Such a lovely place.   作:仁倉

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Such a lovery face.

…任務の終わり、プロシュートはペッシに車の運転を任せて今夜の宿屋を探すことにしていた。ここは北イタリアの片田舎。車ではアジトまで一日で帰れない距離だった。

煙草をくわえながらプロシュートは独りごちる。ああ、今回も変わり映えのない指令だったな、と。

開けた車の窓からはやや生暖かい風と共にうらぶれた街の香りが侵入してくる。車を走らせること数分、こじんまりとした安ホテルが目に留まった。石造りの外壁の、小さな看板が出ているだけのどこにでもある普通のホテル。

「ここでいいか。ペッシ、つけろ。」

「へ、へい。…あの、ここでいいんですかい?なァんか暗そうなところですが…」

「あ?明るいとこだと目立つじゃあねェか。テキトーなところで丁度いいだろ。」

「…そうですよね、わかりやした。」

駐車場に車をつけて下車する。どこかうらぶれた街のにおいが強くなった気がした。

 

 

 

***

 

 

 

からりと音をたてて宿の戸を開ける。ボーイからはいらっしゃいませ、と抑揚のない返答が返ってきた。ロビーに他の客は見当たらない。照明が暗めなせいか、どこか陰鬱な印象を受ける。

「ようこそおいでくださいました。宿帳にご記名ください。」

カウンターの向こう側から恭しくボーイが頭を下げて声をかけてくる。それをちら、と一瞥してプロシュートはロビーのソファの方へと足を向けた。陰気ではあるが清潔感に問題はない。

「ペッシ、記帳しとけ。」

「は、はい。」

プロシュートの声に慌ててペッシはカウンターに向かう。ぱたぱたという足音に対して、暗殺者としてどうなのだと呆れながらもプロシュートは窓を見やる。現在時刻16:30。外はまだ明るい。

かりかりかり、と今にしては珍しく万年筆で書く音がする。しばらくたってコトン、とそれが置かれた音がした。

終わったか、と思いつつソファのひじ掛けに手を付く。さて、この将来有望なはずの弟分にどのように足音の注意を入れてやろうかと思案していると。

……駆け寄ってくるはずの足音が、しない。

なんだと思ってプロシュートはカウンターを見やった。

「!?」

そこには、ボーイはおろか…そそっかしい弟分のペッシの姿もなかった。

 

「ペッシ……?」

小声で呼びかけつつ、プロシュートはさっと立ち上がった。すぐさま臨戦態勢になり己がスタンド、偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)を出現させる。すべての生物を老化させる煙がぶわりと吹き出す中、プロシュートは周囲の様子をじっと伺った。

(音もしなかったぞ?スタンド攻撃かッ!?)

そのまま静止したまましばし様子を見るが、ホテルの中からは誰かが倒れる音どころか物音ひとつしない。静寂だけがそこにあった。

「…ちッ。埒があかねえな。」

一歩踏み出す。何も起こらないことを確認し、ゆっくりとペッシがいたであろうカウンターに向かって歩き出す。

(間違いねェ、スタンドだ。それもペッシが反応できないような素早さの…!)

思考しながらカウンターへとたどり着く。そこには簡素なペン立てに宿帳、万年筆。カウンターの中を頭をもたげてのぞき込んでも特に変わった物はない。従業員室の方に足を向ける。きィ、と難なく扉は開いたが中には誰もいない。振り返ってロビーを観察するがあとは階段があるのみだ。いくら思案していたからといって成人男性二人の足音を聞き逃すプロシュートではない。となるとやはり。

(ここだ。このロビーの中でスタンド攻撃を受けたんだッ!)

本体は先ほどのボーイだろうか。それともペッシと共に巻き込まれたか。その場合、なぜプロシュートは巻き込まれなかった?単に射程距離が短いのか?

様々な仮説を立てながらプロシュートは再びカウンターに向かう。

「トリガーは何だ?…ペッシがやってて、俺がやってないこと、か?」

俺はペッシに、何を頼んだ?

 

 

 

 ***

 

 

 

―あれ、俺何しようとしてたんだっけ。

ふと手元に目をやるとブランケットを手に持っていた。

ああそうだ。お客様が寒いとおっしゃっていたんだった。何号室だっけ。

妙に頭がぼんやりしてる。でもちゃんとお届けしなければ。ワインレッドの廊下をてくてくと歩いていく。ああ、ここだ。ここだったよな。

こんこんこんとノックし、「お客様、ブランケットをお持ちしました。」とお声がけする。

特に間も置かずドアが開いた。黒髪の、背の高いお客様だった。ちょっと怖い。

「おお、グラッツェ。わざわざ悪かったな。」

ふ、とお客様がぎこちなく微笑まれた。あ、怖くない。失礼なこと思っちまったなあ。

「いえいえ。また何かありましたらどうぞ。」

にこやかに告げるとお客様は軽く手を挙げてくだすった。

―ああ、うれしいなあ。

こういう些細なことがうれしいのだ。やりがいがあるなあ。物覚えの悪い、冴えない俺でも頑張れる。このホテルで働いてみてよかったな。

……あれ、いつごろから働き始めたんだっけ?

 

 

 

 ***

 

 

 

カウンターの、ちょうどペッシが立っていたであろう所に戻ったプロシュートは胸ポケットから自前のペンを取り出していた。かちり、かちりとイライラしたようにボールペンをいじりながらそこにあるもの――宿帳と対峙している。

「ペッシがしてて俺がしていないことは…これだ。」

宿帳への記名。プロシュート自身の勘がそれを告げていた。手に持ったペンで慎重に宿帳をつつく。……特に反応はない。プロシュートは記帳された内容を見た。

「…あ?」

プロシュートはすぐに違和感を覚えた。名前欄の最後のところに記入された、『pesce』の文字。筆跡に問題はない。ペッシ自身のものであるからだ。問題は。

「…なんで一発でわかる名前書いてやがるんだ?」

彼らは暗殺者だ。ペッシには常日頃から口酸っぱく「足の着くような真似はするな」と教え込んでいる。名前とて例外ではない。それにもかかわらず記入されているのは慣れ親しんだ名前。

ハッとプロシュートは息をのんだ。

「……これも含めてのスタンド攻撃だとしたらッ!」

プロシュートはすぐさまポケットの中の携帯に手を伸ばし玄関に向かった。…スタンド攻撃がこの建物全域に及んでいる。そう確信しての行動だった。

ドアノブに手を伸ばす。ぐっと力を入れると、扉は予想に反して何の問題もなく開いた。

「!?」

入ってきた時と同じようにからりと扉は音を立てる。それがプロシュートにとっては逆に言いようもない不安感を駆り立てた。

「…スタンドは建物じゃあねえ。宿帳の方か…ッ」

くッと歯噛みして手元の携帯に目をやる。…電波状況に問題はない。

(畜生!ペッシ!!)

プロシュートは急速に考えを巡らせていく。ペッシはどうなった?これからどうする?このスタンドの本体はどこだ?どう動くべきだ?

「……」

このスタンドはおそらく、とプロシュートはグレイトフル・デッドの煙の中で思考する。これはイルーゾォの『マン・イン・ザ・ミラー』と同系統のスタンドだろう。相手を己のフィールドに引きずり込むスタンド。だとするとスタンドの剥奪能力は有しているのだろうか?

グレイトフル・デッドの煙は最大出力、外の比較的広範囲に及んでいる。だがしかし先ほどから物音ひとつしない。近くの木が朽ち果てているだけである。

(…これは、もうすでに俺自身も取り込まれてるんじゃねえか?周りも民家だってのに悲鳴のひとつもねえ。…幻覚に近い感じか。)

ちッと盛大な舌打ちをしてプロシュートは手に持った携帯のダイアルを押す。ペッシの携帯にコールをかけた。…5コールほどたっても音沙汰がない。

柳眉を歪ませてリダイアル。また、出ない。

「…畜生が。」

プロシュートは唸ると今度は別の番号に電話をかけた。そちらにはプルルル、と、ワンコールで相手には繋がった。

『pronto』

「プロシュートだ。…簡潔に言う、宿取ろうとして今スタンド攻撃にあっている。幻覚系の物質一体型スタンドだろうが範囲が分からねェ。本体も不明だ。」

『…脱出はできそうか?』

「その前にペッシと分断された。トリガーは多分『宿帳』だ。名前を書くとどっかに飛ばされる。スタンドは問題なく使えるがな。」

いつ電話をかけても変わらず応対するリゾットの声にプロシュートも冷静に状況を報告していく。

『宿の位置は?名前は何だ』

「いつからスタンドに巻き込まれてるかがわからねェ。宿の名は…」

プロシュートは外の看板を見ようとしてはっと息をのむ。…そこにはホテル、と書かれているだけで場所を特定するような固有名詞はなかった。

「…やられたぜ、名前がねェ。とりあえずトルトナ近郊のどっかだ。」

『そうか。』

一瞬の沈黙。その後、リゾットは続ける。

『ペッシと別れてからどれだけ経った?』

「まだ2分も経ってねえ。ペッシにコールしたが出ない。…交戦中かもしれん。」

最後の交戦中、はプロシュートの願いに近い言葉だった。やむを得ず電話に出れないという状況ならば助けに行くことができるかもしれない。

だがリゾットは淡々と告げた。

『…勝算が薄いな。』

 

 

 

 ***

 

 

 

―ととと、と階段を下りていく。戻るのはスタッフルームだ。途中ですれ違ったお客様たちに一礼することを忘れない。ペコリ、と頭を下げると相手の方たちも鷹揚に答えてくださる。中庭の方からは楽し気に談笑するお客様の声がする。

ああ楽しそうだな。よかった。

廊下で同僚とすれ違いざまに手を軽く振ってあいさつする。どこかで見たことがあるような…や、同じ職場なんだから当たり前か。

スタッフルームに帰ってほっと一息つく。まだまだ慣れないことだらけで緊張してるけど、一安心。

………でも何か、足りないような気がする。

 

 

 

 ***

 

 

 

「…てめえ、何言ってるかわかってんだろうな…?」

プロシュートは電話口の向こう側、己が上司に向かって低く唸る。だがそれに対してリゾットはどこまでも冷徹だった。

『失敗はイコール死だ。動けるお前だけでも本体を倒すなりして帰還しろ。』

「ペッシを切り捨てろってか!?」

『氷を持っていない以上仕方がない。』

「だがッ!!」

『もう一度言う。お前だけでも帰還しろ。』

リーダーであるリゾットの指示は絶対である。ギリリと歯噛みしながらプロシュートは己のうかつさを呪った。…自分が付いていながら、ペッシを敵の術中に落としてしまうなんて。

「………わかった。だが、一つだけ言っておく。」

しばしの沈黙の後、プロシュートは切り出した。

「射程範囲は相手の方が上だ。グレイトフル・デッドを完全展開しても悲鳴の一つ聞こえて来やしねェ。これで空間がループでもしてたら正直俺でも詰みになるかもしれん。」

『……』

「やみくもに歩き回ることもできるかもしれねえが、この敵はここで倒さなきゃあならねェだろう。だから今の俺ができるのは……最も勝算が高そうな、『宿帳に記帳してわざと突っ込む』ことだぜ。」

プロシュートは小さく、だがはっきりと断言した。時間ばかり食っていても埒があかない。…あの、ダイヤモンドの原石を手放してまで得る栄光など、プロシュートにはむなしいだけだった。

『…それはお前の喪失とみるが良いか。』

声のトーンを全く変えず平たくリゾットが通告する。つくづく暗殺チームの上に立つ者にふさわしいな、と思いながらプロシュートは続けた。

「Si.」

『……勝手にしろ。』

「はん。もーちっと愛想よくしろよな。健闘を祈るぐらい言え。」

長い付き合いだ。こうなったらてこでも動かないことを知っているリゾットからの最後通帳に苦笑しながら、プロシュートは電話を切った。

空は日が傾いてきている。プロシュートは扉を音もなく閉じると、宿帳に向き直ってずかずかと歩み寄った。

「さて、返してもらうぜ。俺たちの希望を。」

がっと万年筆を握った彼は、『pesce』のか細い筆跡のすぐ横に力強く『Prosciutto』と()()()()

 

 

 

 ***

 

 

 

―上等なホテルだな、と柄にもなく思う。

まァ…たまの休暇なのだからこれくらいの贅沢は許されるだろう、とロビーをざっと見渡す。深紅のカーペットに細工の利いた鉢の中の観葉植物、派手すぎないシャンデリア。中々に好みだ。窓の外からはほのかに中庭の噴水から水が流れる音がする。

手に持ったカギは7階のスイートルーム。目に優しい照明のエレベーターに乗って目的の階に向かう。さすがにエレベーターガールはいないようだが堅苦しくなくて丁度いいか。

ぽろんと鳴って扉が開いた。ロビーと変わらずの赤い絨毯。客室の扉もシンプルだが金のラインがアクセントを利かせている。上宿じゃねェか。

鍵を開けて中に入ると今度は紺色をベースにしたきめ細やかな模様の足元と白く温かい壁紙にライト、ブラウンのシングルベッドが目に入った。

まずは一服でもしようか。いや、この部屋をたばこの臭いで満たすのももったいねェ気がする。じゃあ、酒でもオーダーするか。

猫足の机の上に置かれてるオーダー表に目を通す。……蒸留酒にするか。たまには高いグラッパでも。

「pronto?酒を頼みたいんだが…」

『はい、承知いたしました。ご希望の銘柄は…』

ボーイの声に、どこかで聞いたような……と妙な引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

―お客様からのオーダーだ!

ちょっとだけ速足でワイナリーに向かって特定の銘柄を取り出す。いつになくウキウキしてる自分に少し疑問を感じるけど…なんでだろう。大仕事を任されたような気分だ。

おっと、慎重に慎重に。だって大事なあの人に向けてだものな。

そっと白いクロスに包んでエレベーターへ。お部屋は7階の…

ぽろん。扉が開く。……少し緊張してきた。うまく渡せるかな。

こつこつこつという足音が心臓の音のような錯覚がする。

すうっと息をのみこんで。

 

 

 

コンコンコン、と扉のノック音。

 

「………ペッシ?」

「………プロシュートの、兄貴?」

 

ボーイの格好をしたペッシと、手荷物も持っていないプロシュートが同時に名を呼んだ瞬間、ガシャン、とけたたましい音を立ててすべての部屋の明かりが落ちてきた。

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