シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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4-1.体重10gの天使

 マウスの実験は大成功、という事で、いよいよ人体との接続だ。

 

 しかし、無脳症とは言え、人体は神聖なもの。法的、道徳的になるべく問題ないようにクリスと相談を重ね、妊娠12週未満の中絶した胎児を貰う事にした。

 

 この週齢の胎児は、母体から出したらすぐ死んでしまうし、法律的にも医療廃棄物になる。

 そこをクリスの神の技で何とか延命し、BMI接続手術に耐えられるまで大きく育てる計画だ。

 

 再度実験室に簡易無菌室を展開し、人工胎盤を用意し、受け入れ準備を進める。

 

 ただ、例え無脳症で中絶胎児であっても、人体実験は禁忌だ。バレたら逮捕、収監は避けられないだろう。

 

『逮捕……かぁ……』

 

 俺は実験室の椅子に座りながら昏い気分に囚われ、大きく息を吐いてうなだれた。

 

『刑務所ってどんな所かなぁ……? リンチとかあるんだろうか……』

 

 今まで他人事のように思っていたが、自分がぶち込まれるかもしれないとなると途端に気になりだした。

 

『ばぁちゃん、ママ、ゴメンなさい。俺は犯罪者になります……』

 俺は手を組みながらそんな事を思い、押し寄せてくる昏い感情に流されぬよう、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 

 もはや後戻りはできない。人類の守護者創造のために、我々は犯罪者の道を行くのだ。

 

 

           ◇

 

 

 受け入れの日が来た。

 クリスから電話があり、今晩赤ちゃんを受け取るそうだ。

 血液型はRh+のAB型、俺と同じ型なので、育成には俺の血を使う。

 

 使い捨ての手術衣に着替え、無菌室に入って全体に消毒薬を散布し、必要な機材をセットした。

 そして、人工羊水を、透明なバッグに満たして人工子宮とし、人工胎盤も消毒して準備完了。

 後は赤ちゃんの到着を待つばかり。

 

 しばらく待っていると、クリスが淡く光るバッグを持って、急ぎ足でオフィスに戻ってきた。

 メンバーが心配そうに見守る中、まず、クリスは俺の血を抜いて人工胎盤に入れる。

 

 何の躊躇もなく、サクッと俺の静脈に注射針を差し込むクリス。

 医療技術者としても相当に優秀な事に舌を巻く、さすが神様。

 俺の血を1リットル抜いて、人工胎盤を満たす。ポンプのスイッチを入れると、俺の血が人工胎盤の中をぐるぐると回っていくのが分かる。

 

 俺の身体の血は、全部で5リットルくらい。1リットル抜くと、さすがにクラクラする。

 しかし、これから週に何回も、こうやって人工胎盤を、満たし続けないといけない。

 実に気が重いが、AB型は俺しかいないので仕方ない。

 

 続いて、赤ちゃんの準備だ。

 クリスのバッグから、慎重に赤ちゃんを取り出す。

 包みをそーっと開けると、身長6cm位の、赤い小さな生き物が出てきた。

 

「え? これが赤ちゃん!?」

 美奈ちゃんは思わず声を上げる。

 

 確かに見た目は、小さな赤い両生類の様な、気味悪い生き物である。体重も10g程度しかない。とても赤ちゃんというイメージではない。

 しかし、これはれっきとした人間の赤ちゃんなのだ。

 ついさっきまで、お母さんのおなかの中でゆったりと浮いていたのだ。

 

 クリスは、赤ちゃんのお腹から伸びている、細い へその緒に、慎重に針を刺す。

 そして、血管にうまく刺さったら、人工胎盤と繋げる。

 赤ちゃんの血液が、人工胎盤の中を通るのを確認した後、赤ちゃんに各種センサーを取り付け、その後人工羊水の中にそっと入れた。

 

 人工羊水の温度、血液の酸素濃度や血糖値、心拍、血圧などの数字をみる。

 

「うーん、血圧がちょっと弱いのかな……」

 赤ちゃんの心拍は異常に速く、ちゃんと血圧が測れている自信がないが、出てる数値は予想よりも低い。

 

 しかし、何があっても我々に打てる手などない。

 そもそも、この週齢で生き延びさせる医療技術を、人類はもっていないのだから。

 うちにはクリスの癒し、というチートがあるから可能性があるが、普通はお手上げなのだ。

 

 人工羊水のバッグの封を閉じて、とりあえず受け入れは完了。

 クリスはそばの椅子に座り、手をかざし、癒しの技を発動する。

 

 赤ちゃんは淡い光に包まれて、生命安全度(バイタル)の数値も若干改善した。

 

 今、一番怖いのは感染症。赤ちゃんに薬は使えないので、細菌が入ったら なすすべなく一発で赤ちゃんは死んでしまう。薬使ったらちゃんと育たない、という制約はとてもキツい。

 

 クリスには申し訳ないが、しばらく安定するまでは、つきっきりで見てもらわないとならない。まさに神頼みである。

 

 クリス、ゴメンね……。

 

 

 様子を見ていた美奈ちゃんが言う、

「これ、本当に、人類の守護者に育つのかしら?」

「育てるしかないんだよ、もう後戻りできない……」

 

 俺は自分に言い聞かせるように、答える。

 

「バレたら牢屋行きよね?」

「バレない様にお願いします、姫」

 

「でもまぁ、私、総務経理だから、牢屋行きは誠さんだけね!」

 そう言ってニヤッと笑う美奈ちゃん。

 

「え~!? 俺達仲間じゃないか!」

「監獄仲間にはなりたくないわ」

 そう言いながら、シッシッと俺を追い払う仕草をする。

 

「美奈ちゃん……そんなぁ……」

 俺が情けない声を出すと、美奈ちゃんは、

 

「しょうがないわねぇ……じゃ、イザと言う時は、一緒にこのオフィスに、立てこもってあげるわ!」

 また、訳分からないことを言い始めた。

 

「え!? 警察と徹底抗戦すんの!?」

 俺が驚くと、

 

「私が人質になってあげるから、包丁持って『この女の命が惜しければ、ヘリを用意しろ!』って言いなさいよ」

 

「何だよ、さらに罪を重ねろって言うのか?」

「毒を食らわば皿までよ!」

 なんだか楽しそうなのだが……

 

「でも、立てこもっても解決しないよね?」

「最後は、突入した特殊急襲部隊に撃たれるの」

「はぁ!? 殺されんの? 俺!?」

 あまりの展開に唖然としてしまう。

 

「で、私の膝枕の上で、誠さんは最期に『愛してる……』って言うのよ」

 殺された挙句、告白させられてる。もはやいい玩具(おもちゃ)である。あまりの事に、返す言葉が浮かばない。

 

「私は……『ごめんなさい、でも、死なないで!』って涙をポロポロ流すんだわ!」

「フられて終わりかよ!」

 

「で、三日後に遺体安置室で、クリスに復活させてもらえば、完璧よ!」

 そう言って嬉しそうに、人差し指を振る美奈ちゃん。

 

 ハッハッハッ!

 

 楽しそうに笑うクリス。

 オチに使われたクリスにはウケたようだ。

 俺には全然笑えないのだが……

 

「…。でも、生き返らせないよ」

 クリスはなんだか嬉しそうに言う。

 

 ですよね~……

 

 絶対バレちゃいかんって事だな。美奈ちゃんに殺されるわ。

 

 あーなんかクラクラしてきた……血が足りないのかも……

 クリス、俺の造血細胞にもヒールをお願い……

 

 

 

 

 

 


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