秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind-   作:流火

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第四話 川瀬進矢の【A】理論

 

 

――――――――――――

物の上下を逆さまにすると、状況が別の視点から見えてくる。

ウルスス・ヴェルリ (スイスのコメディアン)

――――――――――――

 

 

 

 

 

「あれ? 聞こえなかったですか? えー、俺の解除条件は――」

 

「私が唖然としたのは、お前のやってる事の意味が分からないからよ!」

 

「……失礼しました」

 

 反応が薄かったので、もう一度同じ事を言おうとしたが矢幡さんの怒声により掻き消されてしまった。

 ……逆の立場なら俺も似たような反応をしていただろう。

 ただ、【A】の解除条件であれば比較的公開しても問題ない解除条件であると思うし、交渉する手札がまだ残っている状態で物別れに終わってしまうのは哀しい。

 それが例え、一方的に情報アドバンテージを渡す結果で終わるとしてもである。

 

「それに、あんまり驚かれても困ります。13枚中3枚、【10】が準殺人条件としても約3~4分の1。4人集まれば、単純計算で1人は殺人が必須となる条件……だから、此処まで警戒してたんでしょう?」

 

「……理屈の上では確かにそうだけど。それは、解除条件を公開する理由にはならないわ。……それとも、私を脅すつもり?」

 

「こっちは矢幡さんの言いたい事は分かったんですけどね。先に言いました、『こっちが勝手に話すだけ』です。矢幡さんの解除条件を聞く気はありません」

 

「ふぅん?」

 

 矢幡さんの疑いの眼差しを受ける。

 観察していたが、御剣さん矢幡さん……共に大きな動揺は無し、すぐに逃げようとする気も無さそうだ。『Q』じゃないのか、上手く隠したか。

 最初の賭けは成功――【A】の公開後にすぐ離れる人間が居たら【Q】扱いされても仕方無いので、話を聞かざるを得ないという意図だ。 

 これで最低限、話は聞いて貰えそうだ。

 

「お、おい……川瀬……どうする気なんだ?」

 

「進矢君……」

 

「お二人共、すいません、今から説明しますから」

 

 心配そうにしている二人を落ち着かせるように声をかけつつ……矢幡さんから意識を外さない。

 解除条件を公開した以上、賽は投げられた。

 だが、怖い気持ちまでは抑えられない。

 喋っている中で、声が震えてないか気になってくる。

 

「まず、皆さんは解除条件【A】が危険な解除条件だと思っているようですが、それは大きな勘違いです」

 

「何を言うかと思えば……【Q】の為に死ぬとでも言うの?」

 

「違います。それは短絡的ですよ、矢幡さん。【A】の本質は――【Q】を守る事です。俺は今後の行動の全て、それを念頭に行動しようと考えてます」

 

「何が言いたいんだ……川瀬」

 

「……理屈だけは分かったわ、理屈だけは」

 

 御剣さんが疑問を呈する一方で、矢幡さんは納得してなさそうな表情で理解したようだ。

 綺堂さんはただ、俺達を見ている……その表情から何を考えているかは読み取れないし、俺も深くそちらに意識を回す余裕はない。

 各人の反応からどういう人間か見抜きたいという意図もあったが、綺堂さんだけはどうしても分からない。

 ちょっとパンチが弱いか……次は強い言葉を使う事にする。

 

「つまり、ゲームが活性化し、人殺しを辞さない人間が増えれば増える程、【Q】が死ぬ可能性が高まる。だから、俺は極力――誰も死なないように動くし、危険因子は排除する。――最期に【Q】を殺す為に」

 

「――ッ! 川瀬!!! 駄目だ!」

 

「………び、びっくりしました」

 

 そして、『殺す』という言葉を俺の口から話した瞬間に、御剣さんが表情を一変させる。

 彼にとっての禁忌、あるいは地雷に接触したようだ。

 驚きと恐怖もあるが、少し安堵する。

 矢幡さんから視線を外し、御剣さんと顔を合わせる。

 ようやく、彼の人物像の輪郭を捉える事ができそうだ。

 

「誰かを殺して、生きて帰るだなんて……俺は反対だ」

 

「天秤が自分の命じゃなければ、御剣さんの意見に賛成したいんですけどね」

 

「……確かに、そうだけど……! ……糞っ! それでも、何か別の方法が……」

 

「あるかもしれない? 御剣、誘拐して殺し合いをさせてくるような連中がそんなものを用意すると思う?」

 

「……ぅ、それでも……駄目だ。それで、生きて帰ったとして……何になるっていうんだ」

 

 ……まさか矢幡さんから援護があると思わなかったが、矢幡さんの畳みかけるような言葉で御剣さんはしどろもどろになる。

 だが、弱々しい部分はあれど芯の部分である殺し合いに反対という意志は変えるつもりはなさそうだ。

 どこまでが真実で、どこまで偽装かは分からない……疑ってもキリがない。

 一方で俺の狙いはある程度成功したと言える。

 下手に探り合いをするよりは、お互いのスタンスを明確にしてぶつかり合った方がよりその人物が見えてくるだろう。

 

「なるほどね、貴方の目的が分かったわ、私の答えはこうよ」

 

 そんな俺の下心を見透かしたのか、俺に向けて矢幡さんは言葉を続ける。

 

「私は絶対に生きて帰りたい、その為には何だってするわ! 例え、誰を傷付ける事になってもね! だから、川瀬進矢、貴方は正しい……そう言って欲しかったのよね?」

 

 強い意志を持って、矢幡さんはこの場で宣言する……と同時に、表情の中で俺に対して侮蔑の色を滲ませる。

 なるほど、言われてみればそうなのかもしれない。

 意志がはっきり決まっている以上、俺の消極的なスタンスは彼女にとって弱腰に違いない。

 一方で、二人の意見のぶつけ合いを見たおかげで俺自身ある程度スタンスを固める事ができた。

 

「お心遣いありがとうございます、半分は正しいです。ですが、もう半分は違います……もしかしたら、最終的に【Q】を殺さなければならないのかもしれない。それ以外に道はないのかもしれない」

 

 結局の所、やはり覚悟が必要だと思う。

 そうでなければ、矢幡さんと向きあう事はできはしない。

 御剣さんは何かしらの強い”動機”を持っていたが、まだ殺し合いという実感と覚悟を持てていなかった。

 だから、矢幡さんの強い言葉に圧し負けてしまった。

 ……そうならないために、俺は自分の意志を言葉に乗せる。

 

「それでも、【Q】を殺すのは、最後の最後……そうしない為の手段を探し続ける努力はするべきだし、矛盾してるようですが誰にも死んで欲しくないと自分は思ってます。綺堂渚、矢幡麗佳、御剣総一……この中の全員で生き残りたいと願ってます」

 

「難儀な人ね、好きにしなさい。そう言ってられるのも、現実にぶつかるか記憶を取り戻すか……それまでの事よ」

 

「例えそうであったとしても、今の俺の気持ちは真実です」

 

 疑わしい人はいる。

 相容れない人はいる。

 何を考えてるか読めない人も……それでも、殺し合いという結果は避けたいし、少なくとも此処に居る皆で生きて帰りたい。

 そして、最後にもう1つ。

 

「もう1つだけ、言わせてください。これは、俺が【A】を引き当てたから気付いたことですが、殺人条件を引き当てた人は皆、被害者です。正直、怖くてたまらないんですよ。殺人を受け入れようと、脳内で努力している自分に」

 

 いっそ【Q】が既に死んでしまっていれば良いのにとすら思えてくる。

 怪訝とした表情をする矢幡さんには俺の言葉は演技に見えるだろうか?

 だが、ある意味でそれは死の恐怖以上に俺を蝕みつつあるような気がする。

 今、強がっていられるのも、【Q】の正体が分からないからなのだ。

 【3】や【9】を引き当てていたら、俺がどうしていたか……想像したくもない。

 御剣さんを一瞥する。

 本当にそんなものがあるのか分からないが、言える事は1つだけだった。

 

「勝手ですが【3】と【9】の所有者も同じ気持ちだと考えています。今なら……いえ。今しか、ありません。まだ決意が固まってないのであれば、彼らにも協力を仰いでみようと思います」

 

 物別れに終わるとしても、その認識を共有する事が今回の【A】カミングアウトの目的だった。

 理想論? 現実が見えてない?

 そこは記憶がないから、仕方無いと言い訳するしかない。

 記憶喪失の俺に出来る事は、トライ&エラーを重ねて、少しでもマシな未来に進めるようにすることだけなのだ。

 

「川瀬……」

 

「私も1つ教えてあげるわ、実態のない希望を見せるのは……一番残酷な事よ、川瀬進矢」

 

 そして、歯を食いしばる気持ちで話した俺に対して、矢幡さんは少しだけ沈痛な表情を浮かべながら言う。

 ……その言葉に内心同意するが、言葉を荒げて反論する事を予想していた俺は少し拍子抜けだった。

 その結果、真横からの不意打ちを防ぐ事ができなかった。

 

「し~ん~や~、くーん!!!」

 

「わ、ちょ……綺堂さん!?」

 

「人が変わったと思ったんだから~! ちゃんと、厳しくても優しい進矢君のままで良かった~!」

 

「どういうことですか、それ……」

 

 一息つこうとすると、綺堂さんが俺の右腕に抱きついてきた。

 心配して見守ってくれていたのか、涙ぐんでるようにも思える。

 振りほどきたかったが、どうにも振りほどく気になれない。

 そんな俺達の様子を見て、矢幡さんは大きく溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「重ね重ね、同行ありがとうございます」

 

「今、お前に襲われたらたまらないからよ。それに、少しの間だけだわ」

 

 その後、なんとか矢幡さんの同行をエントランスまでの期間限定とはいえ、強引に首を縦に振らせる事ができた。

 名目としては、エントランスで待っているであろう人達と合流する事と、実際に死体を確認すること。

 そして、本音の部分では――

 

「で、何を話す気? くだらない事なら、すぐに走って逃げるわよ」

 

 こうして、矢幡さんと二人で会話する為である。

 なんだかんだで、矢幡さんは俺の意を汲んではくれたようだ。

 思考力の方向性自体は双方それほど変わらないようで、気は合うんじゃないかと一方的に思っている。

 ……実際に言ったら殴られそうだ。

 

 後方警戒の名目で後ろを歩いているので、前の御剣さんと綺堂さんの距離を目視で確認しながら矢幡さんに言った。

 

「情報交換の時に、自分達の中に『誘拐犯が混じっているかもしれない』って言ったらしいですね」

 

「えぇ、『ルールを確かめる為に解除条件を達成して首輪を解除すればいい』って言った御剣に対してね」

 

 4人で歩きながら、改めて細かい情報まで根堀葉掘聞いてくると、1つピンとくるワードがあった。

 俺の中の違和感を解決してくれるかもしれない情報である。

 話せば話すほど、矢幡さんの頭の回転には舌を巻く……俺一人では幾ら考えても限界があるので、正直ずっと仲間で居て欲しいのだが、それは甘えだろうか。

 

「この中に『誘拐犯の仲間』が居るとしたら……御剣さんと綺堂さん、どっちだと思いますか?」

 

「さっきはあんな事言っておいて、よくもそんな事が言えるわね」

 

 呆れたような声色で矢幡さんは言う。

 実際、俺も軽蔑されても仕方無いとは思う。

 だが、『誰も死んで欲しくない』から『裏切り者を警戒する』というのは矛盾しているようで、避けては通れない道なのだ。

 そして、こういう事を相談できる相手が矢幡さんしか居ないというのも事実。

 尚、矢幡さんは誘拐犯候補から除外している。別の問題はあるのだが……。

 

「……俺が思うに、人を疑うのは人を信じるのと同じ位大切な事です。あの二人には、どうにも前者が欠けてるように思えます」

 

「そういった人間から他人の養分になっていくのよ。でも、そうね……疑っていないのは『既に知っているから』と考えれば、確かに二人のどちらかが『誘拐犯の仲間』でもおかしくないのよね」

 

 矢幡さんは考え込む仕草をしつつ、俺の言葉に返答する。

 そして、どうでもよさそうに続けて言った。

 

「私には関係ないわ。どうせ組む気はないのだし……疑うのなら一緒に行動しなければ良いじゃない」

 

「うぅ、それもまた1つの解だと思うんですが……」

 

 あしらわれてしまった。

 矢幡さんが正直羨ましい。

 信用できない相手と一緒に行動する事になっても単独行動する自信がない。

 色々疑ってはいるものの、正直綺堂さんと最初に出会えてなければもっと悪い考えになっていたかもしれないのだ。

 

「1つだけ、忠告してあげる」

 

「なんでしょう?」

 

 己のダブルスタンダードっぷりに自己嫌悪に陥っている中で、矢幡さんは俺への敵意の表情を隠す事なく言った。

 そうやって睨まれると、ドキっとしてしまう。

 

「誰も彼もを助けようとしても、結局は抱えすぎて潰れるか……助けようとした誰かに裏切られるか。それが、お前の末路よ」

 

「……確信があるんですか?」

 

「当たり前よ。そして、それはお前自身が一番良く分かってる。記憶を失う前のお前自身は誰も信じてないし、期待もしてない……記憶を失って、トラウマすら忘れたのかもしれないけど。言動の節々からそれが滲み出てるわ」

 

「……」

 

 言われてみればそうかもしれない。

 否定する言葉を探すも、俺には返す言葉が無かった。

 

 俺は、俺の事を信じてついてきてくれる綺堂さんを疑っている。

 殺し合いを否定したがっている御剣さんを疑っている。

 そして、俺に敵意を向けてくる矢幡さんを信用している。

 ……敵意を向けてくるからこそ、そこに表裏がないと感じているのだ。

 

「正直、誘拐犯より記憶を取り戻したお前が一番怖いわ」

 

 吐き捨てるように言った矢幡さんは、そのまま俺の先を歩き始めた。

 あるいは矢幡さんもそうなのかもしれない。

 記憶を取り戻した俺という、裏が見えるからこそ……一時的な信頼関係が構築できている。

 

 今の俺と、以前の俺……何を信じれば良いのか――

 

「川瀬! ちょっといいか?」

 

 思考の渦は、御剣さんの言葉で掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 御剣総一は大きく落胆していた。

 

「はぁ…………」

 

 息を漏らしつつ、自省する。

 総一にとって、生きて帰る為に誰かを殺すというのは論外の行動だ。

 そんな事ができないというのもあるし、数ヶ月前に亡くなった大切な人との約束でもある。

 だから、他の人が早まった行動を取るつもりなら止めたかった。

 

 しかし、川瀬進矢・矢幡麗佳の会話を見る限り……彼ら自身それが間違っている事は百も承知であり、それでも尚生き残りたいという意志を感じて正しさを貫く事の難しさも分かってくる。

 総一だって分からない話ではない。

 今でこそ、生きる理由を失っている総一だが……彼にとって誰よりも大切な人である【桜姫優希】が存命であれば、彼女の元に帰る為に同じような気持ちになったかもしれない。

 

 分かるだけにせめて解除条件を代われるなら代わりたいが、ルール上不可能である。

 

(優希……お前だったら、どうしてた――?)

 

 居ない人から、その問いが帰ってくる事はない。

 代わりに、隣に居る女性から言葉が届いた。

 

「うぅ~、私ってそんなに女性としての魅力ないのかな~」

 

「どうしたんですか? 渚さん」

 

「だって、進矢君、ずっと麗佳ちゃんと話してばっかりなんだもの~!」

 

 微妙に涙目な渚と共に、後ろを見ると進矢が一方的に麗佳に話しかけてあしらわれているような印象だ。

 総一としては、進矢と渚の関係は少ししか知らないが、渚が進矢の事を心配しているのは分かる。

 だというのに、進矢は渚の事を鬱陶しそうにしているのである……が、完全に嫌いという訳でもなさそうだ。

 

『いや、アンタも結構こんな感じだったからね?』

 

 総一の脳内で大切な人の突っ込みが聞こえた気がした。

 もっと大事にすれば良かった……どれだけ後悔しても、彼女が戻ってくることはない。

 総一の胸の中に苦しいものが広がるが、ふと疑問が浮かぶ。

 進矢が殺人条件だと知りつつ、それでも当たり前のようについていっている渚に対して。

 

「そういえば、渚さんはあの場でどうするか言ってませんでしたね。俺達の話を聞いて、渚さんとしてはどう思います?」

 

「難しい話だよね~、これからの話は進矢君には秘密にして欲しいんだけど~」

 

「川瀬に? 分かりました」

 

 渚は考え込む仕草と共に、首を傾げる。

 言うか言うまいか迷っている様子で、数秒が経過やや暗い表情で渚は続ける。

 

「進矢君には、最初に会って色々助けて貰ったから~……何があっても、最後まで進矢君を味方になって、支えようと思うの~……そう、思ってたんだけど~」

 

「あぁ……」

 

 その進矢は今は麗佳に夢中だ。

 確かに麗佳は美人だ。そして危ういところもあるから放っておけない。

 それは総一も認める。

 

 だが、こんなに心配してくれる人を置いてそれはないんじゃないだろうかと思う。

 失ってからでは遅いのだ。

 後悔なんてしない方が良い。

 総一はゲームが始まって以来、今まで足りてなかった覚悟というものを、ようやくすることができた。

 

 すなわち――自分と同じような哀しみは繰り返させない、という決意を。

 

「分かりました。任せてください、渚さん」

 

「総一君?」

 

「川瀬! ちょっといいか?」

 

 不思議そうな表情をしている渚を置いて、総一は進矢の元に駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 そんな総一に対して、冷ややかな視線が1つ。

 

(どうして私の任務は川瀬進矢との同行なんだろう? 総一君の方が良かった……)

 

 渚は内心で小さく溜息をした。

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