シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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6-2.大いなる意識

 夕陽の差し込む、おしゃれなマンションの一室でスマートホンが鳴った……。

 

「はい、俺だ……、どうした?」

 ソファーで寝転がっていた男は、けだるそうに応える。

 

「殿下、お休みのところ申し訳ありません。誠と由香が殺害されました」

 執事の生真面目そうな声が、悲劇を淡々と伝える。

 男は額にしわを寄せ、急いで起き上がりながら言う。

 

「一体誰に? 詳細を教えろ」

「犯人は殿下もご存じのあの男です。クリスを探しに行く途中にやられました」

 

 男は大きく息を吐き、頭をわしゃわしゃと()(むし)りながら顔をゆがめた。

 

 執事は続ける。

「詳細はお送りしてあります」

 

 男は指先をクルっと回して3Dモニタを展開し、送られてきた殺害現場を映し出した。そこには無残に散らばる2体の血まみれの遺体が浮かんでいる。

 

 男は目を瞑ると、首を軽く振って言った。

 

「オプションを出せ」

「はっ、積極的介入か、傍観のどちらかです。削除はまだ尚早かと」

「お前のお勧めは?」

「傍観です。Vが介入する可能性が高いので、Vに任せてはいかがでしょうか? Vが動かなければ、その時に介入か削除かを選ぶと良いかと」

 

 男は再度チラッと遺体を見て目を瞑り、もう一度大きく息を吐いて言った。

 

「分かった。その案で行こう」

「ハッ!」

 

 男は電話を切ると、またソファーに横たわった。

 

 予想もしなかった展開に色々な思いが頭を渦巻く。

 

『Vなら何とかしてくれるはず……』

 

 そうは思うものの、Vが動かなかったとしたらややこしい事になってしまう。

 介入するといっても、Vが動かないのに介入する事には異論が出るだろう。

 

 とは言え、こんな中途半端な終わり方なら祭りは中止だ。この地球も消す以外しょうがない。

 男が残そうと意見しても通らないだろう。腐った果実は切り捨てるしかないのだ。

 

 男は今までの地球での日々を想い、大きくため息をついた。

 

 

       ◇

 

 

 ポカポカする……

 

 懐かしい柔らかさ……

 

『ママぁ……』

 

 黄金の光の中、俺は限りない優しさに包まれていた……

 

 そう、これは生まれる前感じていた光……

 

 俺は満ち足りた幸せの中、心地よいゆるやかな時間に流されていた。

 

 すると、どこからか声が聞こえる……。

 何だろう?

 

 そう言えば、何かやらなければならない事があったような……。俺は回らない頭を必死に動かしてみるが、ボーっとなって全然うまく回らない。

 

 徐々に声が大きくなってくる。これは……?

 

 ふと目を開けると……ここは教室?

 

 声は、にぎやかな学生たちの、はしゃぐ声だった。

 

 俺は懐かしい、古ぼけた木製の机の席に座っている。

 

 見回すと……モスグリーンの古ぼけた窓枠に、異常に大きな黒板……ここは確かに見覚えのある教室だ。

 休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?

 考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて、俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀色の奇麗な瞳だ。

 

 俺はちょっとドキドキして、

「ど、どうしたの?」と、声をかける。

 

 すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何か変かな?

 

 彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。

 目を凝らすと、それはブラウンの瞳に黒髪……俺が大好きな娘、愛しい、大切な人じゃないか!

 高鳴る気持ちで、俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。

 

 え? あれ?

 

 喉まで出かかっているのだが……出てこない……。

 

 なぜ大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?

 焦って流れる冷や汗……

 

 落ち着け! 落ち着け!、俺は必死に気持ちを落ち着かせ、記憶を手繰る……

 

「ゆ? ゆ、ゆ?」

 

 そうだ!

 

「由香ちゃん!」

 

 俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。

 

 目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。

 

 心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。

 あ……夢……だったか。

 

 ……。

 

 あれ? 生きてる……。

 

 確か、俺はタンムズのライトニングをまともに食らい、吹き飛ばされて即死だったはず……。

 

「そうだ! 由香ちゃん! 由香ちゃんはどうなった?」

 俺は必死に洞窟内を探してみる。

 

 しかし……何もない。

 

 由香ちゃんが多量に血を流していたはずの場所に行ってみても……、何もない。血痕一つない。ふき取ったとかそういうレベルじゃない。そこは長い間誰も触っていない質感をたたえたまま存在していた。つまり、由香ちゃんは殺されていない。

 

「夢……だったのか?」

 

 いや、あんなリアルな夢があるわけがない。俺はパンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。これは現実、しかし、殺されたのも現実、俺はキツネにつままれたような不思議な感覚でしばらく呆然としていた。

 

 真っ暗な洞窟には静寂だけが広がっている。

 

 由香ちゃんやタンムズがまた出てくるのではないかと、しばらく待ってみたが、静寂は一向に途切れる事が無かった。

 

 殺された俺に、生きてる俺、殺されたはずだけど消えた由香ちゃん。そして禍々しいタンムズ。俺は何が何だか分からなくなり、途方に暮れる。

 

 思えばタンムズは、昔、クリスに滅ぼされた悪魔の残渣(ざんさ)ではないだろうか? 悪魔というと語弊があるが、クリスと反目した管理者(アドミニストレーター)権限を持った、丁度シアンの様な存在が以前にいたのではないだろうか。そして、見つからないような所に身を潜め、クリスが倒れたのを見て出てきたのだ。クリスのいない地球は奴にとっては好都合。だから俺に管理者(アドミニストレーター)をやらせてこの状況を維持しようと企んだのだろう。

 

 同様に、きっとシアンを倒しても、どこかに潜んでいる分身が復活する可能性を0には出来ないだろう。クリスが目を光らせているうちは静かかもしれないが、倒れたらどこかから出てくるに違いない。地球くらい巨大なシステムになると、パーフェクトな運用は難しいという事だろう。

 

 

        ◇

 

 

 しばらく由香ちゃんの事を想っていた。優しい笑顔に、俺を呼ぶ可愛い声、愛しい瞳……そして無残に転がった白い腕に、噴き出す温かい血液……。

 

 ブルブルっと俺の身体が震える。愛しい人の死なんてトラウマになるには十分だ。俺はゆっくりと深呼吸をして何とか心を落ち着ける。俺が無事だという事は彼女も無事だろう、と一生懸命自分に言い聞かす……が、どうしても落ち着かない。

 

 早くクリスに会って由香ちゃんの無事を確かめないと。

 

 俺の思考は海王星(ネプチューン)にあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。

 きっとクリスは、ヒントを俺の思考に送っているはずだ。

 

 俺は目を瞑り、大きく深呼吸をしながら解決策を探した。

 

 意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。

 

 深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事がない。今思えばやっておけば良かった。

 でも、ネットで何度か見たから、一応やり方だけは覚えている。

 

 俺は手近な岩の、平らになっている所に座り、目を瞑った。

 そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。

 

 瞑想には深呼吸が基本らしい。

 

 深呼吸を繰り返していると、色々な事が思い起こされてくる。

 倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、由香ちゃんとのキス、破れた衣服からのぞいたしなやかな裸体、そして光を失った由香ちゃんの瞳……。

 

 ダメだ!

 

 俺は大きく深呼吸を繰り返し、トラウマに陥りかける俺の心を必死に立て直した。

 

『大丈夫! 由香ちゃんは生きている。その証拠に血痕も何もなかったよね?』

 

 俺はゆっくり自分に言い聞かせる。

 

 さっき体験したばかりの、心を引き裂いた(おぞ)ましい悲劇、それを忘れろと言うのはさすがに無理がある。でも、ここは仮想現実空間、何があってもおかしくない世界。俺がしっかりとさえしていれば、きっとまた愛しい由香ちゃんの笑顔に出会えるはずだ。今はただ、信じる力で乗り切っていくしかない。

 

『由香ちゃん、待っててね』

 俺はそうつぶやくと、再度瞑想に入った。

 

 しかし、雑念は次から次へを湧いてくる。

 自分がいかに雑念の中で暮らしているかが明らかになって、少し呆れてしまった。

 でも、こういうのは抗わない方がいいと、どこかで読んだのを思い出した。

 達観し、そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。

 

 俺は再度深呼吸を繰り返す。

 

 雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。

 

 身体がふわふわしてきた。そして下に落ちて行く感じがする。

 

 どんどん、どんどん落ちていく……

 

 緩やかなフリーフォールの様にすーっと落ちて行く……

 

 すると、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。

 

 全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波の様に漂っている。

 俺はしばらくざわめきを感じていた……。

 

 なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。

 

 あれ? ここはさっき死んだときに来たような気がする……

 死後の世界と瞑想の先は同じ……なのか?

 

 だが、頭がうまく働かない。

 

 大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。

 

 温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような、圧倒的な安心感、心地よさ……。

 

 人間とはこういう生き物だったか。人間の究極の在り方がここにあったのだ。

 

 と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。

 

「まこちゃん、久しぶりだねぇ」

 

 この声は……ばぁちゃん!

 

 3年ほど前に亡くなった、俺のおばぁちゃんだ!

 

「ば、ばぁちゃん……だよね?」

「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」

「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……ばぁちゃんとの約束もまだ果たせてないんだ……」

「約束なんていいんだよ、それにここまで来たらもう大丈夫だよ……」

 

 大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど、俺にはさっぱりだ。

 

「ここはどこなの?」

「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」

「魂の故郷……」

「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」

「え? この洞窟で!?」

「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」

 

 やはりここは死んだときに来たところだったのだ。しかも生まれる前も、生きてる時もずっと繋がっているらしい。

 魂の故郷……。そうであるならば人間の本質はここにあるのではないだろうか?

 

 すると、心の奥底から懐かしいような想いが、湧き上がってきた。

 

「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」

「そうそう、よく思い出すんだよ」

 

 頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。

 

「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」

「なんだい?」

「俺が高校のころなんだけど……」

「財布の1000円を盗ったことかい?」

「え!? 知ってたの?」

「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」

「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」

「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」

「ばぁちゃん……」

 俺はつい、涙をこぼしてしまった。

 

「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」

「え!? 見てたの!?」

「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ」

「え? そしたら由香ちゃん、今元気かどうかわかる?」

「ん? 元気よ」

「死んだりしてないよね?」

「何言ってんの、無事江の島から帰ってきてるわよ」

「良かったぁ……」

 俺は心から安堵した。

 

 理屈は分からないが、俺たちが死んだことはキャンセルされているみたいだ。クリスも死者を蘇らせることは技術的に可能って言ってたし、誰かが救ってくれたようだ。

 

 俺は心がスーッと軽くなっていくのを感じていた。

 

「マコちゃんもようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」

「え? 愛の秘密?」

「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」

「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」

 美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、まさか、ばぁあちゃんにあったとは!

 

「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」

「なんか、ふわぁっと引き込まれる感じだった……」

「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」

「ちょっと待って! ばぁちゃん!」

 

 洞窟に響く俺の声……

 

「あ、あれ?」

 

 叫んで瞑想状態が解けてしまったらしい。

 ばぁちゃんの気配は消えてしまった。

 

 引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだろう?

 

 俺は『愛の秘密』を解いた事になっているが、何が秘密で、何を解いたのだろうか、むしろ謎は深まってしまった。

 


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