秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- 作:流火
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重要なのは誰がゲームを始めるかより、誰が決着をつけるか。
ジョン・ウッデン (米大学バスケットボール界の名将)
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「……っ~! 朝? か」
意識が浮上して、視界が開かれる。
微妙にまだ微睡んでいる脳を少しずつ目覚めさせる。
寝てる途中で変な夢を見た気がするが……寝直した俺は無事にぐっすり寝ることができた。
PDAで時間を確認するが、少々早起きだったらしい……でも二度寝するのもな……と思いながら隣を見る。
そこには完全に無防備な状態のかりんが気持ちよさそうに眠っていた。
……どうしてこうなったのか説明しよう。
昨日の夜も必死に男女別睡眠を訴えた俺だったが、そこで桜姫先輩にストップをかけられた。曰わく「かりんちゃんの不安な気持ちに寄り添ってあげなさい」。その後、顔を真っ赤にしたかりんが頷き、男二人の援護射撃もあり……あれよこれよとこのような形になったのである。
間違いがあったらどうするんだよ!? ……いや、疲労のせいで秒で熟睡したけど。
……気持ちは微妙に分からないでもない。失敗すれば俺達は今日限りの命だ。
だからこう……最後に悔いのないように、というのも分かる。
でも、こういうのはやっぱりもう少し段階を踏んでですね――デートとかして、積み重ねてもっとお互いの理解を深めてですね。
さて、理性には一応自信ある方だが、それだけでは足りないな……という訳で、今こそ目覚めろ俺の父性!
かりんは身長的には俺の肩くらいだから、それで誤魔化せる筈ッ!
冗談は置いといて、かわいい寝息を立てているかりんの髪を撫でてみる。
さらさらして気持ちいい。なんか、俺を信頼しきってるような安心した表情を見ると、一瞬でも邪な考えを抱いてしまった事に罪悪感を覚える。いや、邪なのは俺じゃなくて俺以外の全員だと思うけど。
思い返せば、今までのかりん……そして、今までの俺も全部ゲーム中の、つまり非日常に巻き込まれた状態としての顔しか見せてないんだよな。勿論、非常時に見せる顔こそがその人の本来の顔という意見はあるだろうが、多くの人はその本来の顔を見せずに一生を過ごすのだろうし。日常の顔だってちゃんと見たいと思っている。
……今更日常に縋るのもアレだが、お互いに何も背負ってない状態で笑い合いたいものだ。
その程度の願いを抱く自由はあるはずだ。
――俺は兎も角、かりんの今までの苦労を思えば……。
こうして、何があっても悔いの無いように暫くかりんの寝顔を堪能させて貰った。
尚、眠っているかりんも非常に可愛かったが、起きた時の反応も同様であった。
俺は悪くない、俺の横で眠っていた君が悪いのだよ。
「安全地帯の構築は完了! 第二陣及び避難ルートも作成完了! 周囲のエアダクトは全部潰しておいたし、本陣へは3方向からの進入路があるが、いずれも重機関銃、機関砲、軽機関銃により第三防衛線、第二防衛戦、第一防衛線を設置! 防衛線で使えないグレネードランチャーとロケットランチャーは、ドア開閉機能で降りてきた化学用防火扉を破壊して瓦礫の山を作って進入路を制限! ゲームマスター郷田の指導により付け焼き刃とはいえ戦闘能力も仕上げた! ここまで準備対策すれば、かつて一名の生還者も許さなかった、1時間の警備システムの群れと言えど――」
「どうして、進矢お兄ちゃんはいよいよって時にそんなフラグ立てするかなぁ!?」
数十時間後、もうクタクタになった俺は完成した簡易要塞を前にこんな風に調子に乗っていた。
というより疲れからかテンションがおかしくなっていた。
昨日もそうだったが、要は重量物の運搬作業が主だからだ。
軍人の仕事は歩く事、運ぶこと! こんなんばっかだから! ……多分。
仮眠取りたい……いや、もう最後まで寝るつもりはないのだが。
「むしろ、凄く疲れてるのによくそんな事言えるわね……」
「進矢はきっと皆を元気づける為に言ってるんだよ、た……多分」
「いや、あれは疲れてるからあぁなってるだけだな」
はい、三者三様の意見が出ましたが御剣先輩正解です。
既に足腰痛い筋肉痛ですが、明日は壮絶な筋肉痛コースです。
あと昨日、撃たれた部分も赤く腫れてて痛い……ただの打撲なら良いんだけどね。
ともあれ、最後に戦いぬくための体力は残っている……筈。
残り6時間以上余裕はあるわけで、それまでに体力の回復に勤めればいいだけだしな。
それに最後の1時間だと分かっていれば、身体に悪い”ダメ、ゼッタイ”な禁断のドーピング術もある。
使いたくはないけど……命の瀬戸際で健康に気を遣っても仕方無い……。
喫煙者ならガンガン煙草吸いたくなる局面なのかもな。
疲れてるのは皆だから文句は言わないけどね。
「疲れてるなら、丁度良いわね。折角だし、沢山作ったもんね。かりんちゃん」
「うん! 戦闘禁止エリアの中ってやたら食材があるから作り過ぎちゃった」
という訳で拠点構築は大体完了したので、俺達は今、ちょっと遠くにある戦闘禁止エリアまで移動している。
尚、6階以外は既に進入禁止だ。昨日、秘策を公表すると言った進入禁止6時間前も近い。
それが分かっているのか分かっていないのか、相変わらず女の子二人はたくましい事で良い事だ。
良い事なんだが……
「本当に多いな、海外舞台のホームパーティドラマならこんな感じか?」
「……うおおお! うまそー! 頂きます!」
「なんか見覚えあるな、大分前家族ぐるみで一緒にバーベキューした時確かこんな感じだった」
「お、おう……凄いですね、幼馴染って。はい、勇治ストップ」
抜け駆けしようとした勇治を止める。
いや、別に抜け駆けしてもいいんだろうが、こういう場の空気というものが一応ある。
美味しそうなカレーの匂いやら肉の匂いが部屋に籠もっている。
疲れ切った身体に食欲が湧いてきて……これが最期の晩餐になるのはかなり勿体ないなと気持ちを新たにする。
一方で俺に手で止められている勇治が不服そうに言った。
「良いじゃないかよ! 進矢お兄ちゃん! こんな美味しそうな料理なんだぜ! 冷める前にさっさと食べなきゃ損だよ!」
「あら、それは嬉しいわね」
「優希、普段はこういう時率先して止めて叱る側じゃなかったっけ?」
「そんな事無いわ。それをする必要がない時はしないわよ」
「……作った人に感謝して、あと食べる前に洗ってくれ」
「ちぇ、進矢お兄ちゃんも一言多くなってきたなぁ」
「進矢、お父さんみたい」
「……うっさい」
微妙にいたたまれない気持ちになりながら、頂きますして食事の時間に入る。
これはちょっとガラじゃないんですー!
働いてください、桜姫学級委員長! いや、別に学級委員長ではないらしいが。
でも、普通に食事は美味しい。悔しい……この一食の為に働いてきたような気がしてきた。
最後の仕事はこれからだけど、今だけは団欒しながら至福の時間を過ごしたい。
「で、何時までだらだらとホームパーティやってるの?」
「お堅い人だなぁ、郷田さんは……考えはあるんですから、焦らなくて良いじゃないですか」
それから数十分、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。
ずっと黙っていた郷田が口を開いた、PDAを開くと丁度6時。観客への配慮かな?
あるいは青春が眩しいのか、自分の命が懸かってるのかはてさて……これは問わないでおこう。
さて、話を始めようかと周囲を見渡すと……桜姫先輩が真面目そうな表情で先に口を開いた。
「……この時間が来てしまったのね。まず私から1つ、かりんちゃん、長沢君、川瀬君……ここまで一緒に頑張ってくれてありがとう。でも、1つ言って置かなければならない事があるわ。私達は貴方達がこのゲームを降り――」
「ストップ、ストップ! そこから先は、俺じゃなくて……そうですね、かりんと勇治に答えて貰いましょう。どうだ? 二人共」
突然、とんでもない事を言い出そうとした桜姫先輩を手で制し、他の二人に言葉を向ける。
正直、そういう事を考えないでもなかったけど俺の意志は最初から決まっていた。
だから、答えさせるべきは俺じゃ無くて残りの二人だろうと考えたからだ。
「アタシはもう最後まで二人で守るって決めてるから! 優希さんが何を言っても無駄だからね!?」
「そうだよ、此処まで来たんだから僕も最後まで戦うぜ! 仲間外れなんて御免だからな!」
かりんが、桜姫先輩に抱きついて、勇治が力説する。
……やれやれである。
逆の立場なら桜姫先輩と同じ事を言ってたかもしれないので人の事は言えないけど。
「もう、二人共仕方無い子ね」
「だから、言ったろ? 心配する必要無いって」
「……それはそうだけど」
かりんを抱きしめながら桜姫先輩は涙ぐんでいる。
大丈夫だ。皆を生きて帰すのは俺の役割だ。
その為にここまで頑張ってこれたし、団結する事ができたんだ。
郷田一人なんか気まずそうだが、スルーしておく。
空気を壊してしまうようで皆には申し訳無いが、そろそろ始めさせてもらいましょう。
パンパンと手を叩いて、口火を切る。
「誰も異論はないということで、作戦会議を始めましょう。ここまでのおさらいですが、最後のルール違反した1時間を生き延びる為に固定式の警備システムを解除した首輪で破壊、また最初から警備システムが無い部屋を選出し移動式に警備システムを1時間迎撃できるように防衛線を作りました」
「ゲームマスターとしては、生き残れる可能性はゼロとは言わないけど……正直前例がない事だから、確実かどうかは分からないわね?」
だからさっさと秘策とやらを出せと郷田の目線を感じる。
さっさと本題に入りたいようだ、だが断る!
探偵トークは、ちょっと遠回しなのだ。俺のミステリー小説歴がそう言っている。
「やれやれ、郷田マスターはせっかちであらせれる。ここでポイントになるのはどう移動して攻撃してくるかだと思います。地面を這う小さいもの、基本膝下レベルの高さで大きくても腰に届くか届かないか程度……そこで、俺は考えました。相手の移動手段そのものを奪ってやれば良いのではないか? と」
「でも、進矢お兄ちゃん……それって結構難しいんじゃないか? あの瓦礫の山だった階段すら開通させられたんだぞ? 時間稼ぎはできるだろうけど、それ以上は無理じゃね?」
「そう、そうなんだよ。勇治。だから、ここで大胆なアイディアが必要になってくるわけだ」
「大胆なアイディア、ねぇ……」
興味津々に聞いてくる勇治と、呆れたような表情をする郷田。
ちなみに桜姫先輩と御剣先輩やや呆れ側で、かりんの信頼の目線がちょっと痛い。
まぁ普通に勿体ぶった言い回しだしな……すまんな、観客サービスなんだ。
「ある、絶対に破壊されず……それでいて移動式警備装置を完全に無力化する手段が」
「一応言っとくけど、そんなもの無いわよ。制御室で、警備システムそのものを無力化する権限がまだ私に残っていれば可能だったかもしれないけど……今はアクセスできないし。何より、そんな手段、組織が許さないわ」
「そうですね。その通りです。だから、ゲームの土台そのものを揺るがします。前提をひっくり返す、禁じ手を打ちます」
「……本気みたいね」
郷田が観客を気にしてか、前提条件の再確認を行う。
というか、俺自身が言ったことだ。このゲームにチートはない、と。
このやり方が許されるか分からない、分からないからこそ……観客の期待を煽って、探偵スタイルの推理ショーみたいな方式を取らせて貰ったのだ。つまり、これは趣味ではない、実利だ。誰が何と言おうとも実利だ。
だから俺はその答えをようやく言う事ができる。
「戦国時代や三国志とかの戦記もので一番有名なのは火計・焼き討ちでしょうが、思うに二番手は水計だと思っています。何が言いたいかと言うと……この6階、水没させちゃいません?」
ちょっと悪戯っぽい笑みを作る。
皆は少し呆然とした表情をしていた。
俺の作戦はこうだ。
6階にある食堂、トイレ、風呂場の蛇口を全部開いて、排水溝を封じる。
そして、6階から5階への階段とエレベーターの下部を封鎖する事により、5階への水を堰き止める。勿論、6階から5階への落とし穴や開閉可能なドアも同様だ。
するとどうなるか? 膝下程度には6階が冠水する。
そして、膝下まで冠水してしまえば、実質自動攻撃機械は完全に水没する。
今まで戦った自動攻撃機械を全部調べて見たいんだが、見た限り水陸両用なんて高性能機械ではない。
つまり、水中ではあいつらは動けないのだ。
そして、水はどれだけの爆発物を用意しても破壊は不可能。酷い話である。
課題は勿論沢山ある……その1つが組織と観客が許さないだろうということ。
だけど、ぶっちゃけ……こういう展開見たいと思わないか? 俺は有りだと思う。
これは一回だけの殺し合いゲームなら許されなかったかもしれない、だけど繰り返されるゲームのあくまでたった1つだ。水没作戦で警備システムを生き残る回があっても良いと思う。
という訳で、皆に納得して貰えたと思ったのだが――
「惜しいわね……だけど、その作戦は不可能よ」
「どうして無理なんですか。割と自信あったんですけど」
それに立ちはだかったのが、思案顔で作戦を検討していた郷田である。
最初は上手くいくかもと賛同してくれていたのだが、何か穴があったらしい。
あるいは、一番俺の案を検討してくれてたのは郷田だったのだが……。
「答えは簡単よ。この建物にそんなに水はないわ。学校の貯水塔をイメージして貰えばいいんだけど……ここは普通の水道局からは独立してるし、大量の水は使えないの。作戦自体はユニークで採用してあげたかったけど……残念だったわね、坊や」
「ぐぬぬぬ……そっちか、主催者と観客の方しか見てなかった……」
所詮は高校生の浅知恵だったらしい。
他のロジックなら論破なり、打開策なりを思いついたかもしれんが、元々のリソースが足りないと言われれば話は別だ。
悔しい、だけど……冷静に考えればここは僻地か離島だ。
普通に風呂や食事で水を使っていたから気付かなかっただけで、水は大切にすべき場所なのである。
思いついた時は神の一手とすら思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。
「すまん、駄目だったみたいだ……皆の信頼に応えられなくてすまない」
「良いんだよ、進矢。それなら普通に最後の1時間を乗り越えれば良いんだからさ」
「かりんの言う通りだよ。それに、僕――俺だってそこまで良いアイディアを思いついた訳じゃないしな……」
励ましてくれる二人、場の空気は悪くなったというわけではないが少々ショックである。
やっぱり、楽してズルしてゲームクリアなんて方向を探そうとしたのが間違っていたのか……。
……ともあれ、気を取り戻さなければ――。
「まぁ、現実なんてこんなもんよ。あとはどれだけ、警備システムと戦えるか」
「川瀬が一生懸命考えてくれたのは伝わってるからさな。何も落ち込まなくて良いんだよ」
格好付けてこの結果なのが恥ずかしいだけです御剣先輩ー!
観客を説得させる為という理屈もあるが、演出過剰過ぎた。
顔に熱が籠もっているけど……まぁそれはいい。
結局のところ、正面から警備システムに抗うしか無い、か。
皆の命を危険に晒すしか無い、分かっていた事だ分かって――
「――できるかもしれないわよ」
「……え?」
諦めかけていた俺に、その凜とした声が届きハッとする。
そこにはまだ思案顔の桜姫先輩が、手を数えながら思案している様子を見せていた。
そして、時間が経つにつれ自信を含ませてこう言った。
「うん、大丈夫。問題ないと思うわ。今の川瀬君の問題を全部解決する方法があるわね」
「さっきも言ったけど、そんなものないわよ。あるとして、それが組織に許されると――」
「許されるわよ、だって”それ”はあくまでその組織とやらに準備されたものだもの。だから、ズルじゃないわ」
――どういうことだ? 桜姫先輩は一体何の話をしている?
まず、俺の言った『水』による封鎖案は……大体合っている。
見落としでもあったか? 何が見えている……でも、彼女は自信満々だ嘘をついてるようにもハッタリとも思えない。
「一昨日の夜から、私はずっと違和感を感じていた事が1つあるの……それで今、ようやく……川瀬君の作戦を聞いて1つに繋がったわ。このゲーム、無意味なものは無く、何かしらの意図で用意されたものばかり。でも、どう見ても無意味なものが大量にあって、なんでそれがあるのか分からなかった……」
「すいません、此処まで言われて全然分かりません。何の話をしてるのか、さっぱり」
「川瀬君が分からないのも無理がないと思うわ、だって貴方の苦手分野だものね」
……どういうことだ???
わからない、ここまで多くのヒントを出されて尚、俺には理解できない。
……俺が苦手? なんのことだ? 何の話をしているんだ?
というか、普通に格好いい。
他の人が疑問符を浮かべてる中で、御剣先輩だけ落ち着いてるのが微妙になんかムカついた。
「あんまり勿体ぶって言うつもりはないから言うけど、戦闘禁止エリアにある【食材】の話ね。その中でもとりわけ、【小麦粉】がやたら多いのよ。しかも、3日で13人分を優に越える量がね。昨日、川瀬君に食べ者で遊ぶなって怒った私が言うのも非常に抵抗があるけれど、水で緩くなった小麦粉を床に敷き詰めれば移動式の警備システムを封じ込める事ができるんじゃないかしら?」
「あ! 確かにあった!」
「……まさか、そんな……そんな方法で……」
最後に自信満々に言い切った桜姫先輩に対して、声を挙げるかりん……そして、郷田が呆然とした顔で声を絞り出した。
一方で俺自身だが、衝撃で何も言えないでいる。
確かにこの方法なら俺の言った条件をクリアする形で、俺の目的を達成する事ができるだろう。
俺の案は水没とすると、桜姫先輩の案は沼地の作成とでも言うべきか。
バリケードは破壊されても、足場の破壊というのは難しいものなのだ。
「なんてね。あーあ、川瀬君に影響されて私も悪い子になっちゃったみたい」
「うーん、床に小麦粉を撒いてドロドロの水浸しにするなんて酷い悪ですね」
「6階を水没させようとした川瀬君には負けちゃうかなー?」
作戦決行前に笑い合う。
こうして警備システム稼働前の最後の作戦の準備に取りかかかった。
人事は尽くし……あとは決戦のみだ。
次回、ゲーム最終話予定です。