秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- 作:流火
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自分が思う自分ではなく、隠している自分こそが本当の自分だ。
アンドレ・マルロー (フランスの作家、政治家)
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渚は元々、料理は得意ではなかった。
家が貧乏だったので自炊自体は普通にやっていたが、それはどちらかと言えば食費を浮かせる為の行動である。
食べ物自体は栄養と味がそこそこあれば良い考えていた。
勿論、身近な人物の影響で見た目や味の繊細な部分を上手く表現できる事に憧れていた気持ちはあった。
ただし、どうしようもなくそれをする余裕が無かった。
そして、その人物がこの世から居なくなった後、その技術を渚は取得している。
料理だけじゃない。
服装や口調、雰囲気まで……狂気の域と言えるまでにそれを刻み込んでいる。
その理由は、一言では言い表せない。
実用的な理由を挙げるのであれば、無害さの演出による参加者の油断の誘発や、撮影のし易さがある。心理的な面だと、渚にとっての裏切りの象徴がその人物だから……なのかもしれない。
いずれにせよ、渚は長年のサブマスターの経験則として一つ信頼を得るコツというのを理解している。
サービス業や製作の基本の一つに、【神は細部に宿る】という言葉がある。
疑り深い人物、猜疑心の強い人物を黙らせるのは言葉ではなく思いやりに溢れた行動なのだ。
滑稽にしか思えないが、大事なのは外見ではなく(相手から見た)内面なのである。
そのスキルを磨いているからこそ、川瀬進矢の追求を免れ懐に入り込む事ができている……その筈である。
そして、渚の経験則その2--猜疑心の強い人間は一度内側に入ってしまえば、おしまいだ。
殻が強い人間は内部は柔らかいはずなのだ。
だから、あとは仕上げだけ。
細部まで整えながら、男性が好きそうな肉を中心として、野菜も食べやすいように配置しておく。
このきめ細やかな料理は優しさを象徴しているように見えて、悪意からの産物でしかなかった。
(進矢君、貴方はいつまで貴方で居られるかしら?)
配膳を整えながら、渚は少しだけ想いを馳せる。ゲームに乗り気ではない人間がどれだけ足掻こうと、ゲームは進行する。それは、他ならぬ渚自身がよく知っている事実だ。そして、もう動き出した歯車はもう誰も止める事はできないだろう。
後の渚の役割は見届け、場合によっては最期の始末をするだけだと――そう思っていた。
「……普通に美味しくて、泣けてくるんですが」
「お代わりも沢山あるから、た~くさん、食べてね~?」
優しい味――というのは陳腐な表現だと思うが、他にまともな表現が思い浮かばなかった。過去に食事をした記憶はないのだが、特別美味しいというわけではない。だけど、配慮が行き届いていて味と栄養のバランスが良く、胸に染み込む味ではある。料理なんてお腹に適度に入って、栄養がある程度取れれば良いと考えてたけど……うーん、俺が間違っていた。
あんまり期待してなかった、と言えば嘘にはなるけども。 少しばかり悪いニュースや悪い想像ばかりしていたので、パートナーである綺堂さんの優しさが胸に染みるのだ。 そして、自分の不甲斐なさと募る疑心に嫌悪感を募らせてしまう。
――確定、かな
誰も助けられない、何の結果も残せてないという焦燥。 そして、膨らむ綺堂渚を生きて返さなければという想い。その想いに反して、俺の理性は……現時点で、綺堂渚は【黒】だと考えている。
パズルのピースは揃っていないが、ある程度拾い集めて無理やりつなぎ合わせればその輪郭は見えてくる。俺も悪意や敵意があってそう断定したわけではない。逆に――綺堂渚を守る為に、綺堂さんのゲームにおける役割や彼女の目的を理解し、そのサポートを行うために考えた。その目的に反して、俺の中の記憶に存在しない知識が勝手に彼女を黒だと断定したのだ。
(本人に直接聞くしかない……先延ばしにしたいのが本音だけど)
少しずつ悪化している状況、望外な戦闘禁止エリアの存在、そして……戦闘禁止エリアを調べて気づいた事だが、恐らく階層が上になるにつれて武器が過激化する事。諸々の要素が、先延ばしを許してくれそうになかった。
これから始まる尋問に近い行為を、戦闘禁止エリア外で行う度胸は流石に無い。
(本当に馬鹿みたいだな……いや、でも、後悔だけはしたくないし…)
足りないピースは直接話をする中で補う。
綺堂さんと決定的な亀裂が入るだろう……という事実は、綺堂さんの命の方が大事だ。
あと、俺の推理で見逃した部分はないかを食べながら考える。
死を忘れるな、次の犠牲を出すな。
その使命感が俺を突き動かしていたのは間違いなかった。
まだ、綺堂さんには伝えていないが、戦闘禁止エリアで見つけたPDAの拡張ツール……というものを実験的に使ってみたところ、俺のPDAはこう表示されるようになっている。
【生存者数 11名】
自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも……勿論怖い。
だが、何よりも俺が恐れているのは自分の手から零れ落ちることだと自覚する。
今の俺にとって、それは綺堂さんだ。
だから、受け入れよう……彼女を守る為に、彼女に嫌われるリスクを。
仕方がない。不本意だが、取り交わした約束を破ることとする。
このゲームにどんな仕込みがあろうと、乗り越えるのだ。
そこに希望はなくても、意志はあった。
「進矢君、大丈夫~?」
「あぁ、ご、ごめんなさい……って、わぁ!?」
考え事してたら、視界一杯に心配そうな綺堂さんの表情が映り思わず仰け反ってしまう。
近い……近い!
……まぁ、そこまで近づかれるまで、気づかなかった俺も俺なんだが。
あぁもう、自分の心音がけたたましい!
反面、そういう事にダメージが無さそうな綺堂さんが恨めしい。
今、理解した。
俺は今、すごく怒っている。
俺はこんなに心臓が高鳴ってるのに、綺堂さんにそういうのを欠片も感じられない。
……やはり不公平ではなかろうか?
色々と私怨が入り混じっているが、建前を放り投げれば俺もそんなものだ。
――好意を持ったから知りたくなった。
シンプルで丁度いいな。
「だ、大丈夫です……。ただちょっと、申し訳無いなと思っていたんです」
「申し訳ないって、何が~?」
「エントランスで綺堂さんとした約束を……破ってしまっていいものか、と」
「あ! なるほど~、本当は約束は守らないといけないけど、大変な事があったばかりだから、今ならお姉さん見逃しちゃうよ~?」
慈愛に溢れた表情で綺堂さんは微笑む。
なんとか、心高鳴らせつつ彼女を直視しつつも、頭の方は極力冷静にこれからの事を考える。
……今勘違いしたな、綺堂さん。
あの約束は、俺が綺堂さんを過剰に意識しない為に行ったもの……というのも勿論ある。
だが、本質としては【俺が綺堂さんの秘密を暴かないように行った】約束なのである。
人には触れていけない領分がある。
だけど、許可貰ったからこれからガンガン行こう!
人はそれを詭弁と呼ぶ。
「ずっと、考えていました。俺が過剰に疑心暗鬼になっているだけじゃないか、逆に綺堂さんに好意を持ってしまったが故に真実を見て見ぬフリをしていないか? 慎重に、少しずつ……できるだけ客観的に考えていました」
頭の中をフル回転させながら、言葉を紡いでいく。
綺堂さんは無言だ。
分かっているのか、分かっていないのか。
もう、俺の中での思考は固まっている。
踏み込むだけ、というのは分かっているのだが……つい、言葉は回り道してしまう。
「進矢君は、どうして……そう思ったのかな?」
「簡単な、推理ですよ」
雰囲気を感じ取ったのか、綺堂さんの言葉は真面目な印象を受ける。
もう引き返せない……だが踏み込む覚悟を持って、俺は右手で綺堂さんの左手を掴んだ。
やや困惑した瞳を見せる綺堂さんに対して言葉を続ける。
「元から違和感がありました。だから思考を整理する為に、確定した真実から推理を広げていこうと考えました」
緊張で顔が火照ってくるのが分かる。
綺堂さんの掌は温い。
しかし、それ以上に料理による手荒れや……この硬さは筋肉だろうか?
ならば、綺堂さんのふわふわとしたゴスロリ服はそれを隠す役割も果たしているのかもしれない。
直接体重を感じた訳ではないが突き飛ばされた時の重量感から、納得はする。
……また一つ、綺堂さんの事を知れて嬉しく思う。
「まず、何が真実かを考えていきます。嘘なんて幾らでもつける、嘘をつけない部分はどこか?」
言葉を続けている間、綺堂さんは俺から目を離さない。
思えば、違和感を感じたのは矢幡さんを助けた後だろうか?
矢幡さんはパニックだった、御剣さんは……なんとなく理由を察した。
察する事すらできなかったのは綺堂さんだけだ。
「俺は能力に着目しました。能力は低い方に偽ることはできても高く偽ることはできない。料理がわかりやすいですね。料理が下手なフリはできても、上手なフリはできません」
そして、もう一つの違和感がこっちだ。
ずっと能力を低めに小出しに出していたという点。
少なくとも、俺は最初からフルスロットルで頭を働かせてたし、俺が会った人間は大体必死だったと思う。
何度も命を救われた訳だけども、どうして彼女が必死じゃないのか不思議で仕方なかった。
だから、俺の答えはこうなる。
「つまり、本当の【綺堂渚】は料理上手で、命の危機でも臆さず行動できて警戒心が強い。更に頭の回転が早く機転が効いて、場の空気を調整できる人物って事ですよ……ついでに言うなら、身体鍛えているところです」
「はぁ……あーあ、上手く行かないものね……」
話を静かに聞いていた綺堂さんは、大きく息を吐いて自白同然の答えを口にする。
確定情報で述べた以上は、もう誤魔化しようがないと判断したのだろう。
決定打は俺に思わせぶりな態度を取ってきたことだ。
薄々そうじゃないかと思っていたが……。
男を舞い上がらせて適当に盾にした方がゲーム上では効率良いんじゃないかな? とか。
綺堂さん男慣れしてるよねこれ……今まで何人に同じことしたの? とか。
何度も疑心暗鬼になった甲斐があった。
……うん、泣きたいですね。
しかし、それでも。
そう……はっきりと自覚する。
……俺は綺堂渚という人物が好きだ。
偽りから始まった関係であったとしても、もっと関係を深めたい。
深める為に、この壁を取っ払わなければならなかった。
その為に偽りの関係ではなく、嫌われてても本物の関係を築き上げる必要があった。
……完全な私利私欲である。
今の彼女に対して、苗字呼びは不適切だろうか?
そう思った俺は大胆に言葉を踏み込ませた。
「これで、ようやく本当の貴方と会話できますね……渚さん?」
そして、俺は渚さんの左手を握りしめる。
本当の勝負はここからだ、神経を集中して眼を合わせる。
「してやられたわね、記憶喪失のフリでもして私を誘い出した? 川瀬君?」
「残念ながら、そっちはまだまだなんですよねー」
俺は本当の自分を知りえないがこれだけは言える。
少なくとも、記憶喪失じゃなければこの行動を取る勇気はなかったかもしれない。
だってそうだろう?
記憶を取り戻した時、今の俺は消えるかもしれない。
だからその前に、渚さんの事をもっと知りたかったし……彼女の力になる道筋を考え出したかった。
少なくとも今の俺は、確定した死を前提に覚悟して動いているも同然だった。
「渚さんには言うまでもないことだとは思いますが、戦闘禁止エリアでは暴力禁止です。多分ですが、こちらでは正当防衛を含めて禁止されていると思います」
「……完全に捕まってしまったわね」
戦闘禁止エリアに入ったのは失敗だったと心中で渚は嘆息する。
本来なら渚と進矢の戦闘力を鑑みれば、どうとでもできるのだが……戦闘禁止エリア内では別だ。
逆に正体追及に走ったのはだからこそ、なのかもしれないが。
正体がばれかけるのはこれが最初という訳ではないが、最速記録は更新してしまった。本ゲームにおける渚の査定はこれで完全に死んだだろう。
仕方がない部分は多い。
記憶喪失になった川瀬進矢は迂闊な部分が多く、その分渚はフォローに奔走せざるを得なかった。
記憶を失わせたのは渚である以上死なれてしまえば渚の責任、正体がばれるのも渚の責任ともなれば……その二律背反のバランスを上手く取り切れなかったことが敗因だろう。
(情に流されることを期待したけど、この様子だと逆効果だったみたいね……)
「さて、渚さん。できればあなたの口から、目的を聞いておきたいんですが?」
「折角だから、進矢君の推理を聞きたいな~……なーんて」
「良い根性してますね。では、僭越ながら……」
とはいえ、渚は何もかもを放り投げるつもりはない。
信頼関係はもう無くなっただろうが、今ならまだ自分を偽っていたことしかばれてないし……ここから組織の人間である事まで辿り着くのはもうワンクッション必要だ。
そして、この状況を見ている観客も進矢の推理を聞きたいだろうとサブマスターらしい判断をする。
そんな渚に対して、考え込むそぶりを見せる進矢はやがて口を開いた。
「まず、単純に考えたら、男を利用してこのゲームで優位に立とうとしたと考えるべきでしょうが……それだけでは、渚さんの行動に説明のつかない部分が多い。能力だけで考えるなら、渚さんに俺は必要無いでしょうからね」
それはそうだ。
渚が進矢を利用するという回答を出すには、渚は肩入れしすぎている。
これではあべこべだ……その答えを出せるかどうか、渚は進矢を見る。
ゲームを行っている組織側の人間である根拠は、まだ出していないはずなのだ。
「そして思ったんです。渚さんには、このゲームのクリア以外に別の目的があるんじゃないかと。そして、その目的のために俺が必要だったんじゃないかって……渚さんだけじゃないですね。解除条件だけの人もいるかもですが、このゲームでは他にも外的動機の持ち主は存在すると思ってます……このゲームにおける殺し合いを促進させるためにね」
これも正解。
川瀬進矢と御剣総一が瓜二つであることを始めとして、今までのプレイヤーを見てればある程度恣意的にプレイヤーが選ばれていることが分かる。
得ている情報量からは、何が目的かはわからなくても何かを目的としてることは察することができるだろう。
「そこで考えました。仮定の話になりますが、俺と渚さんが最初に会うことが誘拐犯によって定められたことであったなら? 俺と渚さんには争いの種となる何かがあるんじゃないか?」
進矢は左手でポケットに手を突っ込み、自らの給与明細を取り出した。
給与の額は社会人として考えれば安く、学生として考えるなら平日・休日のほとんどを潰した精一杯の額……渚としては非常に見覚えのあるものだった。
(……え?)
そして、初めて渚は動揺する。
この情報は事前に受け取っていた川瀬進矢のプロフィールには無かったものだからだ。お金に困っているという一大情報が存在しない、そんなことありうるだろうか?
「お、驚いてくれましたね。渚さん、貴方には借金がある筈です。それも、普通に働いても返しきれないような……そんな莫大な借金が。俺は自分の事情までは分からないので断言はしかねますが、俺たちは同じ悩みを持つ共有者であり……同時に競合者でもあると、そう考えてます」
「――一緒にしないで」
自分でも驚く程冷たい声が出たことに、渚は自分でも内心驚く。
それでも、こうなってしまえばできることは一つしかなかった。
それは開き直ることだ。
組織のカメラマンというのはあくまで役割の一つに過ぎない、残酷に振る舞い進矢を怖気づかせる。
そして、一身に彼の罵声を浴びるのだ。
――まさか、川瀬君だってここで心中するつもりはないだろうし……
「そうよ。私はお金の為に貴方を利用尽くして最後に裏切るつもりだった。貴方も馬鹿な男ね、気付いたら何も言わずに逃げたら良かったのに……気づかなかったら、もう二日間は良い思いさせてあげたのに。もしかして、期待してた? 駄目だよ、川瀬君……こんな所で会う人間を信じたら」
そして、怒涛の勢いで冷たい言葉を畳みかける。
渚を拘束する手が緩めば儲けものだったが、進矢はそんな迂闊ではなかった。
だが、それでも虚は突けただろう。
仕事の失敗で、渚は半ば自棄になっている事を自覚しつつも、せめてこれまで溜めていた憎悪を進矢にぶつけるべく次の言葉を――
「俺、今の渚さんの事……結構好きですよ?」
「え……?」
しかし、虚を突かれたのは渚の方だった。
予想もしてなかった方向からの言葉に、一瞬言葉を失ってしまう。
そして、脳が理解を拒んだ。
「あ、今ちょっとドキッとしませんでしたか?」
「……する訳ないでしょう。ふざけてるの?」
「いやいやいや、割と大真面目だったんですが」
「そう……私は貴方の事が大っ嫌いよ」
無関心や利用相手からは随分と進歩したかなぁ、と言葉を零す進矢に渚は毒気を抜かれてしまった。
色仕掛けが効いていたのは渚も理解したが、どうしてこうなったのかは分からない。
そういえば、麗佳の時も似たような反応ではなかったか?
そういう趣味なのだろうか?
何度目かわからない心の中の嘆息を自覚しつつ、渚は調子を取り戻した進矢を憎々しげな眼で睨みつけた。
「それに渚さん、俺の推理はまだ終わってないですよ? 貴方の欺瞞を全て暴いて見せます!」
「女の子の秘密を暴こうなんて、マナーの悪い男ね」
「本人から許可貰ってるので大丈夫ですー!」
そんなもの分かるか!
と心の中で渚は悲鳴のような突っ込みを挙げたが、抵抗の術はなかった。