シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~   作:月城 友麻

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8-9. 市中引き回しの上、打ち首獄門

『あ、ブラックホールが何かまた吸い込んでる……』

 シアンが根源宇宙(スピリッツ)から噴き出してる数字を読みながら言った。

 

『あ、まずいぞ、あれ放っておいたら俺たちの星系が崩壊しちゃう』

『大丈夫大丈夫、そろそろホーキング輻射で蒸発する頃だから』

 シアンは気楽にそう言う。

 

『蒸発? もしかして大爆発するんじゃないの?』

 俺は不安になった。

『あ……』

 シアンがばつの悪そうな顔をする。

 

 何でも吸い込むブラックホールではあるが、実は放っておくと蒸発して消える。寿命があるのだ。そしてその際、吸い込んできた全てのエネルギーを一斉に放出する。その規模は核兵器とは比較にならないほど甚大な爆発となる。サイズによっては太陽系が吹き飛ぶレベルの爆発にまで達する。

 

『いや、それはまずいって!』

 

 3Dモニタをだして土星(サターン)を映像化すると、案の定、大爆発が起こっている。激しい閃光が土星(サターン)を包み、とても直視できないレベルになっていた。

 

『うわ、これ、コンピューターは大丈夫なのか?』

 俺が不安になって聞くと、

『IDCは土星(サターン)の向こう側だから大丈夫……なはず?』

 目が泳ぎながらシアンは頼りなげに言う。

 もしかしたら20兆人を殺してしまったかもしれない……。俺は心臓がキュッとなって冷や汗が流れてきた。頼むよホントに……。

 俺はシアン任せにする危険性を、いやというほど思い知らされた。

 

 急いで、いくつかある火星(マーズ)を表示させて様子を見る。

 すると、どこの星も止まっていた。電力供給が止まってしまった影響が出ているらしい。

『おい、これ大丈夫なのか?』

 俺がドキドキしながら聞くと、シアンは、

『うーん、データは飛んでないみたいだからセーフ?』

 そう言って苦笑いする。

『たのむよ~』

 俺は眉をひそめながらシアンを睨む。

 

 俺たちは爆発が収まるのを少し待って、土星(サターン)に戻った。

 

 天空の城の広場に戻って辺りを見回すと、あちこちが焼けただれている。物理攻撃無効なはずなのになぜダメージを受けているのだろう? と不思議に思っていると、シアンが言った。

『あー、可視光線かな? 『物理攻撃無効』って可視光線は対象外なのよ、普通可視光線って攻撃に使えないし、見えないと困るもんね』

 シアンはそう気軽に言うが、可視光線浴びただけで焼けただれるとは、どれだけ強烈な可視光線だったのだろうか、想像するだけでゾッとする。

 

 外を見ると、土星(サターン)の輪に大穴が開いていた。それは数万キロにわたる被害、大爆発のとんでもないエネルギーの生々しい傷跡に俺は愕然とした。

 

 被害の様子を調べていると、ヨレヨレになったバルディックがふらふらしながら現れる。

 そして、無言で頭を下げた。

 

 俺はその憔悴(しょうすい)っぷりに、

『やり過ぎちゃったみたいだね、ゴメンね』

 そう言って謝った。

 

 バルディックは俺に(ひざまず)くと

創導師(グランドリーダー)……。数々のご無礼、ご容赦ください』

 そう謝った。

 

 ブラックホールでよほどひどい目に遭ったのだろう。ちょっと哀れに思った。

 シアンは横から、

『玉子ボーロをばら撒いた罪は万死に値するのだ!』

 と、プリプリしながら怒った。

 

 バルディックは今度は土下座し、必死になって言った。

『いかような罰も受けます、ただ、土星(サターン)の同志たちにはお慈悲を……』

『うーん、その辺の話は全部終わってからね』

 そう言うと、俺は宙を見ながら叫んだ。

『おい! 天王星人(ウラニアン)! お前らは許さん! 今すぐ出てこい!』

 そもそも天王星人(ウラニアン)が余計な事をしなければ、ここまで揉めずに済んだのだ。俺を追い込んで亡き者にしようとした天王星人(ウラニアン)に対しては、しっかりと言ってやらねば気が済まない。

 

 

       ◇

 

 

 水晶(クリスタル)の宮殿は大騒ぎになっていた。

 

 玉座の間の中心に据えられた土星(サターン)を映した3Dモニタが、突如激しく閃光を放ち、壊れたのだ。

 どよめきが起こり、技官に質問が飛ぶ。

 

「一体何があったんだ!?」

 

 技官は必死になって、手元の小さな端末をクルクルと操作してデータを集め、叫んだ。

 

「ブラックホールが爆発した模様です! 影響範囲は……数十万km!? 土星(サターン)全体に影響が出ます!」

 

 玉座の間に緊張が走った。

 

「コ、コンピューターシステムは無事なのか!?」

 公爵が青い顔をしながら聞く。

 技官は冷や汗を垂らしながら必死に情報をチェックする……。

 嫌な静けさが部屋を支配する。

 

「ダ、ダメです、全火星(マーズ)システム沈黙してます!」

「ええっ!」「うわぁ……」

 悲痛な声があちこちから上がる。

 

「おいおい、ここには20兆人がいるんだぞ! 安否はどうなんだ?」

 武官が技官に詰め寄る。

 

「多分……電源システムが落ちただけではないかと思いますが……あっ! マズいです! 急激な負荷の減少で土星(サターン)システムの発送電部が不安定化します! 同システムを使ってるここもマズいです!」

土星(サターン)にアクセスしてデータ書き換えればいいじゃないか!」

土星(サターン)システムの管理機構はさっき切りました。アクセスできません!」

 武官は絶句してしまった。まさに想定外の危機となってしまった。

 

 青い顔をしながら、忙しく端末を操作する技官の操作音だけが、部屋に響いた。

 

 玉座のひじ掛けにもたれかかりながら、女王が口を開いた。

「あの者たちはどうなったのじゃ?」

 

 技官補が声をあげる。

「モニタは間もなく復旧いたします!」

 

 しばらくして、誠たちの様子が浮かび上がってくる。

 そこには土下座するバルディックと罵声を浴びせるシアンが映っていた。

 予想外の展開にどよめきが起こる。

 

「バルディックめ! 失敗しおったな!」

 武官が悪態をつき、そして、技官に向かって叫んだ。

 

「今すぐ土星(サターン)を止めろ!」

 技官は冷や汗流しながら必死に端末を操作したまま返した。

「不可能です。これ以上負荷変動させたら天王星(ウラヌス)まで落ちます!」

「じゃあどうすんだ!? 奴らここまで来る気だぞ!」

「ちょっと黙ってて!」

 技官は停電させない作業でいっぱいいっぱいだった。

 

 そこに誠の叫ぶ声が響いた。

天王星人(ウラニアン)! お前らは許さん! 今すぐ出てこい!』

 

 静まり返る玉座の間。

 側近たちは渋い顔をしながら、お互いの顔を見合った。

 

 すると、シアンがモニタ越しに玉座の皇女の方を向き、ニヤッと笑った。

 そのあまりに異様な光景に皆、呆然とした。シアン側からは天王星(ウラヌス)の様子など見える訳がない。でも、シアンは確信をもって皇女の方を見ていた。

 

 そして、シアンは人差し指を伸ばして銃の形を作り、小首をかしげて楽しそうに皇女めがけて「BANG(バン)」と言いながら銃を撃つ真似をした。

 と、その直後……

 

Pang(パン)

 実際に銃弾がモニタから皇女に向かって跳び、皇女の頬をかすめ、玉座の背もたれに穴を開けた。

 皇女の透き通る白い頬にツーっと深紅の血が流れる。

 

 シアンは舌を出しながら親指で首を()き切る仕草をし、

『きゃははは!』

 と、笑った。

 

 部屋中に響くシアンの笑い声の不気味さに、皆凍り付く。

 天王星(ウラヌス)最高のセキュリティのかかった玉座の間に、土星(サターン)からモニタ越しに狙撃するなど理論上あり得ない。あり得ないが……今、それを目の当たりにしてしまったのだ。あるとすると天王星(ウラヌス)より上位のレイヤーからの干渉……。それはもはや天王星(ウラヌス)の完全敗北を意味している。

 

 皇女は垂れてきた血を手で拭い、その鮮やかな赤さで事の重大さに気が付いた。

 あの女の子は、殺そうと思えばいつでも自分を殺せるのだ。そして、この天王星(ウラヌス)の帝国すら余裕で吹き飛ばしてしまえるだろう。皇女は想定外の緊急事態に心臓が凍り付く思いがした。

 

 思えば皇女に就任してから五千年、ずっとしきたりを守るばかりのぬるま湯に浸っていた。側近の言う事にうなずいて、礼儀作法通りに行事をこなし、たまに星系の星たちを観光するくらいの事しかやってこなかった。殺される心配も、経済的な心配も何もないが、ただただ受け身の退屈な生活だった。

 この28歳の地球人の男は、確かに一見パッとしない男ではあるが、必死に前を向き、絶体絶命の危機を何度も超えてきた。もちろん創導師(グランドリーダー)の力があるからではあるが、もし、自分が同じ力を持っていたとして、彼のように乗り越えられただろうか? 与えられた環境に安住し、人生をあがいて切り開く事をしてこなかったこの五千年を振り返り、彼女は胸がキュッと痛くなった。

 

 皇女は目を瞑り、頬の傷をそっとなでながら、無駄に長生きだけしてきた自分のぬるま湯の人生について反省し、何の考えもなくこの青年の命を奪おうとした事を謝りたいと思った。

 

 

「大変です! 宮殿に侵入されました!」

 技官が叫んだ。

 

 皇女がハッと目を開くと、モニターには隣の部屋にやってきた3人が映っていた。いよいよ恐怖が現実となる瞬間がやってきたのだ。湧き上がってくる(くら)い感情を何とか抑えながら、絶望を表に出さぬようゆっくりと大きく息を吸った。

 

 

 

      ◇

 

 

「あれ? ここはどこ?」

 俺はシアンに飛ばされてやってきた巨大で透明な建物の中で、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「パパ、上よ上!」

 シアンに言われるままに上を見て驚いた。

 そこには巨大な水色の惑星がどーんと広がっていた。

 

「おわぁ!」

 水晶(クリスタル)の屋根越しに、地球の5倍はある壮大な天王星(ウラヌス)の様子が見て取れる。土星(サターン)と比べるとのっぺりとした印象だが、清潔感のある明るい水色の表面にはいくつか筋が入り、薄いながらも環がかかっていて、その美しさについ見とれてしまった。

 

「さぁ乗り込むわよ!」

 シアンはそう言うと、カツカツと靴音を響かせながら奥へと歩き出した。

 

 水晶(クリスタル)でできた床は透明で分厚く、内部にはオーロラのような青緑のほのかな明かりが灯り、ゆっくりと形を変えながら移動している。その向こうには星空が広がり、天の川がゆったりと流れていた。

 また、壁沿いには上品な水晶(クリスタル)でできた幻獣らしき彫刻が並べられており、それぞれの内部にはオレンジ色に光る明かりが揺れて幻想的な雰囲気を演出している。

 

 俺とバルディックはシアンを早足で追いかける。

 

 奥には高さ20メートルはあろうかと言う巨大な扉が配置されていた。オパールのようなキラキラと七色に光る豪奢な装飾が全面に施され、重厚で繊細な美しさを放っている。しかし、触れようとするとバチッと弾かれる。強固なセキュリティがかかっているようだ。この先に天王星(ウラヌス)の皇帝がいるのだろう。

 

 シアンは2,3回扉に手を弾かれ、何かに納得したかのようにうなずいた。

 

(あね)さん、この扉はただの物理攻撃無効ではなく、アクティブな防御システムがかかってるんです。星系随一のセキュリティですから、いくら(あね)さんでも突破できませんよ」

 バルディックはすっかり手下となって、丁寧に説明する。

 

「ふーん、そうなんだ」

 そう言って、シアンはニヤッと笑うと、

 

「1.ブラックホールで吸い込む」

「2.可視光線で焼き切る」

「3.蹴破(けやぶ)る」

「パパ、どれがいい?」

 そう言ってうれしそうに笑った。

 

 なかなかに物騒な選択肢だが、蹴破るというのが良く分からない。

 

「蹴破るって……どうやるんだよ?」

 俺は不可解な選択肢に困惑して言うと、

 

「こうやるのよ!」

 そう言って、シアンは軽くポンポンと跳び、そして、格闘ゲームの春麗(チュンリー)みたいに思いっきり足を上げ、鋭いキックをオパールの扉に叩き込んだ。

 

Thud(ガン)

 同時に激しい閃光が宮殿内にほとばしった。

 

 衝撃音が宮殿内にこだまし、扉に蜘蛛の巣状のヒビが広がっていく。

 唖然とする俺たち。

 

「きゃははは!」

 シアンの笑い声が響き……

 ガラガラと激しい音を立てながら、扉は崩れ落ちた。

 

 現れた玉座の間にいる人たちは、シアンの常軌を逸した破壊力に戦慄を覚え、しかし、打つ手なく呆然とするばかりだった。

 

 ついに天王星(ウラヌス)の中枢にまでやってきた。一番奥の玉座に居るのが皇帝だろう。ヴェールがかかってよく見えないが、女性の様だ。俺を殺そうとしたことを泣いて謝らせてやるのだ。

 

「おじゃましまーす!」

 シアンはとぼけた声を出しながら、扉の瓦礫を乗り越え、カツカツと靴音を響かせながら玉座の間を進む。

 

 側近たちは青い顔をしながら後ずさる。

 

 すると、武官が躍り出た。

 

「と、止まれ! この無礼者が!」

 そう言って豪奢な剣を抜き、シアンに向かって剣先を突きつける。

 

 シアンは武官を一瞥すると、

 

「フ――!」

 と、ネコが怒った時のような声を出し、髪の毛を軽く逆立てる。

 

 いきなり部屋の気温がぐっと下がったように空気が重くなり、部屋中を恐怖が支配した。

 睨まれた武官は顔面蒼白となり、おずおずと後ずさりする。

 

 俺はどういう事か理解できなかったが、隣でバルディックが冷や汗流しながら青い顔をしているので聞いてみた。

 

「シアンは何してるのかな?」

「だ、旦那は大丈夫なんですか? 私は怖くて怖くて……」

 そう言ってブルブルと奮えた。

 どうも何らかの精神攻撃を行っているらしい。ファンタジーでいう所の『威圧』スキルみたいな物だろうか?

 

 武官は半ば錯乱状態となって、シアンに斬りかかった。

「キエ――――!」

 

 その踏み込み速度や剣速はさすがだったが、シアンに届く前に吹き飛ばされ、武官の身体は2,3回転して壁に叩きつけられた。

 そして、ドサッと堕ちてきて、

 

「ぐぅぅ……」

 と声にならない呻きを残して動かなくなった。

 

 どよめく側近たち。

 

 シアンは武官を一瞥すると、玉座の皇女を睨んだ。

 

 そして、カツカツとさらに数歩歩く……

 

 と、その瞬間、激しい稲光がシアンを直撃した。

 

Bang(ズドーン)

 

 激しい閃光と耳をつんざく爆音、もうもうと上がる煙に、俺は思わずしゃがみ込んでしまった。

 地雷のような仕掛けを踏んでしまったらしい。

 

 パチパチとはぜる音が不気味に部屋にこだまする。

 

 煙が晴れていくと、そこには黒焦げの炭がブスブスと音をたてて立っていた。

 

「やったぞ!」

 側近たちから声が上がる。

 色めき立つ側近たち。

 

「シ、シアン……?」

 俺はあまりの事に言葉を失った。

 あの美しくてかわいかった女の子が、一瞬でこんな炭になんてなるものだろうか……?

 俺は現実感が湧かず、呆然と立ち尽くした。

 

 そして黒焦げの炭はバタンと倒れ、ゴロリと転がる。

 

「あ、(あね)さん……」

 バルディックも呆然としている。

 

 側近たちは炭に駆け寄り、ゲシゲシと足でシアンを粉々に破壊していく。

 俺たちは、その猟奇(りょうき)的な光景をただ茫然と見るばかりだった。

 

 と、その時、

「きゃははは!」

 と、笑い声が上がった。

 

 声の方向を皆が一斉に見る。

 なんと、シアンは玉座の横でうれしそうに笑っている。

 手には武官の剣まで持っているではないか。

 

 つまりこの炭はただの分身だったらしい。

 炭にしたのに殺しきれない、想定外のしぶとさに側近たちは言葉を失った。

 

 シアンは豪奢な剣を目の前に立てて持ち、じっくりとその刃を眺め、刀剣に刻まれた幻獣の模様を指でなぞった。

 そして、うれしそうにブンブンと振り回すと、玉座の皇女を見下ろす。

 

 皇女はヴェール越しにおずおずとシアンの方を見る。

 シアンは皇女の目を見ると、急につまらなそうな顔をして皇女の首を剣で薙ぎ払った。

 

「ふんっ!」

 

 皇女の首は玉座の背もたれごと一刀両断され、ゴロンゴロンと階段を転がった。勢いよく吹き出す鮮血で玉座は血だらけとなり、シアンも返り血を浴び、服も血に染まった。

 

 静まり返る側近たち。

 

 俺はあまりの事に驚いて叫んだ。

「お前! 何やってんだよ! 殺せなんて頼んで……」

「これは偽物だよ」

 シアンは平然とそう言い放った。

 

「え? 偽物……?」

 

「そう、ただのお人形。本物は……どこかな……」

 シアンはそう言いながら階段を降り、剣をビュッと振って剣についた血を振り払った。

 

 カツカツとシアンの靴音がこだまする。

 後ずさりしながら遠巻きにする側近たち。

 

 シアンは急に止まり、横を向いてローブを纏った老紳士を睨んだ。

 (おび)える老紳士――――

 

 そして、剣をビュッと突きつけると言った。

「あなたね」

 

 ビクッとする老紳士。

 

 そして、老紳士はゆっくりと目を瞑り、観念したように軽くうなずき、激しい水色の光に包まれた。

 

 キ――――ン! と、高周波が玉座の間に響き、やがて、光の中から美しい女性が現れた。

 

 宙に浮かぶその女性は、繊細な刺繍の施された銀色のドレスを身に纏い、キラキラと輝く粒子を振りまきながら、ゆったりと舞うように降り立った。

 金髪に碧眼(へきがん)の神懸った美しさを放つ女性は、ゆっくりと俺の前に進むと、潤んだ瞳で俺を見た。

 絵本の世界から出てきたのではないか、というレベルの絶世の美女、この上ない高貴な佇まいに俺は言葉を失った。

 彼女は優雅な仕草でゆっくりと(ひざまず)き、口を開いた。

 

天王星(ウラヌス)の君主、ウラニウム16世でございます。この度は大変に申し訳ない事をしてしまったと心よりお詫び申し上げます。ただ……、我らにも三百万年の歴史と文化がございます。何卒寛大なご処分を……」

 こんな高貴な絶世の美女にお願いされるとは思わなかった。全くの想定外である。

 泣かせてやろうと乗り込んだのに、ドギマギして何と返したらいいか途方に暮れた。

 

 するとシアンは、片手を腰に当て、彼女をビッと指さして言った。

 

「パパを殺そうとした罪は重いわよ! 一族郎党市中引き回しの上、打ち首獄門! 死刑よ死刑!」

 ウラニウムは軽く震えると、今度は土下座して涙声で言った。

 

「本件はわたくしの独断でやった事、死刑はわたくしだけで何卒お許しくださいませ……」

 すると、3人の老紳士たちが駆け寄ってきて、ウラニウムに並んで土下座して言った。

「本件の(とが)は私ども側近にあり、ウラニウム様に罪はありません。何卒罰は私ども側近に!」

 それを聞くとシアンはちょっとイラつきながら言った。

「いまさら何よ! 関係者は全員、市中引き回しの上、打ち首獄門! パパ、それでいい?」

 

 俺は困惑した。そもそも、なぜ、こんなことになっているのか?

 思い返せば、まだ俺は結婚式の真っ最中なのだ。

 由香ちゃんと幸せの真っ最中だったのに、いきなりこの世の(ことわり)を叩き込まれ、土星で殺されかけ、責任者を死刑にしろと言われている。どうしてこうなった……。

 

 きっと他の星の連中も、固唾をのんでこの状況を見ているだろう。ここでぬるい対応をすれば舐められて今後も命を狙われてしまう。

 しかし……、死刑というのもピンとこない。殺すの? この人たちを? 俺が?

 俺は腕を組んで眉間にしわを寄せてしばし悩む。

 

『With great power comes great responsibility. (大いなる力には大いなる責任が伴う)』

 スパイダーマンのおじさんが言ってた言葉を思い出した。

 人は誰しも自分を知れば大いなる力を得られる。しかしそれは責任とセットになっている。つまり、この騒動の収拾は俺の責任なのだ。

 

 今後、このような重大な判断が求められる局面は次々と現れるだろう。その度にいちいち損得計算をしていたら参ってしまう。正解はいつも心の中にある。それを伝えるだけでいい。

 

 そして、俺は大きく息をつくと言った。

 

「裁きを申し渡す! この世界を統べる創導師(グランドリーダー)を亡き者とせんとした罪は重く、万死に値する! よって、全員死刑!」

 

 土下座している連中はビクッと身体を奮わせ、無言で黙り込んだ。

 

「死刑! きゃははは!」

 シアンは、人差し指を立てた両手をクルっと回しながらうれしそうに笑った。

 

 すると、

「ウラニウム陛下、バンザーイ!」

 数人の側近が駆け寄って、叫びながら俺に斬りかかってくる。

 しかし、シアンは予測してたかのようにあっさりと捕縛した。

 

「はい! ざーんねん!」

 シアンはうれしそうにそう言うと、側近たちを雑に床に転がす。

 あまりに手際よく処理されてしまった彼らは、無念ですすり泣く。

 

「お前ら、最後まで聞けい!」

 俺は側近たちを一喝する。

 

 そして、皆を見回すと続けた。

 

「で、今日は俺の結婚式。実にめでたい」

「めでたい!」

 嬉々として合の手を入れるシアン。

 

「そこで、恩赦を発表する!」

「お、恩赦ぁ……?」

「死刑囚は労働奉仕に刑を減じようじゃないか」

 俺はにこやかに言った。

 

 皆、顔を上げて安堵の表情を見せ、俺はゆっくりとうなずいた。

 

「え――――!」

 シアンだけは凄い不満げだ。なぜそんなに殺したいのか? 俺は凄く不安になる。

 

 ウラニウムが潤んだ瞳でおずおずと聞いてくる。

「ご配慮、ありがとうございます。で、その労働奉仕……というのは?」

 美人にそんな目で見つめられると俺は弱い。

 ウラニウムの肌はしっとりとして、それでいて透明感があり、神聖さを纏っている。少なくとも同じ人類とはとても思えない。精霊とかそういうファンタジーな生き物なのではないかと疑ってしまう。

 

 コホン、と俺は軽く咳払いをして気持ちを落ち着け、答えた。

 

「この世界の在り方をより良くするために、貴方達の知恵と知識を借りたい。いいかな?」

 俺は動揺を隠すように微笑んで答える。

 

「そういう事でしたら、ぜひ協力させてください」

 ウラニウムは緊張が解け、緩やかに微笑んで言った。

 バルディックも、

「私のボスは創導師(グランドリーダー)です。何なりとお申し付けください」

 そう言ってしっかりとした目で俺を見た。

 

「うむ! それではキックオフミーティングは10日後の地球の田町で!」

「かしこまりました」「ハハッ!」

 

 これにて一件落着!

 

 天王星(ウラヌス)まで来てるのに、打ち合わせは田町かよと思わないでもないが、プロジェクトの始動は、やはりあのヒノキの香りがする日当たり良好のオフィスがしっくりくる。

 

 床の下、遠方にゆっくりと天王星(ウラヌス)の衛星、アリエルが横切っていく。

 俺はアリエルの表面の奇妙な形の(しわ)をボーっと見つめながら、とりあえず何とか収められたことにホッとした。

 

「パパは甘いんだからぁ……」

 不満げなシアンが、口をへの字にして上目遣いで俺を見る。

 

「何言ってんだ、甘くなかったらお前なんかとっくに死刑だぞ!」

 俺はニヤッと笑って言った。

 

「あぁ、まぁ……そうかなっ、てへっ!」

 そう言って、シアンはちょっと舌を出した。

 

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