シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~ 作:月城 友麻
俺は、美しく舞いつつ飛び去って行くホタルを眺めながら、言った。
「まさかこの世界が、俺の創ったものだったとは、想像もできませんでしたよ」
「無意識に創られて、56億7千万年も付き合わされた身になってくださいよ」
「あれ? 俺を斬る必要ってありました?」
俺は素朴な疑問をぶつけてみる。
「え? 無いですよ。でも、聖剣持ったら、斬ってみたくなりませんか? 伝説の聖剣『
「いやいや、人を斬っちゃまずいだろ! 常識的に考えて。死んだらどうするんだ!?」
俺はちょっとキレて怒った。
しかし、
「
と、伸びやかに笑う。
「いやいや、俺一回死んでるんですけど!?」
俺は笑われたのにムカついて反駁する。
「でも、生き返らせてもらいましたよね? つまりそういう事なんです」
なんと、生き返らせてもらう事もセットで運命が流れるのか、この世界は……。
「あ……そう……」
俺はこの世界の不思議な仕組みがいまいちなじめず、考え込んでしまった。
「まぁ、すぐに慣れますよ」
「俺の創った世界とはいっても、俺の思索全部がどんどん反映されるわけじゃないですよね? 影響はどのくらいあるんですか?」
「例えば……、誠さんは初めてクリスに会った時、何を考えてました?」
「え? クリスと会った時? 確か……『神様! 暴走車を止めてー!』と……。え? それでクリスができたって事!?」
「教会の宗教画のイメージとか、思い浮かべてませんでした?」
「そう言えば……、神様と言えば『あのお方』がすぐに思い浮かんでしまうから……」
あまりの事に俺は呆然とした。クリスは俺の想像がきっかけで具現化したらしい……
もちろん、俺がクリスを創ったわけじゃない、クリスが出てくる未来を選んだという事になるのだろう。
そう言えば、教授が『シミュレーション仮説』を教えてくれた時に、一瞬『シミュレーション仮説はあり得るかも』と、思ってしまった事を思い出した。
「え? では、この世界が仮想現実空間になったのも、私が想像したから……ですか?」
「そうですね」
「え? そのレベルで世界を変えちゃってるんですか!?」
「宇宙は無限の可能性に満ちています。仮想現実の世界もあれば、リアルな世界もあります。でも、『仮想現実かもしれない』と誠さんが考えた事により、この世界は『仮想現実空間として構成された世界』が採用されました。無数の候補の中から、この仮想現実空間による世界を、誠さんが選んだんですよ」
「それでは……、あなたも私が生み出したものですか?」
俺は、恐る恐る聞いてみる。
「そうですよ、
「でも、他の人だって色んな事、認識してるじゃないですか、なぜ私の認識だけが反映されるんですか?」
「だって、他の人には、他の世界が展開してますからね」
と、
俺は呆気にとられた。この世界は俺の世界、由香ちゃんには別の由香ちゃんの世界が展開しているって事らしい。そこの世界の俺はどうなっているんだ?
俺の困惑を読み取ったかのように
「他の人の世界の中にも、誠さんは出てきますよ。でもその誠さんは、姿かたちは一緒でも、あなたではない」
「え……」
「この世界はあなたが創ったあなたの世界。世界は意識が誕生するたびに生み出され、観察され、認識、想像されることで形が決まっていくのです」
「でもでも、そんな事になってたら世界が無数に作られて、宇宙は世界だらけになってしまいますよ」
「そうですよ、世界だらけですよ」
俺は絶句した。意識の誕生ごとに、と言ったら、それこそ無数の世界がある。さらにその無数の世界の中で誕生する、無数の意識にも世界が付与されるという事だから爆発的に世界の数は発散していく……。宇宙とはとんでもない所だ。俺はあまりのスケールに呆然とした。
でも……
よく考えたら、自分の人生においては自分が主役、実に当たり前の話じゃないか……
◇
俺は目を瞑って世界樹とつながり、蓄積された膨大な情報を隅から隅まで感じてみる……。
俺の認識によって創造された、56億7千万年にわたる世界の歴史が、次々と俺の意識の深層に流れ込んでくる。
文明の
そして、この壮大なドラマの最後に、地球が生まれ、俺が誕生した。
俺が生まれた段階では、他にも無数の可能性があったのだ。しかし、俺は無意識のうちにこのドラマを選択した。そしてこの56億7千万年の歴史は確定し、今、目の前に世界樹となって
もしかしたら、俺がAI研究者だったから、こんな歴史になってしまったのかもしれない。他の人が選んだ世界の歴史とは、どんな物なのだろうか。
人間誰しも、生まれながらにして『世界を作る力を持っている』と言うのは、とんでもない話だ。これに気が付く事さえできれば、誰でもイマジナリーを使えてしまう……。
いわゆる超能力者、と言うのは『これに気が付いた人』という事なのかもしれない。なぜ、俺は今まで気付かなかったのだろう?
俺は意識の深層に気を溜めると、それをフワッと世界樹に向けて放出した。
世界樹は軽く震えると、全体が光を放ちはじめ、徐々に強く、神々しく輝きだしながら枝を揺らした。
俺はついに、この世界の根底にある『究極の真実』に到達した。宇宙は各意識を中心とした、無数の多彩な世界に満ちていたのだ。