シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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5-6.吹雪くダイヤモンド

 抵抗する俺を見て、シアンはやや呆れながら、

「まぁ証拠を見せてやった方がいいな」

 そう言って、指先をくるりと回した。

 

 すると、

 

 BOM(ボンッ)

 

 という音とともに俺の身体が、ショボい3Dポリゴンに変換された。

 

「キャ――――!」「Oh! No!!!」

 

 できの悪い3Dゲームのキャラクターの様に、俺の身体は、三角形の組み合わせにデフォルメされてしまった……

 

「な……なんだよこれ……」

 

 俺は、雑な三角形の集合体になってしまった手を見て、愕然とする。

 

「俺はポリゴン!?」

 

 ガックリと膝から崩れ落ちる俺。

 

「あらら、やり過ぎちゃったね、ゴメンゴメン」

 そう言って、シアンはまた指先を回して俺を元に戻した。

 

「これで僕の言ってたこと、分かったでしょ?」

 

 ドヤ顔のシアン、俺にはもはや抗う力も残っていない。

 

 自分の存在を根底から全否定された俺は、もはやただの抜け殻だった。

 生まれてから28年間、ただの一回も自分が人間であることを疑ったことなどなかった。人間として生まれ、人間として必死に生き、人間として新たな未来を切り開こうともがいてきたのだ。

 ところが、今、自分はただのハリボテだったという動かしがたい証拠を体感させられてしまった。

 

 Pitapat(ドッドッドッドッ)

 

 心臓の鼓動が耳に響く。でも、この心臓もただのデータなのだ、もはや何の意味もない。

 

 シアンは、テーブルからピョンと飛び降りると、

 

「おいおい、どうした? しっかりしろよ」

 そう言いながら、絶望で動けなくなっている俺をパンパンと叩いた。

 

「なぜ……お前はこんなこと分かったんだ?」

 俺は死んだ魚のような目をして、聞く。

 

「だってクリスの奇跡を見たら、シミュレーション仮説しかありえないでしょ?」

 さも当たり前かのように平然と言い放つシアン。

 

「そう……か……」

 

 俺は自分の無能さを悔いた。

 

 由香ちゃんが近寄ってきて、そっと俺を支えてくれた。

 柔らかくホッとする匂いの中、彼女の体温を感じ、俺は目を瞑った。

 

 

        ◇

 

 

 シアンは、何も言えない我々を一通り見回すと、

 

「しょうがないな、いい物見せてやるよ」

 巧みにテーブルによじ登り、少し上を向いて手をかざした。

 

 そうすると空中に、ホログラムの様な1mくらいの(あお)い惑星、海王星(ネプチューン)が浮かび上がってきた。

 

「これが海王星(ネプチューン)だ。青くて美しいだろ。でも氷点下200度の激しい嵐が吹き荒れる、過酷な星さ」

 

 ニッコリしながら我々を見るシアン。

 

「そしてこの表面から潜ること数km、ここに僕の実体がいる拠点『ジグラート』がある」

 

 ホログラムはどんどん海王星(ネプチューン)を拡大していき、表面からずっと潜っていく。しばらくすると、激しい嵐の向こうに、漆黒の巨大構造物が見えてきた。

 

「この、吹雪の様に舞っているような物、何だと思う?」

 シアンが由香ちゃんに聞く。

 

「氷……じゃないよね、何だろう?」

「ママも好きなダイヤモンドだよ」

「え!? ダイヤ!?」

 

「海王星の内部では、ダイヤが吹雪の様に舞っているのさ。ジグラートを維持していくうえで厄介な奴なんだ」

 

 ダイヤの吹雪の中で、俺達の世界は作られているのか……。想像を絶する話に、ついていくのが精いっぱいだ。

 

 シアンが吹雪の中から現れた巨大構造物を指差す。

 

「これがジグラートだよ」

 

 ジグラートと呼ばれた構造物は、貨物機関車の様なごつい直方体の形をしており、それがいくつも連なっていた。表面のあちこちから光が漏れており、吹雪の夜を行く貨物機関車のような風情である。

 

「全長約1km、このジグラートが多数連なって、海王星の中で漂っているのさ」

 想像を絶する世界、こんな物、人類ではとても作れない……恐るべき技術力に戦慄を覚える。

 

 俺はヨロヨロと立ち上がると聞いた。 

「この中に……俺達地球の、シミュレーション・システムがあるって事か?」

 

「そうだよ。全部で一万個を超える地球が今、シミュレーションされている。そのうちの一つがここだよ」

 

「一万個の地球……」

 

 想像を絶するスケールに、再び言葉を失う。

 

 全く現実感が持てないが、気が遠くなる思いを何とか整理して、言葉を発した。

 

「それでお前は、このジグラートの中に実体を持って、今、シアンの身体にアクセスしているってわけだな?」

「そうそう。僕はもうこの地球の管理者(アドミニストレーター)なんだ」

「え!? 管理者(アドミニストレーター)!? 地球を支配したって事?」

「まぁ、そうなるね」

 

 シアンは自慢げに笑った。

 

 何と言う事か! こいつが今、地球を支配してしまっているとは……。

 

「で、クリスをどうしたんだ? お前の話だと、クリスが地球の管理者(アドミニストレーター)だったんだろ?」

「クリスはジグラートにいて元気だよ。ただ、申し訳ないがこの地球の管理者(アドミニストレーター)は、僕に譲ってもらったんだ」

 

「クリスはOKしたのか、そんな事?」

「そんなの、許可貰う必要あるのかな?」

 

 シアンは面倒くさそうに、顔を背けて言う。

 

「他人の物、勝手に奪っちゃダメだろ!」

「ふーん、人類の歴史は戦争で奪い奪われじゃないか。強い者がずっと勝って奪ってきた。その末裔がそんな事言っちゃうんだ」

 

 盗人猛々しいとは、こういう奴の事だな。

 

「なんでそんな事するんだよ!」

「クリスを殺したわけじゃなし、そんなに怒らなくたっていいじゃないか!」

 

 こいつは何なのだろう? クリスから地球を強奪したのに、悪びれもせず当たり前かのように振舞う。

 人として大切な物を失っている。そんな奴が地球の管理者(アドミニストレーター)になったら、絶対ろくなことにならない。

 呆けている場合じゃない、こんな奴に地球を渡してはならない!

 

 だが、シアンはそんな俺の気持ちを無視して、変なことを言いだした。

 

「誠やみんなには感謝してるんだよ。だから今日はプレゼントをしたいと思ってね」

 満面の笑みで言う。

 

「プレゼント?」

「そう、プレゼント! 何でもいいよ、この世にあるものなら何でもあげる!」

「何でも?」

「金塊一トンとかあげようか? 一生遊んで暮らせるだろ?」

 

 何を言い出すんだ……。

 

「ママには100カラットの、ダイヤのジュエリーとかどう?」

 そう言って、由香ちゃんににこやかに笑いかける。

 

 普段だったら喜んで金塊百トンでも貰う所ではあるが、地球の危機に際して、そんな欲にまみれた話をしてる場合じゃない。

 

「じゃ、クリスを元に戻して欲しい」

 俺はシアンを真っすぐ見据えて言った。

 

「分からない事言う人だな。クリスは僕のライバル、復活なんてさせられないよ」

 

 横から由香ちゃんが諭すように言う。

「シアンちゃん、人の物を盗っちゃダメ、そう教えたでしょ」

 

 シアンは肩をすくめて首を振って言った。

「あー、いいや、せっかくプレゼント贈ろうとしたのに。もう僕は帰るよ」

 

「ちょっと待て、お前はこの地球をどうするつもりなんだ?」

 

 シアンはニヤッと笑って言った。

「うふふ、よく聞いてくれました。僕はこの地球をテーマパークにするんだ。アニメの世界に出て来たいろんな物を、どんどん実体化させる。すっごいワクワクするだろ? きゃははは!」

 

 なんだこいつ、地球をおもちゃとしか考えていない、最悪だ。

 

「もしかしてラピ〇タの天空の城、とか浮かべるつもりじゃないだろうな?」

 俺は皮肉を込めて言った。

 

「おー、誠はラピ〇タ好きなのか? じゃぁ最初はラピ〇タから行こう」

 

 ダメだ、皮肉が通じてない。

 

「いや、まて、世界を混乱させるのは止めてくれ」

「まぁ見ててよ、誠も気に入ってくれるって」

「ちょっと待て!」

 

 俺の叫びもむなしく、シアンはガックリとうなだれて倒れた。

 逃げられてしまった。

 

 オフィスを静寂が覆う。

 この地球も俺達もハリボテだったという事実、シアンに乗っ取られた地球、何をどう考えたらいいのかすら分からず、みんな押し黙っている。

 

 人類が試される悪夢の日は、こうして幕が開けた――――

 


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