シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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3-7.セクハラ女神

 翌日、由香ちゃんが初出社した。

 白いシャツにグレーのスーツ姿だ。

 

 『私服でいい』というのを伝え忘れていた、申し訳ない。

 

 まずは、ネットで拾ってきたインターンの契約書を見せ、内容を確認してもらう。

 時給は1100円だ。

 

 次にうちの会社の説明をする。

 深層守護者計画の内容を説明すると、狂人扱いされかねないし、下手したら警察に駆け込まれてしまう。

 あくまでも『太陽興産の子会社で、AIの開発をしている』とだけ伝え、バックオフィス業務をお願いした。

 

 美奈ちゃんも出社したので、具体的な業務内容の指示は美奈ちゃんに任せ、俺は自分の机に戻った。

 

「先輩! ちがうわよ~! ココ押してココ!」

 

 にぎやかな声が聞こえてくる……大丈夫だろうか?

 

「はい、押します~。で、ここに経費の数字を入れればいいのね?」

「そうだけど……。違う違う、そこは軽減税率で入れないとダメよ!」

「軽減税率?」

「消費税には8%と10%があるの!」

「え~……」

 なんだか大変そうだ。初日からちょっと荷が重かったかもしれない。

 

 

      ◇

 

 

 お昼は近所のイタリアンで、由香ちゃんの入社歓迎ランチ会だ。

 

 俺はマルゲリータピザを頼み、由香ちゃんは たらこパスタ。皆、思い思いの物を注文する。

 

「由香ちゃん、業務の内容は分かったかな?」

 俺は水を飲みながら、由香ちゃんのケアに努める。

 

「はい、概要はなんとか……」

「経理は、単純な仕訳を扱っているうちは良いんだけど、いつか数字が合わない時がやってくるんだ」

「え? そんな事あるんですか?」

 丸い目をする由香ちゃん。

 

「社会保険料が事前に計算してた値と違うとか、消費税の税率が違うとか、些細な理由で数字はすぐ変わっちゃうんだ」

「その原因を追究して、修正が大事って事ですねっ」

「そう、でも、どこまでやっても原因が分からない事があるんだ」

「え? 何で?」

 怪訝そうな由香ちゃん。

 学校では理不尽なケースなんて学ばないから、こういう反応になっちゃうのは仕方ない。

 

「それがリアルな社会であり、会計の現場って事だよ。社会は常に理不尽なんだよ」

「そ、そうなんですね……」

 由香ちゃんは不安そうに下を向く。

 

「そういう理不尽に対し、ポジティブに前向きに、笑顔で周りの助けを借りながら、乗り越えていくのが社会人なんだよ」

「勉強になります……。太陽興産もそう言う所を見るんですね?」

「うーん、良く分からないけど、社会人適正という意味で言うと、そうなんじゃないかな?」

「頑張ってみます」

 そう言って、由香ちゃんは両手でこぶしを握ってみせる。

 

 そんな由香ちゃんを見ながら、

『こんなに素直な娘なら、大丈夫かもしれないな』

 と思った。

 

 

「ピザはあっちね、たらこはここ!」

 美奈ちゃんがウェイトレスに、持ってきた料理の置き場所を指示する。

 

「先輩はインターンなんだから、気楽にやってて大丈夫よ」

 美奈ちゃんはそう言いながら、アラビアータをフォークでクルクル巻く。

 

「気楽って言われても……。就職もかかってるのに……」

「手抜きはダメよ! でも、楽しみながらやらないと、いい仕事にならないのよ」

「そう言うものかなぁ」

 たらこパスタをつつきながら、由香ちゃんが悩むので、俺もピザをつまみながら、

 

「パーフェクトを目指して肩に力はいると、良くないんだよ」

 と、諭す。

 

「確かにできる事しか、できないですしね」

「そうそう」

 

 と、やり取りをしながら気が付いたのだが、美奈ちゃんはまだ20歳の大学生のはず。それなのに今まで、簡単じゃない事務処理を一人で難なくこなしてきてる。これは普通出来る事じゃない。

 ずば抜けた美人なのに能力も高い、実はとんでもない大物なのかもしれない。

 

「そう言えば美奈ちゃんは、なんでそんなに卒なく仕事できるの? 何かやってたの?」

「うふふ、秘密で~す!」

 そう言って人差し指を立て、小悪魔風に笑い、ウインクをした。

 

 俺はそのウインクに不覚にもドキッとしてしまい、慌ててピザに目を落とす。

 

 だいぶ見慣れてきたはずだが、美奈ちゃんの澄み切った琥珀色の瞳で見つめられると、脳の奥にしびれが走る。まるで魔法だ。

 

 俺は深呼吸をし、ピザを見つめながら聞いた。

 

「美奈ちゃんはミスコンとか出ないの? 出たら優勝できそうだよね」

「ふふふ、当然声はかかるわよ、でも絶対出ないわ」

 ドヤ顔の美奈ちゃん。

 

「え? なんで?」

「ああいうのは、女子アナになりたいような人が出るのよ。普通の人は目立ったら損しかないわ」

 そう、あっさりと斬り捨てる。

 

 由香ちゃんは、

「美奈ちゃんはすごいなぁ、私は声かけられたことなんかないわ……」

 と、圧倒されている。

 

「うーん、由香ちゃん相当かわいいと思うよ。ただ、美奈ちゃんにはなんだか芸能人的なオーラを感じるんだよね」

「分かる気がします。女の私でもドキッとしちゃう時ありますもん……」

 ニコニコしながらそう言う由香ちゃんを、美奈ちゃんはチラッと見ると、急に手を伸ばした。

 

「何言ってんの先輩! こんなケシカランもの持ってるくせに!」

 いきなり由香ちゃんの豊満な胸を、むんずと掴む美奈ちゃん。

 

「キャッ! 美奈ちゃん何するの!?」

 由香ちゃんは驚いて体をよじる。

 

 俺も驚いて、

「おいおい、美奈ちゃん! セクハラはダメ! 昭和のオッサンじゃないんだからさ~!」

「あら、誠さん、私の胸と先輩の胸、どっちがいいのよ?」

 え? どっち?……、つい見比べてしまう俺。そして、バカな事をしたと、ひどく恥じた。

 

「ダメダメ! うちはそういう会社じゃないんだよ!」

 俺は目を瞑って話題を切ろうとした。

 

「ごまかしてるぅ~」

 ジト目で俺を睨む美奈ちゃん。

 

「そもそも胸なんて、単純な大きさだけでは、何とも言えないものなの!」

 俺は真っ赤になりながら墓穴を掘る。

 

「あら? じゃ、何で決まるのよ?」

 怪訝そうな目で俺を睨む美奈ちゃん。

 

「あ、いや、それは……」

 詰んでしまった。

 

「ともかく! 今日は由香ちゃんの歓迎会なんだから、由香ちゃん動揺させちゃダメ!」

「このくらいいいわよねぇ? 先輩?」

「いや、ちょっと、セクハラはダメです……」

 由香ちゃんは両手で胸を隠し、恥ずかしそうにうつむく。

 

「あら、ノリが悪いわねぇ……」

 美奈ちゃんはつまらなそうに口をとがらせる。

 

「はいはい! この話はこれでおしまい! そろそろ帰るよ!」

 俺は強引に場を締めて、ランチ会はお開きとなった。

 

 帰り際、由香ちゃんが小さな声で聞いてきた。

 

「さっきの話ですけど……美奈ちゃん、会社ではいつもああなんですか?」

「いやいや、あんなの初めてだよ。多分新しい女性が入ってきて、本能的に由香ちゃんをライバル視してるんじゃないかな?」

「ライバル視? 美奈ちゃんが?」

 由香ちゃんが意外そうに言う。

 

「由香ちゃんは可愛いからね、ちょっと妬いてる部分があるんだよ」

「可愛いだなんて……そんな……」

 そう言って顔を赤くしてうつむいた。

 

 美奈ちゃんが突っ込んでくる。

「あら、誠さん、先輩口説いているの?」

「違うよ、うちの取締役がセクハラしてくるという、重大問題について対策を話し合ってるのさ」

「なるほど、私をネタにして口説いてるのね!」

 不機嫌そうな美奈ちゃん。

 

「ん~、まぁそう言う面があるのは否定はしないけど、由香ちゃんは大切なインターン生だから、ケアはしっかりとしないとね」

「ふぅ~ん、私の事は口説いてくれないのにね」

 その気もないのに、美奈ちゃんはすぐこういうことを言う。真正の悪女だと思う。

 

「美奈ちゃんは猫みたいだから、俺の彼女になんて満足しなさそうなんだよな。すぐにどこか行っちゃいそう」

「猫!? ペットに例えないで欲しいわ!」

 キッとこちらを睨む美奈ちゃん

 

「え? じゃあ例えるなら何?」

「女神よ、女神! 恋多き自由な女神!」

 そう言って、歩道脇にあった石のオブジェに、ぴょんと飛び乗ると、指先で優美な弧を描きながら腕を振り上げた。

 

 実に優雅である。

 細く長い指先からくびれたウエストへの完璧なライン、そしてスカートから覗く白い腿に至るまで、その美しさは非の打ちどころなく、俺はまた脳の奥がしびれてきた。

 

 すると、どこからともなく大きな青い蝶がやってきて、美奈ちゃんの振り上げた指先に留まった。

 

 え!? 俺は唖然とした。

 

 俺が驚いていると、美奈ちゃんは当たり前だと言わんばかりに、蝶を口元まで連れてきて、軽くキスをすると、腕を大きく空へと伸ばし、満面の笑みを浮かべながら蝶を空に放った。

 青い蝶は陽射しを受けてキラキラと煌めきながら、美奈ちゃんをクルっと一周すると、どこまでも空高く翔んで行った。

 

 俺は呆然としながら、遠くへ消えゆく蝶を見ていた。

 

 そんな俺に、にこやかに微笑みかける美奈ちゃん。

 

 一体これはどういう事なのだろうか?

 まるで夢を見ているみたいで、現実感が無くふわふわしてしまう。

 

 俺はなんと返したらいいか分からず、降参した。

「こ、これは失礼しました、女神様……」

 

「そうよ! 猫じゃなくて女神なんだからぁ!」

 美奈ちゃんはそう言いながら、腰に手を当てて得意げな顔でポーズを決めた。


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