秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- 作:流火
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子供というものは大人の話を聞くのが苦手だが、真似をするのは得意だ。
ジェームズ・ボールドウィン (米国の小説家)
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「たまにいるのよね、殺そうとしても中々死なないプレイヤー。直接手を下す訳じゃないから、仕方ないけど。まさか高山さんから逃げ切るとは思わなかったわ」
『エクストラゲームも、上手くいきませんでしたからね。でも、お客様からの反応は上々ですよ』
「計算外だったのは、長沢君とかりんちゃんの間で裏切りが発生しなかったことね。優希ちゃんと川瀬君の仲も上手く引き裂こうとして失敗しているから、疑心暗鬼の効果というよりはむしろ団結を促したかもしれない、か」
ゲームを運営している側の視点に立っているゲームマスター……郷田真弓は、手に持っている拳銃をくるくると指で回しながら、片手で主催者側の連絡役の男と通話をしていた。停滞したゲームをエクストラゲームで促進させようとしたが、完全には上手くいってない為にどう修正するかを考えなければならないのだ。
「そろそろ、私も一休みしたいけど……放置してたらかりんちゃんの首輪が解除されちゃうのよね。1階は渚ちゃんに任せて私は合流の妨害かなぁ」
自分の首輪解除条件【5】の【24ヶ所のチェックポイントの通過】を達成する、ゲームを上手くコントロールする。両方やらないところがゲームマスターの辛いところだ。尚、ゲームマスターは今のところ2階までのチェックポイントを全て回りきっている。
本音を言えば、殆ど誰も到達していない内に3階のチェックポイントも回りきり休憩を取りたかったのだが、他の首輪解除者が出てしまうのも不味い。
その為に、合流地点を決めていた長沢勇治と北条かりんを襲撃し、場所を変えさせる必要があった。だが、そのミッションを遂行する際にPDAに緊急連絡がある。
『すいません、ディーラーより緊急連絡が! 川瀬進矢、桜姫優希ペアがJOKERで【8】番に偽装。【首輪探知機能】を取得し、二手に分かれ川瀬進矢が2階に桜姫優希が1階の人が集まってる地点にそれぞれ急行しています!』
「え!? 早いわね。そう……間違いなく、私たちの妨害を意識した行動ね。やるじゃない……。少し待って、どうするか考えるのと、1階の方は基本的にディーラーと渚ちゃんに任せる方向で行くわね。幼馴染みの恋人同士の再会なら、彼女の出番だし」
『了解、基本的には自分からは殺さない方針でいくそうです』
「うーん、となると……危機を乗り越えた川瀬君は兎に角、解除間近な北条さんか長沢君のどちらかに退場して貰おうかしら……そういえば北条さんにはセカンドプランがあったわね。アレを使えば極論、首輪解除しても問題無いかしら?」
『大丈夫ですか? マスターの身が危なくなる諸刃の剣なのでは?』
「あら? 私はこれでも彼等プレイヤーに感心してるのよ? 彼等が私の期待に応えてくれるのなら、私だって相応の対応を取るわ。私だってこのゲームに命を懸けてる立場なのだし」
『もう仕事と結婚してますね……これは』
「う、うるさいわね! ともあれ、長沢君と北条さんのところに行きますか……ディーラーに伝えといて、【私】は誰も殺さないってね」
「あ、はい。そういう方向ですね。了解です」
通話を切り、郷田真弓は溜息を吐く。
今回は疑心暗鬼の裏切りのゲームはあんまり上手く機能しなかったようだ。
そして、サブマスター……綺堂渚の裏切りのカードを速攻で切ってしまった以上、取れる札は普段以上に限られてくる。例えば、ゲームマスター自身の経歴を利用した演出とか……勿論、リスクもあるが、別に構わない。自分がゲームのキャストになれば、制限付きではあれど自分の手でプレイヤーを殺す事も幾分か許されるようになるメリットもあるからだ。
「うわ……二人共移動速度速すぎ……これが若さって奴なのね。こういう時は、年長者としての威厳を見せつけてあげようかしら、ピンチの時のアドリブ対応こそがベテランの腕の見せ所ってね」
優秀な教え子に教育意欲が上がる教師のように仕事への熱意を上げつつ、郷田真弓は駆けだした。
「やっぱりさ、最悪の事を考えないといけないと思うんだ」
「最悪って……やっぱり?」
「川瀬お兄ちゃんが死んだってこと」
「う、うん……」
2階の戦闘禁止エリアで空気が重い中、長沢勇治と北条かりんは食が進まない状態で保存食に手をつけながら今後の事を話し合っていた。
二人は郷田の襲撃で川瀬進矢と分断された後、取り決めた合流地点で待っていた。しかし、一向に川瀬進矢が来なかった為、次の集合地点兼休憩場所である1階から2階に上がってすぐの場所に居た。そこで待っている間にエクストラゲームが発動してしまい、幸運にも追加ソフトウェア【地図拡張機能】を発見していた二人は、長沢の機転で拡張された地図に表示していた少し離れた場所の戦闘禁止エリアまで二人で駆け込んできたというわけだ。
これで最低限二人の間に裏切りは発生しない状況にはなったものの、エクストラゲームの期間は1時間ある。気まずい時間を過ごしてきたがエクストラゲームが終わるまでに、これからの状況を改めて考えなければならない状態になっているのだ。
【生存者カウンター】を手に入れ、生存者が12人から9人に減っている事で、二人共気分が沈んでいるが、最悪の場合であっても彼等に諦めるつもりはないし、それは許されていない。
「エクストラゲームが始まってすぐに3人死んだから、9人中3人は裏切り者ってことになる。で、手塚や麗華が誰かと組むような人間には思えないから、そいつらは死んでない。僕――いや、俺達を除けば裏切り者じゃないやつは2人しかいない……で見分けがつくわけがないから……はっきり言おうか、誰も信じられない」
「そっか……やっぱり、ゲームに乗るしか、無いんだ……」
一度、ゲームに乗らずにクリアできる希望を見てしまった分、かりんの表情は暗い。
誰かを殺したくはない、だけど妹は何に代えても助けたい。そして――裏切られて、かりん自身が死ぬような事になってしまえば妹のかれんも一緒に死ぬ事になってしまう。
長沢はかりんの様子に若干居心地が悪くなりつつも、川瀬との会話を思い出す。
『ここまでなし崩しで強引に同行してたが、やはりフェアな条件として選択肢提示しようか、長沢勇治。ここで俺の助手になり、共にゲームを生き延びるか。それとも、ここで俺と袂を分かつか。選択しろ』
(川瀬の兄ちゃん……あんな事を言って死んだら世話ないよ。僕一人じゃこのゲームをどうにかするなんて無理だけどさ、クロスボウから庇ってくれた恩もあるし、その分の借りくらいは返してやるよ)
らしくない、そう思いつつ長沢はかりんと組む事に決めた。勿論、数時間かりんと二人で行動して一人より二人の方が、このゲームは圧倒的に有利だと体感したというのもある。
元々はそういうスタンスだった筈なのに、人を殺すのに気が進まないような感覚を覚えつつ長沢はかりんに提案した。
「もし、約束の18時間が終了して川瀬のお兄ちゃんが現れなかった場合、首輪を外す為に二人で2~3人殺せばゲームクリアだ。『4』の【首輪の3つ収集】、『K』の【PDA5個以上収集】はどっちも相性は良いしね」
「な、長沢は……。それでいいの……!?」
「川瀬お兄ちゃんが居なければそうするつもりだったし、北条だって一緒だろ?」
「それは、そうだけど……」
「まっ安心しなよ、北条が誰かを殺せるとは思ってないから。俺が3人位、簡単に殺してやるよ」
「……ごめん……長沢、ごめんなさい……ごめんなさい……」
(あれ!? 何か勘違いされてる気がする?)
長沢は困惑した。長沢の異常な面である【人を殺してみたいという欲求】をかりんが知らないから仕方ない事だが、長沢がかりんの為に手を汚すと覚悟した解釈したのだ。普段なら、驚かれたり恐れられたりする反応を貰っているし期待している長沢は当然、この事に気付くのだがわざわざ訂正するのもおかしな話だ。
それに、自分がやりたい事が結果として仲間の為になるというのなら……長沢としても悪い気はしない。何故そう思ったかは分からないが、少なくとも今の長沢はそう思った。
「そ、そう泣くなよ! ほら、川瀬お兄ちゃん生きてる可能性だって……あ……」
泣いているかりんを前にして、気恥ずかしくなった長沢は最悪の事態を考えるのを止め、川瀬が生きていた場合を模索しようとしていた時に気付いた。自分のPDAを取り出し、急いでのぞき込む。
「生きてるよ! 川瀬のお兄ちゃん生きてる!」
「ど、どういう、こと……?」
「ほら、エクストラゲームで【ゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーが死亡した場合】ってスミスの奴が言ってただろ? 僕達は川瀬のお兄ちゃんと2時間行動を共にしていた。だけど、ボーナスの話が一切来ていない、だから川瀬のお兄ちゃんは生きてるんだよ!」
「あ……そ、そっか! そうだよね! 川瀬さんが死ぬわけ無いもんね!」
「それは極論だけど、合流できなかったのは何か事情があるんだろうな」
長沢は素直に感情を表にするかりんに呆れながら思考する。例えば、怪我をしたとか、他のプレイヤーに襲われたとか……別の誰かにお節介焼いてる可能性もあるといえばある。
そんな事を長沢が考えていると、かりんが荷物を纏めて立ち上がった。
「って、立ち上がってどうしたんだよ? 北条」
「あ、ごめん……少し考えたんだけど、川瀬さんが生きてるなら集合場所に行った方が良いんじゃないかと思って」
「エクストラゲームが終わるまで、あと数分だからそれまで待った方が良くないか?」
「その……パニックになってた私に配慮して、戦闘禁止エリアまで連れてきてくれたんだよね? 急な事で驚いただけで、冷静になってみれば長沢が裏切るなんて思ってないから」
「あ、あぁ……落ち着いたなら良かったよ」
長沢は申し訳なさそうな顔をしているかりんを見て、大丈夫か? という気持ちになりつつ、なんとなく川瀬がかりんを放っておけない風になっている理由を理解した。放っておいたら、誰かに騙されてしまいそうな危うさと純粋さを併せ持っている。
仕方ない奴だな……と、信用されている事にむず痒さを感じつつ長沢も荷物を纏め始めた。
「ともあれ、早く会いに行くのは俺も賛成だよ。あの人、絶対俺がいない間にゲームを楽しんで――」
長沢が立ち上がった時、前触れも無く戦闘禁止エリアの扉が轟音と共に吹っ飛んだ。
「えっ!?」
「うわ!?」
扉はかりんの真横を吹っ飛び、入口の家具が倒れた。
幸運にも二人に怪我は無い。
爆発はドアの外で起こったみたいで、爆発は殆ど外側に回った事もある。無論、数秒爆発が遅れていた場合はドアに近づいたかりんが大怪我をしていた可能性が高いが。
「な、何が起こったの!?」
腕で顔を押さえつつ、かりんは何が起こったか分からないといった風に驚く。その横で、長沢は危機感から頭を働かせルールを思い出していた。
【ルール7】
指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。
「そうか! 戦闘禁止エリアの中で攻撃したら駄目なだけで、外から中を攻撃する分には問題無いのか! おい! 北条、確かこの部屋にエアダクトがあったよな!? そこから逃げるぞ!」
「な、なるほど!? う、うん! 分かった!」
勿論、長沢も戦闘禁止エリアに何か裏があるのではないかとは考えていた。だが、銃や爆弾等、直接ルールの穴を突ける武器を見る機会が無かった為、このルールの抜け道にまだ気付いていなかったのだ。長沢は迂闊に戦闘禁止エリアに入った事を後悔するも、今は事態を脱出するのが先だ。
戦闘禁止エリアの奥のエアダクトの入口をかりんが開け終えた所で、卵形の何かが戦闘禁止エリアに転がり込んでくる。狙い計ったかのように長沢の足下の近くに。
(拾って投げかえ――いや、駄目だ! 反撃もアウトだ!)
危機に際して長沢の生存本能がきちんと警告を発したのか、更にルールを思い出す。戦闘禁止エリアでは正当防衛すら許されていないという、そのルールを。
【ルール8】
開始から6時間以内は全域を戦闘禁止エリアとする。違反した場合、首輪が作動する。正当防衛は除外。
「北条! 早くエアダクトに逃げ込め!」
「う、うん!」
自分がエアダクトに入るのが間に合わない、そう判断した長沢は戦闘禁止エリアのソファを遮蔽にするように飛び込んだ。……長沢は知らない事だが、手榴弾の威力では致命傷こそは免れるかもしれないが、防ぎきることはできない。
しかし――
――――プシュー!
投げられた手榴弾は爆発する事なく大量の煙が吐き出された。
目と鼻、喉が同時に痒くなり思わず涙目の状態で咳き込む事になる。
「ケホケホ……あの、ババア……ッ!」
長沢の掠れている視界の先には部屋の入口の先で銃口を向けている郷田真弓の姿があった。以前、郷田を追って行った川瀬はどうなったのか? 不安は多いが、まずは戦闘禁止エリアから外に出るのが先決だ。今はなんとか銃弾を避けつつエアダクトまで逃げなければならない。
「頑張ったわね、ボウヤ……そして、さようなら」
「ふざけるな! こんなところで……負けて、たまるかよぉ!!! ゲホゲホ……っ」
後ろで何発か銃声を聞きながらも、長沢は走りながら鼓舞するように大声を出すが、そこで息を吸い込み催涙ガスを吸い込んでしまうのはどうにも締まらない。
それでも、なんとかエアダクトの中に長沢は飛び込んだ。
――そんな長沢の耳に、扉が吹っ飛んだ時とは比べものにならない大音量が届いた。
「くっ、な、何が起こったんだ……?」
脳味噌が揺らぐ程の大音量に、長沢の意識は数秒朦朧とするが、なんとか正気に戻り状況を確認する。その大音量の発生源は、どうやら戦闘禁止エリアの入口側……先程、郷田が立っていた場所で発生したようだった。
「頑張ったわね、ボウヤ……そして、さようなら」
長沢を追い詰めていた時の郷田は、感心しながら喋っていた。
戦闘禁止エリアのルールを盲点に二人は気付いていなかったものの、攻撃を受けた際の対応としてはお手本になるレベルだ。郷田としては、ここで片方をルール違反で殺そうと考えていたが、ここまで上手く対応されてしまえば見逃さざるを得ない。
危機感を持たせる為に、拳銃で数発を上手く長沢の近くに撃ち込み、長沢はエアダクトの中に逃げ込んだ。
しかし、追い込みを駆ける時ほど、狩りをしている側には隙が出来てしまうものだ。
――カラン
「……っ!?」
後ろから、足下にスタングレネードが転がりこんできた事に気付いた郷田は、急いで有効範囲から逃れようとする。そんな郷田に向かって、小さく鈍い痛みが身体に走った。遠くから、エアーガンのBB弾が服越しに当たったのだ。
拳銃を放り投げて、耳を塞いで伏せた郷田はスタンガンの凄まじい音響を伴う轟音に意識を飛ばしそうになるも、なんとか意志の力でねじ伏せた。だが、強い目眩や耳鳴りが郷田の頭を支配する。
強い立ちくらみを覚えながら、まだ正常に機能していない視覚と聴覚を働かせ、下手人をなんとか認識しようとする。捉えた下手人――川瀬進矢は、疲労困憊の状態でエアーガンを構えていた。
「ハァハァ……攻守、交代と行きましょうか……俺の可愛い助手達に手を出した報い、受けてもらいますよ」
「やってくれる、じゃない……! ふふっ……、番狂わせが多くて、参っちゃう、わね!」
郷田は転がりながら拳銃を拾い、川瀬に向けようとするが、急接近した川瀬の木刀に拳銃を叩き落とされる。
「俺の、一番得意な……間合いでね!」