秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind-   作:流火

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第二十四話 夢の終わり

 

 

――――――――――

誰かが命を懸けたからといって、それが真実とは限らない。

オスカー・ワイルド (アイルランドの詩人、作家、劇作家)

――――――――――

 

 

 

 

――コロンコロン

 

 サブマシンガンを構えた俺、日本刀を持つ綺堂渚……目視だと約20m。

 その中間地点で野球ボールのサイズの金属球が転がる音が響いた。

 咄嗟に、下へのドアを回避しつつ後ろに下がる。

 

 流石に、綺堂渚が銃器無しで無策で来るわけがない。

 とはいえ、手榴弾やスタングレネードではない……となると、これはなんだ?

 破裂するその瞬間に視認しないように、念の為片目だけ閉じる。

 

――プシュー!!!

 

 そんな俺に聞こえてきた音は弾から大量の煙がでる噴出音。

 途端に美しい白と黒のゴスロリ姿は見えなくなる。

 念の為、近くにあった扉を遮蔽にして銃撃に備えるが、そんな俺に聞こえてきたのは足音だ。

 

 その足音が速く、凄い勢いで駆ける音が近づいてくる。

 

 ……もしかして、正面突破か!?

 こっち、サブマシンガンを持ってるんだが!?

 予想外の行動に焦る。

 まるで、死んでも構わないという特攻に近いが、殺さない方針を掲げている俺達には特効だ。

 とりあえず、明後日の方向に牽制射撃を行う。

 

――ダダダダダダダ!!!

 

「……マジ、か」

 

 弾丸が連続で撃ち出される衝撃を感じつつ、俺は呆然と言葉を零した。

 俺の抵抗空しく綺堂渚は目を瞑った状態でスピードを落とす事なく、煙を突破した。

 銃撃音が聞こえている状態でのそれは……なんというか怖い。

 1つ分かったのは、俺が綺堂渚を撃てない事を見透かされているという事実だ。

 さもないと、こんな事はできないだろう。

 欠片も恐れずに突っ込んでくるのは安全を考えると……どうかと思うが。

 それはそれとして心配事が1つ生まれてきた。

 

(桜姫先輩と勇治、あと御剣先輩大丈夫か!?)

 

 もしも、郷田が似たようなスタンスを取った場合、自分達の考えた作戦が全て無効になった事を意味する。

 その場合、誰かの脱落――死は免れない。

 だが、すぐにそれを振り払う。

 まず、自分が生き延び無ければ話にならないからだ。

 綺堂渚と俺の距離はあともうほんの僅か――辛うじて、理解する。

 彼女が日本刀を持っているのは、ハンデのつもりなんだろう……同時に、武器を制限する代わりに全力で叩き潰すという意思表示だ。

 その為に、危険を冒してわざわざ俺の一番得意な間合いに来たというわけだ。

 正気とは、思えない――ショーとして考えれば、正しい事なのかもしれないが。

 

 完全に日本刀の間合いに近づいた時に、綺堂渚は目を開いてその昏い瞳と目が合う。

 

「――やっぱり、撃てなかったわね」

 

 完全に予想外だ、正面から真っ直ぐ斬りかかられるとは想像していなかったのである。

 

「……完全に、裏をかかれました」

 

 そして、日本刀が振り下ろされる。

 この距離では役に立たないサブマシンガンを放棄して回避、ここまで持ってきた木刀に持ち替える。

 まさか、こんな展開になるとは思わなかったが、こうなったら相手に付き会うしかなかった。

 不安なのは武器の強度だが、なんとか上手く戦うしかない。

 形成は一気に不利になったのは間違い無い……巻き返さなければ!

 

 

 

 

 

 隙を伺いながら、打ち合う事数回。

 

 技量だけなら俺が上回っていた、だが戦闘そのもののセンスは綺堂渚の方がずっと上。

 パワーもそうだし、一番恐ろしいのはスピードだ。あるいはそれを維持するタフネスもなのかもしれない。

 恐らくだが綺堂渚は剣道・剣術経験者ではないのだが……武術の達人が本来とは別の武器で襲ってきているという表現が一番正しいのだろうか。

 震え上がりそうな現実だが、背負うモノがある立場である事が辛うじて俺を防戦一方で抑えてくれていた。

 

「貴方の本気はこんなもの? 馬鹿にしてる?」

 

「……これでも、勝利を奪い取る気満々ですよ!」

 

 せめて気持ちだけは負けないように奮い立たせる。

 皆との約束もある。どれだけ勝率が低くとも1%の勝利を今のこの場で掴み取らなければならないのだ。

 

「そう……じゃあギアを上げていくわね」

 

「……っ!?」

 

 だが、現実はあまりにも無慈悲だった。

 一応、慎重に打ち合ってた勝負から一転、綺堂渚のラッシュが始まる。

 速く力強く、芯のある攻撃の数々――鋭さだけが足りないが、足りてたら最初の一合で死んでいた。

 綺堂渚が無手でも勝てる自信があんまりない。

 

 桜姫先輩から聞いた綺堂渚を思い出す。

 葉月克己という人物を鮮やかに切り刻んで見せた……と。

 料理をしない俺には馴染みの薄い話だが、肉……人体を斬る行為は非常に繊細な作業らしい。

 バラバラ死体や内蔵を取り出す惨殺死体を生み出す猟奇殺人鬼の場合、その手口の鮮やかさで犯人は医者か肉屋だと想定される。有名所だと、ロンドンを恐怖に陥れたジャック・ザ・リッパーのように。

 つまり……綺堂渚は、そういう職種に縁がある人物かは置いといて……人体を切り刻む事に慣れている。

 人を斬れば一人前とはどこで聞いた言葉だったか。

 

 小説や映画ではある種の憧憬を抱いていた存在であり――実際に目の前にすると冷や汗が、止まらない。

 

(とにかく、勝利……勝利を――!)

 

 右腕の筋肉痛は重いし、何なら攻撃を受け流している木刀が軋みを挙げている気がする。

 抗うのだ……覆すのだ、その気持ちだけで俺のもう一つの武器である脳味噌をフル回転させる。

 

 まず、距離を離す案は却下。

 綺堂渚の脚力を考えて、徒競走でスピードも体力も多分負ける。あるいは、後ろから撃ち抜かれるかの二択。

 

 逆に密着距離も勝ち目がない、絞め技か投げ技で落とされるだろう。

 

 時間を稼ぐのもこの距離では無理だし、恐らく郷田を捕らえるまで俺が持たない。

 

 スタングレネードとかでの自爆攻撃も試してみたいが、綺堂渚の動きは速すぎるので、ただの自滅になりかねない。

 

 PDAは持ってないし……操作する余裕は無かっただろう。

 

 考えれば考える程、戦いに集中するしか無かった。

 当たり前の話だが、今の間合いが一番俺の勝率が高いのだ。

 綺堂渚はわざわざ不利な方法で戦闘に臨んでいる。

 それで、この勝率なのは……単純に戦闘力の差が絶望的にあるという無慈悲な現実だ。

 

 地力の差という、無慈悲な現実が――同じ人間とは思えなくさせている。

 

(もし、俺が綺堂渚に勝機があったとすれば――)

 

 こんな事に思考を割くのは無意味だ。

 だが、思わずに居られない。

 煙幕弾を投げられた時点で、サブマシンガンで蜂の巣にするべきであったと。

 不本意である、だが俺が死んだら次は御剣先輩か? 桜姫先輩か? 勇治か? かりんか?

 優先順位を間違えた結果、9割9分ここで俺は死ぬ。大切な人達を巻き添えにして。

 生きる理由が増えてから死にそうになるとは皮肉な話だ。

 

 あー、死にたくない……! 糞ッ!

 油断? 慢心? 注意不足? 見落とし? 必死さが足りなかった? いずれにせよ、反省は後だ。

 現実逃避してる場合ではないのに、現実逃避したくなる。

 どうしようもなく、俺は今追い詰められていた。

 

 諦める訳にはいかなかった。

 勝ち目がない戦いと負けられない戦いが被ってしまう不幸があったが、最期まで戦う覚悟を決めた。

 

(見極めろ……何かないか、何かないか……!?)

 

 余裕はない。

 だが、こういう防戦一方な戦いだけなら慣れている。

 僅かな余力を用いて1%の勝機を見つけ出さなければならない。

 付け入る隙はどこにある?

 

 眼を合わせる。

 じっと見ている暗く鋭い瞳に吸い込まれそうになる。

 ……流石に、そこから何かを読み取れる気はしないが、全てを見透かされているような怖さがあった。

 

 バトル物のアニメや漫画なら、こういう魅惑的な衣装をした女性キャラクターが日本刀を振り回すというのは、魅力を感じるがこうして実際に戦うと見とれる余裕すらない。

 どうして、こんな人がこういう道に入ったのやら……ふと疑問が頭を掠める。

 

 なんて考えていると、息を切らす事なく綺堂渚は口を開いた。

 

「ねぇ、川瀬君……どうして、貴方は――そんなに弱いの?」

 

 質問の意図は分からない、だが返答できる程度に攻撃が緩んできた。

 勘弁してください、貴方の前では人間の9割9分は弱者ですよ! と突っ込みを入れたいが、そうもいかない。

  返す言葉に迷い思案を巡らせる俺に対して綺堂渚は更に言葉を続ける。

 

「どうして、貴方は――こんなに足掻いてるの?」

 

 

 俺が思うに、ショーとしての演出で『弱いのになんでそんなに足掻くんですか?』って意味なのだろうか。

 少なくとも、ショーという体裁を整える余裕があるだけ羨ましい事だ。

 

 ……自分の弱さに涙が出てきそうだ。

 剣道でもいつもボコボコにされ、このゲームでは郷田真弓にフルボッコにされたんだっけか。

 虚弱な身体に産んだ両親を恨んだ事は正直、一度や二度ではない。

 そして、そろそろ限界を告げそうな俺の木刀……。

 

 ――ッ!?

 

 見えたっ! 1%の勝ち筋……!

 あとはそれに、全力を込める……!

 まずは気持ちで、勝つ!

 

「……俺が弱くて尚足掻く理由ね。最初は、自分にない輝きを持つ人に憧れた」

 

 思い出す。

 このゲームに抗おうとして、誰も犠牲にしないと宣言した桜姫先輩。

 彼女がいなければ俺がどうなっていたか、想像したくない。

 

 最初は借り物の正義感だったが、今は俺の願いでもある。

 改めて、彼女の勇気を今だけ借り受けたい。

 戦う相手は理不尽で……正攻法では敵わない相手なのだから。

 

 だから、俺は一歩踏み出して攻勢に出た。

 

「助けられたかもしれない仲間が死んで、二度と同じ轍は踏まないと思った」

 

 今でも覚えている、姫萩先輩の体温が失われていく感覚。

 胸は苦しく、自分の命すらどうでもよくなり、自棄になっていく絶望。

  

 俺は愚かにも犠牲を出さないと、完全に実感することができなかった。

 この気持ちを誰にも味合わせる訳にはいかない。

 そして、まだあの世にはいけない。

 姫萩先輩に殺される。

 

 受けられる事もお構いなく、隙が出来る事もお構いなく、ラッシュを叩きつける。

 

「ゲームで自棄になった俺を叱って! 俺を信じて、一緒に戦ってくれる人がいる!」

 

 過酷過ぎる運命を歩んでなお、優しさと正義感を失わない女の子。

 全てを1人で抱え込もうとしてた俺を叱って、一緒に背負わせて欲しいと言ってくれた……かりん。

 

 どれだけ言い繕っても、俺自身チョロい人間である事は間違い無かった。

 信じてくれてるという事実が、これだけ力を奮い立たせてくれているのだから。

 

 そして同時に少しだけ直感する。

 綺堂渚も俺と同じく……何かを背負っている。

 

 俺の作った隙に、綺堂渚は容赦なく横薙ぎで日本刀を叩きつけ、辛うじて木刀で受ける。

 

 だが、これで限界だ………持ち手に衝撃を受け木刀はパッキリと折れた。

 

 一瞬のタイムラグでなんとか後ろに身体を引き日本刀を回避――そして、そのまま折れた木刀で我が身を厭わず、突進しその折れた刀身を綺堂渚に突きつける。

 

 そして俺の世界は反転した――。

 

 

 

 

「クッ……ガハッ……!」

 

「じゃあ、此処で貴方が死ねば、貴方は裏切り者って事ね」

 

 なんとか床に手を置き、立ち上がろうとした進矢に刀が突きつけられる。

 冷徹な瞳で渚は進矢を見下ろしていた。

 

 進矢の狙いは単純だった。

 昨日、郷田に負けた時と同じ……武器が破壊された一瞬の緩みを突く。

 綺堂渚が武術の競技者であれば虚を突かれたかもしれない一撃。

 だがしかし、彼女は幾度も死線を乗り越えたベテランの域に達するサブマスターだった。

 だから、日本刀をそのまま手放し、左肩で木刀を受け止め、そして勢いのついた進矢を投げ飛ばした。

 

 鈍い痛みが渚を襲う。

 ただの打撲傷か、骨が折れたか……いずれにせよ一撃は必要経費と割り切った。

 

「ハァハァ……えーと、綺堂さん……もし、このゲームで興行的に問題無く……全員生き延びる方法があると言ったら、乗ってくれますか?」

 

「世迷い言よ」

 

 渚の皮肉にも乗らず、覚悟を決めた眼で進矢は渚を見る。

 渚も眼を逸らさずに、刀を突きつける体勢を維持し、進矢の言葉を切り捨てる。

 進矢の首の皮膚に刀身が当たり、赤い一筋が流れ落ちた。

 少しだけ進矢は顔を歪ませるも、その目は

 

 渚は嫌悪する。

 川瀬進矢のこのゲームにおける在り方を。

 弱い癖に眼が死んでおらず、諦めない。

 殺すのは簡単だった。

 だが、川瀬進矢がそうである事と同様に渚もまた相手を殺す事が勝利条件ではなかった。

 そもそも、自分がどうしたいのかも渚は掴んでいなかった。

 

 渚が一番最初に参加した『ゲーム』では親友だと思っていた人間に裏切られ、殺している。

 信頼なんてものはない、それが普遍の人間の定理。

 繰り返されるゲームの中の裏切りを観察し、渚はそう納得させていた。

 そして、はじめて、はじめて……渚の世界を破壊する存在がこのゲームで現れる。

 

 渚は歯を食いしばる。

 

 ぐちゃぐちゃの気持ちを進矢に向ける。

 憎たらしく腹立たしく羨ましく妬ましく、大嫌いだった。

 

 そんな渚の心境を知ってか知らずか、進矢は声を上擦らせながら言葉を続ける。

 

「では天邪鬼らしく、これから幻を構築する作業を始めましょうか……このゲームの隠れた設計思想を暴かせて頂きます」

 

「そんなものはないわ……あってたまるものですか!」

 

「じゃあ前提条件から、このゲームは3日と1時間の生存で勝利だ。そして、鍵は6階が進入禁止になってから、どうやって生き延びるか」

 

「お生憎様ね。それを試みたプレイヤーは過去に何人か居たけど、全員死んでるのよ」

 

「なら、俺達が初めてだ。視聴率を取りに行きましょう。先駆者ボーナスですよ」

 

 渚の返す皮肉にも、力強い言葉が帰ってくる。

 持っている日本刀に力を込めようとするが、渚はそれ以上日本刀を押し込むことができない。 

 憤懣と憎悪、自分を守る為に彼を殺さなければならない。

 物理的に刃物を突きつけているのは渚の方だ。

 だが、心理的にはどちらなのだろう?

 

「俺の経験上ルール違反のペナルティは二種類あります。1つは設置型、もう1つは移動式。ならば、理論上は設置された警備システムを破壊して、規定時間内に移動式の警備システムを迎撃し続ければ勝者になりますよね」

 

「確かに、完璧な理論ね。不可能という事に目を瞑れば」

 

「綺堂さん程に強くてもそうですか? まぁ、そうですね。1人でやろうとすれば、どんな天才でも限界があるでしょう。だから、俺は貴方に協力を要請しているんですよ」

 

 皮肉か……川瀬進矢が次に出す言葉を直感的に理解する。

 聞きたくない。

 耳を塞ぎたい。

 

 口を塞ぎたい。

 息の根を止めたい。

 

 悩んでいる渚に対して、進矢は喋っても良いと判断して言葉を続ける。

 

「皆で生き延びる為に、首輪解除者の協力が必要だ。解除した首輪を使って、設置型の警備システムを破壊する。首輪解除者は、警備システムに狙われない事を利点に移動式の警備システムを迎撃する」

 

「馬鹿馬鹿しい! 理想論よ! それはっ! 『人間』がそんなに信頼できる訳がないでしょう!?」

 

「信じるかどうかは全部聞いてから判断してください。 俺としては、ゲームの設計思想と考えると、首輪を余らせず使い切った方が美しいかなと思いまして」

 

 10人の首輪を先に解除し、3人分どうしても首輪を解除できない人間の為に13人で警備システムに対処する。

 首輪が10個も余る……リソースを全て使い切るのが、遊戯盤と考えれば美しい。

 ミステリー小説で、出てきた伏線を全部使い切って解決編を終えるように。

 

 もしかしたら、あり得たかも知れない理想に渚は困惑し、刀を持つ手が震える。

 恐れるのは川瀬進矢の言葉だけではなく、既に実行寸前まで来ているゲームの展開にもだった。

 渚は今この瞬間、自分の手で綺麗な理想をぶち壊せる事に気付いてしまった。

 

「そう考えると武器もそうですね。5階の武器があれだから、6階の武器ってもっと危ないんでしょう? 人同士で戦えば骨も残らないような武器。プレイヤーへの示威・見せ札に見せかけて……本当は対警備システム用」

 

「嘘、嘘よ……!」

 

 渚は否定したかった。

 夢物語が現実になる事を何よりも恐れた。

 

 だが、進矢が言葉を続けるにつれ、夢は現実となってきた。

 ふざけるな、と昏い気持ちが心を満たす。

 言葉を止めない進矢が悪魔のようにも見える。

 

「じゃあ、綺堂さん……貴方はどうして、このゲームの解除条件がトランプを模してるか知ってます?」

 

「……は?」

 

 進矢は首元の痛みを堪えつつ、努めて悪戯っぽい笑みを作る。

 今度こそ、渚は虚をつかれた。

 渚は考えた事もなかった。

 最初のゲームに参加した時、理不尽をありのままに受け止めるしかなかった。

 

 また、組織の人間として研鑽を積んだ時も、幾度も参加したゲームでも説明される事は無かった。

 ただのモチーフ……ゲームという悪夢の象徴、それ以上でも以下でもなかった。

 

 そんな渚に対して、それが今際の際の言葉になる事を覚悟で叫ぶように進矢は叫ぶ。

 

「ルイス・キャロルの名作童話である【不思議のアリス】の終盤……女王陛下に処刑を命じられたアリスはこう言うんです、『お前達なんてただのトランプのカードだ!』。そして、夢が覚める。このゲームも、それと一緒だ。解除条件なんて、ただのトランプという意味であり、それ以上の何者でもない。ルールの製作者はそういう風に作ったんですよ! そうする事が、一番悪趣味だから!」

 

 『ただのトランプ』。

 その言葉を聞いて、渚は夢から覚めるような衝撃を受ける。

 茶番、そんなものに惑わされて彼女は親友と殺し合った。

 数多くの人間がこのゲームで散っていった。

 

 確かに渚の夢は覚めた。

 そして、次は現実と向き合わなければならなかった。

 全てのこのゲームの全容を知ってしまった今、渚は今までのようにいられない。

 真奈美と殺し合った自分、裏切った人々、今まで亡くなかった参加者……全て頭を駆け巡る。

 誰も彼も、茶番だったというのなら――。

 

「綺堂さん! 貴方は、大切な人の為に戦ってるんでしょう!? それが誰か分かりませんが、俺達と一緒に戦ってくれませんか!? 後悔はさせません!」

 

 進矢は決断を促すように必死に畳みかけ、日本刀を首に突きつけられながらも右手を伸ばす。

 今までの渚の反応から、進矢は渚の真実の一端に辿り着いた。

 渚が大切な誰かの為に戦っていて、その罪悪感を誤魔化し正当化しながら、血に濡れているという真実に。

 そして、進矢としてはそんな渚を捨て置く事はできないと判断した。

 プランは示した。

 ショーという体裁を整える。

 お金の問題であれば、皆と相談してなんとか工面する。

 他の問題なら一緒に考えればいい、かりんの言ったように1人で抱え込むのは良くない。

 具体的な事は後で話せば良い、今はなんとか手を取り合えれば……。

 

 進矢はそのように考えていた。

 

 

「ふふ……ッ! アハハハハハ!」

 

 

 川瀬進矢は綺堂渚という人間を致命的なまでに見誤っていた。

 そんな進矢に対して渚は高笑いする。

 いつしか、渚の昏い瞳は幽鬼のように虚ろな瞳を映し出す。

 

 底冷えするような瞳に対し、それでも進矢は目を逸らさずに見つめ返した。

 どうして渚がそのような高笑いをするのは進矢には分からない。 

 あるいは、渚自身分かっていなかった。

 

 

「そう……貴方は、私を裁いてもくれないのね」

 

 

 力無く、渚は答える。

 見たくなかった、信用してゲームを乗り越える人々を。

 耐えられなかった、自分がその中に混じる事が。

 妬ましくて、壊したくて、でも綺麗で、力になりたい気持ちも無いわけでは無くて。

 自分を罰したくて、現実に絶望して、それでも何かを世界に残したくて――。

 目の前の男の心を折ってやりたくて……。

 

 たった1つの冴えたやり方を渚は見つけた。

 

 

「貴方にとっては、これは悪い夢だったのかもしれない……カードのおもちゃだったのかもしれない」 

 

 

 だから、渚は日本刀を降ろし躊躇なくそれを実行した

 

 

――――ピロリンピロリンピロリン

 

 

『貴方は首輪の解除条件を満たす事ができませんでした』

 

 

 PDAを自分の首輪に読み込ませる、その動作を。

 

 

「だけど、私にとっては生きている全てだったのよ」

 

 

「な……ば、馬鹿野郎ぉぉおおおお!」

 

 

 進矢の絶叫が通路に響き渡る。

 そんな姿の進矢を見て、渚は笑顔を返した。

 自分なんかの為にそこまで必死になるのがちょっとだけ嬉しく、彼の思惑を潰す事ができて嗤った。

 

 

「良い、ハッピーエンドを」

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