Such a lovely place.   作:仁倉

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Such a lovery face.2

「………ペッシ?」

「………プロシュートの、兄貴?」

ボーイの格好をしたペッシと、手荷物も持っていないプロシュートが同時に名を呼んだ瞬間、ガシャン、とけたたましい音を立ててすべての部屋の明かりが落ちてきた。

「!?」

慌てて二人、背中合わせになり廊下に飛び出す。先ほどまでぽうっと明るくワインレッドを引き立てていたシャンデリアが無残に道をふさいでいる。一気に暗くなった視界に一瞬怯むがすぐに二人とも目が慣れた。

「どういうことだペッシ!?お前なんだその恰好!?」

「あ、兄貴こそなんでこんなところにいるんです!?……って、え?」

さっと目だけを走らせながら二人は問答する。それ以外は何の音もしない。人の気配も感じられない。

「あれ、俺、なんで働いて…?」

「ちっ…俺も休暇なんてもらった記憶がねーんだが…なんだ?これは?」

何か大事な、それも自分たちの根幹にかかわるような決定的な何かを忘れている。二人はそう直感した。

「……そもそもがおかしいッ!俺は完全にお前のことを忘れていた…!これは、一体何なんだ?」

「あ、兄ィ、俺もだよ…。ここ、どこなんですかい!?」

「知るかッ!だがやべェのは確実だ…。こっから出るぞ!」

無意識に周囲に何もいないことを確認しながらプロシュートはエレベーターの方に走り出す。ペッシもあわててそれに追従した。

 

あと少しでエレベーターホールだ。といったその時。

不意にがしりとプロシュートの腕をつかむ何者かが闇の中からぬうっと現れた。

「お客様。」

ぐいと手を引かれてプロシュートはたたらを踏む。腕をつかんでいたのは、長髪で端正な顔立ちのボーイだった。

「他のお客様のご迷惑になる行動はおやめくださいませ。」

ボーイは無表情でプロシュートの目をまっすぐ見る。だが、その握力は尋常ではないものだった。

「うおおおお!?」

「兄貴ッ!」

叫び声をあげた彼を見て、ペッシは咄嗟に握ったままだった酒瓶をボーイにたたきつける。…その行動に他でもないペッシ自身が怯んだ。

「!?え、俺…」

瓶を頭にもろに食らったボーイがふらりとよろめいた。その隙にプロシュートはばっとその手を振り払い唸り上げる。

「ペッシ!こいつはヤバいッ!階段の方に逃げるぞ!!」

「は、はいィィ!!」

はっと我に返ったペッシとともにボーイの方を振り返りもせず走り出す。後ろからお客様、と聞こえたような気がしたが頭の中から振り払った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はァ…はァ…、追ってこないようですね。」

「…ああ。」

何階層かを一気に駆け下りた二人は息を整えながらそろりと上を見やる。ホテル内は相変わらず照明一つなくしんとしている。

「…とりあえず降りてきたはいいが…ペッシ。」

プロシュートがペッシに向き直ると彼はピンと背を伸ばして答えた。

「なんでやしょう?」

「俺たちがいたのは7階で間違いなかったよな?」

「はい、間違いないです。」

「……俺たち、7階以上下ったよな?」

その言葉にペッシははっと息をのんだ。その様子を見てプロシュートはちッと舌打ちする。

「ペッシペッシペッシペッシよォォ。フロアの把握なんて俺たちの仕事の基本じゃあねーかッ!!」

「す!すみませんッ!!俺さっき咄嗟にあの人殴っちゃったりで動揺して…!」

「何言ってんだッ!!殴るくらい俺たちの仕事じゃ基本……」

言いかけてプロシュートははたと気が付く。

「…おい、俺たちの仕事って……なんだ?」

「へっ?そりゃあ………え?」

ペッシも同様に答えようとして言葉に詰まる。………思い、出せない。

「…こりゃあ相当にやべェ状況だな。」

のっぴきならない状況に、プロシュートは盛大に顔をしかめた。

 

「クソッ。なんだこりゃあ。」

しばしの沈黙の後彼らはその階に何かないか調べることにした。そして今目の前にしているのは。

「…まるでバグってるみたいなマップですね。」

このホテルのフロアマップだったろうそれは、まるで安物のホラー映画に出てくる小道具のように上から下まで、そのマップの限界まで各階層の図が続いている。端で切れているのもお構いなしだ。現在何階なのか見ようとしても不自然な歪み方をしていて数字が読み取れない。

「…予想してたとはいえ、役に立ちゃしねえか。」

吐き捨てるように言うとプロシュートは踵を返した。だがペッシはマップのある一点を見つめてじっと立ちつくしている。

「…あ?どうした?」

いっかなついてこようとしないペッシにプロシュートが尋ねると、いや…ともごもごとペッシは答える。

「これ、一応現在位置は書いてあるんだなって。思っただけです…すいやせん。」

その言葉に思わずマップを見返すと、なるほど確かに現在位置の丸が地図には示されている。そしてよく見るとところどころに客室以外のところも明記されているではないか。

「でかしたぞペッシ!これを起点に動けそうだ。」

「え、ええ?でも敵の罠の可能性だって…」

うろたえるペッシに対してプロシュートははん、と鼻を鳴らす。

「ペッシ…俺たちは敵の罠のど真ん中にいるんだぜ?どのみちこのまま階段下っても無駄だろうからなァ。ならまずは情報を集めて糸口つかむのも悪くねえ。本当によく見つけた、もっと自分を誇れ。」

「は、はいっ!」

わしわしとペッシの頭をなでながらプロシュートは彼を鼓舞する。

「…とりあえず一番近いのは2階上のバーだ。行くぞ。」

敵。無意識にその言葉を発して二人は階段を昇って行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

階段を上って右に曲がると、今までなかったはずの明かりがぼうっと見えてきた。まるで二人を誘うかのようなその光に、いったん足を止める。

「いいかペッシ…用心していくぞ。」

「お、おうっ」

プロシュートは音もたてずに、ペッシはととと、とそれに続いてバーラウンジの入り口に向かった。ちら、と入る前に内装を伺う。…どこにでもあるような、ありきたりなバーだった。ほの暗めな照明にカウンター後ろのたくさんの酒。客はカウンターにいる二人組だけのようだ。刈り上げ頭のバーテンと談笑している。

「…」

プロシュートはペッシにアイコンタクトをとってバーに足を踏み入れた。いらっしゃいませ、とこちらに気が付いたバーテンが愛想よく笑いかけてきた。

一見何もなそうだがしかし、それがこの環境では異質さを放っている。

「あー…適当なカクテルを一つ。こいつにはジュースでいい。」

ここは情報収集の常套手段であろう酒でも頼んでやろうじゃないか、とプロシュートはカウンター席にどかりと座る。一歩後ろについてきたペッシもおずおずと座ったところでかしこまりました、とバーテンはワイングラスを用意し赤ワインとカシス・リキュールをステアする。

「そちらの方は本当にジュースでよろしいので?」

軽い口調で聞いてくるバーテンにああ、と答えながらプロシュートはペッシに目をやった。

バーテンが目を離したすきにこそりと唇だけで(飲むなよ)と伝えるとペッシも目線でうなずく。

ややあって冷蔵庫からジュースを取り出してグラスに注いだバーテンはプロシュートに向き直った。

「こちらには初めてで?」

「ああ。随分と……気の利いたホテルじゃあねえか。」

プロシュートは皮肉を込めて言うがバーテンは意に返さず「でしょう?」とにこやかに答える。その表情に嘘偽りは見受けられない。

(コイツも敵の一部か…?)

これは早々に切り上げよう、と考え会話を切り抜ける。

「ご宿泊ですか。」

「いや、たまたま目に入って飲みに来ただけだ。ところが迷っちまってな。出口はどっちだ?」

途端、ぴたりとバーテンの動きが止まった。そして。

「お客さん、もうちょっと飲んでいきませんか。」

ききき、と機械的な動作で新たなグラスを取り出し。後ろにあった適当なボトルをつかんでひっくり返す。どぼどぼと酒が零れ落ちるのもお構いなしに彼は続けた。

「お客さん、もうちょっと飲んでいきませんか。」

「!!」

途端、パリンと隣から音がした。

「え…?」

それは同じくカウンターに座っていた二人組のグラスが割れた音だった。その二人組はきょとんと今しがた飲んでいたギムレットを見ている。

「え、これ…どうしようバーテンさん、割れちゃった…」

「まずいッ!お前らそこから離れろォォォ!」

プロシュートが二人組に向かって叫んだ瞬間。バリリンッ!!と連続してバーのボトルがカウンターに向かってはじけ飛んできた。

「う、うわあああ!!」

二人組も思わず席からばっと離れる。その二人に「逃げるぞッ!」と声をかけながらプロシュートたちはバーから駆け出していく。

(何やってんだよッ!いつもならもっと警戒して……)

プロシュートは思考しながらまた臍を噛む。その『いつも』が思い出せないのだ。

(あの地図のとおりならいったん開けたところに出た方がいいッ!確か4階下の方にリストランテ前のフロアがあったはずだ…!)

「こっちだ!」と追従する三人に声をかけながらプロシュートは階段に向かった。

 

階段をバタバタと降りていく4人分の足音が響く。わけのわからない状況にさしもののプロシュートも息が上がった。

…4階層分、何事もなく降りられた。フロアに行く前に後続の3人の方を振り返った。

「畜生が…。おい、あんたら。」

いったん深呼吸をしてプロシュートは一般客と思われる二人組に声をかける。

「ここはなんなんだ?さっきのはてめえらも関係してるのか?」

勢いで連れてきてしまったが、これで後ろの二人まで敵でした、だなんて笑えないにもほどがあると苦々しく思いながらも彼が尋ねると、何とか息を整えた二人組は慌てて首を振る。

「し、知らねえよッ。俺たちゃただあそこで飲んでただけだ!」

背の低い方がそうまくしたてる。明らかに今まで会ってきた従業員とは様子が違うことに若干の安堵を覚えながらプロシュートは続ける。

「つまり客ってことか」

「そうだよ。ただバカンスに来ただけなのに…」

二人組は困惑しきりである。それを見てペッシは半ば同情するが、プロシュートは何の情報も得られなかったことに内心舌打ちした。

「…どうしよう、消灯してるし部屋に戻った方がいいのかな…でも…」

「勝手にしな。俺たちは()()()()()。」

わざと、プロシュートはわざと鎌をかけるように出口を探すと発言した。先ほどのバーテンが豹変した一言だからだ。しかし、客の二人組は困ったように黙って顔を見合わせるだけだった。

(…一般人か?)

それにしては何か引っかかる、と己の勘が告げているが思い出せない。五里霧中、今は大切な何かを思い出すことが先決だろう。

「行くぞ、ペッシ。」

「あ、はいっ!」

リストランテ前の広いフロアに向かう二人に、行く当てに心もとないのであろう、その二人組もついてきた。

 

 

 

 ***

 

 

 

しかしそこにも安穏はないようであった。

リストランテ前に一人、人影がある。窓を拭いている清掃員だ。几帳面そうに窓ガラスを拭く男はシルエットしか見えない。ペッシはごくりと息をのむ。従業員ということは。

「…どうしやしょう、兄貴。」

「音を立てるな。キッチンに行きゃあ武器になるモンくれェあるだろう。」

プロシュートは慎重に、慎重に歩を進める。できる限り清掃員から離れるように…

丁度プロシュートがひらけたフロアに足を踏み入れた時だった。

「お客様、ただいま清掃中ですので。」

「!」

こちらを振り返りもせず清掃員は静かに告げる。長髪を束ねた彼は何事もなく手を動かしていた。

―しばしの沈黙。何も起きない。踏み入れた足を戻しても何も言われない。

再び踏み入れても特に何も言われない。

「……ちと通らせてもらうぜ。」

ぼそり、とプロシュートが告げても特に反応はせずに清掃員は窓を拭き続けていた。そろそろと4人はフロアに足を踏み入れリストランテに近づいた。

 

不意打ちだった。

「そちらは現在立ち入り禁止です。」

リストランテの扉に手をかけた瞬間天井が割れた。…正確に言うと天井の鏡が割れて降ってきた。

「うわああああ!!」

「やべえ!早くはいれッ!!」

プロシュートが扉を開ける中、後続の二人が間に合い切らず多少腕を切った。全員が入ってすぐに悪態をつきながらプロシュートが扉を蹴る。

「クソがッ!!立ち入り禁止なら先に言いやがれッ!!」

「あ、危なかった…!おふたりとも大丈夫かい?」

「ちょっとかすっただけ…のはずだ。」

ペッシと二人のやり取りを見て、プロシュートはどこか喉に棘でも刺さったかのような引っ掛かりを覚えた。

(一般人助けるなんて柄でもねェこと、なんでしてんだ俺は…)

その柄というものすら曖昧なのだが、と独りごちつつリストランテ内をぐるっと見渡す。ここもバーと変わらないごくありきたりな内装だ。一点違うのは明かりが調理室の方から漏れているだけなところか。

(はん。お出迎えがいるってか。行ってやろうじゃあねーか。)

「おい、動けるか?」

「大丈夫だ。」

背の高い方が答える。ちらっと見やっても特に流血している様子はない。服をかすめただけのようだ。

「武器取りに行くぞ。」

有無を言わさぬよう告げてプロシュートは明かりの方に向かっていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

ギィィ……と不気味な音を立てて鉄扉を開けると、比較的広い厨房の片隅、一人の男が鍋に向かって何かを煮込んでいる真っ最中だった。

(一人か、都合がいい。気絶させて…ッ)

プロシュートが駆け込もうとした瞬間だった。グリン!とコックがこちらに向かって振り向いた。眼鏡に三白眼が異様に目立つ顔でこちらを凝視してくる。

「…何か御用ですか。立ち入り禁止なんですが。」

その手には、包丁。目に捉えてすぐにプロシュートは怯みもせずコックに向かって一直線に突進した。

「兄貴ッ!」

ペッシも援護せんと踏み出した時、コックはあろうことか包丁を投擲してきた。ひゅっとプロシュート、ペッシはかわすが。

「立ち入り禁止ですってば。」

「うわあああ!あああ!」

「!?」

後ろについていた二人の片割れの腕に、包丁が突き刺さった。…謀られた。そう気が付いた瞬間プロシュートの中で激情が湧きあがる。

「てめェェェ!()()()()ッ!!」

プロシュートが無意識にそう叫んだ時だった。―自分の腕から紫煙を纏った、透明な、大きな大きな三本指がコックの腕に向かって伸びたのは。

「なッ…?」

ずるりと腕が、肩が、頭が。その全面にぎょろりと覗く目が、すべてが眼鏡のコックを捉えていた。

どこからどう見ても異形の怪物。しかしプロシュートとペッシはそれに対して酷く既視感を覚えた。不思議と恐怖感は浮かばなかった。

下半身のない異形はぎちぎちと男の腕を締め上げる。だが男は悲鳴一つ上げない。…まるで木偶人形のようだ。それどころか。

「あ……兄貴…ィ…」

弱々しいペッシの声にはっと振り返ったプロシュートの目に映ったのは、まるで40~50代のような皺の刻まれたペッシの顔だった。

「な、何ィ!?」

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