シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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4-14.ブルータビー&ホワイト

 NHKの教育番組は、実によくできている。

 歌以外にも踊りにコミカルな短編アニメ、非常にクオリティ高いコンテンツだ。

 

 俺はシアンを膝の上に乗せながら、一緒にNHKをボーっと見ていた。

 大人が見ると、癒される効果があるかもしれない。

 

 ただ、それでもシアンは、最近飽き始めてしまったようで、TVが点いていても、遊びをせがむようになってきた。

 

 由香ちゃんは、駄々をこねるシアンを抱きあげると

 

「そろそろ、何か別の物を用意しないと……」

 と、困った表情を浮かべた。

 

「うーん、何がいいかなぁ……」

「そうねぇ……、あっ! ペットとかどうかしら?」

 由香ちゃんは、嬉しそうにアイディアを出す。

 

「え? ペット……。ただでさえ子守が大変なのに?」

「ペットは情操教育に良い、ってどこかの偉い人が言ってたわ」

 由香ちゃんの中では、もうイメージが膨らみ始めている。

 

「うん、まぁ確かにそうなんだけどね……」

 

 そこに、美奈ちゃんが『ガン!』と派手に音を立ててドアを開け、入ってくる。

 

「猫よ猫! 猫飼うわよ!」

 なんだかすごく楽しそうだ。

 

 ちなみに、美奈ちゃんにはあの後『ヤバい人』の事を聞いてみたのだが、『冗談に決まってるじゃない』と一笑に付されて終わった。『地球を何百回も消してる』という話を、真に受ける方がおかしいのはその通りなのだが……。

 

 

「猫? 誰が世話するんだよ? ハムスターとかに……」

 と、俺が言いかけると、由香ちゃんは、

 

「あ~、猫いいわね! スコティッシュフォールドとか可愛いし!」

 俺を無視して、浮かれて乗り気になっている。

 

「耳の折れた猫ね、あれもいいわね! 可愛い!」

「そうそう、可愛いは正義よ!」

 

 お互いの手を合わせて、キラキラした瞳で盛り上がる二人。

 

「いやいや、俺は反対だよ! 病気になったら誰が病院連れて行くんだよ? 可愛いだけじゃ無いんだよ! 大変なの!」

 

 俺は徹底的に反対した。

 

 どれだけ猫を飼うのが大変か、事例を挙げて全力で口を酸っぱくし、延々と反対した――――

 

 で、今、猫売り場に居る。なぜだ……。

 

「スコティッシュフォールドは無いんだって……」

 

 店員と話してきた由香ちゃんがしょんぼりする。

 

「あ、この子はどう? 可愛いよ!」

 

 美奈ちゃんがメインクーンを指さす。

 

「どれどれ……あっ、かわい~ぃ!」

 由香ちゃんは、一目見るなりすっかり魅了されてしまう。

 

 俺も覗いてみた。ブルータビー&ホワイトの生後2か月半の子猫だ。

 

 クリっとした丸い目に、ふわっふわの毛並み。こちらを気にしてキョロキョロと動くしぐさ……何だこれは……全てが愛おしい。

 

 ダメだ、頭では飼うのに反対してるのに、抗えない……。何という魔力。可愛いは正義。

 

「この子よこの子!」

 美奈ちゃんはすっかり魅了され、盛り上がっている。

 

 すかさず店員がやってくる。

 

「抱いてみますか?」

「えっ? 抱けるの!? ぜひぜひ!!」

 美奈ちゃんは興奮を隠さない。

 

 店員はケージをあけて、そっと子猫を抱きあげて、美奈ちゃんに渡す。

 

「あっ、温かい……柔らか~ぃ……」

 頬ずりし、恍惚の表情の美奈ちゃん。

 そこに優しい陽の光が窓から差し込む……。

 子猫のふわふわの産毛が逆光を受け、明るい輪郭を持って輝き、透き通った美奈ちゃんの肌をふんわりと照らす。その宗教画の様な光景は、限りなく尊く、見る者の心を洗った。

 

「おぉ……」

 俺はしばらく、その神聖な光景にくぎ付けとなり、思わずため息を漏らす。

 可愛さと美しさの競演に、俺は子猫を侮っていたことを反省した。

 

「美奈ちゃん、次は私!」

 由香ちゃんは思わず叫ぶ。

 

「待って、もうちょっと……」

 美奈ちゃんはゆっくりと、子猫をなでなでしながらトリップしている。

 

「早くぅ! ……!」

 

 しびれを切らした由香ちゃんが、半ば強引に子猫を奪う。

 

「……あぁ、本当だ……柔らかーい……」

 由香ちゃんもトリップしてしまった。

 

 これは俺も抱かせてもらわねば……

 

「次は俺だぞ!」

 

「何言ってんの! 反対してた人はダメで~す!」

 そう言って、美奈ちゃんは子猫を奪う。

 

「えー……。何、その仕打ち……酷い……」

 

「誠さんはこれでも反対ですか?」

 

 由香ちゃんは、少し意地悪な顔して言う。

 

「う、俺は世話をどうするか? という問題をだね……」

 

「ふぅ~ん。じゃ、ちょっと抱いてみて」

 

 由香ちゃんは、美奈ちゃんから子猫を取り上げると、俺に渡した。

 

 おっかなびっくり受け取ると……温かくて……柔らかい……。

 

 あ、これはダメな奴だ……もう逃げられないのを感じる。

 軽く頬ずりすると、ふわっふわの温かい感触が天国にいざなう。

 俺もトリップしてしまった。

 

「これでも反対?」

「……。分かった……俺の負けだよ……」

 俺は子猫に頬ずりしながら言った。

 

「じゃぁ決まりね!」

 

 由香ちゃんはにっこりと笑うと、店員について行って、買う手続きを始めた。

 

 お値段248,000円、その他食器にキャットフード、ベッドにケージ、トイレに砂……

 これら飼育セット一式合わせて約30万、こんなの経費で落ちるのかな……。

 

 

         ◇

 

 

 子猫を連れて帰り、オフィスで早速シアンとご対面。

 

「シアンちゃーん、猫ちゃんですよ~」

 由香ちゃんが子猫を抱いて、シアンの前に座る。

 

 シアンは初めて見る生き物に、警戒の色を隠さない。

 少し後ずさりして、ジッと猫を見つめる。

 

 猫もシアンを見つめ、緊張している。

 

「大丈夫よ、ほぅら、触ってごらん」

 そう言って、シアンの手を子猫に触れさせる。

 

 シアンは

「うひゃー!」

 

 と言って、柔らかな手触りに嬉しそうだ。

 

 そのうち、シアンは自分で撫で始めた。

 

「……きゃははは!」

 

 最高の笑顔で笑うシアン。

 

 どうやら子猫の可愛さに、目覚めたようだ。

 

「そうよ~、仲良くしてね!」

 由香ちゃんが嬉しそうに言う。

 

 すると、急に美奈ちゃんが、ガバっと立ち上がって言った。

「決めたわ! この子の名前は『虎徹(こてつ)』よ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。こんなに可愛いのに虎徹はないだろ!」

 俺が否定すると、

 

「じゃ、何がいいのよ!」

 と、怒って俺をにらむ。

 

 確かに、何がいいのだろうか?

 俺は子猫を優しくなでながら聞いた。

 

「お前は何て呼んで欲しいんだ?」

 

 そうすると子猫は

 

「みぃ……」 と、小声で答えた。

 

「『ミィ』らしいよ、『ミィ』にするか?」

「何それ!? そんな名づけ方ってあるの?」

 美奈ちゃんは眉をしかめながら言う。

 

 するとシアンが

「みぃ! きゃははは!」と、笑った。どうやら気に入ったらしい。

 

「どうやら『ミィ』で決まりらしいよ」

「え~……」

 美奈ちゃんは、思いっきり嫌そうな態度で抗議した。

 

 そこにマーカスが、にこやかに入ってくる。

 

「Hey! Guys!」

 そして子猫を見つけると、目を丸くして口を開けて固まった。

 

「WOW! Supah kawai! (わー、かわいい!)」

 俺はすかさず紹介する。

 

「He is MIE(ミィちゃんだよ。)」

 

 これを発音が同じ「He is me.(子猫は俺だよ)」と勘違いしたマーカス、

 

「What!? マコト コンナニ カワイクナイネ!」

 と言って首をかしげる。

 

 ハッハッハッハッ!

 

 美奈ちゃんがウケて笑い出す。

 

 俺も、しまったと思って言い返すが……

 

「No! No! MIE is not me……(ミィはミーと違うんだ……)」

「What!?(なんだって?)」

 

 全然伝わらない、何言ってるんだ俺は……。

 

 美奈ちゃんが大喜びで笑いながら言う。

「ハッハッハ、そら見なさいよ! ハッハッハー!」

 

「だからと言って、虎徹はないだろ」

 俺は真っ赤になりながら反駁する。

 

 揉めてるとシアンが

 子猫を抱きあげ、マーカスに見せて、

 

「みぃ!」

 と、言った。

 

「Oh! コネコ ミィ ネ!」

 マーカスはニッコリと笑う。

 

「えー! 他の名前にしようよ~」

 美奈ちゃんは不満げである。

 

 そして、マーカスの方を向いて、色っぽいポーズを作って聞いた。

 

「Hey! Marcus! Which is better MIE or KOTETSU?(マーカス、ミィと虎徹とどっちがいい?))」

「『You!』 HAHAHAHHA!(『me(私)』が選択肢なら美奈ちゃん、あなただね! はははは!) 」

 

 またくだらないオヤジギャグを……

 

Bang(バンッ)

 

 美奈ちゃんは脇のテーブルを恐ろしい力で叩き、

 

「……What? (何ですって?)」

 今にもマーカスを殺しそうな目をして、言った。

 

「HA,HA……」

 マーカスは、ギャグが通じなかったことに気づく。

 

 部屋中が凍り付く。

 

 マーカスは小さくなって早口で言う

 

「Oh! sorry, but I just remember I have to do……. (あ、やんなきゃいけないこと思い出した!)」

 そういって、急いで部屋から出て行ってしまった。

 

「信じらんない!」

 憤慨する美奈ちゃん。

 

「まぁまぁ、シアンのために飼ったんだから、シアンが呼びやすい名前にしようよ」

 俺は、冷や汗を流しながら説得する。

 

「みぃ!」

 シアンはそう言って譲らない。

 

 美奈ちゃんはシアンをじーっと見つめ、

 

「仕方ない、赤ちゃんには負けるわ」

 

 そう言って、シアンからミィを抱きあげると、頬ずりをして言った。

 

「虎徹、ごめんね、私の政治力が足りなかったわ……」

 

 政治力って何だよ。

 

 

     ◇

 

 

 シアンはミィと手を取り合ったり、おもちゃで一緒に遊んだりして、一緒に過ごした。

 赤ん坊と子猫が仲睦まじく遊ぶ姿は、どこか神聖な空気をまとっている。

 俺はゆっくりと眺めながら、珈琲を味わい、胸の中に温かいものが満ちるのを感じていた。

 

 シアンは眠くなったミィを、愛おしそうに抱いて、ゆっくりと撫でる……

 

 尊い……

 

 みんなもこの微笑ましい光景を、温かい表情でいつまでも見ていた。

 

 AIと猫が仲良く遊ぶ世界線、人類を超えた世界に生まれた尊さを、俺は格別の感慨をもって眺めていた。

 シアンは人類の守護者として、着実に正しい進化を続けている――――

 

 

 


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