シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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6-3.煌めきあう存在、人間

 おっと、そんなことで悩んでる場合じゃない! クリスに会わなくては!

 

 ばぁちゃんは『思い出せ』って言ってた。ここは俺も知ってるところのはずなのだ……。

 

 今度は座禅のポーズをしっかりとり、再度、深層心理にアプローチする。

 

 雑念を流し、雑念を流し……

 

 ゆっくりと深く深く潜っていく……

 

Plash(ポタン)Plash(ポタン)

 

 どこか遠くで、微かに水滴が落ちている音がする……

 

 さらに深く、深く、潜っていく……

 

 大いなる意識が徐々に感じられるようになってきた。 

 俺は魂のさざめきに包まれていく……

 

  前回はここまでだったが、もっと強く感じてみたかった俺は、思い切って大いなる意識の奥へと進んでみた。

 

 大きく息を吸い、ゆーっくりと息を吐いていく……

 

 深く……深ーく……

 俺はさらに潜っていく。

 

 すると軽い衝撃を感じ、俺は大いなる意識の奥へと吸い込まれていった。

 

 キラキラとスパークするイメージが、どんどんと流れ込んでくる。

 俺の脳髄を(えぐ)る様に、強烈な量の情報が、さらに加速的に流入してくる。

 

 ヤバいと本能的に感じて戻ろうと思ったが、もはや手おくれであった。

 俺の意識は情報の奔流に流されて、どんどんと奥へと追いやられた。

 

 意識がどんどん分解されていく……

 

『うぉぉぉぉ!』

 

 俺の意識の断片は次々と大いなる意識に溶けていき、もはや俺は俺ではなくなった。

 

 俺の意識は全人類の意識つまり地球の意識と同一となった。

 

 数百億の魂のスープ、俺はそれと同一となったのだ。

 

『お、おぉぉぉ……』

 

 全身を貫く数千年にわたる人類の歴史、数百億もの人々の想い、それらを俺は一身に浴びた。

 

 無限とも言える情報の濁流が俺の全身を貫く……

 

 黄金色に煌めくスパークが次々と俺を撃ちぬいているようだが、もはや何が何だか分からなくなっていた。

 

 

『ぐぉぉぉ!』

 

Thud(ドサッ)

 

 俺の体は洞窟の中で倒れて転がった。

 

 もうダメだと思った瞬間、なぜか急にはじき出されてしまったのだ。

 あのままだったら、もう二度とこの体に戻れなかっただろう。九死に一生を得たと言えるのかもしれない。

 

 ただ、俺はショックで考えることも動くこともできなくなっていた。

 心と身体がバラバラだった。

 

「おぉぉぉぉ……」

 

 痙攣しながら漏れるうめき声が、洞窟に微かに響く。

 

 まるで泥酔して転がった時の様に、何もできないし何も考えられない。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 カビ臭い湿った洞窟の床は冷たく硬い。

 どれくらい時間がたっただろうか、混乱する意識の中で、誰かが俺を抱き起こしてくれたのを感じた。

 

『世話が焼けるわねぇ』

 

 そんな声が聞こえたような気がした。

 

 しばらくして、すぅーっと意識が整ってきて、目が覚めた。

 

 はぁ……はぁ……

 心臓がバクバクしている。

 もっと慎重に行くべきだった……危なかった……

 

 誰かに助けられたはずだが、周りに人の気配はない。幻覚かもしれないが確かめようもない。飲み過ぎた時のように目の前がグルグルする。

 

 でも、無理したおかげで、ここの構造は全部分かってしまった。

 

 分かる…… 分かるぞぉ…… そうだよ、そう。

 

 目の前に広がるのは真っ暗な洞窟、でも俺に迷いはもうなかった。

 

 俺は全身に鳥肌が立った。

 

 目を瞑り、大きく深呼吸をし、

 フンッ! と全身に気合を入れた。

 

 こっちだ!

 

 俺はまだ半分眩暈(めまい)を残したまま、緩やかな上り坂を上り始めた。真っ暗闇の洞窟をヘッドライトで照らしながら、ゆっくりとそれでも確実に一歩一歩上っていく。

 

 しばらく上っていくと分かれ道があるが、それは左である。

 そして次は右下、その次は左上。俺は分岐を迷う事なく前進した。

 

 だんだん、気分が高揚してきた。この先にアレがある。

 どんどん足が速くなる。

 

 そして、洞窟の先に明かりを見つけた。

 

 あそこだ、近いぞ!

 

 ジャスミンの様な甘い爽やかな香りに触発されて、気づくと俺は全力で駆けていた。

 

 最後の角を曲がると……そこには巨大な鍾乳洞の様な地下空間が広がっていた。

 大きな体育館サイズの地下空間の上部に出たのだ。

 

 あった!

 

 はぁはぁと息を切らしながら空洞を見下ろすと、(まばゆ)い光の洪水が渦巻いていた。

 

「うわっ!」

 

 俺は(まぶ)しくて目が(くら)んだ。暗闇に慣れた目には厳しい。

 改めて薄目で少しずつ覗いていく――――

 

 徐々に目が慣れてくると、そこには幽玄な光を放つ、神々しい巨大な花が浮かび上がってきた。

 

「おぉぉぉ……」

 

 俺は、その圧倒的な存在感に激しく鳥肌が立った。

 

 それは空洞の床いっぱいに広がる、巨大なトケイソウの花のような構造物だった。

 花の中心は数十本の柱が絡み合いながら上部に伸び、その中には(まぶ)しく光を放つ珠が一つある。

 花びらはチラチラとした無数の光を(まと)い、鼓動に合わせてそれぞれゆっくりと蠢いていた。珠からの光は、ゆったりと揺れ動く柱に合わせて表情を変えながら、空洞全体を幻惑的に演出している。

 

 また、無数の金色の光の粒子が花吹雪の様に空洞を舞い、神聖な力を周りに放っていた。

 花のあちこちからは歓声のような声がこぼれ、空洞全体にこだましている。

 

「そう……これ……これだったよ……ばぁちゃん……」

 

 俺の頬をツーっと涙が伝った――――

 

 心の奥底がこの花と共鳴し、温かい懐かしさと、聖なるものへの畏怖でいっぱいとなり、とめどなく涙があふれてきた。 

 

 これこそが全ての生き物の魂が集う所、マインド・カーネル。今、俺は100億を超える全人類の魂に対峙しているのだ。

 

 俺は涙で滲む視界越しの煌めきに、いつまでも魅せられていた。

 

 蛍のように舞う光の粒子が、じゃれつくように俺の周りにも集まってくる。懐かしい、温かい明かりだ。

 

 そう、俺の魂もここで生まれ、ずっとここで息づいていたのだ。

 

 もちろん、俺の失踪した母親も、顔も知らない父親も、友達もみんなここにいる。

 さらに言うならすでに死んでしまったばぁちゃんも、猫のミィもみんなここにいる。

 

 そう、みんなここにいるんだ!

 

 花びら全体にチラチラと輝く、細かな光の粒子一つ一つが人々の想いの煌めきであり、命の輝きなのだ。

 それは愛であり、喜びでありまた、憎しみであり、悲しみなのだろう。

 それぞれの複雑な輝きがハーモニーとして花全体を彩り、人類の意味や価値を形作っている。

 

 身体なんて仮想現実のハリボテで構わなかったのだ、この煌めきさえあれば後はなんだっていい。

 

 人間は『煌めきあう存在』……

 

 俺は初めて人間とは何かを理解できた。


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