シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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7-1.もう一つの地球

 Ting-a-ring(ピロポロパロン)

 

 部屋に呼び出し音が響く。

 

「Come in! (どうぞ)」

 クリスが返事をすると、空中にドアが出現し、女性が現れた。

 

 白いワンピースに青のショートパンツ、ワンピースの裾は大きなツバの帽子に繋がっており、地球では見たこともないファッションだ。

 

「ハイ! サラ!」

 

 クリスが軽く手を挙げて挨拶する。

 

「ハイ! クリス! これ、いつもの」

 

 サラはお酒の瓶をクリスに渡した。

 

「ありがとう。いつも助かるよ。」

 

 そう言って、クリスは瓶のラベルをじっくりと眺めた。

 

「今回は災難だったわね」

 サラは微笑みかける。

 

「締め出された時は本当に参ったよ。シンギュラリティは予想以上に危険だ」

「でもまぁ解決したようで何より」

「そこの誠に助けられたんだ」

 

 サラはこっちを向いて、ニッコリと笑って言う。

 

「誠さんね、活躍は見てたわよ。初めまして、クリスの同僚のサラよ」

 

「はじめまして! 地球人の誠です」

 

 俺はそう言って立ち上がり、握手をした。

 大きなツバに隠れて見えてなかったが、サラはヘーゼル色の瞳が印象的な美人だった。

 しかし、『見てた』って……何を見られていたのだろうか……。

 ばぁちゃんにしても、みんな見てるのは本当に困る。

 

「女神の加護を受けているんですって?」

「どうもそうみたいなんですよね。会ったこともないのに、ずっと見守っていてくれるんです」

「ふうん、興味深いわね」

 

 サラは俺の瞳の奥をのぞき込む。俺はちょっと気おされ気味だ。

 

「クリス、誠さん借りていいかしら?」

 

 いきなりサラは、変なことを言い出した。

 

「誠がいいなら……まだスクリーニングには時間かかるし」

 

「誠さん、私の地球に来てみる? きっと楽しめるはずよ」

 サラはにっこりと笑った。

 

 要は、俺たちの地球と並行して存在している『他の地球』に誘われているのだ。そんな経験は普通出来ない。

 

「サラさんの地球? それは興味深いですね! ぜひぜひ!」

 

「じゃぁ行きましょうか? 掴まっててね」

 

 サラはそう言うと俺の手を取り、目を瞑って何かを唱えた。

 俺は意識が飛んだ。

 

 

           ◇

 

 

 

 気が付くと、俺は赤と黄色の派手な着物を着て、田んぼのあぜ道にいた。

 横を見ると、同じ着物姿のイケメンがいる。誰だろう?

 

「ハーイ、誠さん。私はサラよ」そう言ってウィンクする。

「あれ? なんで男の姿なんですか?」

「ここはあなたの地球でいうところの、中世に相当する社会なの。女性一人だと何もできないので、地球にいる間はこの体使ってるのよ」

 

 なるほど、確かにあんな美人がフラフラしてたら、すぐにトラブルに巻き込まれそうだ。

 

 周りを見回すと……

 不揃いの田んぼに茅葺(かやぶき)屋根、木製の農機具などを見るに江戸時代くらいに相当しそうだ。

 俺は海王星(ネプチューン)で練習した、深層心理を使ったデータアクセスに挑戦してみる。

 深呼吸をしながら心を静め、意識を仮想現実世界のデータフレームにアクセスさせる……

 

 すると、衛星写真地図のようなイメージが頭に浮かんだ。ずーっとズームアウトしていくと……地形は日本と全く同じだった。場所は名古屋に近い所……豊橋辺りの様だ。

 

「地形は、クリスの地球と同じですね!」

 俺はサラに話しかける。

 

「そうね、1万2000年前の地球をテンプレートとして、みんなそれをベースにシミュレーションを開始したからね。どこの地球でも地形はほぼ同じよ。言語や文化は違う形に進化したけど。」

 

 なるほど、ここは俺たち人類が体験するかもしれなかった、パラレルワールドなのだ。最初のちょっとした違いが文明の進歩の速さを変えてしまうし、文化は全く別のものになってしまう。

 

「折角なのでお茶でも飲んでみましょう」

 サラは微笑みながら、向こうに見えるお茶屋を指さした。

 確かに、こちらでは食文化がどういう風に進化したのか、すごい興味がある。

 

 お茶屋の看板の文字は丸っこくて見た事のない文字だ。でも、意識を集中すると翻訳機能が起動するようで、何と書いてあるのかが分かる。『おだんご』らしい。

 

「いらっしゃ~い」

 

 軒先の椅子に座ると、髪をお団子に丸めた若い娘が声をかけてくる。音声は自動的に翻訳されて意味が頭に響く感じだ。

 

 サラはお茶と特製お団子を注文した。

 

「ここのお団子は美味しいわよ」

 サラは良く来るらしい。

 

 店員はお団子を2本、炭で炙り、何かのタレを塗って持ってくる。

 見たところ普通の団子だが、齧ってみると……辛い! めちゃくちゃ辛い! 何だこれは!?

 俺は急いでイマジナリーで水入りのコップを出して、ゴクゴク飲んだ。

 

「あははは、やっぱりそうなるわよね」

 

 サラはうれしそうに笑う。

『なんだよ! 言ってくれよ!』と、思ったが、まぁこれも新たな文化との出会いと考えれば、いい経験かもしれない。俺はヒーヒー言いながらも最後まで食べた。

 確かに辛いのだが、いろんな香辛料のハーモニーがすごく官能的で、食べるのを止められない魅力を感じる。

 食べ終わり、お茶を飲みながらボーっとしていると、サラが俺の目を見て言った。

 

「そろそろ効いてきたみたいね」

「え? 何がですかぁ?」

「このタレ、ケシの実が入ってるのよ」

「ケ、ケシィ? もしかして……アヘン?」

「そうそう、いい気分でしょ?」

 

 サラはニヤッと笑う。

 

「ちょっとぉ、先に言ってくださいよぉ……」

 なんだかいい気分で、どうでも良くなってしまっているのではあるが、一応抗議しておく。

 

 そこに店員が声をかけてきた。

「忘れてた! サラさん! 庄屋さんの所へ行ってくれない?」

「あ、また病人かな?」

「そうそう、坊ちゃんが熱出してるらしいのよ。サラさん来たらすぐ呼んでって言われてたのよ」

「オッケー、じゃ、行きますか!」

 

 サラが俺の手を取って引き起こす。

 

「はぁい……」

 

 ポワポワした気分で、サラの後をついていく。

 

 

        ◇

 

 

 しばらく歩くと赤い立派な門が見えてきた。あそこが庄屋さんの家らしい。

 門番が病室に通してくれる。

 

 布団には10歳くらいの男の子がぐったりして寝込んでいた。

 

 俺は深層心理に集中して患者の様子を見てみる。

 すると患者のステータスが浮かび上がってきた。

 免疫の数値が赤く点滅して38%付近を指している。かなり低い。

 

「あー、肺炎だなこりゃ」

 

 サラはそう言うと患者の手を取り、一気に免疫の数字を200%まで上げた。症状の解析と措置は手慣れたものだ。

 そしてイマジナリーで護摩焚きセットを出して、火を熾した。

 火が徐々に燃え盛り始めたころ、奥の方から立派な身なりをした男が現れた。庄屋さんのようだ。

 

「サラ先生、わざわざすみません、息子は大丈夫でしょうか?」

 

 サラは居住まいを正し、力強い低い声で答えた、

「ワシに任せておけば万事問題なし!」

 

 そして祈祷を始めた。

 

「アーラーハーラー、ガンラーハーラー……」

 サラの太い声が部屋中に響き渡り、庄屋さんは手を合わせて一緒に護摩に祈っている。

 

「アーラーハーリー、ソンラーハーラー……」

 

 一瞬で治すこともできるはずだが、それはあまりにも目立ちすぎるので、免疫の数字を上げて時間をかけて自然に治していくのだろう。その間、こうやって儀式をやって、この地球になじんだ治療方法っぽく見せているに違いない。

 俺はサラの真似をして、護摩の炎に祈る仕草を繰り返した。

 

 

        ◇

 

 

 しばらくすると、横からひょこひょこと女の子が入ってきて、俺に小さな声で言う、

 

「あの……お願いが……あります。もう一人診てもらえない……でしょうか?」

 

 いや、俺に言われても……。

 俺は困惑した。

 

 彼女は涙目で俺に祈っている。

 十代半ば位だろうか、少し痩せた可愛らしい娘だ。何とか力になってあげたいが……

 悩んでいるとサラから思念波が届く

 

『腕の骨折だ、マニュアル送るからやってごらん、誠なら簡単だよ』

 

 サラを見るとウィンクしてる。

 少し逡巡(しゅんじゅん)したが何事も経験だと思い、挑戦してみる事にした。

 アヘンの効果が少しまだ残ってるらしく、妙にポジティブだ。

 

 俺は彼女に連れられて離れの部屋へ行く。

 そこには腕を押さえて、激しく泣いている男の子がいた。どうやら彼女の弟らしい。

 

 俺は深呼吸をして心を鎮め、深層心理でマニュアルとやらを意識上に受け取った。意識をそこに集中すると、内容が頭の中で展開される。

 

 何々……まずは麻酔……ね。

 

 俺は男の子に手をかざし、深層心理に潜って、男の子の構造とステータスを表示させる。その中から痛覚神経を探し出し、そこの活性度を一時的に0に落とす。

 

 すると、男の子は落ち着きを取り戻し始めた。

 

 次は……骨の接着……

 

 目を瞑り、骨に意識を集中させると、深層心理の中で全身の骨格が浮かび上がってくる。右ひじの部分を見ると、関節の根元がポッキリといってしまっていた。

 

 関節と骨に意識を向け、イマジナリーで動かし、接着するイメージを込める。すると表示上は一体化した。

 

 くっついた様ではあるが……どうだろうか、これでいいのかが分からない。

 俺は手で腕を持ってそーっとひじを動かしてみる。だが、患部が炎症を起こし、腫れてしまっているのでうまく動かない。

 

 えーっと、これはどうなってるんだ?

 

 ちょっと困惑していると、女の子が涙目で聞いてくる。

「治り……そうですか……?」

 

 彼女を見ると、祈るようなしぐさで、俺を真っすぐに見つめてくる。可愛い女の子にこんなにお願いされてしまうと弱い。つい、いい所見せたくなってしまう。

 

「大丈夫! 任せて!」

 

 俺はにっこりと微笑んで答えた。

 

 マニュアルをもう一度丁寧に読むと、炎症の鎮静の項目があった。これが先だった、ゴメンね。

 

 一帯の炎症係数が異常値になっているので、これをまとめて0に落とす。

 

 しばらく待っていると徐々に腫れが引いていく。どうやらうまく行ったようだ。

 

 俺は男の子に、

 

「ちょっと動かしてごらん」 と、言った。

 

 男の子は恐る恐る腕を動かす……動いた。

 調子に乗ってブンブン振り回す……大丈夫そうだ。

 

「やったー!」

 男の子はぴょんぴょんと飛ぶ。

 女の子は目に涙を浮かべ、口を手で覆った。

 

 何とか面目は保てたようだ。

 

「これでもう大丈夫だな」

 

 俺は男の子の肩をポンポンと叩き、帰ろうとすると、女の子が俺の手をギュッと握ってくる。

 

「あ、ありがとうございます……でも……治療代が……払えないんです……」

 そう言って俺を見る。まだあどけなさは残るものの、整った目鼻立ちにクリッとしたアンバーの瞳が魅力的でちょっとドキッとした。

 

「ち、治療代?」

 

 なるほど、治療したら何か対価をもらわないとまずいのかもしれない。でも……貧しい女の子から、いったい何をもらうのか……。

 

「あー、そしたら村を案内してくれないか? 俺はこの村初めてだから、どういう暮らしをしているのか興味あるんだ」

 

「え!? そんなのでいいんですか?」

 目を丸くする女の子。

 

「そのかわり、ちゃんと案内してよ」

「はい! おまかせください!」

 女の子は急いで涙をぬぐいながら、嬉しそうに笑った。

 

 俺たちはそっと屋敷の裏口から抜け出し、村の見どころを見て回る。

 

 川べりの洗濯小屋に行くと、何人かの中年女性が、おしゃべりしながら洗濯をしていた。

 

「おばちゃん、こんちは~!」

「あらディナちゃん! いい男連れてどうしたの?」

「庄屋さんのところのお客さん、村に興味があるんだって」

 

 彼女はディナというらしい。俺は軽く会釈をすると、おばちゃんは

「こんな所見てどうするの? まぁ好きなだけ見て行って!」

 と、言って、他の女性と笑った。

 

 見ると石鹸を付けて手で揉み洗いをしているようだ。洗濯機だったら勝手にやってくれるのになと思ったが、楽しそうに世間話をして盛り上がっているおばちゃんたちを見ると、洗濯機を使う生活が本当に正しいのか自信が無くなってくる。

 

 続いて大きな水車小屋、さらに養豚場に製塩場、ディナは中の人に明るくあいさつしながら、俺の事を紹介してくれる。彼女の明るさのおかげか、村の人たちは皆、気さくに中の様子を説明してくれた。

 俺たちの地球と違って文明は遅れているものの、額に汗しながら工夫を凝らし、たくましく生き生きと生活している様子は、心に迫るものがある。暗い顔しながら毎日電車に乗って会社でパソコン叩く暮らしと、彼らの生き生きした暮らし、どちらが充実した人生になるだろうか……。文明が必ずしも幸せを運んできてくれるわけではない事は、ちょっと考えさせられてしまう。

 

 続いて広場に行って、鐘塔を眺め、雑貨屋に入った。雑貨屋には塩やスパイス、食器や調理器具、石鹸などの日用品が所狭しと並んでいた。奥には、深紅の漆で塗られたリング状のペンダントがいくつか飾られている。それぞれ手が込んだ細工が施されており、細かい文字が彫られている。

 

「このペンダント、綺麗だね」

「あー、これはお守りよ。これを持っていると魔が(はら)えるんだって」

 そう言ってディナはウットリと見つめた。

 

「君も持ってるの?」

「こんな高い物持ってる訳ないでしょ!」

 呆れた声で怒るディナ。

 

 俺はイマジナリーで、お店の会計台の中にしまわれている金貨を探し出すと、それを丸々コピーして手のひらの上に出してみた。貨幣偽造は罪ではあるが、金貨の場合は金そのものに価値があるわけで、誰も損しないからセーフだろう。

 持ち上げてよく見ると、鈍く金色に光る丸い金貨は、もはや何が彫られていたのか分からないほど摩耗していた。

 

 俺はディナに言った。

「そしたら、案内してくれたお礼に一つ買ってあげよう、これで足りるかな?」

「き、金貨!?」

 驚くディナ。金貨はやり過ぎなのか? 銀貨にすればよかったかもしれない。

 

「金貨だったら、そりゃ何十個も買えるわよ。でも、案内したくらいで貰うのはちょっと……」

「若い子が遠慮するもんじゃないよ。一つ選びなさい」

 

 ディナは少し考え込んでいたが、一つを選ぶと会計台のお婆さんを呼んだ。

「ばぁちゃん、これちょうだい!」

 

 お婆さんは、ゆっくりと歩いてくると、

「いい男見つけたねぇ」

 そう言ってペンダントを壁から外し、彼女に渡した。

 

 そして、金貨を差し出す俺を一瞥すると、

「金貨しかないのかい? 困ったねぇ、ちょっと待ってな」

 そう言って、会計台の方で銀貨を数え始めた。

 

 ディナはペンダントを撫でまわすと、じっくりと丁寧にながめ、そして嬉しそうに笑った。

 

 


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