秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind-   作:流火

44 / 61
第三話 一方通行な以心伝心

 

 

 

――――――――――

女は男に頼らず自分の身を守る術を学ぶべきである。

スーザン・B・アンソニー (米国公民権運動の指導者)

――――――――――

 

 

 

 

「どうしてそんな事するんですか!? この二人は麗佳さんを助けてくれたんですよ!」

 

「そうね……一応、礼を言って置くわ」

 

「一応、って……」

 

 ……どうしてこうなった。

 という感情を、二人の言い争いを見ながらゆっくりと綺堂さんを庇うように前に出て、ある程度心を落ち着ける。

 この状況、このゲームは人死に……殺人がある程度前提となっているものだ。

 それに矢幡さんの靴についている血が何かあった事を物語っている。

 怒る権利はあると思うが、そうすると話が進まなくなってややこしい方向に進みそうだな。

 

 最悪、まだ外れている俺のベルトで角材に応戦する未来は避けたい。

 

「まぁまぁ、別にこのままの状態で話して大丈夫ですよ。何かあったんですよね。俺達の知らない、誰かが犠牲になるような……何かが」

 

「そ、そうなんですか~?」

 

 反応があったのは少し不安そうな声をした綺堂さんのみ、矢幡さんと御剣さんはそれぞれ黙り込む。

 本当に死人が出たかどうかまでは分からなかったので、犠牲という言葉を使わせてもらったが、この反応だと死んでそうである。

 よく見ると角材を持っている矢幡さんの手は小刻みに震えているので、単純に怖かっただけなのかもしれない。……あるいは、犯人不明なら疑われているのか。

 客観的見方をすれば、俺と御剣さんは良く似てるからいきなり現れたら身内かもって思うだろうし、組んで襲われたら勝ち目はないだろうから……この対応は、ベストでもベターでもないと思うが、最悪を見据えればアリなのかもだ。

 

「え、えぇ……話せば長くなるんですが――」

 

「女の子が一人、戦闘禁止時間解除直後に殺されたのよ。貴方達じゃないの?」

 

「ちょ、ちょっと麗佳さん!?」

 

「自己弁護しようにも被害者の情報を知らないと何も言えませんが、その時間……自分達は綺堂さんと一緒に二人でずっとエントランスを目指していましたよ。敢えて言える事があるとすれば、まだルールが揃ってないのに殺人なんてリスキーな行動取りませんよ」

 

 険悪な空気を感じつつも、別に疚しい事があるわけでもないので正直に答える。

 ……ただ、二人の共犯だと言われたら無罪証明するの厳しい。

 いずれにせよ、戦闘禁止時間解除直後に殺人とは凄いな……火付け人みたいな人がいるのかもだ。それか、元から危ない人……矢幡さんはそれを危惧している?

 

 今は目の前の状況を沈静化させる事が先決なので、言葉を続ける。

 

「俺としては一先ず、ルール交換と此処まで何があったかの情報共有……あと殺された人がいる場所まで案内してくれれば問題ありません。助けてた事に対して、これ以上なにかを要求する気はありません。だから、落ち着いて話をしませんか?」

 

「……分かったわ、その程度なら」

 

 矢幡さんは何やら深く考え込みながら、俺の意見に肯定した。

 即席の考えだが、最低限必要な情報交換と期限を区切る事で穏便に別れる事を選択する。矢幡さんが俺達と行動したくなさそうなので、無理に一緒に居るのも酷だ。

 一人でこのゲームを行かせるのに後ろ髪を引かれるのと、自己責任だからな……という僅かな葛藤が生まれるが、無理に一緒に行動するのも難しいだろう。

 

 ……そもそも、俺はどうしたいんだ?

 もやもやした感触を胸に抱きながら考え込んでいると、考え込んでいた矢幡さんは口を開いた。

 

「それで、そっちの持ってるルールは何?」

 

「確か……3、5、6、7でしたね。残り3つのルールが足りてないんですが、そちらはどうでしょう?」

 

「こっちは全部揃ってるから問題ないわ、そしてよく分かった――」

 

 特に何も考えもせず、ルール交換の為に未保持のルールを全て明かしたのだが、それを聞いた時だろうか矢幡さんは目を見開いて纏う雰囲気を変貌させる。

 角材を俺に向け、全力で威圧する雰囲気だ。

 

「――貴方が殺人条件持ちか、嘘をついているって事をね」

 

「……ふぇ?」

 

 矢幡さんの言葉で場の空気は凍り付く。

 俺を睨み付けるながら、隙なく角材を俺に向ける矢幡さんに対し……不覚にも見惚れて……思考が止まる。

 結論として言えば、彼女の言葉は大正解である。

 だが、どうしてその結論に至ったのか途中の考えが分からない。

 

「いきなりどうしてそんな事言うんですか!? 麗佳さん!」

 

「考えてもみなさい、御剣。このゲームが殺人前提のゲームだなんて、ルールだけではルール9がないと分からない。そして、揃っていた私達でさえあんなにルールの真偽を疑っていた。なのにこの男は、抵抗なく殺人ゲームという前提で動いている。つまり、そういうことよ」

 

 考える。

 何故、俺がこのゲームを殺人を前提としたゲームだと動きえたか。

 ……俺の解除条件の【A】は【Q】を殺すこと。

 これがなければ、もう少し気楽に動いていたかもしれない。

 凄い……その違和感を、矢幡さんは見抜いたのか!

 

 不意に鼓動が早くなった事を感じる。

 これは追い詰められた事の焦燥感か……それとも――

 いずれにせよ、下手に逃げても信頼関係を失うだけだろう。

 ここは矢幡さんの推理に敬意を評して俺のPDA番号を――

 

「実は~、2時間くらい前に別の罠に私が引っかかっちゃって、それでこの状況は危険すぎるって話になったんだよね。ね~、進矢君?」

 

「!? え、えぇ……そうですね、綺堂さん」

 

「それで、その時に進矢君が私を庇って頭を打って記憶を無くしちゃったの~」

 

「記憶をなくしたって、川瀬は記憶喪失って事なんですか!?」

 

 綺堂さんの言葉に矢幡さんと御剣さんは驚き、流れるように自分達の状況説明に移る。記憶喪失というのはやはり特異な状況らしい。

 そんな事よりも、今……綺堂さんに庇われた?

 

 記憶を辿りながら、綺堂さんと俺達の状況を説明しながら疑問に思う。

 綺堂さんは俺の解除条件が『A』だと知っている。

 俺の殺人条件を隠す理由が分からない。

 もしも、それが知られて俺が孤立したところで……解除条件を考慮に入れても彼女にデメリットはないはずだ。庇わなかったとしても、彼女の非は一切なかったはず。

 

 綺堂さんに目配せするが、彼女は人差し指を自分の口元にそっと置くだけだった。

 ……俺に恩を売るため?

 頭によぎったそれは、やはり訳が分からなかった。

 記憶を失い、右も左も分からない俺は客観的に見てただの足手まといにしか思えない。

 

「外傷性健忘症ね、よほどの事が無い限りはすぐに思い出すわよ……脳で大出血してなければ」

 

「なにそれこわい」

 

「麗佳さん、脅かさないでくださいよ……早く、病院に行くのが正解なんでしょうけど」

 

 矢幡さんと御剣さん二人の会話をどこか遠くで聞きながら、反応する。

 脳出血――極論、『Q』を殺して首輪を解除しても、俺は死ぬ可能性があるって事か。

 

「き、きっと、大丈夫だから~」

 

「綺堂さんは気にしないでください」

 

 聞いた直後には恐怖したが、話しながら少しだけ内心安堵する。

 何故安堵したか考え、今すぐ『Q』を殺さなければならないプレッシャーから解放されたからだと気づく。

 思ったより、人を殺さなければならない解除条件というのは精神的には重いようだ。

 一呼吸を置いて話しを終え、矢幡さんに話しかける。

 

「俺達はこんな所ですね、お二人はどういう経緯なんですか? ……話して、頂けますかね?」

 

 今度は俺が矢幡さんを睨み返す番だった。

 俺達は解除条件以外、分かる事は全部喋った……筈だ。

 もしも拒否されたらどうしようと思う。

 ……正直、俺達の持っている情報でルールが揃っている2人に有益なモノがあると思えないし喋った以上は利用価値がなくなったとも言える。

 

「分かってるわよ……私達の話だけど――」

 

 だが、予想に反し矢幡さんはこれまでの事情を話し始める。

 完全に会話をする気がない、というわけでもないということか。

 PDAに記載されたこのゲームのルールに関しては御剣さんのノートを見せて貰ったが、基本的には矢幡さんが話をして、御剣さんが補足するという形で話を聞いていく……。

 

 

【ルール1】

参加者には特別製の首輪が付けられている。それぞれのPDAに書かれた状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

 

【ルール2】

参加者には1 - 9のルールが4つずつ教えられる。与えられる情報はルール1と2と、残りの3 - 9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。 

 

【ルール3】

PDAは全部で13台存在する。13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。この時のPDAに書かれているものが、ルール1で言う条件にあたる。他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すのは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

 

【ルール4】

最初に配られる通常の13台のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。これは、通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、トランプのカードをほかの13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。制限時間などは無く、何度でも別のカードに変えることが可能だが、一度使うと1時間絵柄を変えることができない。さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることはできず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たすことができない。

 

【ルール5】

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。進入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

【ルール6】

開始から3日間と1時間(73時間)が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。

 

【ルール7】

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

【ルール8】

開始から6時間以内は全域を戦闘禁止エリアとする。違反した場合、首輪が作動する。正当防衛は除外。

 

【ルール9】

カードの種類は以下の13通り。

A:クィーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。

2:JOKERのPDAの破壊。

またPDAの特殊効果で半径1メートル以内では

JOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。

3:3名以上の殺害。首輪の発動は含まない。

4:他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。

首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。

5:館全域にある24個のチェックポイントを全て通過する。

なお、このPDAにだけ地図に回るべき24のポイントが全て記載されている。

6:JOKERの機能が5回以上使用されている。

自分でやる必要は無い。近くで行われる必要も無い。

7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。死亡している場合は免除。

8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。

6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。

9:自分以外の全プレイヤーの死亡。手段は問わない。

10:5個の首輪が作動していて、更に5個目の作動が2日と

23時間の時点よりも前で起こっていること。

J:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が

2日と23時間時点で生存している。

Q:2日と23時間の生存。

K:PDAを5台以上収集する。手段は問わない。

 

 

 

【矢幡さんと御剣さんの経緯】

エントランスにいく途中、それぞれ出会った人と合流しながら移動していた。

エントランスに到着した時点では6人。大雑把な人相と性格は以下の通り。

郷田真弓……女社長、身なりが良く礼儀正しい。大人でリーダーシップを発揮。

葉月克己……人の良い初老のおじさん。妻帯者で子供がいるらしい。

長沢勇治……生意気で危うい面もある少年。中学二年生。

漆山権造……誘拐されて矢幡さんにセクハラした親父。ルール違反寸前だった。矢幡さんは滅茶苦茶嫌そう。

 

エントランスはシャッターが降りており、破れている箇所もあるがコンクリートで入口が塞がれていた。コンクリートに掘ったような崩れた後があるも、埃が積もっておりこのゲームは複数回目である事を予測。

それに困惑している時に、戦闘禁止時間が終わりその直後に大きな音がして駆けつけると見知らぬ少女がペナルティで死んでいた。

矢幡さんが少女がPDAを持っていないか確認したが、無し。そのまま、場所を離れ御剣さんがそれを追いかけた。

 

 

 

 

 「……って、しまった! 郷田さんに矢幡さんを連れて帰るように言われてたんでした! 戻りましょうよ! あんまり待たせるのも悪いですよ」

 

 貰った情報を咀嚼しようとした頭に御剣さんの言葉が響く。

 他の人との合流か……ちらりと綺堂さんの方を向くと、目が合い彼女は首を傾げる。その様子はかわいらしいが、解除条件が『全員との遭遇』の反応とは思えない。頭が良いときとボンヤリしてる時の差が激しくて、俺には彼女が分からない……。

 

「……あのね。御剣、あのままエントランスに誰かが残っている筈ないわ」

 

 俺が綺堂さんに気を回している間に、矢幡さんが御剣さんに回答する。

 ……正直な所、この場で誰の気持ちが一番分かるかと言われたら矢幡さんだ。

 綺堂さんの事はよく分からない。御剣さんはこの状況でどこか危機感を抱いてるように思えない。

 ……俺自身、角材と敵意を向けられてそういう感想を抱くのはどうかと思うが。

 

「そんな、どうしてですか……!?」

 

「当然ですよ。少女が殺されたということは、近くに殺した人間がいるという事です。少なくとも、ゲームが本物だと思って少女を殺した人間がいる。それは確かな事です」

 

「さっきから言ってるじゃない。ゲームはもう、始まってるのよ」

 

「……そう、か。でも、だったら、尚更心配です」

 

 真っ先に心配そうな表情をする御剣さん。

 うーん、気持ちは分からなくはないのかも……俺で例えるなら、綺堂さんが危険な状況になれば心配はするだろうし。

 メリットとデメリットを勘案し、俺は口を開いた。

 

「俺はリスク承知でエントランスを確認したいですけどね、少女殺人犯なんて危険人物がいるなら誰かハッキリさせておきたいですし、場合によっては倒しておく必要があるかと」

 

「……っ」

 

「か、川瀬……ちょっと待て、倒すってその意味が分かって言ってるのか」

 

「……?」

 

 しかし、御剣さんを援護する目的で出した提案は何故か2人に引かれてしまった。何故だろうと思い、思考を巡らせるとすぐにその答えに行き着く。

 

「なるほど、確かに武器が角材だけでは不安ですね……準備が足りないという意味では――」

 

「し~ん~や~く~ん~?」

 

「……あれ?」

 

 そして、綺堂さんの言葉で更に何か間違えてしまった事に気付く。

 先程の二の舞は御免だと思い、咄嗟に身構えるがその前に綺堂さんは俺の右手を両手で包み込むように握りしめた。振り払おうとするも、思ったよりその握力は強い。……雰囲気に負けただけかもしれないが。

 

「お姉さんは~、進矢君にそういう危ない事はして欲しくないと思います~!」

 

「川瀬……渚さんを哀しませるような事は絶対にするなよ」

 

「でも、そうも言ってられないですよ。この状況は」

 

 綺堂さんは流石に気付いてると思いたいが今の俺の提案の半分は綺堂さんの為でもある。即ち、首輪解除の為だ。

 『参加者全員との遭遇』が解除条件である為、危険人物とも遭遇しなければならない。もう居ない可能性が濃厚であっても、4人の参加者がエントランスに居た以上は行く価値がある。死んでるなら死んでいるで、死亡確認をする必要がある。

 要素を並べてもそれだけの理由があるのだ、行く価値は高いだろう。

 

 等と考えていると、視界の端で離れていく影があった。

 

「付き合ってられないわね……もう良いでしょう? 助けてくれてありがとう。だけど、このゲームはその甘さが命取りよ」

 

「ちょ、ちょっと麗佳さん! どこに行くつもりですか?」

 

「俺達の事が信用できないので、1人で行動したい。1人なら気楽だし裏切られる事もないし、そもそも考え方が合わないので距離を置いときたいってところですね」

 

「麗佳ちゃん、そうなの~?」

 

「お前に見透かされるのが本当に……本当に、腹が立つんだけど、概ねその通りよ」

 

 距離をとった矢幡さんは歩みを止めて、俺の方を睨み付ける。

 今の空気、流石にせめて角材だけは返してくれ……等と言える雰囲気ではない。

 だが、それ以上に矢幡さんが離れるのが嫌だった。

 正直、険悪な仲しか築けてないが1人にしないでくれという気持ちが強い。

 思考回路という面では、矢幡さんと一番気が合う気がするのだ。

 他の2人は、全然分からない。未知への恐怖……とでも言えば良いのか。

 

「そして、私が一番疑っているのは川瀬進矢……お前よ」

 

 ……物凄く、片想いだったァ!?

 

「どうしてそんな事言うんですか!? 麗佳さん!!!」

 

 だが、理解はできる。

 その理由すら俺は分かってしまった。

 だから、声を荒げて反論した御剣さんが、どうしてそんな事を言うのかよく分からない。

 俺を信じるに足る要素なんてあったっけ? って自分で思考を巡らしてしまう。

 

「単純な事よ、御剣……第一に記憶喪失が演技である可能性があるわ」

 

「いや、流石にそんな事は――」

 

「えぇ、そうね。私もそう思うわ、だって記憶喪失の演技をするならもっと馬鹿のフリをする筈だもの」

 

「だったら、何故!?」

 

 他人事のようにまぁそうだろうなと思う。

 演技をするならもうちょっと馬鹿のフリとかやりようがある……俺以外には現状、演技が完璧な綺堂さんのように。

 いや、本当に演技かどうか分からないけど。

 

「第二に、記憶を取り戻した瞬間に豹変して裏切る可能性があるって事よ。もしかしたら、『今の』川瀬進矢は本当に優しい人で、他意はなく私を助けてくれたのかもしれない、でも記憶を取り戻したらどうなるか分からないわ」

 

 それは俺自身も心配していることだ。

 現状、境遇的に記憶を失う前の『川瀬進矢』はお金に困っているというのもある。

 自分で言うのもおかしな事だったので、指摘して貰えて逆に助かった。

 ……今の俺としては不本意であるが、否定する事はできない。

 現に、殺人条件のPDAを隠している訳だし。

 

「進矢君はそんな人じゃないよ~! 誘拐されて、右も左も分からない私を助けてくれたんだもの~!」

 

 唯一、記憶喪失前の俺を知っている綺堂さんは俺の手をぶんぶんと振り回しつつ、矢幡さんの言葉を否定する。

 その言葉はやや間延びしているように見えて、どこか怒気を孕んでいるような言葉に思えた。

 ……というか、まだ手を離してくれてなかったのか。

 

「止めてください、綺堂さん。矢幡さんの言う事は真実です。俺はあくまで、綺堂さんの信用を得て利用する為に行動を共にした可能性があります。むしろ、そう考えるのが自然だと思います」

 

「否定しないのね……私はお前の事が嫌いよ」

 

「俺は矢幡さんの事、結構好きなんですけどね」

 

「――フン」

 

 矢幡さんにそっぽを向かれ本気で嫌われてしまったように思える。

 哀しい気持ちはある。

 だが、話をしてようやく分かった。

 俺は綺堂さんと御剣さん以上に、まず誰よりも自分の事を信じていない。

 

 だから自分を信じて1人でもゲームを生き延びようとする、矢幡さんにどうしようもなく惹かれてしまっているのだった。

 御剣さんと綺堂さんからは彼ら自身の『自己』が見えない分、余計にそう思う。

 向こうからすれば大迷惑だろうが。

 

 ……まぁいいか、別に自分を信じる必要なんてどこにもない。

 大事なのは論理だ。

 矢幡さんのやり方は確固たる自分がある眩しさすら感じさせるが……誰かを傷付ける事前提の方法だ。

 その方法は避けるべきだとは思うし、俺自身それをされると困る部分もある。

 何よりも、ここで喧嘩別れすると後々殺し合う仲になってしまう危機感が俺の中で渦巻いている。

 

 それを防ぐ為にはどうするか?

 協力する事が得な状況を生み出せば良いし、それが無理でもなんとか消極的協力関係を維持していきたいと思う。

 

 強引でも良いから……なんとか、その状況を生み出すか。

 

「進矢君~、私は~?」

 

「すいません、綺堂さん。今、真面目な話をしてるんです」

 

「川瀬、少しで良いから気にかけてやってくれ……」

 

 声を掛けてくる2人に軽く返事をしつつ、脳内で今まで得た情報を素早くおさらいする。

 綺堂さんと御剣さん……どこかまだゲームに真剣になりきれてない2人。

 俺は別に2人に死んで欲しい訳では無いし、距離は取って欲しいが別れたい訳でも無い。

 ……2人と戦ったり、哀しませたりする未来は避けたい。

 

 俺と矢幡さんを断裂する、大きな溝はそこにあった。

 今の彼らが完全に演技で裏切りの危険を内包していたとしても、自分から切り捨てる事はできない。

 もしかしたら、俺の考え方は矢幡さんからすれば弱腰に映るのかもしれなかった。

 だが、矢幡さんの在り方が何もない俺に火をつけた。

 そして、臆病者には臆病者なりにプライドがある。

 

 ゲーム……ルール……どう動くべきか、どういうプランを構築するべきか。

 できるだけ多くの人が生き延びるには?

 争わずに済む方法は?

 

 ルールと情報を全て確認した時に、1つ考えていた事がある。

 だが、考えというのは出力しなければ机上の空論にすらならない。

 

 必要なのは勇気だ。

 戦う勇気……違うか、戦わないために死に物狂いで、ぶつかり合う勇気。

 

 記憶がなく、空虚な俺が持つ、唯1つのモチベーションだった。

 

 未だ俺の右手を握って離さない綺堂さんに苦笑しつつ、握る力を少しだけ強めて綺堂さんに頭を下げる。

 綺堂さんを疑い糾弾する資格なんて俺にはない。

 彼女に見限られたって仕方ない……俺はとても身勝手に違いなかった。

 

「綺堂さん、本当にごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

――うーん、これはちょっと失敗しちゃかったかなー?

 

 4人での情報交換を終え、渚はほんわかとする雰囲気の下で考えていた。

 すなわち、メインで監視しなければならない川瀬進矢との関係が上手く行ってない点である。

 上手く仲良くなれるように頑張ってきたつもりだったが、一点で渚は進矢の事を見誤っていた。

 

 原因は恐らく、川瀬進矢の自己肯定感が低すぎる事に由来する。

 自分に自信がなさ過ぎる為、自分に優しい人や好意を持つ人間を信じられずに……逆に敵意を持つ人間に共感してしまうタイプだ。

 記憶喪失前はそういう気配をあんまり感じなかったが、記憶喪失が原因なのかそういう人間になってしまったらしい。

 そういえば……ゲーム前に見たプロフィールでは、告白玉砕経験3回と書かれていた。そんな性格なら、さもありなん……である。

 

(別に構わないのだけど……そういう人間は一度信用が得られれば、完全に心の内側に入り込めるのだし)

 

 しかし、渚にとっては修正可能な範囲内のミスだった。

 むしろ、そう言うタイプの人間の方が一度信じた人間に裏切られた時に余程良い反応をしてくれる。

 ……多くの裏切りを見てきた渚にとって、それは日常的な事である。

 

 とはいえ急ぐ必要はあるだろう。

 記憶を失う前の川瀬進矢から、渚はとても疑われてしまっている。

 だから、記憶が戻ったとしても揺るがないような……そんな絆を築かなければならないのだ――最終的に裏切る為に。

 

 矢幡麗佳と情報交換は終え、もう一緒に居る事はできないだろう。

 御剣総一とはどうしようか……個人的には一緒にいてもいなくても、どっちでもいい。

 いずれにせよ、その決定権は渚にはない……今の状況はまだ、流動的だった。

 

(……進矢君?)

 

 手を握っている川瀬進矢の力を確認し目を向けると、申し訳なさそうな表情で渚を見る進矢と目が合う。

 

「綺堂さん、本当にごめんなさい」

 

 渚は進矢が記憶を失った時と同じ位、嫌な予感がした。

 

「矢幡さん……俺達から離れるのは、一緒に居るデメリットがメリットを上回っているからですよね」

 

「正確にはメリットが皆無だからよ」

 

「では、そのメリットを生み出す努力をします」

 

 ……未練がましい男は嫌われるわよ、と内心思いつつ様子を見守る。

 何をする気か、それは視聴者も気になる筈なのでカメラマンである渚は視線を外せない。

 

「俺達は、表面的に協力だとか言ってますが……その実、踏み込んだ話を一切していない。違いますか?」

 

「えぇ、そうね。戦闘禁止時間中もその話を避けていた。そして、今もするつもりはないわ」

 

「じゃあ、勝手にそれ話すと言えば聞いてくれますか?」

 

「ちょ、ちょっと進矢君!?」

 

 進矢がやろうとしている事に気づき、渚は思わず声を挙げる。

 だが、進矢の意思は硬そうで、それを止めれるようにはとても思えなかった。

 そして、進矢はPDAをトランプの切り札を掲げるかのように上げ声高々に宣言する。

 

「俺の解除条件は『A』……【Qを殺す事】が解除条件です。貴方の推理は正しかったんですよ、矢幡麗佳さん」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。