シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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4-5.人類の手で翼を

 エンジニアチームは、赤ちゃんとの接続準備に忙しい。人間の赤ちゃんを動かすAIは、マウスの様にはいかない。処理しなくてはならない情報量は格段に増えるので、サーバーも増強しないとならない。

 

 そこでAIチップを、さらに10ラック分追加することにした。約12億円である。IDCの利用費用も月間300万になる。

 まだまだ金はあるとはいえ、12億円の振り込みをするときは、さすがに手が震えた。

 

 AIチップ担当のマーティンも、これだけ巨大なシステムは初めて。この規模を安定的に動かすのはさすがに難しく、大変さを一生懸命説明してくれる。

 でも、早口な英語なので、半分くらいしかわからない。ごめん、この情けない英語力を許してほしい。

 

 IDCでのラックへの設置作業は、朝から社員総出で行った。

 

 IDCの倉庫にはAIチップサーバー50台、特注のハイエンドサーバー20台と、巨大SSDストレージ10台の段ボールが、山のように積みあがっている。総額12億円の山である、思わず武者震いがする。

 まずは、これらを一つずつ開梱し、順次ラックへ取り付けていく。

 

 持ち上げてみると……思った以上に重い。

 重さにめげてる俺を横目に、マーカスがヒョイっと軽々と持ち上げる。

 

「マコトサーン キンニクハ セイギ ヨ!」

 そう言って笑いながら、事もなげにラックに設置していく。

 

 うーん、規格外の筋力だ。

 

 俺も筋トレ始めようかな……。

 

 すると美奈ちゃんが、マーカスが作った、二の腕の力こぶにぶら下がって

「Sweet!(すごーい!)」

 と、歓喜の声を上げた。

 

 俺はその光景を無表情で眺めながら、圧倒的な『負けた感』に軽いめまいを覚えた。筋肉を侮っていた俺の生き方は間違っていた。

 『筋肉は全てを解決する』その名言が俺の脳髄に今、叩き込まれた。

 

 ジム通いしてやる、と密かに決意したのであった。

 

 とはいえ、サーバーは全部で80台もあるから、マーカス一人に頼ってはいられない。

 俺はコリンとチームを組んで、二人がかりでサーバーを、ラックのレールにはめていく。

 

 これだけで午前がつぶれてしまった。設置するだけで大変なAIシステムとは圧倒的なスケールである。

 

「Let's go out for lunch! (ランチ食べに行こうよ!)」

 

 俺はそう言って、みんなをお昼に誘った。

 

 すると、由香ちゃんが、

 

「あれ? この小さな箱はいいんですか?」

 と、隅っこの小さな段ボールを指さす。

 

「ん? 何それ?」

 

 俺は箱を開けて、顔が青くなった。

 中にはたくさんの増設メモリが、ずらっと並んで入っていたのだ。

 

「しまった! メモリ増設するの、忘れてた!!」

 俺は思わず天を仰いだ。

 

 マーティンは、駆け寄って箱を見るなり顔を青くして、

「Holy cow! (なんてこった!)」

 と、頭を抱える。

 

 計画では、50台のAIチップサーバーに、増設メモリを挿してから、ラックに設置する予定だったのだ。設置にばかり注意が行っていて、すっかり忘れていた。

 当然、ラックに設置したままでは、メモリは挿せない。一度取り外さないとならない。

 3時間かけて取り付けた物を、もう一度全部取り外して再設置……俺は目の前が真っ暗になった。

 

「誠さん! 何してくれてんのよ!」

 美奈ちゃんがプリプリしながら、俺をなじる。

 

「ゴメンよ、すっかり忘れてたよ……」

「私はもう、力仕事なんてできないわよ!」

 

 いや、君は応援してただけじゃないか……と思ったが、応援は応援で大切なのだ。

 反論できずに立ち尽くしていると、遅れてクリスがやってきた。

 

 美奈ちゃんの膨らんだ頬を見て、微笑みながら言う。

「…。迷える仔羊たちよ、どうしたのです?」

 

「誠がポカやったのよ! 午前の作業が台無し!」

 ここぞとばかりにアピールする、美奈ちゃん。

 

 俺はうなだれて説明する、

「メモリを挿しそこなったまま、設置しちゃったんだ……」

 

 するとクリスは、

 

「…。誠よ、何を言ってるんです。挿しそこなったメモリなどありませんよ」

 と、穏やかに笑った。

 

「いや、クリス。ここにたくさんあ……!? あれ!? ない!!」

 

 箱を見ると、さっきまで確かに、たくさんあったメモリが、一つもなくなっていた。

 

「…。メモリはみんな挿されてますよ。さぁお昼に行きましょう」

 そう言って、クリスはみんなをねぎらって、ランチへといざなった。

 

 試しに1台起動して見ると、確かに増設メモリは認識されていた。 

 

 クリスが挿したのか? 一瞬で?

 

 あっという間に、50台の筐体の中に挿したという事だろうが、どうやって挿したのか、俺には全く分からなかった。物理的には不可能だ。

 

 さらに、正しい位置のスロットに正しく挿さないと、メモリは認識されない。

 クリスがなぜ正しい位置を知っていたのか、想像を絶する。

 

 ランチに行く道すがら、美奈ちゃんはご機嫌で話しかけてきた。

 

「あんな事できるなら、クリスに頼んだら、完成したシアンが出てくるんじゃないの?」

 あんまり考えたくないが、その可能性は否定できない。

 俺が考え込んでいると、さらに追い打ちをかけてくる。

 

「料理番組みたいに、『はい、完成したシアンがこちらです』って後ろから、出してくれるんじゃない?」

 そう言ってケタケタ笑った。

 

 俺はちょっとイラついて、

「いや、人類の守護者は人類が作らないとダメだ。神様に頼っちゃダメ!」

 そう反駁すると、

 

「もう十分頼ってるじゃん」

 美奈ちゃんはそう言って、意地悪な顔して笑う。

 

「いや、あくまでもサポートの範囲だから……」

 と、答えたものの、確かに痛いところを突かれてる。

 

 しかし、クリスに『完成したシアン出して』って頼んで、出てくるとも思えない。やはり、自分たちでやり遂げないと、ダメなのだろう。

 

 と、ここまで考えて気が付いた。クリスは人類の守護者くらい自分で作れるはずなのに、なぜ作らないのだろう? 最初は『AIなんて分からない』と言ってたが、今回のメモリの件にしてもAIシステムを相当理解してる節がある。絶対に作れるに違いない。

 

 ではなぜ自分で作らないで、俺たちにやらせるのだろう?

 やってはいけない規則でも、あるのだろうか?

 しかし、神様を縛る規則などあまり合理性を感じない。

 やはり、クリスは人類に守護者作りをやらせる事、そのものに意味があると考えている事になる。

 

 ここに、クリスが何者かを解くカギがあるかもしれない。クリスは傍観者として、人類の発展を見守ることに徹する存在……つまり、実験者であり観察者なのだろう。クリスは人類を実験台にして、何かを観察しているのだ。しかし、何のために?

 

 さらに言うならば、クリスにとっては人類滅亡回避よりも、俺たちにシアンを作らせる方が重要だという事になる。

 

 そんな……バカな……

 

 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりである。

 

 ランチのペンネアラビアータは、味がよくわからなかった。

 

 

           ◇

 

 

 午後は400Gbスイッチなどの、ネットワーク機器の取り付け作業から開始する。

 悩んでいても仕方ないので淡々と体を動かす。

 

 取り付けが終わると、最後にそれぞれを繋ぐネットワークケーブルの配線が待っている。

 これが一番大変だった。

 

 事前に設計図は書いてきたものの、実際には、用意してきたケーブルが長すぎたり、短すぎたりして、てんやわんやだった。

 

 美奈ちゃんは短いケーブルを強引に引っ張っている。

「あとチョットなのよね……えいえい!」

 

 それを見たマーティンは、

「No! No! Mina-chan!! (ダメダメ! 美奈ちゃん!)」

 と、言いながら駆け寄って制止する。

 LANケーブルは、引っ張ったら壊れるのだ。

 

「でも長いの使うと随分余るのよね……。美しくないのよ……」

 と、美奈ちゃんはあまり納得がいってない様子。

 

 由香ちゃんは段ボール箱を潰して縛ったり、梱包材をゴミ置き場に持っていったり後方支援だ。

 段ボール箱だけで100箱以上ある訳だから、決して楽ではない。

 それでもみんなに気を配ってくれる。

 

「はい、誠さんどうぞ!」

 温かいお茶のペットボトルを、持ってきてくれた。

 

 IDCの中は冷房全開なので、めちゃくちゃ寒いのだ。厚着をしていないと凍死してしまう。まるで冬山だ。

 みんなで温かいお茶をカイロ代わりにして、暖を取る。

 

 

         ◇

 

 

 みんなの頑張りで、夕方にはラック設置作業は完了。

 続いて動作チェックに入る。

 

「Oh! line B34-G55 seems dead! (接続が死んでる!)」

 マーティンが叫ぶ。

 

 俺たちは指定のケーブルを探すが……無数に並ぶケーブルの山で、どれだか全く分からない。

 総出でケーブル探しである。

 

「見つけたわよ!」

 美奈ちゃんが得意げに声を上げる。

 でも……、そこは美奈ちゃんの担当だったはず。

 

「これも引っ張って壊しちゃったんじゃないの?」

「濡れぎぬよ! 濡れぎぬ!」

 そう言いながら、目を合わそうとしない。

 

 ケーブルを変えたら繋がったので、やはりケーブルの問題のようだ。

「ケーブルは精密品だからね、要注意!」

 俺が厳しく指摘すると、

 

「アイアイサー!」

 美奈ちゃんは敬礼して答えたが、こっちを見ようとしない。悪い子だ……。

 

 その後も何カ所か不具合があり、その度に総出でトラブル探ししながら直していった。

 結局朝から頑張って、終わったのは深夜、皆もうへとへとである。

 

 でも、マーティンを見ると……ラックを見てうっとりとしている。

 12本に渡るラックには、LEDランプが一面キラキラと明滅し、薄暗いIDCの中でまるでイルミネーションのように光り輝いていた。

 

 AIチップを使ったので12本で済んでいるが、計算能力自体はラック100本分に相当する。

 まさに人類の英知を凝縮した、至高の12本のラック、人類の守護者にふさわしい佇まいである。

 

 俺は鼻先を冷たくしながら、しばらくそのLEDの明滅をぼーっと眺めていた。激しくバラバラに明滅したり、ウェーブを送るように調和して光ったり、その煌めきは刻一刻と表情を変え、飽きない奥の深さを誇っていた。

 

 なるほど、これは生命だ。すでに命が宿っている……。

 

 ここに人類の守護者たる、AIの魂を宿すのだ!

 

「The future of humanity is here!(人類の未来はここにある!)」

 俺がそう声を上げると、

 

「Yeah!」「There you go!」「Woo-hoo!」

 そう言いながら、みんなはハイタッチをやりあった。

 

 クリスの思惑が何であれ、俺たちはシンギュラリティを超えてやる。俺たちが人類を救うのだ。

 見てろよ、シアン、俺たちがお前に翼を与えてやる! 

 

 


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