秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- 作:流火
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人は皆、燃え盛る家に住んでいる。消防車は来ないし、出口もない。
テネシー・ウィリアムズ (米国の劇作家)
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「ここまで細かくゲームが作り込まれているとは……これを作った連中は頭がどうかしてるぞ」
――尤も、実行に移そうとしている俺自身、既に頭がおかしくなっているのかもしれないが。
大柄な男性、高山浩太は殺した矢幡麗華から回収したPDA【8】にインストールされている追加機能である『首輪探知機能』、そしてのPDA【6】にインストールされている矢幡麗華を裏切ったボーナスで手に入れた『JOKER探知機能』、そしてボーナスと同時に手に入れた『tool:door controller』……『ドア開閉機能』を使いそれぞれの地図を見比べながら、静かに自嘲した。
彼が思い出すのは、落とし穴を使って逃げた男……矢幡麗華が言うには川瀬進矢という男子高校生。あの時は、こういう逃げ方があるのかと感心していた。落とし穴は進入禁止エリアの事を考えれば危険である、同時に移動ルートとしての有効性を彼は示したのだ。
そして『JOKER探知機能』で、JOKERが少し走った場所のすぐ真下にある事で、駄目元で『ドア開閉機能』を確認した所、この『ドア開閉機能』は真下へのドアを開閉ができる事に気付いた。『ドア開閉機能』自体、シャッターの開閉やドアの施錠・解錠をこなせる撤退と追撃両方に使用可能な優れものであり、直接的な利便性と応用性が利くという大当たりな追加機能だったという訳だ。
唯一の欠点は地図を見ながらPDAを操作する必要がある為、即応の対応が非常に困難な部分である。せめて複数人で動いていれば、もっと上手く使えたのだろうが……矢幡麗華が使えなくなってしまったのだからそれは仕方の無いことだ。人を殺してあのような状態になってしまうのは、戦場ではよくあること。高山としては裏切るつもりはなかったが、エクストラゲームで錯乱した彼女に先手を打たれる可能性もあった。総合的に考えて、切り捨てざるを得ないと判断した。
現在、高山はボーナスの受け取りに指定された2~3階の階段付近から、首輪とJOKERが集まっている真下への扉が開閉可能な地点に急行している。下にいる首輪4つがどういう関係なのかは分からない。だから、襲撃するタイミングが重要だった。
――4人は流石に厳しいか、できれば一人離れたタイミングがベストだな。
欲を言えばJOKERの持ち主が1人になった所を襲撃したいが、時間をかけすぎると、首輪4つが全員離れてしまう可能性があるし、『首輪探知機能』のバッテリー消費も馬鹿にならない。だから、メリットとリスクを天秤にかけた結果の3人いる時の襲撃を決断した。
3人に対して1人で行う奇襲ではあるが、高山はそれほど自分の作戦に不安には思っていなかった。このゲームは、地図の存在からどうしても二次元的に戦略を練ってしまう傾向にある。前後左右の警戒はできても、上下からの攻撃は意識から外れてしまう。だから、最悪、相手が全員高山のようなプロであっても問題なかった。
そして、高山は1階上に居るにもかかわらず、息を殺し、同時に情報収集を欠かさず最適なタイミングを見極めていた。
(膠着が崩れたか、今だ)
【6】のPDAを操作し、移動して離れた1人と3人を分断する為にドアの鍵を遠隔で閉める。高山と同じ機能を持っていない限り、その部屋から3人へ介入するのは困難だ。
次に『JOKER探知』と『首輪探知機能』を見比べ、奇襲時のターゲットを決定。これは万が一にも『JOKER』を破壊しない為の処置だ。高山浩太の解除条件は【JOKERの偽装機能を5回以上使用する】。つまり、『JOKER』が破壊されれば1巻の終わりであり、『JOKER』の持ち主に自分の命を握られる解除条件なのだ。本来、もう少し慎重な筈の彼が、リスクを冒して行動を起こしているのはそのような理由があった。
(至近距離の二人どちらかが『JOKER』持ち。となると、一人になってる方を射殺し、残りを降伏勧告……これでいく)
できれば、上から『JOKER』持ち以外の二人を襲いたかったが、3人の内二人が至近距離にいる為、GPSの誤差から探知機能でもどちらが所有者か分からない。二人までならどうにかなるだろうという事で、高山は作戦の決行を決断した。
『ドア開閉機能』で、目の前にある真下への扉を開放する。高校生の男女を視認、そして一人になっている鉄パイプを構えた金髪の青年に拳銃の照準を合わせる。
――パァンパァンパァン
素早く、3連発。
血を吐いて、青年はそのまま倒れ込む。姿から、矢幡麗華より聞いた手塚義光という男性だと思われる……とはいえ、致命傷は負わせたので関係無いが。
PDAをポケットに入れ、数メートル下の1Fまで飛び降り残りの高校生の男女に両手でそれぞれ拳銃を持ち突きつけた。
「――PDAを置いて降伏しろ。この男のようになりたくなければな」
「……っ!? させ、るか……!」
一瞬遅れて、男子高校生の方が女子高校生の射線を遮る。身体を盾にしてでも、守るというつもりだろうか? 献身的な少年ではある、無意味ではあるが。
この時、高山は川瀬進矢と姫萩咲美の後ろ姿しか見ていなかったので、二人の顔の違和感には気付かなかった。それよりも、今は飛び降りた時の通路の臭いの方が懸念事項だった。
(ふむ、脅しのついでに手塚という男にトドメを刺したかったが……アルコールの臭いがキツい、念の為、発砲は止めといた方が良いか)
可燃性ガスの充満による爆発の危険性は高山も十分に承知している。
場合によってはコンバットナイフによる交戦に切り替えた方が良いか? そのような思考をしていた高山に女子高校生――麗華からの服装情報から桜姫優希――の方が男子高校生を制して答える。
「……待って、総一。ねぇ、貴方……解除条件は6番。【JOKERを5回以上使用する】事よね?」
「ほう? どうしてそう思う?」
「私達は殆どの人の解除条件を知ってるの、それで組み合わせから貴方と矢幡麗華さんは『6』と『8』ってところまでは特定している。そして最後にこれよ」
桜姫優希はPDAを取り出し、画面を見せる。そのPDAには【8】の数字が表示されていた。矢幡麗華のPDA【8】を今彼女が持っている筈が無い、つまりそれは『JOKER』である事は間違い無い。
「JOKERで偽装すれば、その番号のルールまで分かる。だから、私達は麗華さんが【8】番だと分かった。JOKERを渡すから……さっさとどこかに行ってくれないかしら?」
怒気を放った声で彼女は言う。
拳銃を向けられているにしては怯えの無い反応。矢幡麗華から聞いていた前情報以上に、勇敢な少女だと高山は思った。
先程襲った少年少女の二人組と併せて考えれば、高山は組む相手を間違えたらしい。
裏切った高山の言える事ではないが。
「なるほどな、そこから特定してくるとは強かな事だ。JOKERをくれるなら否はない」
「受け取ったら早く私の視界から消えて。私はすぐにでも手塚さんを治療しないといけないの」
「……無駄だとは思うがな」
「それを決めるのは貴方ではないわ」
「やれやれ」
鋭い目線で射貫かれ、高山は困ったように苦笑する。
左手に持つ銃を、腰に差し『JOKER』のPDAを受け取ろうと油断無く歩みを進める。何かあったら右手の銃を何時でも放てるように。
この時、高山は十分に警戒していたつもりだった。だが、それは首輪解除の鍵である『JOKER』を確実に手に入れる為の警戒だ。もっと慎重に行くはずだったが、一番欲しい情報を桜姫優希にいきなり言われてしまった為、一方向への警戒が削がれてしまっていたのだ。
だから、最初に異変を気付いたのは、いざとなったら桜姫優希を庇おうと見守っていた男子高校生――御剣総一だった。
「優希! 危ない!」
「……え!? きゃっ!」
いつの間にか高山の足下に水たまりができ、高山から手塚まで水の線路ができあがっていた。……否、それは水ではない。消毒用アルコールだ、既に臭いが充満していた為、高山はそれに気付くのが遅れた。水鉄砲で殆ど音がしなかった事も一因であった。
だから、高山が気付いた時には死にかけの手塚が懐からライターを取り出し、線路に着火する瞬間だった。
「情けなんざ、いらねぇ……ッ」
着火した炎は、消毒用アルコールの線路を伝い猛スピードで高山の元に迫る。
高山は咄嗟に横に跳んで回避するが、僅かに間に合わず濡れた靴とズボンの裾から着火する。
たまらず、着衣火災時の基本である床に転がって消火を実行せざるを得なくなった。
「……くそっ! 火か……ッ!」
「……おかわりも、どうぞ……ってな……ッ!」
手塚は出血と痛みで狙いを殆どつけられていない。しかし、持っているものは軽量で反動もない水鉄砲。ある程度雑な狙いでも、転がっている高山に消毒用アルコールが降りかかり炎の威力が増していく。
しかし、残量を全て使い切る前に、転がりながら高山が投擲したコンバットナイフが水鉄砲に突き刺さり、手の届かないところまで吹っ飛ばされてしまう。
それでも十分な火が高山に回っている、死にはしないまでも少なくとも下半身の皮膚が焼け爛れ、歩けなくなるかもしれない程度の火が。
「やる……なッ! だが……それだけじゃ……ねぇんだよ……ガハッ」
そして、手塚は携帯型のカセット用ガス缶を近くに転がっていた自分の鞄から取り出した。これは、1Fに配置されている携帯型ガスコンロに付属していたものだ。一見、このゲームで配置した食事を調理する為に設置されたもののように思える。だが、水鉄砲でアルコール消毒液を噴射する事を思いついた手塚にとっては、最早このガス缶は相手を爆殺する為のものにしか思えなかった。
だから、相手を確実に殺す切り札として……何時でも取り出せるようにしていたのだ。
「地獄で……また、会おう……ぜ?」
「こんな火、ごときで……ッ!」
手塚はガス缶を高山に向けて転がし、高山の至近距離で火に巻かれ爆発する。
凄まじい衝撃と爆音が一帯に響き渡る。誰の物ともしれない肉片が飛び散り、高山浩太と手塚義光の意識は同時に途絶えた。
――――ピロリンピロリンピロリン
炎上する音と共に、どこかでPDAの音が鳴った。
「――ん!」
深い深い闇の中……凄まじい重さを感じつつも、それでも意識が浮上する感覚がある。どちらかと言えば、強引に引っ張り上げられているというのが正しいのだろうか?
息苦しさ、水が自分の身体にかけられる感覚。
そして、大切な何かが自分の身体から徐々に喪われていく……。
だが、誰かに呼びかけられ、手塚義光は目を覚ました。
「手塚さん!!!」
「……嬢ちゃん、か……ゲホッゲホッ」
「優希! 手当をするから、なんとか話しかけ続けてくれ……!」
「……無駄、だっ」
呼吸が苦しい。息をする度に咳き込み、恐らくは血を吐き出している。
肺がやられて喋る度に激痛が襲っている。
だが、それでも、1人で死んでいくと思っていた手塚は不思議な事に悪い気分はしなかった。思えば、最初にゲームの様子見を決めた時から、自分らしくなく、ヤキが回ってしまったのではないかと内心自嘲する。
悪党の自分に必死に手当する2人が、どこか滑稽に思える。
結局、手塚は自分に芽生えた気まぐれを最期まで貫く事を決めた。
「このゲームに、勝ちたいか……?」
既にこのゲームの正体はおおよそ分かっている。
それを踏まえて、どうすれば良いか。
手塚はすでに答えを得ている。
「だったら、全てを……疑え」
手塚はもう殆ど感覚のない両手で、それぞれ優希と総一を掴む。
「固定観念を、捨てろ。このゲームのルールは……絶対じゃ、ない」
優希と総一は治療を続けながら手塚の声を必死に聞いている。
二人の手塚へ呼びかける声は、既に手塚には届いていない。
「もっと……絶対的な、ものが……ある」
遠ざかる意識を必死に食いしばりながら、手塚自身、自分の声が聞こえない状態で喋り続ける。
「奴らを……上手く、使え」
次に手塚の視界がぼやけていき、優希と総一の姿が輪郭でしか見えなくなる。それでも、手塚の言葉は止まらない。
「それが……お前達に、残された……」
力強く握りしめていた筈の手塚の両手が、少しずつ力を失っていく。
なるほど……これが、死というものか。どこか遠くで、手塚の冷静な部分が俯瞰する。冷たくなる自分が怖く、こんな時に必死に人のぬくもりに縋ろうと動く自分が、滑稽で仕方なかった。
「唯一の……勝ち筋、だ」
そして、それが手塚の最期の言葉となった。
手塚の死への手向けは、彼に全然似合わないであろう女の涙となった。
――ピロリンピロリンピロリン
「まさか、こんな事になるなんて……高山さんと手塚さんが死亡。あの二人が生き残っちゃったのね」
綺堂渚が迂回して、通路の角から状況をのぞき込んだ時には全てが終わっていた。
消毒用アルコールとガス缶による爆発戦術にせよ、『ドア開閉機能』を用いた真上からの奇襲にせよ、ゲーム経験が豊富な綺堂渚をして初めて経験するものだ。組織側のカメラマン――サブマスターである彼女だが今生きているのは、数々の思惑が絡み合った結果の幸運によるものだとハッキリと理解している。
だが、自分の生死すら綺堂渚にとってはあまり重要な事では無かった。
そんな事よりも、手塚の死に哀しみながら、再会を喜び涙ながらに抱き合う幼馴染にして恋人の二人の方が余程、渚にとっては重大事項だったのだ。
(どうして、あんな風に信頼し合えるの!? 解除条件が競合しなかった、私と真奈美ですら銃を向け合ったのに!)
今でこそ組織側の人間となっている綺堂渚だが、彼女も元は誘拐された一般参加者だった。御剣総一と桜姫優希と同じように、誰よりも大切な幼馴染と一緒にゲームに参加させられていた。だが、渚に大量のお金が必要である事を知っていた幼馴染の麻生真奈美は最終的に渚を信じる事ができず銃を向け合う事になった。結局、金のために組織側の人間になったが、結局は自分と同じ疑い合う人間を見て、自分達は間違っていなかったのだと負の満足感で自分を充足させる目的が無いと言われれば嘘になるだろう。
渚と異なり、御剣総一と桜姫優希の場合は金銭的な問題はない、だが解除条件は双方殺人条件であり、競合している――厳密に言えばエクストラゲームの結果、二人だけの生還は可能――にも関わらず、お互いがお互いを信頼し合い支え合っている。
既に、このゲームは【正義感の強い桜姫優希に恋人の総一そっくりな川瀬進矢の殺人を目撃させ疑念を植え付け、恋人の御剣総一が優希そっくりな姫萩咲美の殺害を実行する事で総一を含めて皆殺しを決意させる】という趣旨から大きく外れてしまっている。だからこそ、彼等をゲームの狂気に引きずり込む為にエクストラゲームを行ったというのに、尚抗い続けている。
(それでも、誰かが裏切る筈……そこから、全てが瓦解するのよ。御剣総一が、川瀬進矢が、長沢勇治が、桜姫優希が、北条かりんが……きっと、この中の誰かが)
奇しくも、組織の人間をカウントしなければ、殺人条件の持ち主が過半数の状態となっている。そこで大集団を作ったとしても、瓦解するのは明らかだ………渚の論理だけではなく、客観的に考えてそうなる。
ダメ押しに、組織側から幾つかの疑心暗鬼の種が蒔かれる事になるだろう。かつて、渚が真奈美に裏切られた時のように。渚が真奈美を裏切った時のように。
それが人間だ。命を天秤にかけられれば、他人を裏切る筈なのだ。
――――本当に?
だが、そんな綺堂渚の昏い信念には、罅が入っていた。
思い出すのは、渚が総一を人質にした時。
優希が乱入してくる事は直前に連絡を受けていたものの、あのタイミングは渚にとっても準備不足であり、手塚が言うように傍から見れば滑稽な人質作戦に見えたかもしれない。
それでも、誰か1人の命と大切な人の命を強引に天秤にかけさせ、彼女は迷わず自分の命を諦めた。それは、ある意味で当事者の総一よりも渚にとって衝撃的な出来事だったのだ。
桜姫優希の発した一言が渚の心を捉えて離さない。
『私は総一を信じてる。だから、総一も私を信じて?』
……IFを論じても仕方ない。
だが……もしも、手塚が乱入しなければどうなっていたのだろう?
それは神ならぬ渚には分からぬ事であった。
しかし、その出来事は今まで持っていなかった考え方を渚に発芽させるに至る。
彼等が自分と同じ人間ならそれでいい。
だが……万が一。否、億に一……彼が本当に裏切らないのだとしたら。
間違っているのが自分で、彼等が正しいのだとしたら。
その時は……その時は――
――【悪】として、【正しい】彼等に裁かれよう
それは、綺堂渚が親友の麻生真奈美を殺して以来、初めて芽生えた強い目的意識だった。だから、綺堂渚は自分の信じる人間像に殉じ、悪として徹する事に決めた。