秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- 作:流火
第一話 都市伝説の中で
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悪の訪れを期待するとは何たる狂気。
ルキウス・アンナエウス・セネカ(古代ローマの政治家、哲学者、詩人)
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リアリティとリアルは違う。
真実と事実は違う。
小学生の頃、世界は不思議に満ちていると眼をキラキラさせて駆け回っていた。
今は逆だ。
オカルトに手を出し、都市伝説を検証し、これは偽物。これは勘違いとラベルを貼っていく作業。
小学生の頃、世間では事件に溢れており、それを解決する探偵になりたいと思っていた。
高校生になる頃には、事件の1つや2つ巻き込まれて解決したいと思っていた。
そんな可愛げのある熱意が、実際の事件を1つ1つ検証していく内に冷たくなっていく。
現実に起きた事件では高度なトリックなど実在しない。
百歩譲ってそういう事件があるとしても、小説の名探偵の様な事件に巡り会える悪運を持たない。
本当の探偵は……浮気調査とか素行調査とか、それはそれで面白いかもしれないけども。
結局の所、現実というのはつまらないものだ。
人は誰しも、自分の中の理想と現実とで折り合いをつけ、それで大人になっていく……と、高校二年生である俺が言っても説得力はないが。
夢は砕け、鬱屈した感情が支配する……自分は何者になりたいというのだろう?
警察官、科捜研、探偵、ミステリー小説家……いっそ、法医学者とか、検察官か?
選択肢は数あれど、決定打というのはまるでない。
それも含めて思春期かと思いつつ、今日も都市伝説狩りに挑む。
「十数人を集めて殺しあい? それに対抗する組織……? いや、検証する意味あるのか……これ……」
………
ピーピー ピーピー
「あー、やな夢――――ここ、どこだ?」
あんまり宜しくない目覚めから、一気に眼が覚める。
頭が硬いベッド、廃墟のような部屋、あんまり生活感を感じさせない埃。
最近理系を選択した高校二年生である俺――川瀬進矢としては、廃墟探索に行った事もあるので、まるで廃墟の中で居眠りでもしてしまったかのようだ。
ただし、直近の記憶が正しければ学校から帰ってる途中から意識が途切れている。
記憶喪失や夢遊病になったとかでないかぎりは、自らここに眠っていたとは考えにくい。
服は間違い無く高校の制服だ。通学で使用している鞄もある。
流石に、高校の制服で廃墟巡りに行くような馬鹿な真似はしない為、間違い無く自分で来たわけでは無い。
分からない事が多い為、まずはこの耳障りな目覚まし時計(?)君を探すと、縦10cm×横6cm程の端末を発見する。
所謂、携帯情報端末――略してPDAという奴だろう。
意味深というかなんというか、ともあれ開くしかない訳なのだが。
ふんふん、画面にはダイヤの3が表示されている……ジョーカー殺せる最弱カードですか。
『解除条件 3:3名以上の殺害。ただし、首輪の作動を含まない』
おう、怖い怖い。最近はゲーム脳をこじらせてる人が多くていけないな、人の事あまり言えない気がするけど。
で、首輪ということは――何か違和感があったけど、首の周りがゴツゴツしてる事を確認した。
おーけい、把握した。ピザ配達人首輪爆死事件っていうのがある。
2003年にアメリカ合衆国で起きた事件で、一人の男が爆弾に首輪をかけられ、銀行強盗をさせられるという事件だ。
要点だけ掻い摘まむと被害者の男は、爆弾つきの首輪を犯人につけられ、同時に指示書を渡された。
指示書には、仕掛けられた爆弾の起爆を遅らせ、最終的には解除する「鍵」を入手する為の課題を、時間制限付きで列挙されていた。
しかし、そんなこと上手く行かず、指示された行動である銀行強盗で警察に捕まり首輪は爆発――後に警察が検証したところ、どう足掻いても首輪の解除は無理だったらしい。
資料参照できないので曖昧だが、そんな感じの事件があった。
とはいえアメリカと日本は違うだろうし、一応普通の高校生やってる身として、この状況は現実的とは思えない。
ベタに頬を引っ張ってみるが普通に痛かった。まぁ、夢ならその内覚めるだろう。悪夢かもしれないが非日常の夢を見るのはめずらしいし、目覚めるまで楽しまなければ損ってものである。
PDAを操作すると、ルール一覧という項目がでてくる。
【ルール1】
参加者には特別製の首輪が付けられている。それぞれのPDAに書かれた状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。
【ルール2】
参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。与えられる情報はルール1と2と、残りの3 ~9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。
【ルール6】
開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間全てを勝利者とし、20億円の賞金を山分けする。
【ルール7】
指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。
「20億って、ちょっと現実味ない話だな……」
期待半分、恐怖半分といった心持ちで呟く。このルールから察するに3人殺せって比喩的な話ではなくて、生命活動を停止させろって意味っぽいな……と思いつつ。大体分かった。情報が足りないって事が分かった。
この催しがトランプを模している……例えば、ゲーム大会であると仮定するのであれば、総人数は13かJOKER含めて14人。はたまた、52人というのもあり得る。
次にマップ機能を確認する……なんか凄い迷路がでてきた。しかも、1階から6階まであり、現在位置が全く分からない。
おう.……心が折れそうだ。この大迷宮が本当かどうかは、やはり歩いてみないと分からないだろう。
(この地図が本物だったとしたら、いよいよアウトなんだろうけど)
現実感のない漠然とした不安だけがある。
いずれにせよ、明確な悪意に晒されている事は理解できる。
PDAを弄くってみるが解除条件、ルール一覧、MAP機能……他には無さそうだ。PDAにはコネクタがあり、首輪にもコネクタが接続できそうな接続口は指で触って確認したが、ルール1を鑑みるに流石に突っ込んでみる訳にはいかないしな……。
そして……この時、思考に没頭していた俺は気づけなかった。既に部屋の前に人がいることに
「こうなったら、情報を集め――うぉ!?」
「きゃ――って、総一?」
「いや、誰だよ。総一って……」
ドアをガチャリと開くと、目の前には綺麗な高校生の制服らしきものを着た女の子がいた。
心の準備が出来てなかったところに、至近距離での遭遇に少々驚いたが……深呼吸深呼吸。
目の前の女の子が、首輪をしている以上……自分と同じ境遇というのは間違い無さそうだ。
「コホン……あー、俺の名前は川瀬進矢。多分、君と同じ状況だと思うけど。誘拐されたのか、気付いたらここで眠っていた」
「あ、ごめんなさい。そっくりな知人が居て、私は桜姫優希……同じく、目が覚めたら近くの部屋に居たわ」
「そっか……お互いに大変だな、大変なのはこれからかもしれないけども」
「どういうこと……?」
訝しげに女の子――桜姫優希はこちらを見ている。
クラスで女子とほぼ話さない自分にとっては少々辛く、つい目を逸らしてしまう。理性はちゃんと警戒しろと言っているのだが……クラスで2~3番目位(自分の審美眼基準)に可愛いだろう女子に1対1で話すのは滅多にないことなので、そこは仕方ないと諦めよう。ともあれ、自分自身思考を纏めておきたいところだったので、相談相手が出来たのはありがたいところだ。例え、後で殺し合いを強要されることになったとしてもである。
「このPDAだ。とっても物騒な事が書いてあっただろう?」
「そうね……死亡とか……ころ、す……とか」
「残念ながら全て真実だ」
「え!?」
「順を追って説明したいので、まずPDAに書かれている事を教えてくれ」
「わ、分かったわよ……」
できるだけ端的に、できるだけ論理的に……自分の説が正しいかどうか、他人に分かりやすく説明する。
大事なスキルだ。名探偵の気持ちになって考えてみよう。
突然、本題に入るのはコミュ障の証だって? 悪かったな、自覚してるよ。
『解除条件 9:自分以外の全参加者の死亡。手段は問わない』
【ルール3】
PDAは全部で13台存在する。
13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、
ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。
この時のPDAに書かれているものが、ルール1で言う条件にあたる。
他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すのは不可能で、
読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。
あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。
【ルール5】
侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。
侵入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると
首輪が作動し警備システムに殺される。
また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、
最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。
「……誰が、そこまで見せろと言った」
「教えてと言ったのは貴方よね?」
「分かった、分かったよ。こっちも全部見せる、じゃないとこっちが悪者みたいじゃないか……」
自分の解除条件である、3人殺しの解除条件を含めてルールを見せつつ溜息がでてくる。
真実だの、真実じゃないだの言ってる割にはどうにも緊張感がない。目の前の美少女も緊張感はあるようだが解除条件を見せてきたので、自分も毒気を抜かれてしまっているのかもしれない。……自分より酷い条件なのに太い神経をしていらっしゃるのか、やはり現実感がまだ足りてないかのどちらかだろうか。
「ルール、3・5・6・7が揃ったか。欠けた部分はあるが、大体わかったような気がするな。歩きながら説明するぞ」
「え!? ……貴方って凄くマイペースなのね」
「友達少ない自覚はあるよ、同級生と話が合わなくてね」
「自慢気に言うことじゃないと思うのだけど……」
通学用の鞄からノートを取り出し、マッピングのお時間だ。昨今のゲームではオートマッピングという便利な機能があるが、ここでは無さそうなので、こういうアナログな手段に頼らざるを得ない。古くからゲーマーだった兄貴の影響を受け、たまにゲーマー熱が出てくるのである。
「なんとなく、貴方がどんな人間か分かったような気がするわ……」
「褒め言葉として受け取っておくよ、じゃあ解説していこうか。まず、自分達の状態を再確認していこう。まず、誘拐された時の状態を思い出していこうか、最後の記憶は多分1人で下校している時に唐突に意識を失って此処に来ていた。ここまでは一緒で良いかな?」
「うん、そうね……私は二人で下校していた時だったけど……総一は大丈夫かしら?」
「俺とそっくりと言ってた人だっけ? 今は良いか、えー……屋外で突然、誘拐した相手に顔バレせずに誘拐を実行するっていうのは非常に難易度が高い筈なんだよ。勿論、ミステリーとかでたまにある都合の良いクロロホルムとかあれば話は別だけど、犯人はよほど計画的か慣れている人物の犯行なんじゃないかな。二人の証言だから、偶然ってこともあるけど、ルールが揃う頃に全員が似たような証言をすれば、確定すると思うよ」
「納得できる話ではあるわね……誘拐される心当りはないけど」
気絶するレベルのクロロホルムを吸い込めば命が危ない。それなら、食事なり飲み物に何か盛られたと考えた方が自然なんだろうか?
誘拐される心当りに関しては全くない。美人である桜姫優希ならまだ分かるけど、それでも計画的誘拐をしたにしては今の状況は杜撰に過ぎるとは思う。……あくまで、普通の誘拐なら、だが。
「それは同感、第二に……首輪とPDA、まだ完全に揃ってないけど現時点で20億円の動機と人が遭遇しやすくなる侵入禁止エリアル-ルがあり、洗練されているように感じられるし……何より、1つのPDAに完全にルールが揃ってない時点で、強い悪意を感じるね。もしかしたら、とんでもないルールが紛れ込んでて、うっかりルール違反を踏んでペナルティが発生して死ぬ事を黒幕は誘発させようとしてるかもしれないんだぜ?」
「そう言われればそうかもしれないけど……」
「俺は国語の授業を真面目に受けているもので、問題文を作る作者の気持ちがよく分かるんだよね」
「……どちらかと言えば、ゲームのやり過ぎに思えるけど?」
「強気で否定できない……」
桜姫にジト目で見られている事に、心中で涙目になりつつマッピングを続ける。
突っ込みを入れられつつも、最後まで推理を聞いてくれる姿勢である桜姫はありがたい存在だ。
俺も喋るのは止められない、だって彼女の言う通り自分はゲームのやり過ぎで、語りたがりな性質があるオタクだから。
「では、気を取り直して、第三……この建物について、自分歩いた範囲内でも相当広いことが分かる。今、面積を確認する為に歩いているんだが……歩けば歩くほど、この地図の信憑性は増すばかり。そして、これだけの大きなビルを用意できるというのは、やはり誘拐した連中が只者ではないという証明になる訳だ」
「……分かったわよ、貴方が頭が良くて、お喋りが好きな人間ってことはね。だけど、貴方は大事な事を言ってない。目を逸らしてるのか、敢えて喋ってないのかまでは分からないけど。そこが一番大事な事なんじゃないかしら」
「痛いところを。……そうだな、このゲームが全て真実だと仮定すると、話は次の段階に移ってくるわけだ」
桜姫の射貫くような瞳が、注がれてくる。視線は正直痛いが、疑っているというより試している――と言った雰囲気を感じる。この桜姫優希という少女……訳の分からない殺人ゲームに参加させられ、恐怖に怯えるだけの女という訳では無さそうだ。女の子に見つめられるの恥ずかしい……という現実逃避はさておき、敢えて話題にあげなかった部分に思考を移す。
『解除条件 3:3名以上の殺害。ただし、首輪の作動を含まない』
『解除条件 9:自分以外の全参加者の死亡。手段は問わない』
ルール3と5を手に入れた事で、この解除条件の危険性もはっきりしてくる。つまり、俺は生き延びる為には誰か3人を殺さねばならず、目の前の桜姫優希に至っては自分以外の全員に死んで貰わないといけないということだ。
――このゲームに対しての自分のスタンスを述べる前に、それは起こった。
「う、うわああああああああ!」
大地を揺らすような爆発音。
ズカァンという音、男の悲鳴。
その意味を考えようとするが、目の前の桜姫優希は聞くが早いが駆けだしていった。
ノータイムか、早いなー……その決断力は羨ましいと思いつつ後ろを追いかける。
「無駄だと思うが、一応忠告するぞ! ゲームに関する何かしらが、起こっているんだと思われる。命の保証はしかねるぞ!」
「分かってるわよ、だからこそ急いでるんじゃない!」
「あー、うん。正論だな、ごもっともで」
こちらとしても、多少のリスクを飲み込みつつ情報収集は必要だ。桜姫優希がリスクを負ってくれるというのなら、更に言うことはない。
程なくして、その男は見つかった。
右足を引き攣った中年の男性、必死の形相をしているが……右足に怪我を負っており、速度は遅い。
そして何より、その首輪は赤く点灯していた。
「おじさん! 大丈夫ですか!? その怪我、何があったんです!?」
「ど……どうもこうもない! あ、あれに追われているんだ……!」
「ボール……?」
桜姫が男に問うと男は自分の後ろを指さす。そこにあるのは、数十もの金属製のボールだ。それらが整列して動いている。歩くスピードよりやや遅いその金属ボールは、ゆっくりとこちらの方向に転がってきている。よく分からんが、大体察した。
「桜姫……あのボールを止めるぞ」
「え、止めるって……」
「詳しい話は止めながらする。手段は周囲の部屋から、物を取り出してバリケードを作る。オッサンはその間に逃げるんだな!」
言うが早いが、部屋に飛び込み廃材やら段ボールやら家具を取り出して廊下に敷き詰めていく。桜姫も困惑しながら、同調して協力して動いた。突貫だが、なんとかボールが辿り着くまでに、簡易バリケードは完成する。
完成後はバリケードを離れて、あの中年男性を追いかける手筈だった。
「たぶんだが、あれがルール1の警備システムだ。どういう機能なのかは想像でしかないが――」
「きゃ!?」
爆発音がする。
振り向くと、爆発音によりバリケードが崩れ去り、幾つかのボールが雪崩れ込んできた。
そう簡単に止まってはくれない……ルール1.【一度作動した首輪を止める方法は存在しない】だったか。正直、あの中年男性の命運は尽きたようにしか思えてならないが、もう少し足掻いてみよう。
「もっかいバリケードを作るぞ! あのボールが無くなりさえすれば――」
どうなるというのか、正直次にどのような手で来るのか興味本位があると言えばある。
そのまま俺と桜姫は、中年男性を追いながら遅滞戦術のようにバリケードを張り続けていた。
ただし、ボールは減る事もなく増え続けている。
「おい、オッサン! 何があったんだ!? どうして、その首輪が発光するような事態になっている!?」
「知らん! 儂は何も知らん、何もしてないのに……! 気付いたらこうなったんだ!」
「それ、何もしてないのにパソコンが壊れたと同レベルの信憑性だよ!?」
「そう言われても……ヒィ!? 上から落ちてきた!」
「何!?」
バリケードを作っていた俺と桜姫が駆けつけると、すでに中年男性のすぐそばにボールが複数存在していた。そして、その数は上――開いているエアダクトというべき場所だろうか?――からドンドン落ちてきている。もう、助ける事はできない……そう判断した俺にできることは1つしか無かった。今にも中年男性を救わんと飛びかかろうとしていた、桜姫優希の腕を掴む事しかできなかった。
「駄目だ!」
「――ッ! そう、い……ち」
抵抗するかと思われた桜姫優希は予想に反し、掴んだ瞬間に嘘のように身体中の力が抜ける。そして、複数の爆発音と断末魔が響き渡り……中年男性が死という塊になるのに――時間はそう掛からなかった。
火薬の臭い、焼かれた肉と血の臭い……バラバラになっていく服と下半身……恐るべき形相の死に顔。今まで、探偵ぶってた心の余裕なんてあっという間に吹き飛ばすような圧倒的なリアルがそこにあった。一部始終を目撃してしまった。
――だが、一方でこうも思うのだ。
(俺は興奮しているのか……このような事になるのを、心のどこかでずっと――)
自分の中の何かが変わりつつあるのを感じる。
迷いの無い足取りで、死んだ中年男性だったものに近づこうとする。その腕を、桜姫優希が掴み……放さなかった。