秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind-   作:流火

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川瀬進矢:A:8.2:Qの殺害
綺堂渚:7:4.4:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳:?:6.4:???
御剣総一:?:5.7:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
手塚義光:?:5.1:???
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第六話 疑念と情の狭間で

 

 

 

 

――――――――――――

信じ過ぎると裏切られるかもしれない。だが、信じないと自分が苦しむことになる。

フランク・クレイン (米国の俳優、映画監督)

――――――――――――

 

 

 

 

「くっ! やるな! 坊主」

 

 ――カランカランカラン

 鉄パイプが地面に転がる音がする。

 手塚義光は自分の形勢不利を察知するや否やすぐさま武器を手放して全力で逃げ出した。

 

 判断が早い。

 逃亡の決断、それに伴う武装放棄……どちらでも一瞬遅れていれば俺の角材が彼に直撃していただろう。

 武器を持って、無手の相手は流石に追いつけない。あるいは体力の消耗が大きいだろう。

 あと、蹴られたお腹が痛いので全力疾走はあまりできない。

 

「あばよ! 今回はお前の勝ちで良いぜ!?」

 

「……引き分けとして覚えておきますよ!」

 

 鉄パイプを確保しつつ、相互に負け惜しみの言葉を贈る。

 俺の引き分けという言葉が恐らく正しいだろう。

 何せ、双方ほぼ無傷だ。

 ……ダメージはあるが、休めば取れる程度のものだろう。

 

「……進矢君、大丈夫~?」

 

「少しお腹痛いですが……大した事は無いと思います」

 

 そして、手塚を追いかけなかった理由その2である綺堂さんの言葉にやや呆れながらも、率直に現状を報告する。

 彼女が矢幡さんや御剣さんを追いかけなかった事を喜べば良いのか、悲しめば良いのか困惑している。

 

「……それよりも、どうして逃げてくれなかったんですか?」

 

「そんな事言われても、進矢君を見捨てられないよ~」

 

「お気持ちはありがたいんですが、俺が手塚義光に負けた場合、一緒に殺されていた可能性が高いですよ?」

 

「だけど、進矢君は勝ったよね~?」

 

「それは結果論です……」

 

 先程の戦闘を回想するに、危うい場所は多かった。

 雑感だが、筋力や体格等のポテンシャルは手塚のが上、技量は俺のが上くらいだろうか。

 まともにぶつかりあってはいないから、総合的にどっちが強いかは分からないが大して差はない以上は勝負なんて水物だ。次、どうなるか分からない。

 そして、何より……表層的な部分ではなく本質の部分であの男はヤバい。

 

「良いですか、綺堂さん。あの手塚って男の一番恐ろしいところは強さそのものではなく、狡猾さと残忍性です」

 

 思い出すのは、手塚義光が色条優希を殺してからの一連の流れ。

 そして、直接戦って気付いたことなのだが、手塚は人体の急所を狙う事に躊躇がない。

 既に殺人に手を染めた人間の余裕とでも言えば良いのか。

 例えば、俺の攻撃は無意識レベルで牽制や武器や肩・腕狙いの攻撃が多かったのだが、手塚はその制約に囚われていない。

 

 だから、彼とは戦いたくない。

 一方で止めなければならない相手でもある。

 だが、『拘束する』なんて言っておいてなんだが、冷静になってみれば拘束=間接的な殺人に近い。殺害を伴わない無力化なんて、余程運が良くないと現実的には無理だ。

 

 それを綺堂さんに説明したのだが……。

 

「そっか~。私、あの人嫌い~」

 

「だから、逃げて欲しかったって話をしてるんですよ」

 

「進矢君がそんなに私の事を心配してくれて嬉しいです~」

 

「? 別に誰が相手でも同じ事を言いますけど」

 

「進矢君ひど~い~!」

 

 綺堂さんのむくれ顔を見ながら……ここまで説明しなくても最初から分かっていて不要だったのかもしれないと思い直している。

 はてさて、彼女の顔を観察してもまさかそれだけで思考が読めるわけでもなし。

 ……ふつうに可愛いらしい――じゃなくて、脳内に警告があった。

 俺に優しい女性は大抵他の人にも優しいので思わせぶりでも、【絶対に心を許しては駄目】だというよく分からない警告が。

 

 そんなこんなで、暫く見つめ合っていると綺堂さんが腕を組んでかわいらしく威厳っぽいものを出して言う。

 

「どうしてもって言うのなら、進矢君が私の事を渚って呼んでくれるなら逃げるよ~」

 

「分かりました、綺堂さん。次も勝ちます」

 

「そういう意味じゃないんだけどな~!」

 

 冷静に考えてみれば、綺堂さんは一見抜けてるようで馬鹿ではない。

 逃げるべきか、逃げざるべきかなんて、自分で判断できる。

 ……後は本人の責任で問題無いだろう。

 

 それよりも、二人になってしまったのでこの問題に踏み込まざるを得ないのか……ひとまず、探り探りでいこう。

 

「そもそも、どうして名前で呼んで欲しいんですか? 何か意味あります?」

 

「だって、綺堂さんだなんて他人行儀過ぎるよ~!」

 

「……? 他人ですよね?」

 

「進矢君のいけず!」

 

 ……ぷんすかと怒りながら綺堂さんは可愛らしい。

 なんか、綺堂さんってからかうと表情をくるくる変えてくるのが面白い。

 ついからかいたくなるので、これが術中に嵌るということなのだろうか?

 

 十中八九演技だとは思っている。

 ……一旦、綺堂さんのそれを演技だと仮定してどうするか考えよう。

 

 これはお互いの本音ではない……ただのジャブだとする。

 記憶を失った俺は意図せずして、そして綺堂さんは意図して自分を演じている。

 そして、演じている限りは本気で怒る事も、悲しむ事も、喜ぶこともない。

 悪意が無かったとして、演技する理由なんてそれで十分だ。

 だから、それ自体は悪い事ではない……とは思うのだが。

 

「つまり、綺堂さんは俺と仲良くなりたいんですね?」

 

「そうだよ~! 進矢君が麗佳ちゃんに夢中でお姉さん寂しいんだから~!」

 

「……そう来ましたか、これからは独り占めですね。おめでとうございます」

 

「うぅ~、進矢君が反抗期になっちゃったよ~」

 

 さて、お互いに『仮面』を被り合ってる現状でどうするかが問題だ。

 大前提として、俺は真実を暴きたがりだ。

 記憶を失う前からそうだったんだろうか……謎があると解かずには居られないし、誰かと一緒に居ればその人物の人物像を無意識レベルで探ろうとしている。

 それが川瀬進矢という人間だったんだろう。

 

 だから、綺堂さんが本当はどういう人間が知りたいと思っている。

 そして、もう1つ――俺は綺堂さんの『仮面』を暴くべきではないと思っている。

 

「でも、お姉さんは知ってます~! 進矢君は本当は私の事信じてくれてるって~」

 

「うっ、そうですね。否定はしません……角材をあの時投げてくれてありがとうございます。ナイスパスでした」

 

「進矢君もナイスキャッチだったよ~」

 

 矛盾しているようだが、真相はシンプルだ。

 実際に話してみて、何度も助けて貰って感じた事なのだが……今の関係を心地よいと思っている気持ちもある。

 真実を暴いた場合は、それが崩壊する。

 そんな確信が俺の中にある。

 

 そして、少なくとも記憶のない俺にそれを決断するのは困難だ。

 何故なら、知っている人物が少なすぎるのが原因だが、相対的に綺堂さんは俺の中で大きな存在だからだ。

 

「それだけじゃないですね。落とし穴に落ちかけた時に助けてくれた事、解除条件を暴かれそうになった時に助けてくれた事……ありがとうございます。綺堂さんが居なかったら何度か死んでいたかもしれません」

 

「進矢君だって、私が危ない時は守ってくれるんでしょ~? お互い様だよ~」

 

「……まぁ、そうですね」

 

 推測だけなら綺堂さんがどういう人間なのか、大まかに輪郭だけは理解してきた。

 その想定によれば……彼女の正体暴きは、お互いの心に大きな傷を残す結果になるのは明白だ。

 

 そんな事する必然性はない。

 今のままで良いんじゃないか……そう自分に言い聞かせる。

 万が一、綺堂さんから裏切られるような事があっても……心さえ許さなければ問題無いだろう。

 綺堂さんに俺に対する利用価値があり続ける限りは、早々裏切られる事なんてない……その筈だ。

 

 よし、方針は決まった。

 意を決して綺堂さんに向き直ると、彼女はきょっとんとした表情になる。

 純粋……かは別として、綺堂さんのそういう表情を見ると罪悪感が胸に広がるのは確かだった。

 

「約束しますよ。解除条件【7】の達成。その後、首輪解除したら進入禁止エリアまで送るまで守ります」

 

「う、うん……進矢君はどうするの?」

 

「それを語るには情報が足りない……というよりは、まず参加者全員を知るべきですね。その点、解除条件【7】は都合が良いです」

 

「分かった~! 一緒に頑張ろうね~!」

 

 綺堂さんの笑顔はどこまでが本気で、どこまでが嘘なのか。

 ……俺にはさっぱり分からない。

 抜けられないぬるま湯の中で、俺は俺を守る為に彼女を拒絶する必要があった。

 だから――

 

「絶対に裏切る気はないので、俺に媚びたり仲良くする必要はないんですよ。綺堂さん」

 

「え? し、進矢君~!?」

 

「さて、じゃあ次はエントランスも確認しましょうか」

 

 疑問符を浮かべた綺堂さんから、逃げるように反転しエントランスに移動を開始する。

 後ろからは慌てて俺についてくる足音が聞こえてきた。

 

 

 今なら、矢幡さんに惹かれた本当の理由を理解できる。

 彼女は既にハッキリと決断していたからだ。

 優柔分断な俺にはそれが眩しく見える。

 

 綺堂さんの真相を暴くかどうか、手塚のような危険人物を殺すかどうか――【Q】を殺すかどうか。

 何もかも先送りだ。

 それでも、どこかで決断しなければならないだろう。

 正直に言って、亡くなった色条優希が【Q】だったら――と願っている自分がいる。

 矢幡麗佳と手塚義光の【Q】の可能性は切ってるので、まだ見知らぬ7人の内の誰か……今は綺堂さんの解除条件に付き合うのが妥当だろう。

 

 無意味だと知りつつ、いつか下さなければならない残酷な決断をする機会がこない事を祈るしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ追いかけてくるなんて……本当に状況が分かってるのかしら? それとも、やっぱり私を殺す気?)

 

 罠を警戒して、今まで通ってきた道を遡るようにして矢幡麗佳は走り続けていた。

 しかし、逃げるにも限界はある。

 息があがってきている彼女に、追いかけてくる男性――御剣総一を振り切る体力はない。

 では隠れるか? と考えても多分、難しい。

 

 武器もない彼女は、合流するしか選択肢が残されていなかった。

 

(今はやむを得ず従って、先んじて殺す――それしか無いわね)

 

 麗佳は覚悟を決めた。

 一応、頭脳には自信がある彼女ではあったが身体能力はないし、殺し合いに特別役に立つ技能を持ってる訳でも無い。

 彼女が生きて帰る為には、何度か賭けをする場面に迫られる事もあるだろうと想定していた。

 そして、今がその時なのだ。

 

「麗佳さん! 一人で居るのは危険ですよ」

 

「ハァハァ……仕方無いじゃない、私にはあの場をすぐに離脱しなければならない理由があったのよ」

 

 息を切らしながら、体力の差を痛感する。

 ……御剣は相変わらずだと麗佳は冷静に判断した。

 麗佳は9割方……彼がまだ決断できていない一般人だと見ている。

 特別強くもなければ、弱くもない……悪意も善意も人並み。そういう人物だ。

 いずれ裏切られるにせよ、すぐに裏切る決断はできない。

 

 だから、賭けにはなるが既に覚悟を決めている非力な麗佳でも勝てる公算は高い。

 それを実行する為の武器を今の麗佳は持ち合わせていないのだけが問題だった。

 

「理由ってそんな……川瀬は俺達の為に戦ったんですよ! それに、此処は危ないです……皆で一緒に動きましょうよ」

 

「ほら、これを見ても同じ事を言える?」

 

 麗佳はPDAを取り出し、素早くPDAを操作して、その画面を総一に開示した。

 彼の顔が驚愕の色に染まる。

 

「は、ハートのクイーン……!? そんな……」

 

「これで分かったでしょう? このゲームの現実が」

 

 ……これで戻る理由は無くなった。

 だが、行動を共にする以上は麗佳に気の休まる時間は無くなる。

 無論、麗佳とて一般人である事には違いないし、心は悲鳴をあげている。

 それでも生きる為にはやるしかないのだ。

 例え、誰を蹴り落としたとしても。 

 

『殺すのは、最後の最後……そうしない為の手段を探し続ける努力はするべき』

 

(そんなものはないし、善意っていうのは――誰かの養分になるだけよ。誰よりも分かってるでしょう? 私)

 

 心の中で反響した誰かの言葉を内心で否定し、心の中を鋭利な刃物で武装した麗佳は冷たい総一を見つめる。

 驚愕の表情で『Q』が表示された画面を凝視している総一はそれに気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、今回の滑り出しはまずまずって所かしら……でも、序盤にもう一波乱欲しいところね」

 

 組織用の人間の待機室にて、本ゲームを現場で管理しているゲームマスターである郷田真弓は1つずつ状況を整理しながらどのようにゲームを運営していくか考えていた。

 普段は気合いを入れてする事ではないのだが本ゲームは数ヶ月前に目玉プレイヤーの一人の恋人が交通事故で亡くなったり、ゲーム中でもう一人の目玉プレイヤーが記憶喪失になったりとイレギュラーが多すぎる。

 勿論、観客の視点に立てばそれは歓迎すべきイレギュラーという事もあるかもしれないが、直接現場で働く身としてはたまったものではない。

 計画というのは修正されるのが当然ではあるが、リアルタイムで動かすのは経験と勘の見せ所だ。

 ベテランゲームマスターである郷田真弓をして、今回はちょっと予測がつきにくいのである。

 

 頭の中の算盤を弾き終えた郷田は、意を決して連絡係に回線を繋いだ。

 

「よし、まずは麗佳ちゃんと総一君に拳銃を渡して頂戴」

 

『宜しいのですか? 流石に贔屓になってしまうのでは?』

 

「名目は記憶喪失になったプレイヤーの救済目的のアイテムを拾ってしまったということで……面白い事になると思うから、ここは私を信じなさい」

 

『承知しました。こちらで見繕っておきます』

 

 実際、拳銃をグループに1個だけ配布するとして、それが贔屓になるかは微妙なところだ。

 不和の種という表現が近い、裏切りの誘発と緊張感を持たせるのが郷田の狙いだった。

 命中精度のあまり良くない弾数6発の拳銃で予備の弾丸が無ければ、それほど大惨事にはならないのは過去のゲームでも証明済みだ。

 

「あとのメンバーは……手塚君はもうちょっと待っててね。あともうちょっと頑張ってくれれば、ボーナス出せるから」

 

 手塚以外のプレイヤーは未だ積極的にならず……ただ、時間の問題ではある。

 既にゲームが真実である事は大凡広まっている。

 それまでの繋ぎは、麗佳・総一のペアに拳銃を配布する事で十分だと郷田は判断した。

 

 ある程度、ゲームの進行に問題無いと判断した郷田はメインになるであろう二人を画面に映した。

 

「うーん、記憶を失っててもあの二人の相性は悪いのね……仕方無いか、渚ちゃんには知らせてないけど二人は元々敵対関係になる予定だったんだし」

 

 独り言を零しながら、メインディスプレイを弄って録画を見ていく。

 尚、独り言は見られる事を意識して癖になってしまったものだ。

 時として思考を開示する事で評価が上がる事があるのだ。

 ゲームマスターとしての職業病なのである。

 

 

 ゲームマスターの豆知識はさておき、郷田としては二人の関係は見た目ほど険悪ではなさそうなように思える。

 少なくとも、今の状態でも初日を乗り切る事はできそうだ。

 

 

「進矢君が記憶を取り戻すまで、二人の関係にもう一押し欲しいわね……となると、やるしかないか」

 

 郷田は今後の動きを脳内でシミュレートしながら、ディスプレイの電源を落とす。

 郷田は自然と深い溜息をした。

 ゲームを面白くするためとはいえ、やりたくない事だって沢山あるのだ。

 

「嫌になるわね――愛のキューピット作戦」

 

 何が哀しくて、二人の間を取りもたなければならないのか……そんな自問をしながら、ハイヒールを脱いで動きやすい靴に履き替える。

 この作戦にはタイミングが重要だった。

 

 

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