人は真に絶望した時、笑うことしかできないらしい   作:赤桃猫

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youtubeの公式PVなんか見返してたら突然湧いてきたお話。

感想評価などあれば続きますん。



人は真に絶望した時、笑うことしかできないらしい

 別に、バチが当たるような悪いことをしたワケじゃない。

 

 天国だとか、地獄を信じてはいなかったけれど、少なくとも私は地の底へ落ちるべき人間ではないと思う。

 では善行を積んできたかと言われると、胸を張って肯定できないのも事実だけれど。

 人並みに生き、人並みの倫理観を持ち、人並みに他者に無関心。まぁ、普通の人ということだ。

 

 ただ、この世に神様がいるのだとしたら。人間を俯瞰し、時に祝福あるいは試練を与える存在がいるとするならば。

 この仕打ちは、きっと地獄と呼ぶのだと思う。

 

 ──私は石だ。

 

 己の情報を他者に伝える時、これほどまでに簡潔で意味不明な説明もそうないだろう。私だってどうかと思う。

 しかし、多少なりともふざけた表現であることは否めないものの、これは純然たる事実だ。

 まぁ、聞いた者が十中八九首を傾げるこの自己紹介に補足を付けるとするならば。

 

 私は鉱石病患者であり、その末期症状──それさえも越えた、肉体の九割以上が原石と化してもなお生きる『異常存在』である。

 

 うん、我ながらとても嘘臭い。子供が仮病をする時にだって、もうちょっとマシな筋書きを考えるだろう。

 しかしながら事実だ。私の脳が──マトモに働いてるのかは知らないが──現実逃避でも行っていない限り、揺るぎない現実だ。

 いや、現実逃避でこんな状況を考えうるくらいなら、いっそ幻覚に溺れたままでいいんだが。

 それはそれとして、何故こんな目に会っているのかといえば。そう特筆すべきことなんてない。

 

 誰かと同じような家に生まれ、誰かと同じように親の愛を受け、誰かと同じような学校に通い──誰かと同じように鉱石病に罹患した。

 それからはあっという間だ。親は消え、残された家には嫌悪と悪意が押し掛ける。それでも鍵を掛けて奥に引きこもってれば問題ないと思っていたが、火を放たれてはどうしようもない。

 どうにかこうにか逃げ延びて、他の感染者と同じように路地裏に転がり込み、そこからは特別なことなんてない。ありふれた感染者の生活。それと同じだ。

 まぁ、運とか巡り合わせが味方したのか、殺されることはなかった。それでどうなるのかといえば、死に方が病死に変わるだけだが。

 

 始めはたしか、腕だったか。ふと見たら、手首の下あたりから源石が生えていた。別になんてことはない。それもありふれた話だ。

 次に足。予想以上に歩きにくくなったもので、そこからは半日は隠れ家で寝転がるのが日常になっていた。

 そして、その次は目だったか。朝起きたら視界の半分が真っ暗で、ちょっと慌てたのは今でも覚えている。

 加えて目から源石が表出するというのは、脳に浸食する日も遠くないだとか風の噂で聞いたもので。

 これはあと数日で死ぬかなぁなんてぼんやり考え出したのもその時だっただろうか。

 

 死ぬことは初めから決まっていたのだ。特に何も思うことはなかった。せめて苦しまずに眠りたいな、ぐらいの感情しか抱いていなかったと思う。

 それからいつものように寝て、目が覚めて、また寝て、また目が覚めて、寝て──それが半月くらい続いてから、ようやく変だと気が付いた。

 

 中々死なない。

 いや、進んで死にたいってワケじゃないけど、やっぱり疑問には思う。

 というか、食糧だって殆ど採ってない。最後に食べた草の味なんて、記憶の彼方。飢餓感だとかはいつの間にか忘れてた。

 まるで時間でも止まってるみたいだった。これが私のアーツか、なんて馬鹿みたいな考えも浮かんだけど、そんなの使ってる自覚はなかったし。

 

 ただ、病巣の浸食だけは元気に続いていたようで。

 腕に生えてた源石は、いつのまにやら指先まで丁寧に覆ってるし。

 足だって関節が分からないくらいに、棒みたいになってたし。

 で、それを確認した翌朝くらいには視界は真っ暗。というか首も動かなくなって。

 全身が動かなくなったと気が付くには、ちょっと遅かったと思う。

 とはいえ、音は聞こえるし口くらいなら動く。自分が今どういう見た目になってるのか分からないけど、もしかしたら唇のついた喋る岩みたいなオカルト染みた存在になってるかもしれない。

 

 ……どうしてそんなに他人事のようなのかって? 

 

 まぁそう思うのも無理はないと思う。こうやって冗談混じりに、子供の頃の失敗談でも語るような調子でする話じゃないだろう。

 けど、まぁ仕方のないことだとも思うんだよね。

 こんな風になっちゃって私は学んだんだ。大切な事というか、一種の真理のようなものを。

 

 

 

「──人は真に絶望した時、笑うことしかできないらしい」

 

 

 大発見じゃないです? "ケルシー先生"。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 タレス。或いは『異常存在』。

 目の前のモノ──いや、彼女は自らをそう名乗っていた。

 厳重な隔壁と強化ガラスの向こう側、殺風景な部屋の中央で彼女は微笑む。

 唇の両端を吊り上げただけの、あまりにも機械的で歪な笑顔。それを『笑み』と表現することなど、誰にもできはしないだろう。

 例えるならばそれは、人の模倣を覚えた怪物のような冒涜感。

 

 ケルシーは、ただそれを震える瞳で眺めることしかできなかった。

 

 これは、()()はなんだ。こんなものが、人なのか。いや、人であってはならない。──違う、()()は人だ。人でなくてはならない。

 目を反らすな。そして、決して思考を絶やすな。

 彼女は人だ。人であると思え、信じろ。疑うな。──逃げるな。

 この脳髄を揺さぶる言葉にしてはいけない感情を晒け出し、目を塞げばその瞬間、彼女は人でなくなる。

 それだけは、許されない。医師として、鉱石病に立ち向かう者の一人として、それだけは絶対に許してはならない。

 

『……まぁ、私の話はそんなところですかね。いやすみませんね。我ながら、症例としては全く参考にならない』

 

 源石の塊──タレスが、音を発する。マイクを通じ、スピーカーから発せられ、ケルシーの鼓膜を撫でるそれは人間の声と遜色ない。

 当たり前だ。人間が喋っているのだから。だから疑うな。原理など考えるな。

 

『私自身この体質がどういう原理で成り立っているのか分からないものでして。アーツによるものだとか、一応の理屈は立てられるんですが』

 

「……いや、大丈夫だ。話してくれてありがとう」

 

 返事の声は、掠れていなかっただろうか。

 どこか意識が遠く感じる。だというのに、頬を滑り落ちる汗の感覚だけはいやに明確だった。

 

『そうですか? いやまぁこっちとしても、動けない身体じゃ暇なので話し相手になってくれて嬉しいんですけど』

 

 まるで日常会話でもするような調子だ。平凡な、ありふれた時間の一幕。彼女が先ほど語った中にあった、『時間が止まってるようだ』という表現が脳裏にこびりつく。

 

「そうか、では」

 

 定期的に、面会、を──。

 

「──定期的に面会を行おう。それでいいか」

 

『お、ホントです? お仕事とか忙しくありません?』

 

「案ずるな、これも私がすべき事の内だ」

 

 喉が一瞬、凍り付いた。何故だ、いや分かっている。

 その言葉を発するだけの行為に、理性が躊躇いを覚えたからだ。

 渇く。喉が痛い。単語をひとつ発する度に、全身の水分が致命的に喪失していく。錯覚だ。

 

「なにか、要望があれば言ってくれ。できる限りのことはしよう」

 

『うーん……今のところは特にないですねぇ。とりあえず、これからも話し相手になってくれればと』

 

「……そうか。分かった」

 

 できる限りのことはする。口にした言葉を頭の中で繰り返し、その無責任な言葉に吐き気さえ覚えた。

 

 ロドスでは確かに鉱石病に対する治療行為を行っている。だがそれは、症状の改善ではなく緩和だ。死が定まった患者たちの寿命を引き伸ばしているだけにすぎない。

 それでもだ。極限まで楽観的に見れば、症状は緩和できるのだ。不治の病に対し、現時点でそれだけのことができるのだ。

 

 では、彼女に何をしてやれる? 

 末期症状──それさえも越えた未知の領域に対し、『緩和』という処置が何の意味を持つ? 

 

「──ふ」

 

 彼女は言った。『人は真に絶望した時、笑うことしかできない』と。

 確かにそうだ、一周回って笑いそうになる。どうしようもない。足掻きようがない。何をすべきかさえ分からず、いかなる心境を経ても状況は変わらない。

 

 浮かべる笑みは、楽しいだとか、嬉しいだとか、そういう正の感情からなるものではないことは確かだ。

 これは、もっと本質的な、人間の底の底からなる本質。誰しもが到達し、抱き得る悪感情。つまるところそれは。

 

 

 それはきっと──何も為せない己へと向けた、最大限の嘲笑(自己嫌悪)なのだろう。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……どうでしたか、ケルシー先生」

 

 面会を終え、モニタールームを出た先の廊下では小さなCEOが不安げな顔で待ち構えていた。

 

「アーミヤか。仕事はどうした」

 

「急を要するものは全て片付けてきました。それで、彼女は──」

 

「まぁ待て、少し座らせてくれ」

 

 言って、廊下の途中にある長椅子に近付き、腰掛ける。

 アーミヤもそれに追従し、ケルシーの隣にちょこんと座った。

 

「ところで、回収班の方はどうなった」

「え? えっと、はい、現在はまだカウンセリング中のようですが……」

「そうか」

 

 口をついて出たのは、アーミヤの望むものとはずれた話題だったろう。戸惑いながらも答えられた言葉に、ケルシーは内心で彼らに対し納得の感情を覚えた。

 

 回収班。──すなわち、彼女の保護任務を請け負った者たちのことだ。

 最初は如何なる原理で精神汚染に罹ったのか不明だったが、実際に彼女と相対したことで、ケルシーは理解した。してしまった。

 

「……彼女は」

 

 声が震えているのが、自分にも分かる。

 

「彼女は、毒だ」

 

「ケルシー先生、それは」

 

「分かっている。医者として、患者に向けて使うべき言葉ではないだろう」

 

 だが、そうと表現する他ない。

 毒。それも、視界に入れるだけで悪影響を及ぼし、声を聞けば発狂さえしかねないほどの猛毒。

 彼女を『それ』と認識してしまえばまだ軽いものだろう。ただの怪物、源石の塊という名の嫌悪と排他の象徴だ。

 だが、一度そこに『彼女』を見出だせば──一人の人間として認識しようとしてしまえば、彼女は相対した相手の心に致命的な亀裂をもたらす。

 それが、ロドスという鉱石病を救うための組織の人間であれば尚更だ。

 目を塞ぐことができない。目を反らすことができない。彼女はロドスが救うべき感染者の一人であり、同時に、救うべき内の()()()()()()()のだ。

 

「私とて多くの患者を診てきた。中には、世間一般で見るに堪えないとされる病状の者もいたさ」

 

 それは医療に携わる者として当たり前の心掛け。病や怪我を癒す者として、決して侵してはならない一種のライン。

 

「それでもだ」

 

 心配するように見詰めるアーミヤの瞳を、見詰め返す。強い意志を秘めたその瞳孔には、随分と情けない顔をした医師が写っていた。

 

「それでも私は──恐ろしいと、思ってしまった」

 

 吐露した思いは、彼女と相対している間にずっと胸の内を暴れまわっていた情動。つまり、恐怖。

 

「あれで生きているのかと思ってしまった。我々と同じ人間なのかと疑ってしまった」

 

「先生」

 

「アーミヤ、お前はまだ見るべきではない。彼女は、お前には刺激が強すぎる」

 

 一息に言い切って、胸の内に残るのはやはり嫌悪。医師である己に対する最大限の軽蔑。

 

「ケルシー先生。私は、大丈夫です」

 

 ──だからこそ、彼女の瞳は眩しく見える。

 

「彼女も被害者の一人である以上、私は向き合います。ロドスとして──いえ、鉱石病に立ち向かう者の一人として、私だけが逃げるわけにはいきません」

 

 その言葉には、揺るぎない覚悟と意思があった。

 決して違えないと、反することはないと確信させるほどの熱量。本当に、真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎるくらいに。

 

「そうか。そうだな──私も同じ気持ちだ」

 

 だが、きっと同じなのだろう。アーミヤの瞳に宿る熱と、ケルシー自身の胸に秘めた熱は。

 

「……面会はいずれ許可する。だが、我々には先にやらなければならないことがあるだろう」

 

「ドクターの救出、ですね」

 

 アーミヤの長い耳が、目に見えてしゅんと垂れ下がる。

 彼女にとって、あの人物は極めて特別な存在だろう。ロドスにとっても欠かせない人物であるが、彼女にはそれ以上の思い入れがあるはず。

 まだ。まだ少しだけ、アーミヤは弱い。

 彼女はすでに、組織のトップとして気丈に振る舞うことができている。己の意思を貫く覚悟も得ている。けれど、その心の奥深く、未だ巣食い続ける不安を拭い去ることができるのは、きっとドクターだけだ。

 

「ドクターの所在は……」

 

「目処は立っているそうだ。作戦を実行する日もそう遠くはないだろう」

 

 ──だから、その時が来れば、また。

 言外にそう意味を込めて、アーミヤを一瞥し立ち上がる。

 

「ケルシー先生」

 

「なんだ」

 

「……彼女は、これからどうするのですか」

 

 アーミヤに背を向けたまま、投げ掛けられた言葉を反芻する。

 その質問には、様々な意味が含まれている気がした。

 今後どのように扱うか。情報をどこまで規制するか。どのような処置や検査をしていくのか。そもそも──救えるのか。

 彼女に恐怖を抱いたことは事実であり、今もまだ、何をしてやれるかは分からない。

 

 ──それでも、それでもだ。

今こうして『どうするべきか』と改めて自身に問い掛けた時、浮かび上がった答えは明白なもの。

 逃げるつもりも、目を反らすつもりもない。

 鉱石病患者を救う。その信念を抱いた以上、彼女は他の感染者と同じ、救うべき者の()()()()()()()のだと──笑え。

 

「愚問だ」

 

 振り向いて、アーミヤの目を真っ直ぐに見詰める。彼女の瞳には、嗚呼、やはり。

 

「私は、ロドスの医師だからな」

 

 ──どうしようもないくらいに、"医師"と呼ばれるものが写っていた。

 

 




健康診断記録

 対象:タレス

 ロドス入艦時、ケルシー医師他四名により健康診断を実施。しかし、諸事情により一部検査は困難と判断。特例だが現時点で判明している情報のみを記録する。
 また、検査に立ち会った職員は任意で三日間の休暇を認可。精神状態が安定するまでカウンセリングを推奨する。


 造影検査、および循環器系原石顆粒検査は中断。検査結果は不明とする。


【源石融合率】 ■■%

(閲覧にはケルシー医師の許可が必要)
 この検査結果がロドスのデータベースに放り込まれれば、恐らく職員の大半がマトモに機能しなくなる。元より彼女の存在自体が劇物だが、こればかりは見せられない。

 ──ケルシー


【血液中源石密度】不明

 注射針が刺さらないんだ、調べようがない。いや、そもそも彼女の身体にはまだ赤い血が流れているのか? それさえも分からない。

 ──ケルシー


 また、一人の医療オペレーターの提案により特殊計器を用いたところ、彼女の身体からは源石成分の滲出が見られないことが判明した。
 今後の経過観察によっては、隔離室からの移動も検討するべきだろう。


 これは彼女がまだ死んではいないことの証明に他なりません。例えどのような状態であっても、私は決して諦めませんよ、ケルシー先生。

 ──医療オペレータ―S.O

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