秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- 作:流火
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人は恋に落ちた瞬間、嘘つきになる。
ハーラン・エリスン (米国のSF作家・脚本家)
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さて、殺し合いゲームが始まってそろそろ9時間と言ったところ、俺――川瀬進矢は、震えている女子高校生の前で落ち着いて食事をするという選択をしている。久しぶりの持久走で疲れたのだ。乾パンと角砂糖美味しいです。
尚、学生鞄に刺さってたクロスボウの矢が保存食の缶を2つ貫通していて滅茶苦茶震え上がっているのは秘密である。これは武者震いなのだ、多分。勿体ないので、穴が開いてる保存食を消化中だ。
尚、シャッターを叩いていた音は数分でしなくなった。御剣先輩も、シャッターの向こうでは食事に入った俺がいるとは思うまい……。俺の脳みそは今、色々考えすぎて糖分切れです。物理的にどうしようもないから、御剣先輩は危険人物と一緒でも頑張って生き延びて欲しい……マジで。
勿論(?)、一人だけで食べるなんて事はしていない! ちゃんと、咲美氏の前にも開封した保存食を並べている。一切、手をつけられてないけど。
落ち着いた頃を見計らって声をかける。
こういう時にどう声をかければ良いか分からない。まぁ、なるようにしよう。
「えー、この度は淑女の腕を掴み強引に引っ張るという、紳士としてあるまじき行為を行ってしまい、非常に申し訳なく思います。一応、ちゃんとした理由があるので、できれば聞いて頂けると非常に助かるのですが」
「は、はい……」
「あ、保存食もどうぞどうぞ、つまらないものですが……」
「お、お気遣い、ありがとうございます……」
伏し目がちに咲美氏が答える。
よし、大丈夫そうだな(?)。しかし、見れば見るほど、桜姫先輩とそっくりなのに纏っているオーラが全然違う……。アレだ、陰オーラだ。俺や長沢みたいなオタクタイプではなく、単純に根が暗いタイプだ。ボッチは二人集まっても、ボッチ二人になるだけだぞ!? いや、話さない訳にはいかないのだけど。
「まずは、自己紹介を。もうバレてしまっているので、隠す必要もないですね。PDAナンバー3番、『3人殺し』を配布された川瀬進矢です。高校二年生……3日間よろしくおねがいします」
「姫萩咲美……高校三年生、です。……あの、その……」
「殺しません」
「え?」
「殺しません……えーと、姫萩先輩? 逆なんですよ、あなたが殺人ナンバーである俺を恐れるのは分かります。ですが、俺としては恐怖は正しい対象に向けて欲しいです。クロスボウで問答無用で撃ち抜いてきて追い詰められると臆面もなく助けを呼んだ郷田真弓っていう人物が、今御剣先輩と一緒に居る所とか」
「み、御剣さんが!?」
「お、おう……予想外の反応」
学生鞄の矢が刺さった部分を説明しながら、経緯を説明しようとすると、御剣先輩の方がピンチですよって部分で大きく反応を示した。自分より、他人の方が心配なタイプか? ……分からんでもない、俺も今長沢と北条の事が心配でたまらない。
となると、弁解しようと思ったが、彼女の仲間である御剣先輩に関係する情報を優先して話した方が良いのかも知れない。
「経緯を説明すると、あの郷田社長に問答無用で襲われてしまったんですよ。……で、危険人物を無力化する為に追いかけて、追い詰めていたら急に郷田社長が助けってって声を挙げたのであんな事態になったんですよ。厚顔無恥とはこのことですね、で、なんとか二人を郷田社長を引き離そうとしたらシャッターで分断されてしまったという次第です。大変失礼しました」
「い、いぇ……そういうことなら、仕方ないかと……」
シャッターが降りた時PDAを操作していたように見える郷田社長。恐らくは、PDAの機能でシャッターを下ろした可能性が高い。で、罠を操作できるという事は、罠が見えていたのではないだろうか?
姫萩先輩が落ち着くまで、何度か自分のPDAに隠しコマンドがないか等を探ってみたが、そのようなものは無さそうだった。考えられるのは……RPGという都合上、人を殺す度に経験値が手にはいって、PDAがレベルアップするとかそういう機能があるんだろうか? 割とありそうな仮説なのが怖いところだ。
おっと、目の前の相手をスルーして、考察に入るところだった。姫萩先輩は御剣先輩が不安なのか、シャッターの向こうをしきりに気にしているように見える。
「御剣先輩は本当に心配です、俺も無事でいて欲しいと本気で思っていますが。これに関しては、本当に彼を信じるしかないと思います。まっ……彼も愛する彼女の為にいざって時は死力を尽くして頑張ってくれるんじゃないでしょうか?」
「御剣さんに……彼女?」
「え?」
「どういうことなんです? そもそも……どうして、そんな事を知っているんですか? 川瀬、さん……は御剣さんとは初対面なんですよね?」
今まで心ここにあらずだった、姫萩先輩の目が少し鋭くなる。
先ほど、相対した時は恋人同伴云々を喋ったと思うが、すっかり記憶から飛ばされてしまっているようだ。しかし……この反応はもしかして、もしかする奴なんだろうか? いや、俺も興味あるよ? 桜姫先輩の彼氏がどういう人物なのか。
「あー、主催者の采配か分からないけど……このゲームで最初に会ったのが、姫萩先輩とそっくりな女性……桜姫優希先輩なんですよね。で、彼氏と一緒に居た時に誘拐されたらしくて、俺とそっくりな知り合いがいるって言ってたから……御剣先輩を見たら察しました」
「そ、そうなんですか……そういえば、そう言ってましたもんね。どういった人なんですか?」
「た、対等な条件で……お互いフェアに行きましょう。俺は桜姫先輩の格好良い所を時系列に沿って語るので、姫萩先輩は御剣先輩の格好良い所をお願いします」
「……分かりました」
……よし、これで自然な流れで情報交換だ。
流れは兎に角、内容がおかしい気がしてきたぞ???
(まだ恋じゃないけど)……これはもしかして、俺にとっては今までの人生で一番ガチな恋バナになるのか? 殺し合いゲームとは何だったのか。
~姫萩咲美の証言~
このゲームの私は序盤、散々と言っても良かったです。
PDAを確認して、訳も分からず周囲を移動していると、一人の太った中年男性と出会いました。
私は身構えましたが、その中年男性は漆山権造と名乗り、腕を掴んで迫ってきました。「お金を払うから良い事をしよう」……と。
私はパニックになり、必死になって振りほどきました。
そんな私に男はムキになって殴り、それからの事はあまり覚えていません……ただただ必死に逃げ続けていました。
そして走り疲れた後は、部屋の隅で蹲っていました。
そんな私を見つけたのが御剣さんでした。
御剣さんは私を励まして、一緒に入口に行こうと提案してくれました。
また、事情を話すと絶対に私を守ると言ってくれたんです。
途中で罠に引っかかりました、私がワイヤーに引っかかったと思ったら鉄の棒が振り降ろされてきました。御剣さんは、私を庇って学生鞄で防いでくれたんです。
その時からでしょうか、私が御剣さんの事を信頼できると心から感じたのは。
入口にあるエントランスホールでは、シャッターで入口が閉められていました。シャッターには破れた部分があったんですけど、その先にはコンクリートの壁が出来ていました。コンクリートはツルハシのようなもので掘られた痕があったんですが、更に埃を被っていました。
コンクリートと罠、この2つからこのゲームは本気である事を痛感した私たちは、ルールを交換して首輪の解除を目指そうという話になりました。この時、御剣さんが先に解除条件『A』の『Qの殺害』を明かした上で、誰も殺すつもりはない とはっきり言いました。その上で、私の解除条件を優先して解除しつつ他のプレイヤーを探していこう……と。
私は人を殺さないといけない条件に驚きつつも、解除条件『5』……『24箇所のチェックポイント』を回るPDA画面を見せました。「それなら丁度良いから、チェックポイントを回りながら人を探そう」と御剣さんは提案してくれました。チェックポイントを2ヶ所回った後の話です、鉄パイプを持った金髪でチンピラ風の若い男に出会いました。手塚義光と名乗ったその男は、私たちを見て少し驚いた表情をしましたが、その後、御剣さんと手塚さんは交渉を始めました。
この時、ルール一覧と引き換えに、罠の存在をこちらが伝えていました。他にも手塚さんがこっそりと御剣さんと話していたように思えますが、その時の私はルールの内容だけで頭が一杯になっていました。
PDAが鳴ったのはその時です。開始時間から6時間が経過していました。すると同時に手塚さんが襲いかかってきたのです。しかし、御剣さんは予想していたのか難なくそれを回避、私を連れて逃げました。手塚さんも深追いするつもりはなかったようで、パニックになった私を御剣さんは落ち着けてくれました。その後、チェックポイントを1ヶ所周り、1階最後の場所に行く途中で悲鳴が聞こえてきたので二人で行きました。
そこからは、川瀬さんも知っている通りです。
「あの、なんで土下座されてるんですか?」
「いや、デリケートな話を聞いて……」
「気にしないでください、私も……その、理由は分かりましたので」
「ハイ……恐縮デス」
今明かされた衝撃の真実! 第一犠牲者である漆山権造の死因は姫萩先輩に手を出そうとして抵抗され、逆上して襲いかかってしまったことによる戦闘禁止違反だったのである! そんな被害にあった女性の腕を掴んで走ろうとした自分は、事情を知らなかったとはいえギルティ認定せざるを得ないので一回土下座しておいた。
一方で良い知らせとしては、戦闘禁止解除前に手塚と桜姫先輩が別れていたであろうことだ。少なくとも、戦闘禁止解除直後に桜姫先輩が死んだという事が無くてホッとしている。
それはそれとして、お互いに簡単に今まで起きた事を確認しあった。こちらからは、桜姫優希先輩が第一犠牲者が出た時にいかに格好良かったかと、6人で集まった時にゲームに乗りそうな流れを断ち切ろうと格好良く動いてた桜姫先輩を強調しておいた。それを聞くと、姫萩先輩はとても哀しそうな表情になった。
「あー、これはアレですね。世の中って顔じゃないですね」
「哀しくなる事言わないでくださいよ!?」
「プラス思考に考えましょう。自分が好きになるような人間は、元から競争率が高いため恋人がいて当然……とか?」
「わ、私は御剣さんが別に好きになった訳では……」
「まだ出会って数時間なので、致命傷になる前で良かったですね」
「うぅ……」
形は若干異なれど、恐らくは相互に恋人の片割れに惹かれつつあった俺と姫萩先輩。そう、これはアレだ……恋愛の資本主義! 恋愛の貧富の差! 既にモテる人間は周囲を惹き付け、モテない人間は永遠にモテない的な奴だ。顔が全く一緒だからこそ、逆に残酷だ……。
こんな、ドロドロにするのが主催者のコンセプトなのか? 哀しい、こんな事は許されない。真面目に言うのであれば、この殺し合いゲームは御剣先輩と桜姫先輩が主役で、俺達二人は脇役っぽい。……主役になれないのは残念だが、脇役だと認める事で見えてくる光明もなくはない、か。
「まぁ、我々が恋愛において最底辺なのは置いといて」
「……き、傷口抉ってきますね」
「これからの目的に関してですが、【桜姫優希先輩と御剣総一先輩の同時生還】を目指すというのはどうでしょう?」
「……え?」
「いやだってほら、御剣先輩がA『Q殺し』で、桜姫先輩が9『皆殺し』ですよ。絶対、このゲームの主催者はこのカップル引き裂こうとしてますよ、俺だって流石にリアルでカップル爆発するのは見たくないです」
「表現は兎に角、割と洒落にならないですよね……」
姫萩先輩は力無く答える。
Qの解除条件の持ち主がまだ誰か分かってないけど、嫌な予感しかしない。短絡的に考えれば、QとAで恋人同士にしても良さそうなものだが、それを外すとなるとどういう意図があるのだろうか。いずれにせよ、悪意に塗れてるんだろうなぁ……という信頼だけはある。
それはそれとして、姫萩先輩についてだが、生きる動機そのものが薄いタイプのように思える。死ぬのは怖いが、それはそれとして日常に帰りたくも無いというか。根が暗そうなところから、なんとなく虐められているのかなーとか無責任な事を思うが、ならば生きる目的があれば軌道修正そのものはできるかもしれない。
……残念ながら、俺は冷酷な事しか言えない訳なのだが。
「我ながら馬鹿馬鹿しい事は重々承知の上ですが、お二人の幸せの為に頑張りませんか? 勿論、他に姫萩先輩にやりたいことがなければ……ですけど」
「……」
姫萩先輩は迷いを顔に出す。
好きになったかもしれない相手に恋人がいることが分かり、自分の中でその感情がはっきりしたのかもしれない。その上で、報われない恋に命を懸けてみないか? という俺の誘いである。これを提案したのは、変な方向に暴走されたら困るというのもある。
「み、御剣さんが……今、生きてるとは、かぎら――」
「生きてる」
「え?」
「御剣先輩は生きてますよ、このゲームに恋人が参加してるって知ったんだ。死に物狂いで生き延びてると俺は信じてます」
姫萩先輩の迷いに間髪入れずに答える。
俺の願望もゼロとは言えないが、桜姫先輩の彼氏であるならばこれくらいやって貰わないと困るという期待が含まれている。此処で死んじゃうような男なら桜姫先輩に相応しく無い認定を(俺が勝手に)下すので、その仮定を考える意味はあんまりないのだ。
「……み、御剣さんは、このゲームでひとりぼっちで震えている私の手をとって引っ張り上げてくれました。守って、くれました。それが恋人に、似ていたから……という理由なのは、少しショックですが。それでも、私にとって、それは救いでした」
伏し目がちに、姫萩先輩はぽつりぽつりと答えていく。
自分の本心を吐露するのは非常に勇気が必要な事だ、俺だって普段は暗い女子から本心を聞くなんてことはありえないだろう。期せずして、同じ立場になってしまった共有者だからこそ、話してくれるのだ。
「ですが、こんな狂ったゲームで私が御剣さんに出来る事なんて………」
「俺は、やらない理由を聞きたいのではなく、やるかやらないかを聞きたいだけなんだよな」
「川瀬さんは、酷い、です……」
「よく、人の心がないって言われます」
「そこまでは、思って……ないですけど」
姫萩先輩は目元に浮かんだ涙を拭いながら、僅かに微笑む。
それは穏やかな笑みだった。そして、綺麗な笑みだと自然と感じた。
「今まで生きてきて、良かった事なんてありませんでした。そんな闇から、私を引っ張り上げてくれたのが御剣さんです。死ぬのは、まだ怖いですけど……それでも、御剣さんのような人こそ、生きて帰って欲しいと…………幸せになって欲しいと。そう思います。強く、思います……」
ゆっくりと、噛みしめながら、自分の気持ちを確認するかのように姫萩咲美は決意の言葉を紡いで見せた。
そこには、最初に二人っきりになった時に震えて縮こまっていた姫萩咲美の面影は全く見えない。恋する乙女は強いって奴なんだろうか?
……ここまで言われたら、俺も自分の感情を吐露しないと卑怯っぽいんですけど????? 折角、自分の気持ちに蓋をしてたのに……くっ!
「俺はちょっと違うけど、桜姫先輩が格好良かったからかなですかね。女性に対する評価としてはどうかと思いますが、皆が自分の事しか考えてない中で、周囲全てを敵に回す覚悟で啖呵切れる人は中々いないでしぁら」
姫萩先輩になんとか桜姫先輩の魅力を伝えようと思ったが、何か違う気がしてきた。どうして、俺は桜姫先輩が立ち上がった時に、庇うように立ち上がってしまったのか? あの時、俺は何を見ていた?
……理性が訴えている、これ以上、この記憶を掘り起こすのはあまり良い結果にはならないと。だが、生半可な気持ちで姫萩先輩に相対するのは失礼であるし、何より桜姫先輩の魅力を知ってもらって、御剣先輩の事を諦めて貰わないといけないのだ。
「そう……そうだった。彼女は強いだけじゃなくて、弱さも併せ持つ人だった。弱い癖に、間違いや悪から目をそらせない人だった。震えながらも、間違ってる事を間違ってるって言えた桜姫先輩が綺麗だと思ったから……そして、そんな桜姫先輩が皆に糾弾されれるところを、彼女が折れてしまう所を見たくないと……そう思ってしまったのか」
頭を抑え、記憶を1つずつ辿りながら、自分でも気付いていなかった感情を吐露する。……結局の所、俺はルール交換の時、何1つとして理性的に動けていなかった。あの時の行動、そしてそれからの行動……俺は本当に俺らしく動けていただろうか?
只、彼女がこの殺し合いに屈する所を見たくなかった。それだけだった。
同時に、気付く……気付いてしまう。何故、桜姫優希が解除条件9番の『全員殺し』を割り振られてしまったのか。彼女の『正義』を折り、殺し合いに乗らせる事そのものが目的なのだと。俺は本来、彼女の心を折る為に近くに居たのだと……。
「……掘り下げたら割と最悪な気分になってきた。ですが、これで姫萩先輩を同じ目的を持つ仲間として認める事が出来そうです。姫萩先輩はどうです? 認めてくれますか?」
「勿論です。川瀬さんこそ、ありがとうございます……お陰で、私のやりたいことがハッキリしました」
「いや、俺にとってもメリットのある話でした……そろそろ移動しましょうか、確か解除条件が5番のチェックポイントを回る奴でしたっけ? まだ1階が終わってないなら、急いだ方が良いでしょうし」
なんとも言えない心地悪さを自分から剥ぎ取るべく、ゲームの進行の話に移る。2階から回り込まないといけない事、1日終了時点からの進入禁止エリアの2点を加味すると急がなければならない筈だった。
だが、姫萩先輩はその言葉を聞くと少し気まずそうな顔をする。
「その話なんですけど……」
「? どうかしましたか?」
「ご、ごめんなさい! JOKERで5番に偽装していました、実は私の本当のPDAって『Q』だったんです……!」
「………………………………マジか」
色々と前提条件が変わりそうなカミングアウトに思考が一瞬硬直する。
驚愕と共に、なんとか姫萩先輩と信頼関係を築けて良かったと思うのであった…………。