左の画面上では、ステータスバーが点滅しながら伸びている。
どうやら、今の接続確認工程が進むたびに、このステータスバーが伸びるようだ。
順調に伸びていたステータスバーだが……急に止まってしまった。
同時にマウスのステータス表示が、急に乱れはじめた。
嫌な予感がする。
「No! No! Stop!!!」
デビッドが立ち上がって叫んだ。
と、次の瞬間、全部の画面が急に真っ赤になり『WARNING!!!』のサインが明滅する。
ビーッ! ビーッ!
非常音もあちこちから鳴り響く。
慌ててマーカスが
「Stop Deep linking! (停止!)」と、コリンに向かって叫ぶ。
「Stop Sir! (停止了解!)」
コリンも慌ててキーボードを叩き、リカバリに努める。
クリスも、急いで走ってマウスの方へ行ってしまった。
一発目からいきなり緊急事態である。
オフィスに緊張が走る。
俺は両手で顔を覆い、ソファーにドスンと身を沈めた。
やはり、そんな簡単な話ではないのだ。
マーカスが、マーティンの方に走って行って、何か深刻そうに相談している。
どうやら、筋肉に行くはずの信号が、内臓に向かっている神経に流れてしまい、出てはいけない分泌物が多量に分泌され、
生体とのリンクは、強引につないだものだから、どうしてもこの手の混線が避けられない。
そして、混線はBMIのフィルムの中の、極微細な配線の中にあり、もはや手が付けられない。つまり混線は直せない。
その配線を使わずに、筋肉を動かさないとならないが、他のルートを探すのも慎重にしないと、マウスが死んでしまう。
みんな必死で解決策を探しているが、簡単な解決策などない。
ここまで難しいとは……。
1時間ほどして、ようやくマウスの
エンジニアチームは、会議テーブルで善後策を議論しているが……やはりそう簡単ではないようだ。
「That's That! (しかたないだろ!)」
「No! No!」
「I don't give a shit!(知らねぇよ!)」
みんなちょっとイライラしてきている。
ピリピリした雰囲気がオフィスを包む。
俺がハラハラしていると、
「誠さん、何してるの! こんな時こそあなたの出番よ!」
美奈ちゃんが、ひそひそ声で珈琲セットを指さす。
確かに、ちょっとブレイクを入れた方がよさそうだ。
俺はさっそく、珈琲の豆を挽き始めた。
珈琲豆は、ふんわりと香ばしい芳醇な香りをたてながら、砕けていく。
俺は珈琲の香ばしい豊かな香りをゆっくりと吸い込み、心を落ち着けた。
そして、細心の注意を払って丁寧にドリップし、美奈ちゃんに渡す。
ちょっとヒートアップ気味だったみんなも、美奈ちゃんから珈琲を受け取ると、笑顔を見せた。
笑顔は問題を解決する。厳しい局面でこそ心の余裕が大切なのだ。
珈琲が功を奏したのか、この後、混線の回避手法が開発された。
事前に微小電圧で混線具合のマッピングを取っておく事で、クリティカルな配線を封印できる事が分かったのだ。
これで何とか副作用なく、筋肉を動かす事ができるようになった。
しかし、最初の接続テストからこんな感じなので、長期戦が予想される。
「誠さん、買い出し行くわよ!」
美奈ちゃんがそう言って、俺の手を引く。
「え? 何買うの?」
俺がぬるい返事をすると
「バカねぇ、腹が減っては戦ができないって言うでしょ? お昼買ってきてあげなきゃ!」
呆れたように言う。
確かに、もう午後2時近くなのに、皆必死で、お昼を食べるような雰囲気じゃない。
「なるほど、行こう!」
二人でコンビニに行き、適当にパンやおにぎり、サンドイッチをカゴに詰め込んでいく。
食べ物をたくさん買い込むと言うのは、実に楽しい。普段は散々選んで一つ買うだけなのに、気になる物手あたり次第買えるのだから、素敵なエンターテインメントである。
鼻歌まじりに次々とカゴに入れていると、美奈ちゃんが、高級そうなショコラを、さり気なくカゴに入れるのを見つけた。
「え? スイーツも買うの?」
「それは私のよ!」
そう言ってニコッと笑う。
値札を見ると1100円もする。
「いやいや、ちょっと高すぎないこれ?」
「100億もある癖に、何ケチってんのよ!」
逆ギレである。
「いや、これ、経費で落ちるのかなって……」
「総務経理部長は私で~す。部長決済で通しま~す!」
いたずらっぽい笑顔で、嬉しそうに言う。
職権乱用だとは思うが……まぁ長丁場だし、仕方ないかもしれない。
「じゃ、俺の分も……」
俺が棚のショコラに手を伸ばすと……
俺の手を叩く。
「ダメで~す! 男性の方は経費になりませ~ん!」
「え!? 男女差別反対!」
「うちの会社は赤字で~す! 経費節減!」
「いや、100億もある、って自分で言ってたじゃん!」
「つべこべ言わないの! 私の一口あげるから」
そう言ってウインクする美奈ちゃん。
しかし、社長が女子大生に言い負かされるわけにはいかない。
ここは断固抗議をして、威厳を取り戻さなくてはならない。
俺が決意を固めていると、美奈ちゃんは首をかしげ、俺を見上げるようにして最高の笑顔で言った。
「ねっ♡」
俺は彼女のあまりの可愛さに、脳髄に衝撃が走るのを感じた。そして、本能が勝手に白旗を上げた。
「わ、分かったよ、一口ちょうだいね」
俺はそう言うと、負け切った表情で、手をさすりながらレジへと向かった。
女子大生ってみんなこんなに強いのだろうか……、女性との交流が乏しかった俺にはさっぱり分からない。
人間を知るというのは大変だぞ、これは……。