秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind-   作:流火

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【幕間3 戦闘禁止エリアでの攻防】
【第十四話 ゲームマスターの脅威】
から分岐

【幕間4 手塚義光の華麗なる逆転劇】
【幕間5 全てを疑え】
が同時並行で発生後


鬱展開注意です



IFルート the night is long that never finds the day

 

 

 

――――――――――――

見るもの全ては夢のまた夢。

エドガー・アラン・ポー (米国の作家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

――ビービー

 

『貴方は首輪の解除条件を達成する事ができませんでした』

 

「え……ど、どうして!?」

 

 首輪からの無機質な音声で、首輪を装着している少女――北条かりんは困惑の声を挙げた。

 

 ここは戦闘禁止エリアの中。

 手榴弾らしきものを外に投げ返した。

 その手榴弾らしきものは爆発ではなく、戦闘禁止エリアの外で煙をまき散らした。

 そこまでは良かった。

 

 しかし、そんな彼女――北条かりんの首輪のLEDが赤く発光し、無機質な電子音が鳴り響く。

 反射的行動だったが、あくまで行ったのは自己防衛だ。だからかりんには何が起きているのか理解できなかった。

 

 

「ここが戦闘禁止エリアだからだよ! この場所では、正当防衛すら戦闘扱いになるんだ! 外から攻撃されても、反撃できないんだ!!!」

 

 

 そんなかりんに殆ど悲鳴のような絶叫である長沢の言葉が頭に入ってくる。

 戦闘禁止エリアの罠に気付いた時には、全てが手遅れだった。長沢はこれでも賢しい子供である。だから、一度は守ろうとしたかりんの死が逃れられない事も、その責任がルールの穴に気付けないまま戦闘禁止エリアに入ってしまった自分にある事も……全て気付いてしまった。

 

 取り乱した長沢を見て、かりんの心は逆に安定を取り戻した。1つずつ現実が頭の中に入ってくる。

 自分の死の確定、敵はまだ居て仲間は依然として危険な状態にある。

 ……そして、何よりも、妹のかれんを守らなければならない。大切な人の存在が、かりんを正気に引き戻す。

 そして、やらなければならない事を自覚した。

 

 

「……そっか、長沢は凄いね。全然分からなかったよ。アタシのPDAを渡しておくから……かれんの事、お願いするね」

 

 

「な、何を……言って……」

 

 

 錯乱したかりんに、責められる事を想像していた長沢は呆然とした表情で答える。

 かりんの手は震えつつも、無理矢理笑顔を作り出していた。これが、かりんの姉としての最後の意地とも言えた。

 

 

「川瀬さんに……よろしくね!」

 

 

 そして、かりんは無理矢理PDAを長沢に押しつけ、コンバットナイフを手に走り出した。

 投げ返した催涙ガスグレネードの煙の中に突入し、戦闘禁止エリアの外へと。

 

 

「ケホッケホッ!」

 

 

 催涙性のガスに耐えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッゲホッ……引っかかってくれたのは良いけど、ちゃんと私がダメージを受けないと戦闘扱いにならないのが珠にキズよね」

 

 

 一方、戦闘禁止エリアの外ではこのゲームの進行を管理しているゲームマスター――郷田真弓が咳き込んでいた。

 目から涙が出て鼻腔が刺激されるが、目標は達成した。参加者を直接殺す気はなかったが、ルール違反に誘導させる事こそが今回の目的である。どちらが違反に引っかかったかは分からない。それでも問題はない、彼女の目的は達成した。

 

 だから、後はその場を離れるだけだった。

 

 

「……あら、判断が速いわね」

 

 

 郷田は目の涙を拭いつつ、戦闘禁止エリアの中から駆けだしてくる音を拾う。

 郷田の知る限り、ルール違反を行った人間が辿る末路は限られている。

 訳も分からず死ぬ。恐慌状態になる。周囲を道連れにしようとする。ペナルティからなんとか生き延びようと足掻く。

 そして、今回の場合は――仲間を守る為、ルール違反の原因に相打ち狙いで最後の攻撃を仕掛けてくる事だ。

 

 レアなパターンなので、こっちの方が盛り上がる。――相手がゲームマスターの郷田じゃなければ上手くいった……かもしれない。

 

 

 「ケホッケホッ……!」

 

 

 目を閉じて、涙を浮かべながら郷田は戦闘禁止エリアの外に駆けてくる北条かりんの姿を目視する。

 その首輪には赤い発光……ルール違反の証が点灯していた。

 

 無意識に、郷田は口端を吊り上げる。

 このゲームのショーとしての意味を考えるなら、北条かりんの方が都合が良かった。理由は2つある。

 1つ目は、北条かりんの首輪解除が目前だったこと。初日である今、まだ首輪解除者は出したくなかった。

 もう1つは――

 

 

「はい、残念でした」

 

 

――パァン!

 

 

「……え……ッ!?」

 

 

 郷田は拳銃を早抜きし、かりんの右膝を撃ち抜いた。熟練の技で、催涙ガスにやられていたかりんは訳も分からずに走った勢いそのままに地面に転がる。

 

 

「ぐッ……! ちく……しょ……う……ッ!」

 

 

 負け惜しみの言葉がかりんから紡がれるが、激痛と共に足が言うことを聞かない。

 これでもう、北条かりんの希望は摘まれた。

 

 

「結局、貴方も貴方のご両親も、私に希望を摘まれるのね。運命って残酷よね~」

 

 

「そ、それって……どういう……!」

 

 

 立ち上がろうと歯を食いしばるかりんに対し、郷田はペナルティからの安全な距離を確認する。

 郷田は慎重に近づきながら口を開いた。

 

 

「良い? 3年前の話よ――」

 

 

 ショーの演出の為に、郷田は口を開く。ペナルティ執行までのほんの僅かな時間に北条かりんを絶望に叩き落とさなければならない。

 郷田真弓はこの瞬間が大好きだった。そして、全てに集中しているが故に背後が疎かになってしまったのだ。

 

 倒れている北条かりんを見下しているところに、郷田の背後から木刀が降りかかってきた。

 

――グキッ

 

 

「きゃ……!?」

 

 

 それは、物理的にも心理的にも完全な不意打ちだった。

 郷田はまず右肩に何かが折れた音と共に鈍い激痛を感じる。そして足元に衝撃が走り、地面と衝突する。たまらず、拳銃を取り落とした。

 

 郷田真弓は突然の激痛に耐え忍びながら、至近距離から大声を聞いた。

 

 

「北条さん! 大丈夫か!?」

 

 

 それはまだ、遠く離れた場所に居た筈の1階から、この場所に急行してきた川瀬進矢の声だった。

 

 

「ふふっ……でも、ちょっと……手遅れだったわね」

 

 

 郷田は受け身を取れず、そのまま地面に衝突するが……薄れゆく意識の中で、辛うじて口から毒を吐いて見せた

 

 

 

 

 

 

 

ビービー

 

『貴方は首輪の解除条件を達成する事ができませんでした』

 

 地獄の長距離走を終わらせた俺が見た光景は、やはりまた地獄だった。

 渾身の力を振り絞って、郷田の頭に振り下ろしたい衝動を堪え、右肩に木刀を叩きつけた俺はそのまま郷田の足を払い、北条さんの元に駆けつける。

 右足を撃ち抜かれた北条さんの首輪は赤く発光している。

 それは、最初に犠牲になったPDA『7』の持ち主、漆山権造と同じ現象だ。

 

 

「川瀬さん……生きてて、良かった。でも……アタシから、離れて!!!」

 

 

 北条さんからは安堵と、悲痛にも似た懇願の大声。

 彼女は自分の運命を悟り、そして俺を巻き込まないようにしているのだ。

 そんな姿が、つい先程亡くなった姫萩先輩と重なる。

 正直、吐きたいし泣きたい……それで、事態が解決するなら、それこそ幾らでも。

 

 

 ――全く、どいつもこいつも。

 

 

 だが、俺は自分の思うより諦めの悪い人間だったらしい。

 つい数時間前、俺は北条さんと長沢に言った。

 『このゲームを生き残る上で一番大事な事は最後まで諦めずに、思考を止めないこと』……自分で実践する時が来た。

 

 だから、そのアイディアが頭に浮かぶのに秒も必要無かった。

 そう、この局面だからこそ取れる最終手段が此処に存在する。

 

 

「諦めるな北条さん! 顎を挙げろ! 目を閉じて、震えを止める! ……そして――後は俺を信じろ!」

 

 

「……え」

 

 

「早く!!!」

 

 

 郷田が取り落とした拳銃を拾い、ペナルティに巻き込まれるのも厭わずに北条さんに素早く近づき、首輪に銃口を向ける。

 驚いた北条さんと一瞬だけ目があった。

 

 

「う、うん……分かった! 駄目だったら、かれんをお願い」

 

 

「いいや、君を連れて帰るね」

 

 

 そして、北条さんは目を閉じて、首輪を狙いやすいように顎を上げた。

 全く、このゲームで出会う奴らは勝手に人を信じやがって……! 俺は信頼なんてそんなに返せないぞ……いや、もう首輪を撃つしか無いのだが。

 

 視界の端で壁に穴が開いて、銃口らしきものが出てくるのが見える。もう一刻の猶予もない。

 

 

 南無八幡大菩薩――!

 このタイミングで一番縁起の良い祈りの言葉は思いつくが、祈りでちゃんと当たってくれる訳でも無い。

 古文の授業を思い出す。

 平家物語だったか、遠く離れた波打つ小舟の上にある竿の先に付いた扇の的を射貫くよりは楽勝だ!

 なんで比較対象がソレなんだよぉおお!!!

 

 現実逃避したいのは山々だが、集中しろ……俺……!

 

 疲労もあるが、恐怖と共に汗びっしょりで全身が震えている事が分かる、照準を付ける時間は一瞬しかない。知識としての撃ち方だけは知っているが、実銃を触り撃つ事なんてこれが初めてだ。やたら銃が重い。悪い事ばかり考える。

 だけど……一番不安なのは北条さんだ。

 だから、覚悟を決めなければならない。

 彼女の悲願を遂げるために……!

 

  

『さようなら北条かりん様』

 

 首輪の音声に急かされるようにして、俺は重い引き金を引いた。

 

――パァン!!!

 

 鮮血が飛び散る。

 

 首輪は表面が僅かに欠けたのは確認できたが、その後すぐに赤で俺の視界は覆われた

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 ……諦めてた訳ではない。

 けれど、本当は分かっていた。

 現実的なやり方ではない……ということは。

 

 やはり、俺は北条さんを助ける事はできなかった。

 ……俺が、殺した。

 

 機械音がやけに遠くに感じる。

 このまま北条さんはペナルティで、身体が蹂躙されるのだろう。――至近距離にいる、俺ごと。

 それでも構わない……疲れた。

 働かない思考の隅っこで、冷たくなった俺は静かにそう感じた。

 

 

『またのご利用を御待ちしています』

 

 

「馬鹿野郎おおおお!!!!!!」

 

 

――ダダダダダダダダ!!!

 

 電子音と長沢の声、銃声がほぼ同時に聞こえ。 

 衝撃と共に俺の身体は宙に投げ出された。

 グチョリと、既に何度か感じ……そろそろ慣れてきそうな肉片と血の感触を感じる。

 

 痛みは……無い。

 

 

「……え?」

 

 

「へへ……良かった……」

 

 

 正気に戻った俺は、身体に感じる重みから長沢の声を聞いた。

 違う、身体が赤く染まった長沢が俺の上に乗っている。

 俺を突き飛ばした長沢が、俺の代わりに銃弾をその身に受けたのだ……そう理解が追いつく。

 ただ、頭の中では理解できただけで、脳が納得を拒んでいた。

 

 

「ちぇ……本当は格好良く、突き飛ばして……無傷を狙ってた……んだけど……ゲームの……主人公みたいには、いかない、な」

 

 

「な……何やってるんだよ! 長沢! お前、誰かを庇うとか……そんなキャラじゃないだろ!?」

 

 

 依然として、銃弾は北条さんに降り注ぎ、北条さんの身体は痙攣を続けている。

 だが、その方向に意識を向ける余裕すら俺には無かった。

 横一列に銃弾を掠めた長沢は明らかに致命傷で……それは本来俺が受けるべき銃撃だったからだ。

 

 

「俺さ……本当は、北条の奴も……守ってやるつもりだった、んだぜ? ――ゴホッ」

 

 

「喋るな……待ってろ! 長沢!」

 

 

 長沢は口から血を吐く。

 両手で傷口を押さえようにも、血は流れ落ち続け……どんどん長沢の身体は冷たくなっていく。

 死ぬべきだった俺が生き延び……死ななくて良かった筈の長沢の身体が……。

 

 急いで救急箱を荷物から取り出すが、包帯は既に使い切っていた。

 尤も、合っても無くても何も変わらなかっただろう。

 ……この行動自体、ただの現実逃避に違いないのだ。

 

 

「け、っきょくさ……僕は主人公じゃ……無かったんだよ。かなしい、けど……それだけだよ……」

 

 

「長沢……ごめん、ごめんなさい……」

 

 

 寂しそうに悟った顔で、長沢は小声で言葉を続ける。

 声の小ささと銃声で殆ど掻き消えてしまうため、俺は長沢を抱きしめて至近距離でその言葉を聞き漏らさないように聞いていた。

 他に出来る事は何もなくて、だというのに感情が死んだように涙が出てこなかった。

 

 

「謝らな、いでよ……僕じゃ勝てなかったけど……お兄ちゃんなら、きっと……ゲームを、託す……よ」

 

 

「……」

 

 

 こうして、長沢の音が全て途絶えた。

 

 何度繰り返せば良いのだろう?

 どうしてこうなってしまったのだろう?

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 身につけている【Q】のPDAが絶え間なく振動を続ける。

 プレイヤーカウンターの生存者数の減少を通知しているものだと思われるが、それを見ようとも思わなかった。頭を支配している事は唯1つ、後悔だ。

 

 俺を信じてついてきてくれた3人は皆……死んでしまった。

 それに比して、今の自分は殆ど無傷だ。

 体力的には底を尽きているかも知れないが、外傷という意味では右腕に掠った銃創のみ。

 これが意味する事は……もう1つしかあり得なかった。

 

 

(そうだよ、どうして今まで気付かなかった? どうして期待してしまったんだ……)

 

 

 【俺を信じたのが悪い】……そう結論付ける事ができる。

 昔、虐めや理不尽に屈せずに馬鹿正直に真っ正面から対抗しようとした時、俺から幼馴染みや親友だと思っていた人物はどんどん離れていった。手を差し伸べた筈の、虐められていた人物すらも、俺を虐める側にいつしか回っていた。

 ……だが、間違っていたのは俺で、正しかったのは彼等だったとしたら?

 俺を信じて着いてきたら、きっと俺はその元友人達を死なせるか……それに準じた不幸に突き落としていたに違いないのだ。

 

 姫萩咲実、北条かりん、長沢勇治がそうなったように。

 

 ……桜姫優希は、俺にとって太陽のように輝かしい人間だったと思う。

 それに同調し、彼女のように俺もできるなんて……大言壮語と言うのすらおこがましい待望を抱いてしまったから、俺は皆を殺してしまったんだ。

 さながら、ギリシャ神話で太陽に向かって蝋の翼で飛び立ったイカロスのように。

 結局のところ、俺は彼女も裏切る事になってしまうのだろう。

 これはもう、殆ど確信と言って良かった。

 

 

(だが、外道には外道なりに……最期に、やる事があるだろう!?)

 

 

 それでも、立ち上がる力は尚も全身に溢れてくる。

 殺意や復讐心というより、それは使命感に近かった。

 俺の中で何かが壊れたのか、あるいは誰も助けなくて良いと開き直った事で重荷が無くなったのか、理由はもうどうでも良かった。

 

 いつしか、警備システムの銃声はやみ、蜂の巣と形容すべき穴だらけの北条さんが目の前に居た。

 そして、その後ろにはふらふらと立ち上がって踵を返そうとしている1人の姿がある。 

 俺は銃を持つ力を強め、この場からこっそり離れようとしていた郷田真弓に銃口を向ける。

 

――パァンパァンパァンパァン!!!!!

 

 

「あ、ぐっ……!?」

 

 

 銃弾を撃ち尽くす勢いで発砲する。

 反動で腕が悲鳴を挙げそうになるも、皮肉にも北条さんを撃った事で反動の威力は把握済みだった。

 右肩の骨が逝ってたのか彼女は俊敏に動く事ができず、そのまま身体にいくつかの穴を開けて倒れ伏す。

 

 

「ハァハァ……」

 

 

 残弾が無くなった事を確認すると、拳銃を放り捨て立ち上がる。

 歩きながら落ちている木刀を拾い上げ、郷田の元にふらつきながら進む。

 彼女に襲われるのは2回目で……推定、このゲームを主催している側の人間。

 だが、こうなってしまえば、彼女も所詮はただの人だった。

 少なくとも、死は平等――同じ人間に違いなかった。

 

 

「言い残す事があれば、聞きますけど?」

 

 

 胴体に二発、左腕に一発、死ぬかは分からないが……治療無しなら放っておけば死にそうな傷。

 郷田は荒い息をしながら、俺と眼を合わせた。

 その顔に皮肉げな笑みを浮かべながら。

 

 

「……かわせ、しんや……貴方の、せい、よ」

 

 

「はい?」

 

 

 息をするのも苦しいのか、その音量は小さい。

 だが、はっきりと聞き取る事が出来た。

 その呪いの言葉を。

 

 

「エクストラ、ゲームを起こしたのも……かりんちゃんの、死も、長沢君の死も……そもそもの咲実さんの死も、全部……貴方の行動がきっかけで――」

 

 

――グチャリ

 

 全身全霊の力を込めて木刀を郷田真弓の脳天に振り下ろした。

 勘違いされる事もあるかもしれないが、木刀は十分人を殺せる武器だ。

 初めて自分の意志で、それを執行した。

 郷田の頭が割れ、中から赤いモノが零れ出す。

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 PDAが振動し、郷田の死を通知した。

 

 

「そんなの……言われなくても、分かってる。全部、全部……分かってる」

 

 

 物言わぬ姿になった郷田に話しかけながらも、【Q】のPDAを取り出した。

 

 

【生存者数 6名】

 

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

【生存者数 5名】

 

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

【生存者数 4名】

 

 

「なんで、俺は……まだ、生きてるんだよ」

 

 死屍累々の惨状に対して、最初に出てきた感想はそれだった。

 最早、俺の帰りたい場所……帰るべき場所なんてどこにも無かったけれど……簡単に死ぬ事すら許されないのかもしれない。

 それならそれでもいい。

 俺が誰も守れないと言うのであれば、せめて俺のような外道を殺し続けるまでだ。

 そうすれば、何時かは死ねるだろう。

 

「あぁ、そうだ……郷田の首を斬って、首輪を回収しておくか」

 

 良心が欠乏した俺は、亡きかりんの持っていたコンバットナイフを手に郷田に近づいていくのだった。

 別に恨みがあるとかそういう訳では無くて、誰が生き残ってるにせよただ首輪が必要だったからだ。

 

 こんな時でも、普段通りに頭が回るのが妙に腹が立つ。

 確か、死刑執行人の斬首や切腹時の介錯は熟練の技だという。

 首切り素人で包丁すら余り扱った事のない俺は大変苦労するだろう。

 斬首失敗は珍しくなかったし、失敗して苦しんで死ぬ事が多かった。

 だからこそ、サクッと痛みも無く死ぬ事ができるギロチンは当時【人道的な処刑方法】として知られたのだ。

 さてさて、ギロチンがどれだけ人道的だったか、歴史の体験学習の始まりだ。

 

「無駄に傷付けたくは無いけど、我慢してね?」

 

 返事がないのは分かりきっていたので、それは独り言で感傷も同然だった。

 そのまま俺は、無感動に郷田の首にコンバットナイフを振り下ろした。 

 

 

 

 

 

 

「どういう……こと?」

 

「なにが、起こってるんだ?」

 

 それはもう嫌な予感で済むようなものでは無かった。

 1階で周囲には男性の焼死死体が一人、男性の銃殺死体が一人。

 そして、生きて立っているのは高校生の男女二人だけだった。

 その内の片方である女子高校生――桜姫優希は手塚を看取った後、PDAに表示されている生存者数を確認していた。

 

【生存者数 4名】

 

 1時間前、エクストラゲームが始まった時には12人が生きていた筈だった。

 それが、今となっては3分の1の4人。

 

 生存者を確認する。今、この場にあるのは優希と、総一。

 そして亡くなった手塚義光と体格の良い男。あの短時間で、渚が死んだとは考えにくい。

 つまり、二手に分かれた側の川瀬進矢側で何かが起こったのだ。

 川瀬進矢、長沢勇治、北条かりん、郷田真弓の内、生き残っているのは1人だけ。 

 

 最悪の場合は郷田真弓が生き延び、最良でも仲間を二人失っている。そんな状態だった。

 手塚の死を悼む時間すら無い。急いで手塚のPDAである【10】を回収し、優希は総一に手早く簡単な事情を説明した後にトランシーバー機能を使用した。

 

「誰か! 誰か聞こえる!? お願い、応答して!!」

 

『ん、あぁ……桜姫先輩ですか。良かった生きてるみたいですね。御剣先輩は大丈夫です?』

 

「え……えぇ。川瀬君も、良かった。すぐ向かうわ、その場でじっとしてて!」

 

 PDAの向こう側からは、つい先程別れた川瀬進矢の声が聞こえた。

 ……そう、こんな状況なのに取り乱した様子も無く冷静な声だったのが、逆に不気味だった。

 良からぬものを感じた優希は、今の進矢を一人にしてはならないという直感を感じたので、すぐに向かう旨を伝えた。このゲームで一人ぼっちになる心細さを、優希はよく理解していた。

 

『……となると、手塚と綺堂渚が死んだという事ですか?』

 

「違うわ、私達以外で生きているのは渚さんよ。一応、気をつけて」

 

『そういうことか。なるほど……それは良かった。では、桜姫先輩……違うか、桜姫優希。来なくて良い、これでさよならだ』

 

「だ、駄目よ! それは、駄目!」

 

 だが、進矢から返ってきたのは明確な拒絶の反応。

 どうしてそんな事を考えてしまうのか、細かい事情は分からないまでも察する事は出来る。

 皆の死の責任を感じている。

 優希がそうなのだから、直接仲間の死に立ち会ったであろう川瀬進矢の心労が如何ほどか……想像することすらできなかった。

 

『殺した』

 

「……え?」

 

『姫萩咲実、北条かりん、長沢勇治、郷田真弓……全員俺が殺した。次は綺堂渚。貴方たち二人が最後。これで、このゲームは終わりだ』

 

「止めて! 貴方はそういう人じゃない筈よ! お願い、頭を冷やして!」

 

『このゲームが始まって以来、一番頭が冷えてると自認してる。それじゃまた、次に会うときは敵同士ということで』

 

――プツリ

 

 トランシーバー機能は完全に停止した。

 ……止めなければならない。

 震える手で『10』のPDAを持つ優希はそう思った。

 ボロボロなのは、今生きている全員だ。

 それでも、川瀬進矢を一人で行かせてしまったのは優希の責任である事は間違いなかった。

 

 しかし、彼女の願いが果たされる事は無かった。

 優希と総一の行く手をシャッターが阻む。

 遠回りしても、また別のシャッターが。

 どの道から抜けようとしても、二人の居る場所は囲まれていた。

 

『お待ちかね! エクストラゲィィム!』

 

「どういうことだよ! スミス! どうして、この場所から出られない!」

 

『二人共! ごめんね! 長沢君の分の裏切りボーナス分が、川瀬君に権利が移ったんだけど、【君達二人を隔離して欲しい】って! 期限はゲーム開始から20時間の経過か、4人の内誰か1人が死ぬまで! ボーナスだから、仕方無いね!』

 

 防火シャッターの種類までは知らないものの、化学工場用の防火シャッターだろうか?

 普段目にする防火シャッターと比較しても遙かに強高度な事は見た目で分かる。

 

「ふざけ……ないで! こんな、シャッターなんて……ッ!」

 

 それでも、優希は手が真っ赤になるのを厭わず叩き続けた。

 そんな優希を、総一は迷わず抱きしめた。

 

「……総一」

 

「お前は凄いよ。この異常な空間でも、普段と変わらない優希で居てくれて、俺は凄く嬉しい」

 

「そんなこと、ない。私は、何も……できてないのよ、総一」

 

「この前、約束したよな。お前に自慢できる俺になるって。大丈夫、優希のやりたい事は必ず俺がやらせてみせる……その為の道は俺が作るよ」

 

 総一は決意の籠もった声でできるだけ優希を安心させるように囁いた。

 この時、優希は総一が自分の世界を支えてくれる掛け替えのない人物であると再認識する。

 総一もまた、このゲームで変わってなかった事に安心感を覚える。

 

 ……だからこそ、不安な面もある。

 もしも、川瀬進矢が総一に会えなかった優希だという仮説が正しいとするのなら。

 その場合の行動は――優希にはなんとなく予想が付いてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ダダダダダダダダダ!!!

 

 殺し合いゲーム会場――3階。

 赤く染まった黒と白のゴスロリ服着た女性――綺堂渚はひたすら走り続けていた。

 追うものではなく、追われる側として。

 探知機能の使用、ジャマーソフト、サブマシンガン、ドアコントローラーによる逃走妨害。

 物量からの詰め将棋のごとき押し込みを受けていた。

 

 それ以外にも渚に不利な要素は幾つかあった。

 残り生存者数が4人ということで、ゲームマスター権限が渚に渡ることが無かったのが1つ。

 もう1つは、20キロ前後はある撮影機器を外さない状態で戦っている事だ。既に、サブマスターとしての役割を終えた渚ではあったが、外す気にはなれなかった。

 ……無意識に死を望んでいたのかもしれないが、それは渚すらも分からぬ事であった。

 

 

(エレベーターも使わずにどんな魔法を使って一気に5階まで駆け上がったのかしら? そして、組織側の人間がプレイヤーを武装で圧倒するのはアウトでも、逆はセーフ、か。やっぱり、年貢の納め時だったのね)

 

 

 そして、最後の1つに生き残る意志がどうしようもなく欠如していたことだ。

 今の川瀬進矢は武装面では圧倒しつつも、慎重な堅実さを崩していない。

 それでいて、巧妙で狡猾だ。

 現に今、少しずつ逃げ道を失っている。

 

 練度だけでは、どうしようもない差が開いていた。

 

 

(それでも、捨て身でいけば2~3割の勝機は見いだせるけど――)

 

 

 此処に至って殺人への躊躇。

 自分は本当にどうしようもない人間だと、渚は自嘲するしかなかった。

 渚は川瀬進矢と話した事はないけれど、チラッとだけ見た川瀬進矢の表情はギラギラした頃の自分とそっくりだと直感的に感じる。彼女が、麻生真奈美を裏切り……人間の全てに絶望し、組織側の人間になったその時と。

 

 だけれども、その在り方は全然異なるように思えた。

 故に、渚が立っている理由は生きる意志ではなく、ただの敵愾心だった。

 それも恐らくは、八つ当たりに近い何かだった。

 それだけ彼のような存在を認めたくなかった。

 

 

(うん、彼を殺そう。私は、全力で貴方を否定するわ! 川瀬進矢!)

 

 

 逃げながら自分の意志を固め、地図を見ながら反撃するポイントを見極める。

 この時の渚は、少々ゲームを俯瞰する視点が足りてなかった。

 

 自分が誘導されている事に気付いた時は、既に手遅れだった。

 

 

「え――きゃっあ!?」

 

 

 渚は移動したポイントの近くで、天井が開き爆弾が落ちてくるのを目視した。

 大爆発の衝撃が渚を襲う。

 

 その技は例えるなら空爆だ。

 

 【ドアのリモートコントロール】と【爆弾とそのコントローラーのセット】の合わせ技で、天井から落ちてくる爆弾に渚は辛うじて伏せる体勢しか取れなかった。

 だが、それも寿命を少しだけ延ばす結果をもたらしたに過ぎず、顔と頭だけは守れたものの爆発で渚はその胴体に致命傷を負うこととなった。

 

 組織側の人間が、プレイヤーにゲームギミックで翻弄されるとはなんたる皮肉だろう。

 薄れゆく意識の中、渚は自嘲する。

 

 

――カチャリ

 

 

 そのまま意識が重くなっていくままに身を任せようとした渚は、すぐ近くで発生した音が意味分からなかった。

 目を開くと、川瀬進矢が渚をのぞき込みつつ、渚の両腕に手錠を掛けていた。

 

 

「どういう、つもり……?」

 

 

「ハァハァ……良かった、ちゃんと生きてた。いや、大した事じゃないんだけど、桜姫優希が最期に貴方と話したそうだったので、無力化しておいた」

 

 

「はぁ……馬鹿なの? それが、さっきまで……殺し合い、してた相手に対するたい、ど……?」

 

 

「……それに対する回答としてはそうだな、まず馬鹿なのは肯定するとして……殺し合い初心者なので、お手本を見せてくれればありがたい」

 

 

 ゴン、渚は弱々しく手錠のついた両手を進矢に叩きつけた。

 殆ど力は残っていなかったが、ムカついたのだ。こんな人間に負けた自分が、恥ずかしい。

 

 

「普通は……もうちょっと憎悪を向けるものよ。呪いを吐き合うの。私は組織の人間よ……多くの人を裏切って、殺した……のよ」

 

 

「あぁ、成程……桜姫せんぱ――、桜姫優希が貴方を助けたいって言った理由が分かったような。そういうことか」

 

 

「なに、一人で……納得、してるのよ」

 

 

「いや、お金に困ってるなら、桜姫優希に頼る? 通話ならPDA渡すけど」

 

 

 ゴン、ゴン! 渚は力の限り、進矢を叩き続ける。

 どうにも話がズレる。

 少なくとも、渚にとってあり得たかも知れない死の光景にこんなものはなかったし、これまで渚が見てきた死の中でもこんなのはなかった。

 

 自分の考える人間像から、川瀬進矢が外れすぎていた為、叩き続けた。

 寿命が縮む原因になることが分かっても、ずっと。

 

 

「要らないわよ、そんなの……そんなことより――貴方はどうする、つもり?」

 

 

 そうして、渚は自分の悲願であった家族の救済を放り投げ、進矢の意図を聞く事にした。

 お金に困ってるなら桜姫優希に頼れ、つまりそれは自分の生存を諦めた事に他ならない。

 意図は分かるが、本人に直接聞きたかった。

 

 

「別に大した事じゃない、死んだ方が良い人間は……もう一人いるってだけだ」

 

 

「そんな事、しても……あの女は貴方に感謝する事は……わよ。やっぱり、馬鹿じゃない、の……」

 

 

「馬鹿な事はさっき肯定しただろ。俺は間違い無く……桜姫優希を裏切ったのだから、罵倒される位が丁度良いし罵倒して欲しいよ。おっと、そういう事か――成程成程、俺、絶対罵倒なんてしてやらないわ」

 

 

「なに、それ……やっぱり、私……貴方の事がどうしようもなく、大嫌い、みたい……」

 

 

 裏切り……相手を生かすために非道に手を染める裏切る。

 それは、かつてこのゲームで親友を裏切って生還した渚にとって……ありえない裏切りと言って良かった。

 そんな優しい裏切り者に対する最後の障害となり、殺される事になる以上の皮肉な死に方はないだろう。

 こんな死に方をする位なら、今まで渚が見てきた人間に殺される方が余程マシだった。

 

 そして、渚は己の命が尽きつつあるのを悟り、川瀬進矢の手を手錠のついた両手で握った。

 言葉とは裏腹に、身体から失われる熱量が恐ろしく、人の温もりに縋りたかった。

 

 

「気が合うね、俺も俺の事……大嫌いだ」

 

 

「そう……ふふ、実は……私もなのよ……」

 

 

 渚は思う。

 やはり自分は罪深い存在なのだと。

 川瀬進矢という男が、自分と同じ所まで堕ちてきた事に……嬉しさを感じてしまう。

 堕ちてくれたからこそ、この温もりを感じ取れるのだ。

 自分とは全く異なる希望を見る事ができたのだ。

 

 あるいは、最後の最後ではなく……もっと早く会えてれば何か変わったのだろうか?

 それはもう、ありえないIFの話だ。

 つまらない現実逃避……それでも、今までの彼女自身の軌跡を思い……考えずに居られない。

 

 こうして、綺堂渚はその命尽きるまで、川瀬進矢の手を握り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【生存者数 3名】

 

 

 

「思ったより、早かったね……どういう裏技を使ったのかは知らないけど」

 

 

「いいえ、遅かったのよ……私達は遅すぎた」

 

 

 

 綺堂渚が死んでほんのすぐ後、桜姫優希と御剣総一が駆けつけてきた。

 探知機能を使って、二人がエクストラゲームを終える前に隔離を突破したのは見えていた。

 ゲームを主催している連中のやることだ、縛りに抜け道を作る事は意外でも何でも無いが……それでも感心する。同時に、俺のための急いで駆けつけた事に後ろめたさを感じるが。

 あとは『Q』のPDAを持った俺が、【Qの所有者の殺害】が解除条件である『A』のPDAの持ち主である御剣総一に殺されれば【自分以外の生存者数が一名以下】の『9』の条件と同時に解除条件が達成され、俺の目的が叶うだろう。

 しかし、ここで1つ計算外が発生した。

 二人が来るのが早すぎる……殺される為の仕込みが何も出来ていない。

 時間に余裕があれば、ミステリー小説で稀によくあるトリガーを引いたら、下手人も無自覚に自動で相手を殺してくれる複雑なトリックに挑戦したかった。

 

 

 無い物をねだっても仕方ない、駆けつけた二人に俺は拳銃を向ける。

 他に出来る事は何も無かった。

 あとは、俺がなんとか御剣総一に殺されるだけだ。

 目算が崩れ去った以上、それが一番の難題だった。

 

 

「決戦の場は整えた。さぁ……ファイナルゲームだ!」

 

 

「俺は――絶対にお前を殺さない!」

 

 

 不敵な表情を作る俺に対し、御剣総一は高らかに宣言した。

 その言葉に、桜姫優希と再会を果たした時の事を思い出す。

 

 

『貴方の恋人である、御剣総一先輩のPDAの解除条件は【A】、【QのPDAの所有者を殺す】ことです。で、本当に色々あった結果、結果的に今のQの所有者は俺になっています』

 

 

 こんな事を以前、桜姫優希に言ってしまったから、意図が全部バレているようだ。

 口は災いの元だ。難易度大幅アップである。

 

 やれやれ……此処で否定するから、逆に二人を生かしたいという思いが強くなる。

 こういうのを何て言えば良いのだろう? 殺され甲斐がある?

 傍目から見れば滑稽にも見えるだろう。殺さない為、殺される為の最終決戦が始まった。

 

 

 

 

 





元々、この小説を書き始めた時は大雑把に二通りのルートを想定しており、その内の片方です。割とダイジェストなので、省いてる箇所も多いですが。
片方をお蔵入りにするのは、少し寂しかったのでIFルートとして放出しました。
『進矢が長沢にエアダクトの事を伝えるか否か』、『戦闘禁止エリアで長沢がエアダクトを思い出せるか』でこっちのルートに分岐します。特に選択の違いとかではないので、遠いようで紙一重の世界線です。
SSのタイトルは、こっちのルートを意識して作ったものです。




こっちのルートで最初の段階に決まっていたのは
①解除条件『3』の達成、一番最初は仲間殺し(長沢かかりんのどっちか)。介錯でもルール違反からの首輪撃ちチャレンジでも良い。
②仲間が全員死んだ時点で桜姫優希と御剣総一以外の皆殺し決行。
③『Q』を持った状態で、総一に殺されて死ぬ。生還者は桜姫優希と御剣総一(EPⅠ準拠だから、生還者数も含めてEPⅠっぽいEND)


で、後は割と流れで書いてます。
流れで書いた所為でこっちのルートなら初日で終わる勢いですね。
IFルートで使った裏技は本編で種明かしするかもしれません。


進矢君強キャラにして反省しているような、そうでもしないと生存がご都合主義になってしまうような難しい……。あと、ここまで読んだ原作プレイ済の方には分かると思いますが、進矢君のキャラ造形の4分の1は渚さんの原作における言動の影響を受けてます。
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