シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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4-16.社長+部下+AI

 最近シアンは、コンピューターサイエンスに興味がある。

 技術資料を大量に、延々と読み続けながら、python(パイソン)を使った簡単なコーディングまでやり始めている。

 データベースに、良く分からない膨大なデータ流し込んで、不可解な処理をさせたりしているのを見ると、そろそろシンギュラリティに到達しているのかもしれない。

 また、サーバーのセキュリティにも興味があるようで、自分でいろいろなサーバーを立てては、そのセキュリティホールを丁寧に洗っていたりする。

 とても危うい技術なので積極的にはやらせたくないが、とは言え好奇心を止める訳にも行かない。

 俺がいいと言うまでは、他人のサーバーのハッキングはしない、という約束で許可する事にした。

 

 俺はオフィスで珈琲を飲みながら、シアンがアクセスしている外部リソースを確認してみたが、最近はもう何をやっているのか全く分からない。

 以前は文字や画像の取得だったのが、最近では無数のサーバー間で数値(バイナリ)のデータを延々とやり取りさせていたりして、もはや俺の理解を超えている。

 世界を理解する上で、インターネットの理解も必要ではあるが、やり過ぎていないのかとても不安になる。ただ、本格的にヤバくなったら、IDCのネットケーブルを引っこ抜いて強制中断すればいいのだ。この命綱がある限りは大丈夫だろう。

 

 

           ◇

 

 

 ネットの世界だけだと偏るので、由香ちゃんと一緒に、お出かけする事にした。

 

 街路樹の若葉がにぎやかに彩りだした歩道を歩きながら、由香ちゃんは、

「私達、街の人からはどう見られてるかなぁ?」と、嬉しそうに聞いてくる。

「AIを学習させるベンチャーのスタッフ、だなんて想像もできないだろうね」

 

 由香ちゃんは、そっと近づいてくると耳元で、

「きっと、幸せな若夫婦だと思ってるわよ」

 そう(ささや)いて、嬉しそうに笑った。

 

「奥様としては由香ちゃん、若くない?」

 俺が突っ込むと、

 

「そんな事ないわ、適齢期よ! ねぇシアン?」

 と、ベビーカーのシアンを(のぞ)きこむ。

 

 シアンは、

「まこと、どんかん、きゃははは!」

 と、笑う。

 

「ちょっと待て、その質問にその回答はおかしくないか? どこか壊れてる?」

 俺が怪訝な顔をすると、由香ちゃんは、

 

「いや、シアンちゃん、さすがだわ~!」

 と、当てつけるかのように喜んでいる。

 何が『さすが』なのだろうか……。

 

 

         ◇

 

 

 春の気持ちいいそよ風の中をしばらく歩いて、シアンお気に入りの公園に来た。広々とした芝生には春の日差しがさんさんと降り注ぎ、思わず頬がゆるむ。

 シアンを芝生に放して、ボールを転がしてやると、

 

「きゃははは!」 と、捕まえ、こちらに投げ返してくる。

 相当高度な事が、できるようになってきた。

 

 俺が軽く蹴ってやると、シアンも蹴り返そうとして……コテン

 転んでしまった。

 

「おい、シアン、大丈夫か?」

 

 心配して駆け寄ると

 

「きゃははは!」 と笑っている。

 

 頭は割れてない、セーフ!

 

 シアンはヒョイっと起き上がると

 

「きゃははは!」と、上機嫌にステップを踏み始めた。

 

「お、踊ってみるか?」

 俺はスマホでダンスの曲を流す。

 

 シアンは

「きゃははは!」 と笑いながら、踊り始めた。

 

 リズミカルに軽く腰を落としながら、足を開いて右行って左行って、手はクラップ。

 

「おぉ、いいぞ、そうだ!」

 

 俺が喜んで言うと、由香ちゃんは

 

「え? なんで、シアン踊れるの!?」

 すごく驚いている。

 

 そのうち、リズミカルに左右に重心を移しながら、足をシュッシュと伸ばし、肩を回しながら腕を回し、収める、再度回して、収める。

 だんだん調子が出て来て、足もクロスさせ始めた。相当に高度なダンスである。さすがAI。

 

「お、いいよいいよ!」

 俺は手をパンパンと叩いてリズムを取りながら、シアンを応援する。

 

 ところが由香ちゃんは、急に険しい表情になって黒いオーラをまとった。

「これ……美奈ちゃんね……」

 

 すごい、なぜ分かるのか。

 

「マ、マウス時代に美奈ちゃんが教えたんだよ」

 俺が不穏な空気にビビりながら説明すると、由香ちゃんはおもむろに立ち上がり、

「シアン、ママの踊りを真似しなさい!」

 そう言い放つと、踊り始めた。

 

 シアンが、美奈ちゃんのダンスを踊るのは許せないらしい。

 女の子同士の微妙な関係は、男には全く理解できない。

 

 肩を怒らせ、腕をクロスし、伸ばし折り伸ばし折り、ステップ踏みながら軽く回る。

「こうよこう!」

 

「きゃははは!」

 シアンは余裕でまねる。

 

「次から踊る時はこう踊りなさい!」

 

 由香ちゃんとシアンが並んで、ピッタリと息の合ったダンスを繰り広げる。

 右足、左足、右右左左、

 

 いいぞいいぞ!

 

 気持ちのいい芝生の公園で、赤ちゃんと女の子が楽しそうに踊っている。青空にぽっかりと浮かぶ雲がゆったりと流れ、春を告げる匂いが俺たちをふんわりと包む。

 俺は力がふっと抜け、今まで感じたことのないような、優しい嬉しさが胸を満たしていくのを感じていた。

 人生って、もしかしたらこういうものだったかもしれない。こういう幸せを集める旅、それが人生の本質だったのかも……。

 

 俺はボーっとただ、二人の軽やかなダンスを宝物を集めるように、心に刻んでいった。

 

 

        ◇

 

 

 二人がクルっと回った所で、パチパチという拍手が上がる。

 驚いて横を見ると、なんとたくさんのギャラリーが!

 スマホで撮っている人までいる!

 ヤバい!

 

「あー、ごめんなさい! 見世物じゃないので、撮影はご遠慮くださーい! 本日のダンスは終了でーす!」

 

 俺はそう叫んで、ギャラリーを解散させたが、一人名刺を出してくる男がいる。

 嫌な奴に見つかってしまった……。

 

 名刺には「YTプロダクション 佐川雄二(さがわゆうじ)」とある。

 最近YouTuberをたくさん抱えて、羽振りの良い会社だ。

 

「先ほどのお子様のダンス! 最高でした! ぜひ、ネットで動画を配信させてください!」

 

 ほうら来た。

 佐川は穴の開いたジーンズに、小汚いカーキ色のジャケット、業界人っぽい風貌でニヤニヤしている。

 シアンの動画がネットになんて載ってしまったら、秘密がばれ、俺は逮捕されてしまう。心臓がバクバクし、冷や汗が流れてくる。

 

俺は覚悟を決め、ゆっくりと深呼吸をし、冷静に冷徹に言う。

「どんなにウケようが、お金になろうが、うちは絶対にやりません。お引き取りください」

「いやいや、そうおっしゃらずに、1億PVで年収4億、どうですか?」

 

 金で釣ろうとしてくる、困った奴だ。

 

「うちは、見世物は絶対にやりません」

「お子さんの才能を花開かせたい、と思いませんか?」

「うちの子の才能は、ダンスだけではないので間に合ってます」

 俺は帰りの片づけをしながら、追い払い続けた。

 

「お話しだけでも聞いてくださいよぉ」

 しつこい……が……変に付きまとわれても困るので、話してやるしかない。

 

 俺はしばらく目を瞑り、気持ちを落ち着けてから、佐川に向き合った。

「我々はお金も名声もいらないんです。なぜだと思いますか?」

 淡々と言った。

 

「え?……な、なぜでしょう……ね?」

「我々は蘇ったキリストを尊師として崇める、新興宗教の団体だからです。人類の救済以外に興味はありません」

「え? 宗教? ……ですか?」

「そうです。たまにあなたの様に、我々のファミリーにちょっかいを出してくる人が居ます。これ、非常に困るんです。先日、そういう男の一人が、マンションの10階から墜ちました」

「え!?」

 佐川の顔が引きつる。

 

「『うぎゃぁぁぁ~!』と言って墜ちていきました。今でも耳に残っています。でも、これで彼の魂は救済されました。今頃は天国で幸せに暮らしているでしょう」

 俺は十字を切り、目を瞑って手を合わせた。

 

「……」

 固まる佐川。

 

「まぁ、信じられないでしょうね。それでは神の力の一端をお見せしますか」

 

 俺はシアンを抱きかかえると、名刺を渡した。

 

「このおじさんの事を教えて。自由にやっていいから」

「さがわ?」

「そうそう、さがわゆうじさん」

「きゃははは!」

 シアンはそう嬉しそうに笑うと、目を瞑った。

 

「なんで……赤ちゃんが漢字読めるんですか?」

 佐川がビビりながら聞いてくる。

 

「この子は選ばれた神の子です。漢字など読めて当たり前です」

 俺は偉そうに胸を張る。

 

 するとシアンが淡々と情報を話し始めた。

 

「とうきょうと せたがやく たいしどう 3ちょうめ ×‐× さがわ ともこ、 さがわ ゆい、 たいしどう だいにしょうがっこう 3ねん」

 

 まずは会社のサーバーに入って、年末調整のデータか何かを、引っ張ってきたようだ。

 

「な、なんでそんな事分かるんだ!?」

 佐川は驚く。

 

「神の子の力が分かりましたか?」

「い、いや、こんな力があるんだったら、もっとPV稼げるじゃないですか!」

 まだ諦めないようだ。

 

「かわかみ えみ と なかよし」

 シアンがそう言うと、佐川の顔色が変わった。

 今度は佐川のメールか、SNSのアカウントをハックしたようだ。

 

 リアルタイムで、次々と個人情報をハックし続ける赤ちゃん。想像以上の性能に、俺も不安が呼び起こされてきた。これはつまり、世界中誰でも瞬時に丸裸にできるという事なのだ。まさかこれ程までとは……。

 自由にやらせたのは失敗だったかもしれない。俺は得体のしれない恐怖が、ゆっくりと体にまとわりついていくのを感じていた。

 


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